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Shining Rhapsody

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280話 足踏み

 280話 足踏み

 

 

ダンジョン内の砂漠地帯は暑さを感じなかったが、今シュウ達が立っている雪原は違う。一面が砂で満たされていれば、気温に関係なく砂漠である。例えどれ程の高温や低温であろうと砂が消える事は無い。

 

だが雪は違う。暖かければ溶けるのだ。その雪が消えずに残っているという事は、気温が低いという事。ここまで軽装だったシュウ達は、時間の経過と共に震えだす。その影響をモロに受けたのが竜王達、ではなくナディアであった。

 

「どうしてアンタ達は平気なのよ!?」

「雪や氷は水属性ですし・・・」

「風魔法で冷気を遮断出来るしのぉ・・・」

「土の属性竜は温度変化に鈍いからな・・・」

「「・・・・・。」」

 

納得のいかないナディアが食って掛かるも、それなりの理由で躱される。そんなやり取りを無言で眺めているシュウとユキ。何故ならナディアは今、毛布に包まって顔だけ出しているのだから。

 

 

キツネは通常、寒さに強いと言われている。しかし何事にも例外は付き物。運悪くその例外に当て嵌まったのがナディアであった。

 

さっさと先へ進もうとした一行だが、1人戻ろうとしたナディアに振り回された格好となる。まぁ、防寒着など用意していなかったのだから、あながち間違った行動とは言えない。寒さで動きが鈍れば、それだけ危険が増す。だからこそ強く言えないシュウは、ログハウスを出して暖を取る事にした。

 

 

 

ログハウスに避難はしたものの、無人だった為に暖かくはない。暖炉に薪を焼べて、室温を上げ始めたばかり。それを請け負ったのがシュウとユキであった。自分達も寒かった為、火の近くに居たいと思ったのである。ナディアもそうすれば良さそうなものだが、彼女はとにかく動きたくなかった。

 

「・・・キツネって寒さに強いんじゃなかったっけ?」

「それは地球の話ですよね?それにナディアはキツネではなく、キツネの獣人です。」

「あ〜、それもそうか。そもそも個人差もあるよな・・・オレ達も寒いんだし。」

 

火加減を調整しながら、シュウとユキが小声で会話する。ユキが言うように、ナディアは只のキツネではない。キツネの獣人である。しかも希少な白狐という種族。一般的なキツネの獣人とは全く異なる種族と言っても過言ではない。

 

人間だって寒さに対する反応には個人差がある。真冬に半袖で活動出来る人もいれば、完全防備でカイロを複数所持する人だって居るのだ。ナディアが極度の寒がりであっても、おかしい事は無い。

 

そんな事を考えていたシュウだったが、唐突にユキが思い出したように語りだす。

 

「そう言えばシュウ君は知らないのですね・・・」

「何を?」

「ナディアがカイル王国に根を下ろした理由です。」

「ん?黒狼達から逃れる為でしょ?」

「それもそうなのですが、でしたら他の国でも良くはありませんか?」

「そう言えばそうだな。」

 

ナディアは黒狼族の手から逃れる為、遠く離れた他国へと移り住んだ事は聞いた。しかしそれは、カイル王国を選ぶ理由の1つにしかならない。今更ながら、少し弱いのではないかと気付かされる。

 

「カイル王国は他国に比べて温暖な気候なのですよ。」

「標高の低い国では最南端だからなぁ・・・って、それが理由?」

「そうです。まぁ、有事の際に魔境であるエリド村の方へ逃げる為でもありますが・・・。」

「・・・・・。」

 

エリド村から最も近い、カイル王国のギルド支部。そのギルドマスターであったナディアは、ティナ達の本拠地を知っていた。魔境と呼ばれる危険地帯とあって、単身で訪れる事は出来ない場所。だが僅かながらも助かる可能性はある。どうにかして近くまで行ければ、異変を察知した誰かが偵察に来るはず。そういった狙いもあったのだ。

 

「もし仮に、エリド村がもっと北にあった場合。きっとナディアは、今も冒険者を続けていたと思いますよ。」

「暖かい国で、頼れるティナが割と近くに居る。そんな場所なら、自分の足で姉を探すよりもギルドの職員になった方が情報は集まる、か。偶然が重なった結果とは言え・・・ナディアもツイてるな。」

「いいえ、少し違います。」

「ん?何が違うんだ?」

「ナディアをギルドマスターに推薦したのは、お母さんですから。」

「それは・・・ナディアの事情をある程度把握した上での提案って事?」

「はい。因みに、お父さんは何も知りません。脳筋ですから。」

「・・・・・。」

 

素直に美談で終わらせれば良いものを、ユキは余計な一言を付け加える。意味も無くディスられたアスコットに同情しつつ、シュウはエレナの事を考えた。

 

「とにかく、母さんには改めて礼をしないとな。何がいいと思う?」

「ふふふっ。私達が協力するだけで充分だと思いますよ。」

「それはそうだけど・・・帰るまでに考えておくか。」

 

エレナの機転がなければ、ルークがナディアと出会う事は無かっただろう。無論、ティナがルークの嫁に誘う事も。だからこそシュウは、エレナに感謝していたのだ。

 

 

ユキとの会話を終え、ようやく部屋が暖まってきた事に気付く。そして一度他の事に気付くと、また別の事にも気付き始める。ナディアとエアの会話もその1つ。

 

「のぉ、ナディアよ?」

「何よ?」

「今のその姿、嫁としてどうなのじゃ?」

「仕方ないでしょ!体が冷え切ったんだもの!!」

「これが噂に聞くグータラ亭主とやらかのぉ・・・」

「ちょっと!私は妻!!亭主じゃないわよ!」

「「「・・・・・。」」」

 

毛布に包まり、顔だけ出してゴロゴロ転がるナディア。手を出すのも嫌なのかと、呆れた視線を向ける竜王達。そしてそれは、会話に加わっていなかったユキも同様であった。立ち上がり、頭を抱えて呟く。

 

 

「・・・私は人選を間違えたのでしょうか?あれではシュウ君の方が主夫ではありませんか。」

「・・・どの口が言ってるんだ?」

「え?」

「え?」

「「・・・・・。」」

 

 

コチラにも何とも言えない沈黙が訪れる。売り言葉に買い言葉ではないが、ユキが漏らした本音にシュウも思わず本音を漏らす。

 

 

基本的な家事は使用人がする。しかし使用人の居ない状況では、ほぼ全てをルークが行っていた。ルークの嫁は王族が大半を占めるとあって、全員が『食う』『寝る』『働く(遊ぶ?)』である。

 

家事が嫌いではないシュウは、基本的に文句を言わない。だが改めて口にされると、言ってしまいたくなるのが人である。

 

 

シュウの冷ややかな視線に取り繕う事も出来ず、ダラダラと冷や汗を流すユキなのであった。

 

 

279話 牛さん再び

 279話 牛さん再び

 

 

31階層から変わらず続く草原を、もの凄い速度で突き進むシュウとユキ。現在その姿は35階層にあった。ダンジョンだけあって魔物の数は多いが、見晴らしの良さから討ち漏らす事は無い。

 

驚異的な視力も大きいが、何より恐ろしいのは移動速度。例え1キロ先であろうと、あっという間に距離を詰めては一刀の下に斬り伏せる。その道程は全く以て危なげないものであったが、その表情は優れない。

 

「クソッ!もうあんな所まで進んでやがる!!」

「はぁ、はぁ、はぁ・・・もう無理。」

「で、出鱈目なのじゃ!」

 

シュウ、ナディア、エアが揃って呟く。その視線の先に居るのは、目印であるアクア。つまり、その位置にユキが居る事を意味する。

 

現在の位置関係は、最後尾がナディアとエア。35階層の入り口から2キロ程進んだ所だろうか。その1キロ先にシュウ。そして肝心のユキはと言うと、そこからさらに2キロ程進んだ場所に居た。何故ここまでの差がついたのかと言うと、答えは草原の魔物にあった。

 

「ハンバーグ、ステーキ、すき焼き・・・じゅるり。ここはパラダイスです!」

 

そう呟きながら疾走するのはユキ。目にも止まらぬ速度で狩られるのは、ご存知『牛さん』である。冴え渡る剣技、舞い散るヨダレ。とめどなく溢れ出るヨダレのせいで、折角の美人が台無しである。だがしかし、それを視認出来る者はいない。

 

 

待望の牛さんを前にして、ユキのテンションは限界を突破してしまったのだ。その結果ナディアはオーバーペースとなり、最早付いて行く体力も無い。見兼ねたエアが背負って追うも、その差は一向に縮まらない。自分達の担当区域も、テンションマックスのユキに狩り尽くされていると言うのに。

 

対するシュウだが、速度と持久力ではユキに勝っていた。にも関わらず遅れを取るのは、魔物を狩る速度に差があったから。刀を置くという決断が裏目に出た格好である。1頭を仕留める時間に差は無い。問題はその後であった。

 

次の獲物に攻撃を仕掛けるまでに、刀のリーチ分の差が現れる。それを埋めるのに、1歩か2歩多く必要とする。時間にして刹那、ほんのゼロコンマ何秒かの差。その差が数百匹を狩る間に蓄積されて行くのだ。

 

跡形も無く消し飛ばして良いのであれば、圧倒的にシュウの方が早い。だが素材を傷めずに仕留めるとなると、それなりに加減しなければならないのだ。魔法にしろ拳打にしろ、緻密なコントロールを要求される。しっかりと地に足を付けて、攻撃する箇所を選ばなければならない。結果、追加でゼロコンマ数秒をロスする事になる。

 

 

一方のユキは、単に刀で首を撥ねれば良い。細かい事を考える必要など無いのだ。斬った傍からアイテムボックスへと収納する一連の流れは、芸術と呼んでも差し支えない程に洗練されていた。溢れ出るヨダレによって色々と台無しではあるが・・・。

 

 

最終的にはユキが35階層の出口に辿り着いてから数分後、ナディアを背負ったエアが到着する結果となった。走るだけなら一瞬だったのだが、背中のナディアを気遣っての行動である。色々と物申したいナディアであったが、その前にユキが口を開く。

 

「動いたら小腹が空きました!おやつにしましょう!!」

「はぁ、はぁ・・・お、おやつ?」

 

甘い物なら入るかもしれない。そう思ったナディアが息を整えながら顔を上げる。そんなナディアに告げられたのは、追い打ちとも呼べる一撃であった。

 

「牛さんが大量でしたので、焼き肉をお願いします!」

「「「「・・・・・。」」」」

「うっぷ、おぇぇぇ・・・」

 

呆れた視線を向けるシュウと竜王。そしてナディアは我慢出来ずに戻してしまう。全力疾走の後、焼き肉を食えるのはユキだけだろう。

 

 

ナディアの介抱をエア達に任せ、シュウは言われた通りに焼き肉の準備をする。だがこれはユキが望んだから、という理由だけではない。ナディアの体力回復の時間を稼いでやろうという思いやりでもあった。まぁ漂う香りは、ある意味拷問なのだが。

 

焼き肉であれば、調理をユキに任せても問題は無い。新鮮な部位を使っている事もあって、軽く火を通せば食えるのだから。結局は体力に余裕のあった竜王達も加わり、焼き肉パーティが繰り広げられる。

 

 

そんな肉食獣を尻目に、シュウはナディアの下へと歩み寄る。

 

「大丈夫か?」

「えぇ・・・もうちょっと休めば平気よ。」

「気休めにしかならないけど、次の階層からは楽になるはずだ。」

「?」

 

シュウの言葉に、ナディアが首を傾げる。

 

「このダンジョン、5階層毎に切り替わるだろ?」

「あぁ、なるほど。草原は此処までって事ね?」

「そうだ。砂漠、岩石砂漠に渓谷。墓場、森林、湿地帯と来て草原だった。」

「なら残るは・・・山脈地帯かしら?余計にキツくない?」

「ただの山脈なら、な?」

「違うの?」

「渓谷とか森林とかがあったから、普通の山脈って線は薄いと思うんだよ。」

「なら、シュウは何だと思うの?」

「オレの予想は火山地帯かな。」

 

単なる山ではなく、火山と予想するシュウ。これにはナディアの瞳が輝きを取り戻す。何故なら、火山地帯には魔物が少ない。その分大型の魔物が生息するのだが、それは即ちユキの移動や殲滅の速度が下がる事を意味している。高低差はあるが、岩陰を探したりすればペースは落ちる。

 

例え討ち漏らしがあっても、ユキに気付かれる心配は無い。不敵な笑みを浮かべるシュウとナディアは、焼き肉に満足したユキ達に気付かれないよう後片付けに回る。

 

 

一休みした後、36階層へと踏み入れるユキ達。ニヤリと笑みを浮かべながら視線で会話するシュウとナディアだったが、36階層の景色を目にして表情を凍り付かせた。

 

 

「ちょっと!何処が火山よ!!」

「予想って言っただろ!たまには外れる事だってある!!」

「「「「?」」」」

 

突然言い争いを始めたシュウとナディアに、事情がわからないユキ達が首を傾げる。残念な事に、シュウ達の前に広がっていたのは雪原であった。それも雪が薄っすらと積もるだけの。足場が悪くなっただけで、草原と何ら変わりが無いのである。

 

 

この事実に絶望したシュウは、最悪の一言を呟くのだった。

 

「予想は・・・よそう!」

「「「「「・・・最低。」」」」」

「・・・・・。」

 

 

只でさえ気温の低い空間に、より一層の冷気が漂うのであった。

 

 

278話 制約

 278話 制約

 

 

「さて。それじゃあ私達は戻るわ。」

「あぁ。これまでの事を考えると特に問題無いと思うけど、気を付けて戻ってくれ。」

「えぇ。家に帰るまでが冒険ですもの。大丈夫よ!」

 

一夜明けて朝食を摂った一行は、出発の準備を整えていた。そんな中、然程心配していないがフィーナに油断しないよう釘を刺すシュウ。その辺りは充分に心得ているフィーナが笑顔で答える。

 

「それから母さん。」

「な、何かしら?」

「オレが戻ったら向こう側へ連れて行くから、しっかり準備を整えておいて。」

「「「「「っ!?」」」」」

「わ、わかったわ!」

 

色々と多忙なシュウが、すぐに自分達へ対応してくれるとは思っていなかった。だからこそ全員が一瞬驚くも、すぐに表情を引き締める。エレナ達にとって、絶対に逃してはならないチャンスなのだから。

 

 

彼女達の実力では、ライム魔導大国のダンジョンを抜ける事はまず不可能。レベルを上げて挑めば良いのだが、それでは何年掛かるかわからない。

 

そんな者達が進んで良いのかと思うかもしれないが、その辺は問題無い。ダンジョンという狭い空間に魔物が密集しているから抜けられないのであって、広い場所へ出てしまえばそれなりに対処は可能なのだ。

 

エレナ達の火力は足りているが、持久力が足りない。そこを圧倒的な火力と持久力を誇るルークとカレンが切り開く。他の者は黙って付いて行くだけで良いのだから、拒否するという考えは起こらない。

 

 

 

来る時以上に気を引き締めたエレナ達を見送り、シュウはナディア達に向き直る。

 

「さてと。じゃあオレ達も行こうか。」

「うむ!一気に進むのじゃ!!」

「あ、いや、ゆっくり行こうと思うんだ。」

「な、何故じゃ!?」

「出来るだけ食材を確保したい。」

「「「「まだ集めるの()!?」」」」

 

シュウの発言に、ナディアと竜王達が驚きの声を上げる。それもそのはず。ユキのアイテムボックスには、既に数え切れない程の食材が保管されている。だと言うのに、もっと集めるつもりなのだから当然だろう。だが予想外にも、その理由はユキの口から告げられる。

 

「お父さん達の行程は、恐らく数ヶ月に及びます。それも、野営で料理をする余裕の無い場所です。シュウ君は、そんなお父さん達の分を集めようとしているのですよ。」

「「「「なるほど・・・(ユキの分じゃなかった!?)」」」」

 

まさかの理由に、全員が同じ事を考える。だが態々声に出す程愚かではない。しかし、みんなが何を考えたのか感じ取ったのか、ユキが冷たい視線を向ける。

 

「何か言いたそうですね?」

「「「「な、何でもありません!」」」」

「・・・・・。」

 

馬鹿なやり取りを尻目に、シュウは無言を貫く。いや、無心である。考えてはいけないのだ。だが流石に気の毒だと思い、話を進める事にした。

 

「ゆっくりとは言ったけど、実際は急ぐからな?」

「どういう事?」

「手分けして進もうと考えてる。」

 

シュウの作戦はローラー戦術であった。ユキの場合、ソロだった為にダンジョンを横から横へ進むしかなかった。これではカバー出来る範囲が狭く、あまりにも時間が掛かり過ぎる。

 

そこで考えたのが、ある程度の横幅を決めた縦への移動である。反復横飛びしながら進むようなイメージだろうか。まぁ、飛べる程短い距離でもないのだが。

 

「そうか、縦に6つへ分けるのじゃな?」

「だがどうやってだ?まさか地面に線を引く訳でもあるまい?」

「ある程度の位置であれば、魔力で感知出来るのでは?」

 

分割の方法を巡って、竜王達が勝手に議論を始める。だがそれにはシュウが待ったを掛ける。

 

「分けるのは6つじゃなくて3つだ。」

「「「「3つ?」」」」

「あぁ。悪いが誰か2人は、目印として竜の姿で浮かんでて欲しい。残る1人はナディアを手伝ってくれ。」

「なるほど。私とシュウ君が両端を、ナディアが中央を担当するのですね?」

「そうだ。このダンジョンは幅5キロ、奥行き10キロって所だから・・・オレとユキの担当は両側2キロずつ。ナディア達は真ん中の1キロでいいぞ。」

「「「「・・・は?」」」」

 

一体この2人は何を言っているのだろう。そう思った1人と3匹が間抜けな声を上げる。ナディアもそれなりの実力者だし、竜王に至ってはそれ以上である。そんな1人と1匹を相手に、圧倒的なハンデを与えようと言うのだから。

 

「さっき父さん達に確認して貰ったら、31階層は草原だったらしいんだ。見通しがいいから、1キロなら2人で余裕だろ?ナディア達は500メートルずつなんだし。」

「私達も2キロであれば、態々魔物を探す必要もありませんからね。」

「「「「いやいやいや!」」」」

 

見えれば良いというものではない。見るのと狩るのでは大違いとあって、ナディアと竜王達が揃って手を左右に振る。

 

「ん?そうか・・・浮かんでるのが暇なら、好きに交代してもいいからな?」

「そういう事を言いたい訳ではないんじゃが・・・」

「「「・・・・・。」」」

目印として浮かんでいるだけでは退屈なのだろう。そう思っての発言だったが、かなり的外れであった。そんなシュウとユキに対して、呆れた視線を向けるナディアと竜王達であった。

 

 

 

 

 

一方、帰路に着いたフィーナ達。気合を入れ直したエリド村の面々であったが、1人だけ神妙な面持ちの者が居た。先頭集団の1人であった彼女は、倒す魔物も居ないとあって走りながらも口を開く。

 

「ねぇ、アナタ?」

「どうした?」

「封印魔法を覚えてる?」

「封印?・・・ルークが小さい頃に掛けたアレか?」

「えぇ・・・。」

 

何とも歯切れの悪いエレナに、アスコットが小さく首を傾げる。

 

10年も前のアレが今更どうかしたのか?」

「それなんだけど・・・」

「何の事?」

 

ルークの話題とあって、フィーナが口を挟む。そんなフィーナに対し、アスコットは簡単に事情を説明した。

 

 

魔法の中には、契約魔法や制約魔法と呼ばれるモノが存在する。一方的に掛ける事の出来ない魔法によって、対象者の行動を制限する為に用いられる。秘密を口にしないように用いられるのが一般的なのだが、力を制限する事で修行に用いる事も可能であった。この場合は術者とそれを掛けられる側、どちらか一方の意思で解除が可能である。

 

そしてそれは、ごく短期間の間だけ有効とするものである。命を落としては意味がない為、大抵の場合が危機的状況下であっさりと破棄されるのだ。この制約魔法だが、通常他者は判別出来ない。出来るのは掛けた側と掛けられた側のみである。

 

そしてシュウと言うかルークの場合、隠蔽の魔道具を使って巧妙に隠していた。目的は勿論、エレナにも気付かれないようにする為。だがシュウの姿となった事で、その効果が適用されなかったのだ。魔道具はシュウをルークと見なさなかった為に。

 

ごく短時間であれば、エレナも気が付かなかったかもしれない。だが今回は時間を共にし過ぎた。じっくりとシュウを観察した訳でもないが、自然と目に入る時間が多かったのだ。

 

 

「修行の一貫で能力を封じる制約魔法を、ね・・・。それで?それがどうしたって言うの?」

「・・・・・。」

「エレナ?」

「・・・いなかったの。」

「「え?」」

 

珍しく小声のエレナに、聞き取れなかったアスコットとフィーナが聞き返す。

 

「だから、まだ破棄されていなかったのよ!!」

「「・・・はぁ!?」」

 

あまりにも衝撃的な内容に、アスコットとフィーナが急停止する。何か異常でも起きたのかと、少し後ろを走っていたサラ達が合流する。

 

「どうしたの!?」

「魔物か!?」

「何割だ!?一体何割の制約をルークに課したんだ!?」

「・・・・・。」

「・・・何だ?」

「どうしたのよ?」

「おい、エレナ!」

 

心配するサラとリューには目もくれず、アスコットがエレナの両肩に掴みかかる。黙り込んだままのエレナを尻目に、フィーナが集まって来た者達も含めて説明する。僅か十数秒の説明の後、全員の視線を向けられたエレナが、フィーナの問い掛けに観念して口を開いた。

 

「お願いエレナ、答えて頂戴?」

「・・・3割、です。」

「何だ、たった3割かよ・・・」

「ビックリさせないでよね・・・」

 

3割の力を制限する魔法。そう捉えた者達が胸を撫で下ろした。戦闘に於いて、7割の力が出せるのであれば充分である。疲労や負傷によっては、半分の力も出せない事などザラなのだ。だがエレナは大きく首を横に振る。

 

「違うの!あの子は本来の3割しか力を出せないのよ!!」

「「「「「なっ!?」」」」」

「じょ、冗談、だろ・・・?」

3割でアレって・・・」

「本当に化物じゃないか・・・」

 

3割の力を封じられているのと、3割の力しか出せないのではあまりにも違う。エレナの口から告げられた事実は、誰にとっても衝撃的だった。衝撃過ぎたのだ。たった3割の力で、この世界最強と思われるカレンと同等かそれ以上にまで成長している。つまりシュウは、その気になればカレンすら圧倒してしまえるのだ。

 

そんな化物と一時的にでも敵対した事実に、全員が戦慄を覚えるのであった。

 

 

因みに何故ルークが制約魔法を破棄していないのかと言うと、1つは身近に制約魔法の使い手がいなかった事が挙げられる。この魔法は、自分自身に掛ける事が出来ないという特性を持つのだ。破棄してしまえば自分では掛けられない。

 

 

もう1つの理由。それは、そこまで差し迫った状況に陥らなかったから。エリド達を相手にした際も、命の危機を覚えなかった。カレンはかなり危険だったかもしれないが、カレンであれば大丈夫だろうと信じていたのである。

 

 

もしもルークが、シュウが本来の力を振るうとすれば、それは他の嫁に危険が及んだ時だろう。そんな日が永久に訪れない事を願わずにはいられないフィーナ達であった。

 

 

277話 ケロちゃん!

 

277話 ケロちゃん

 

 

30階層のボスが居る部屋。そこに踏み込んだシュウ達は今、映り込む光景に言葉を失っていた。全員が口を開けたままで。

 

「「「「「・・・・・。」」」」」

 

目の前の光景は信じられないのだが、それでも経験豊富なエレナとアスコットが言葉を発する。

 

「・・・ねぇ?」

「・・・何だ?」

「アレもカエルなのかしら?」

「・・・多分?」

「「「「「・・・・・。」」」」」

 

エレナとアスコットが言うように、目の前に鎮座する生物の特徴はカエルである。ならば何故そのような質問をしたのか。それはとてもカエルとは思えない程のサイズだったからだ。目算で体長20メートルに及ぶカエル。そんなカエルは未だかつて見た事が無い。

 

さらに疑問に拍車を掛けたのはその頭部。巨大なカエルには首が3つある。これこそが鑑定魔法にあった名前の由来。大まかに、本当にざっくり大別するとケルベロス。そこにカエルのケロを掛けたのだろう。即ちケロベロスである。

 

 

「・・・上手い事言ったつもりかよ!?」

「ちょ、落ち着きなさい!」

 

どうしてもツッコまずにはいられなかったシュウと、それを宥めるフィーナ。いつもなら真っ先に文句を言うはずのナディアだが、今回ばかりは大人しい。何故なら、例に漏れずシュウの嫁は変わり者揃いだからである。

 

(ケロベロス・・・な、中々いいセンスしてるじゃない。)

 

長年むさ苦しいギルド努めだった事で、ナディアのセンスはオッサン寄りにシフトしていた。それでも声に出さなかったのは、かつて女性職員達に注意されていたから。思った事を何でも口に出すのは婚期が遠のく、と。

 

それなりに結婚願望のあったナディアは、女性職員達の忠告を素直に受け入れた。それでも男勝りな性格だけはどうする事も出来ずに行き遅れていたのだが、今その話は置いておこう。

 

 

 

みんなが思い思いの言葉を口にし、それに伴った行動をする。それは当然ユキも同じで、彼女の場合は目的が果たせなかったショックから、実に大胆且つ過激な行動に出る。

 

ーーチン

 

「「「「「・・・え?」」」」」

 

ーーズドン!

ーーブシュュュー!!

 

突如鳴り響いた微かな金属音だったが、場違いな音に全員が揃って顔を向ける。そこには刀の柄を握り締めるユキの姿があった。そして目の前に鎮座していたはずのケロベロスから頭部が落下し、胴体からは血が吹き出す。

 

一体何が起きたのか。その答えに気付いたのはシュウだけである。

 

「・・・斬っちゃったの?」

「何をです?」

「いや、ケロベ「居ませんでした。」え?」

 

シュウの言葉を遮るユキ。その表情は何処か鬼気迫るものだった為、思わずシュウは聞き返す。だがユキの答えが変わる事は無い。

 

「ですから、此処には大きなカエルしか居りませんでした。」

「いや、でも・・・」

「少し大きなカエルしか居りませんでした。何か問題でも?」

「すこ・・・いえ、何も問題ありません。」

(((((あ、逃げた・・・)))))

 

有無を言わせない迫力のユキに、シュウは逆らう事を諦める。非常に珍しい光景に、その場に居合わせた全員がシュウの敗北を悟る。無かった事にしたいユキと、 ケルベロスでなければ割とどうでも良いシュウ。ここで下手に刺激する意味は無いのだ。

 

 

「お父さん、お母さん。」

「「は、はい!」」

「あのカエル、解体して頂けますか?」

「「かしこまりました!!」」

 

まさか自分達に飛び火するとは思っておらず、ユキにつられて丁寧な口調で答えるエレナとアスコット。この時点で胸を撫で下ろしたシュウが、ユキの異変に気付く。

 

(口調が変わってるのに、誰も気付いてないな。いや、暫くそっとしておこう。・・・ユキが落ち着くまで。)

 

 

自分から火に油を注ぐ必要は無いと思い、ユキの事には触れないでおこうと考えたシュウ。しかし黙って見ているのも不自然とあって、話題を別な物へと向ける。

 

「じゃあ、オレ達はこれからの事を話し合おうか。」

「そ、そうね!」

「え〜と、私は・・・解体を手伝って来るわ!」

 

同意するしかないナディアと、何とかこの場から逃げ出そうとするフィーナ。そんな2人を一瞥して、ユキはシュウの下へと歩み寄る。

 

「シュウ君はナディアと一緒に先へ進むのでしたよね?」

「え?あ、あぁ。」

「でしたら私はみなさんと一緒に戻ろうかと思うのですが・・・」

「っ!?そ、それはイケない!(ユキを野放しにしては堪りません!考えましょう、オレ!!)

 

今度はシュウが慌ててしまい、口調が可笑しなものへと変化する。そんなシュウの様子に、ユキは黙って首を傾げる。

 

「折角この姿なんだ、もう少し一緒に居てくれてもいいだろう!?」

「これから先もずっと一緒ではありませんか?」

「うぐっ!ほ、ほらっ!ユキの食事があるじゃないか!!」

「城の料理人達が居れば問題ありませんよ?」

「うっ・・・」

 

もっともらしい言い分なのだが、ユキはいとも簡単に論破してしまう。これが真剣勝負であれば、どんな相手だろうと僅かながらに勝機も見出せる。しかしユキが相手とあってはそうもいかない。シュウ並の知力を誇るユキが相手では、それも難しかった。

 

何より決定的だったのは、女性に口で勝つ事が難しいという事だろうか。そんなシュウに対し、ナディアが助け舟を出す。

 

「一緒に来れば、毎食後にプリンが食べられるわよ!?」

(プリン?・・・料理もスイーツも、シュウ君の方が明らかに美味しい)・・・わかりました。私も同行させて頂きます。」

 

 

ナディアの一言で瞬時に心変わりしたユキ。どうせ食べるのなら、美味しい方を選ぶのは当然の事。こうして何とか事なきを得たシュウは、ナディアへの礼をどうするのか考えるのであった。

 

 

276話 ケロちゃん?

 276話 ケロちゃん

 

 

みんながシフォンケーキをに舌鼓を打っている間、シュウはひたすら夜の仕込みを行っていた。こういう時間を使わなければ、とてもではないがユキが料理を平らげるスピードに間に合わないのだ。だがそれを苦痛だとは思わない。食べてくれる者が居てこその料理人である。愛する妻が相手であれば尚のこと。

 

それに料理の最中は邪魔が入らないとあって、多少は考え事をする時間もある。

 

(その辺に現れる魔物に変わった様子は見られなかった。考え過ぎなのかもしれないけど・・・結論はボスを確認してからかな。この調子なら、夕食前には辿り着けるだろ。)

 

ここまでの移動速度から、おおよその時間を計算する。昼食を摂る時間帯に30階層到達、ボス部屋の前で3時のおやつと重なるかどうか。ボスを倒してから食べるのか、それとも挑む前に食べるのか。この辺りの細かい予測は難しいが、概ね計算通りだろうと確信する。

 

ボス次第では戦闘に時間が掛かるかもしれない。そうなれば、おやつの時間を過ぎてしまうだろう。それはユキだけでなく、エアも望む所ではない。おやつに目が眩んだ者達によって、絶妙なペース配分が為されるのは目に見えているのだ。

 

 

 

 

皮肉な事に、シュウの考えは的を得ていた。ユキ達によって絶妙に調整された移動速度は、ボスを目前にしておやつの時間とバッチリ重なったのである。これはシュウにとって、願ってもない事であった。

 

フィーナ達に持たせる料理を作る時間の確保。ユキに料理を提供しながら、20人余りが数日過ごせるだけの量を作り置きするのは困難を極める。それも屋外での調理なのだから、敢えて説明するまでもないだろう。

 

 

歴代最も忙しいだろう皇帝も、何とか料理確保の目処がついて一息つく。夕食と明日の朝食の際に作れば大丈夫だと判断出来た時には、既に全員がおやつを食べ終わっていた。そんなみんなへと歩み寄って会話に加わる。

 

 

「いよいよ当初の目的地だけど、みんなはどうする?一緒にボスの顔を拝むか、それとも此処で夜を明かすか。あ、ボスを倒しても戻って来るから、夕食の心配はしなくていいぞ。」

「オレ達が決めてもいいのか?」

「あぁ。ボスはオレ達だけで充分だろうしな。リュー達はゆっくり休んでてくれ。」

 

まさか自分達に決定権が与えられるとは思っていなかったのか、リューは少し驚きながらも聞き返す。対するシュウの答えは、誰もが納得のいくものだった。それに対しエレナとアスコットの意見もまた、

当然のものである。

 

「私は行くわ。いずれ何処かで出会うかもしれないもの。」

「エレナの言う通りだな。見てるだけでいいって事なら、行かない理由は無い。」

「まぁそうだよな。それならもう少し休んでから行くとするか。」

 

食後すぐ運動するのは控えるべきと判断し、シュウは食休みを提案する。全員が頷いたのを確認し、シュウはそのままボス部屋の方へと視線を移す。

 

「さて、それじゃあボスも鑑定しておくか。・・・鑑定。」

 

鑑定魔法を使用し、ケルベロスと思しきボスの情報を確認する。

 

 

ケロベロス

種族:魔物(改造種)

年齢:?

レベル:65

称号:30階層ボス、ケロちゃん

 

 

「意外と弱いけど、やっぱりケルベロスか。・・・・・ん?」

「どうしたの?まさか・・・かなりの強敵!?」

 

シュウの眉間に皺が寄ったのを見たナディアが戸惑いを顕にする。クリスタルドラゴン並のレベルなのではないかと不安を覚えたのだ。だがシュウには返事をする余裕が無い。鑑定結果の不自然な点を再度確認しなければならないのだ。

 

「か、鑑定!」

 

 

ケロベロス

種族:魔物(改造種)

年齢:?

レベル:65

称号:30階層ボス、ケロちゃん

 

 

もう1度鑑定魔法を行使するも、結果が変わる事は無い。誤字だと思ったのだが、そういう訳ではないらしい。称号が疑問から断定に変わっているのだが、今はそれどころではない。

 

ケロベロス?・・・ケロベ・・・ケロ・・・ケロ?」

「「「「「ケロ?」」」」」

「・・・・・ケルベロスじゃ、ない?」

「「「「「・・・・・。」」」」」

 

「「「「「はぁぁぁぁ!?」」」」」

 

 

シュウの呟きに、全員が一斉に大声を上げる。当然それにはシュウも含まれる。

 

ケロベロスって何なのよ!?」

「オレが知るかよ!?」

「アンタの魔法でしょ!ハッキリしなさいよ!!」

「オレが鑑定してる訳じゃないんだよ!」

 

突然勃発した醜い言い争い。これには誰も口を挟まない。否、挟む余裕が無かった。それでも図太・・・逞しい精神の持ち主であるフィーナが割って入る。

 

「落ち着きなさい、2人共!!」

「あ、あぁ・・・」

「そうね・・・」

「まったく・・・2人が言い争っても仕方ないでしょ?それでシュウ、ケルベロスじゃないのね?」

「あぁ。ケロベロス?になってるな。」

「そう・・・って、どうして疑問系なのよ!?」

「だから・・・オレが知るかよ!?」

 

今度は仲裁するはずのフィーナと言い争いの様相を呈するシュウ。そんな中、不意に耳慣れない音が聞こえて来た。

 

ーーーー ゴゴゴゴゴォォォ!

 

「「「「「え?」」」」」

 

全員が一斉に視線を向けると、そこにはボス部屋の扉を開けるユキの姿があった。たまらず声を張り上げるナディア。

 

「ちょっとユキ!何してるのよ!?」

「何って、ケロちゃんが居るのか自分の目で確認しようと思ったの。その方が早いでしょ?」

「「「「「それは、まぁ・・・確かに。」」」」」

 

 

 

全くの正論に言い淀むシュウ達。だが、ユキ1人で向かわせられないと思い立ち、すぐさまユキの後を追い掛けるのであった。

 

 

275話 おやつ

 275話 おやつ

 

 

翌朝。朝食を摂り、一休みしてから出発したシュウ達。全ての魔物を狩るつもりなら、全員で手分けした方が早い。しかしシュウ達は然程バラける事なく進んでいた。それは当然ユキを警戒しての事。

 

「しかし凄えな・・・」

「えぇ。剣閃どころか、体捌きも見えないものね。」

 

ユキの戦闘を食い入るように見つめていたサラとリューが、思わず称賛の声を挙げる。

 

「ティナの戦い方じゃなくて、ルークの剣術よね?」

「多分そうだろうな。いつの間に教えたんだ?」

「ん?教えたのはつい先日だけど、ここまで上達してるとは思わなかったよ。」

 

面倒なのでシュウはそう答えたが、先日教えたのは奥義だけである。別に嘘という訳でもないので構わないだろうと考え、適当に答えたのだ。そして後半の感想については本心であった。

 

 

(圧倒的に不足していた実戦経験も、魔物相手に充分な物へと昇華させているみたいだな。対人経験を積まれると厄介だけど、まぁ本気で争う事にはならないだろ。・・・爺ちゃんと婆ちゃんじゃないんだし。)

 

自分の良く知る夫婦喧嘩を思い浮かべるも、すぐに自分達には当て嵌まらないと考え直したシュウ。そもそも、シュウとユキは夫婦喧嘩した事が無い。ユキの病状を思いやり、心労を与えないよう最善の注意を払っていた為だ。

 

ユキも本気で怒る事は無かったし、そうなる前にシュウが誠心誠意謝っていた。夫婦円満の秘訣は、喧嘩しないように気をつける事。本気でそう考えているのだ。

 

 

 

一見のんびりして見えるシュウ達だったが、昼にはかなり早い時間に28階層の出口付近へと辿り着く。そして当初の計画通り、行動を開始しようとした者が居た。

 

(29階層に降り立った瞬間、みんなは前方に注意を向けるはず。その瞬間、一気に駆け抜ける!)

 

そう考えたのはユキ。階層が変われば、誰であろうと周囲を警戒する。だがそれは背後を除く形で。誰かしらは背後を警戒するのだが、それは精々1人である。安全を確認出来たから進んでいるのであって、態々全員が背後を警戒する意味は無い。その隙を突こうと考えたのである。

 

この作戦には流石のエレナ達も対処出来ない。そんな事をされた経験が無いのだから。当然それは、シュウにも言える事であった。

 

 

 

ーートンッ

 

軽やかな足取りでユキが全員を抜き去る。辛うじて視認出来たのは、すぐ後ろにいたシュウと先頭に立っていたアレンとリュー、アスコットの4人だけだった。他の者達は、ユキの姿が消えた事にも気付かない。

 

((((やられた!))))

 

4人は内心で叫び、すぐさま後を追い掛けようと利き足に力を込める。一斉に1歩目を踏み出そうとした次の瞬間、誰もが予想外の言葉が響き渡った。

 

 

「そろそろおやつの時間なのじゃ!」

 

ーーズルッ!

 

4人が一斉にバランスを崩す。残りの者達もまた、声の主を一瞥して苦笑いを浮かべていた。

 

「あのなぁ、エア?」

「何じゃ?間違った事は言うておらんじゃろ?」

「確かにそうかもしれないけど、今はそれどころじゃーー」

 

ーードパァァァン!!

 

「「「「「何だ!?」」」」」

 

全員の視線が激しい音のした方へと向けられる。すると、此方へ向かって猛スピードで駆け寄る女性の姿があった。彼女は一気に距離を詰めると、シュウに肉薄して急停止する。

 

「おやつの時間を忘れてました!!」

「「「「「・・・・・。」」」」」

 

まさかの言葉に、4人だけでなく他の全員も返す言葉が見つからない。かなりの距離があったはずだというのに、ユキの耳にはエアの言葉が届いていたのだ。だが耐性のあったアスコットが逸早く我に返って確認する。

 

「なぁ?」

「どうしたの、お父さん?」

「まさか、聞こえたのか?」

「おやつでしょ?聞こえたよ?」

「そ、そうか・・・そういう所はティナなんだな。」

 

呆れ返ったアスコットであったが、どことなくホッとしたのだろう。苦笑しつつも全員に声を掛ける。

 

「と言うわけで一休みしよう。」

 

事情は飲み込めないが、休憩とあって全員が開けた場所へと移動する。シュウは立ち尽くしていたのだが、ユキに腕を引かれて歩き出した。

 

 

「・・・良かったのか?」

「何が?」

「折角のチャンスを棒に振って。」

「あ〜、別にいいの。シュウ君が作るおやつの方が大事だもの。」

「そうか・・・。」

 

随分とあっさりしたユキに戸惑いつつも、まぁいいかと思い直したシュウ。そんなシュウに対し、ユキは真剣な表情で問い掛ける。

 

「ねぇ、シュウ君?」

「どうした?」

10時のおやつはなぁに?」

「・・・シフォンケーキ。」

 

手の混んだスイーツを作れる環境にない為、出せるおやつは限られる。朝食を作る際に平行して焼いていたのだが、食べる事に夢中だったユキが知る由もない。だが人数を考えれば、自らの割当が少ないだろう事は予想がつく。

 

「私、10ホールで我慢するね!」

「それを我慢とは言わないからな?」

「え〜、本気を出せば30ホールは行けるよ?」

「・・・・・。」

 

予想を遥かに上回るカミングアウトに、シュウは言葉を無くす。シュウが使う型は、ティナ対策の特別製。その直径は30センチである。それを30個も食える言われたのだから当然だろう。しかもおやつで。

 

 

あのまま1人で進んでくれた方が良かったのではないか。そんな事を考えてしまうシュウなのだった。

 

 

274話 存在理由

 274話 存在理由

 

 

ユキと合流した事で急ぐ意味を失くし、ペースを落とした一行。落としたと言うよりは、落とさざるを得なかった。

 

真っ先に挙げられる理由がユキの狩り。虱潰しに魔物を探すのだから、当然時間が掛かる。まぁこれに関しては、人手が増えた事で寧ろ時間短縮になっている。その分、ユキの提案で解体を行っているのだ。これまで1匹も解体せずに突き進んで来たユキ。彼女の懸案事項がここで解消されたのである。

 

食べられない部位を取り除く事が出来れば、その分アイテムボックスは空く。容量の限界が近付いていただけに、ユキとしては大助かりだったのだ。

 

 

もう1つの理由がシュウの負担増である。良く食べる冒険者の人数が一気に増えた事で、料理に掛かる労力が何倍にも膨れ上がった。この点に関しても人手は増えているのだが、それ以上に食べる者が居る。ご存知、ユキである。

 

単独行動の時は若干控えめな食事量だったのが、シュウという頼もしい存在により気にする必要が無くなったのだ。食べる量が増えるという事は、それだけ食事に費やす時間も増える。そして全員分の食事を作るだけでも大忙しなのに、その倍の量を作る必要があったのだ。

 

ここまでにフィーナ達が消費した料理。ユキがどうするのかは不明だが、最低限フィーナ達が帰る際の食事は補充しておきたい。だからこそ、シュウの移動時間は極端に落ちるのだ。無理に作らずとも、充分な量の作り置きはある。だからと言って作らない理由にはならない。何が起こるかわからないのだから。

 

そのような事情もあって、この日は27階層まで進んだ所で夜を迎えていた。

 

 

「ねぇシュウ君?」

「どうした?」

 

後片付けを終えて一息ついていると、ユキが話し掛けてくる。

 

26階層から湿地帯でしょう?」

「あぁ、そうだな。・・・?」

 

見たままの光景を口にするユキに、シュウは首を傾げる。

 

「両生類とか爬虫類が多いじゃない?」

「カエルとかトカゲは不満?」

 

大型のカエルやトカゲといった魔物ばかりだったのが不服なのかと、シュウが尋ねる。実際はリザードマンも居たのだが、食用には適さないと思って口には出さなかった。そんなシュウの問い掛けに対し、ユキは首を横に振る。

 

「そういう訳じゃないの。私が気にしてるのは、30階層でケルベロスが出るのかどうかって事。」

「あ〜・・・どうなんだろうね?」

 

出ないだろうとは思ったのだが、悲しませる事もないと曖昧に答える。シュウが真っ先に思い浮かべたのはリザードマンだったのだ。そしてそれはユキも同じであった。

 

「私の予想だと、リザードマンの群れだと思うの。」

「・・・・・。」

「もしそうなら、私はどうしたらいいの?」

「ナディアを手伝えばいいんじゃない?」

「「・・・・・。」」

 

大人しく帰ってくれと言い掛けたのだが、それだと今度はフェンリルを探しに行きかねない。目を離す位ならば目の届く範囲に居て貰った方が良いと判断し、別の案を提示する。

 

期待していた答えと違っていた事で、半目になるユキ。他に答えようが無くて、無言になるシュウ。お互いの気持ちが手に取るように理解出来てしまう為、どうする事も出来ないのだ。そんな2人を見兼ねたフィーナが間に割って入る。

 

「ほら2人とも!明日も早いんだから、さっさと休むわよ!!」

「・・・わかったわ。ごめんね、シュウ君。」

「いや、オレの方こそ悪かった。」

 

自らの非を認め、互いに謝って休む事にしたのだった。とは言っても、シュウの睡眠時間は少ない。休むフリをして、見張りをするエレナ達の下へと向かう。

 

 

 

「ちょっといいかな?」

「えぇ。近くの魔物は狩り尽くしてるから、特にする事も無いもの。・・・どうしたの?」

「母さん達は、このダンジョンに来た事ある?」

「無いわ。」

「ダンジョンを攻略した事は?」

「幾つかのダンジョンは攻略してるけど、それがどうかしたの?」

 

何時にも増して真剣なシュウに、エレナは怪訝な表情を浮かべる。

 

「最深部には何があるのかと思って。」

「ボスが居て、宝物があるわよ?」

「宝物?それってどんな?」

「う〜ん、魔道具や武器、金属塊に魔石かしら?」

「それって何度も手に入る?」

「え?えぇ、そうね。」

 

まるでゲームを彷彿とさせる答えに、シュウは腕組みして首を撚る。

 

 

(やっぱり矛盾してるよな。まるでダンジョンに来て欲しいみたいじゃないか。いや、待てよ?来て欲しいのは冒険者、つまり・・・人間か?その上で神は遠避けておきたいが、妨害するにも限界はある。だからこそ、人目を引く事で神が近寄り難く・・・いや、目立ちたくないのはオレだけだ。)

 

自らの仮説にはあまりにも大きな穴がある。そう考えたシュウは、思考を全く別な方へ向ける。

 

(そもそもダンジョンを一括りにする事が間違ってるのかもしれない。転移出来ないダンジョンには神族を近付けたくない何かがある。それ以外のダンジョンには人を集めたい。転移を封じない事から、神族の動向は気にしてないのか?つまり目的は別にある?転移出来ない方は置いとくとして、今は人を集めている方のダンジョンだ。)

 

ダンジョンという分類に誤魔化されているのではないか。そう考えたシュウは、ダンジョンを大きく2つに分ける。転移が可能な物と、不可能な物に。これにより、目的に大きな違いがある事に気付く。

 

(宝物や魔物が増える原理も不明だけど、それより人を集める理由は何だ?・・・装備品?魔力?いや、どちらも人から集める必要は無いはず。装備品に至っては、寧ろダンジョンは放出してるしな。あと考えられるのは・・・魂?)

 

スケールの大きな話に、シュウは思わず首を横に振る。

 

(う〜ん、新しいダンジョンでもなければ対策が練られる。死人の数はそれほど多くないはず。・・・やっぱ情報が少なすぎる。これは一度行ってみるべきかもしれないな。)

 

急に黙り込んだシュウを心配して、エレナが声を掛ける。

 

「ルー・・・シュウ?」

「ん?あぁ、ごめん。考え事をしてた。それより教えて欲しいんだけどさ?」

「何を?」

「攻略が簡単なダンジョンと、まだ攻略されていないダンジョンの場所。」

「え?」

「気になる事が出て来たから、ちょっと攻略して来ようかと思って。」

「ちょっとって貴方・・・」

 

まるで買い物にでも出掛けるかのように軽く告げるシュウに、エレナは呆れて言葉に詰まるのだった。

 

 

 

シュウが考えているのは、初心者向けのダンジョンとまだ攻略されていないダンジョン。それも此処とライム以外の。そもそもクリスタルドラゴンの問題が片付かない限り、このダンジョンを攻略する訳にはいかない。そしてライムにあるダンジョンは、単なる道としての役割。しかも近々エレナ達を送り届ける約束になっている。ならばそれ以外となるわけだ。

 

(オレの予想が正しければ、少なくとも高難易度のダンジョンには11つ異なる存在理由がある。念の為カレンも連れて行った方がいいだろうな。引き摺ってでも・・・。)

 

 

 

 

ーー 同時刻 ーー

 

「今日の紅茶も美味し・・・はっ!?」

「どうかしましたか?」

「・・・何故か、茶葉を大量に確保しなければならない気がします。」

「「「「「は?」」」」」

「ルビアさん!紅茶は何処で栽培していますか!?」

「何処って、カレンの為に地下でも栽培してるわよ?」

「案内して下さい!今すぐ!!」

「別にいいけど・・・まだ収穫出来ないからね?」

「ガーン!」

 

 

勘は鋭いが、何処か抜けているカレン。その後、シュウ達が帰って来るまで紅茶集めに奔走するカレンなのだった。