260話 閑話 目玉は焼きません1
260話 閑話 目玉は焼きません1
いつもと変わらない、何気ない昼下がりの事。嫁さん達に昼食を摂らせ、全ての後片付けを終えたオレはスフィアの下を訪れていた。他の嫁さん達は食休みをしているというのに、彼女だけは忙しなく働いている。本当に頭の下がる思いであり、心労を増やすのは偲びないのだが・・・言わない訳にはいかない。
「スフィア、ちょっといいかな?」
「何です?」
「大分切り詰めてはいたんだが・・・やはり無理だった。」
「そうですか・・・。で、何の事です?」
夫婦なんだから1から10を汲み取って貰えるもんだと思ったが、どう考えても無理だよな。
「ある食材が底をついた。」
「まさか・・・小麦ですか!?」
「いや、小麦は余裕だ。」
「ほっ。・・・では何です?」
安堵の溜息を吐いたスフィアだったが、オレの深刻な表情を見て只事ではないと悟ったらしい。
「卵だよ。」
「卵?・・・心配させないで下さい!卵でしたら我慢すれば良いではありませんか!!」
報告したら叱られた。オレが悪い訳じゃないのに、何だか理不尽だ。・・・いや、待てよ?ひょっとして、卵の重要性に気付いてないのか?
これはみんなに思い知らせる、絶好の機会かもしれない。
「なら、今晩から卵は一切使わないって事でいいんだな?」
「えぇ、構いませんよ。」
「暫く卵はナシだからな?」
「くどいです!」
「わかった。」
精一杯の演技をして、オレは部屋を後にした。くっくっくっ。言質は取ったからな?思い知るがいい!卵の偉大さを!!
報告を済ませたオレは、すぐさま厨房へと引き返す。料理人達に指示を出さなければならないのだ。昼食後すぐではあるが、あと2時間もすれば夕食の支度に取り掛かる。報告、連絡、相談は迅速に済ませるのが鉄則だ。
上司に丸投げと思うかもしれないが、出来る部下とはそういうもの。・・・あれ?オレって皇帝だよな?一番偉いんだよな?いや、考えるのはよそう。
厨房に辿り着くと、料理人や使用人達が食事を摂っている所だった。食事の邪魔をするのは申し訳ないが、時間は有限。とりあえず聞いて貰おう。
「食べながら聞いてくれ!知っている者も多いが、卵が底をついた!!」
「「「「「えぇ!?」」」」」
うんうん。これが普通の反応だよな。って、こんな事で納得してる場合じゃなかった。
「本日の夕食より、暫くは卵の使用を控える事とする!」
「「「「「っ!?」」」」」
みんなの食事をする手が止まった。何故だろう、やけに気味がいい。・・・黄身だけに。
「カツ丼はどうなるのですか!?」
「やるならポークステーキ丼だな。」
「カルボナーラは!?」
「卵無しでも作れるが・・・ミートソースでいいだろう。」
「オムライスは何で包むのですか!?」
「・・・包まなきゃいい話だ。」
あれ?卵無しでも大丈夫な気がして来たぞ?みんなもそれ程動揺していないみたいだし、スフィアの言う通りにしておけば良さそうだな。
「陛下!今晩のデザート、プリンはどうなるのでしょう?」
「あ〜、流石にプリンは無理かな。ゼリーで代用しようか。」
「「「「「なっ!?」」」」」
「え?どうかしたのか?」
全員がこの世の終わりみたいな顔をしている。スプーンやフォークを落とす者も少なくない。
「プププ、プリンが・・・」
「無いですと!?」
「何とかなりませんか!?」
「いや、何とかって言われてもなぁ・・・。」
ここまでプリンに食いつくとは思っても見なかった。出来れば口に物を入れたまま詰め寄らないで欲しい。
「スフィア皇后陛下に直訴して参ります!」
「あ、料理長!卵無しはスフィアの決定だ。行っても無駄だぞ?」
「そ、そんな・・・」
スフィアへの面会が許される料理長が、勢い良く席を立つ。頼れる料理長に、他の者達の目が輝いたのを見逃さない。すぐさま静止したオレの言葉に、料理長が項垂れてしまった。見回してみると、全員が絶望しているのがわかる。
その後、まるでお通夜のような厨房で何とか夕食の支度を済ませ、嫁さん達と共に夕食を摂る。オレはこの時、嫁さん達から不満の声が上がるのは食後だろうと思っていた。しかし、どんな時も予想を裏切るのはティナである。
一見して、卵と無関係そうなハンバーグで抗議の声が上がるとは・・・。
「ルーク!どういうつもりですか!!」
「え?何が?」
「目玉焼きがないでしょう!!」
「そりゃそうだ。卵が無いんだからな。」
「・・・卵?話をすり替えないで下さい!私は目玉焼きの話をしているのです!!」
何故だろう?話が全然噛み合ってない。
「だから卵が無いんだって!」
「卵の話はしていません!今は目玉焼きです!!魔物ならば丸ごと持ち帰っているのです。目玉焼きなら幾らでも作れるはずではありませんか!!」
魔物?・・・・・目玉焼き?他の嫁さん達もうんうん頷いているな。いや、まさか・・・
「ティナさん?それとみんなも。目玉焼きって何だと思ってる?」
「目玉焼きは目玉焼きです!」
「そうそう、目玉焼きよ。」
「目玉焼きって言うくらいだし、魔物の目玉でしょ?」
「・・・・・。」
こえぇよ!何処のゲテモノ料理だよ!!ん?待てよ?
「あっ!そうか!!この世界じゃ、卵を生や半熟で食べたりしないんだよな・・・。」
「どういう事です?」
「うん、落ち着いて聞いて欲しい。目玉焼きって、魔物の目玉を焼いてるんじゃないから。」
「「「「「・・・え?」」」」」
「目玉みたいに見えるから目玉焼きって言うんだ。・・・卵だからね?」
「「「「「はぁぁぁ!?」」」」」
いや、そんなに驚かれても困るんだけど。むしろオレの方が驚きだよ。
「目玉焼きが卵・・・」
「トロトロなのに卵・・・」
「卵の目玉・・・目玉は卵・・・」
ちょっと待て。ティナ、卵に目玉は無いからね?そして卵は目玉でもないぞ。
「忘れていました!ルークは禁呪使いです!!」
「そうよ!これも知られていない魔法なんだわ!!」
話がおかしな方向へ飛んで行った。もう魔法でいい気がして来たぞ。
「他には・・・他に隠している事はありませんか!?」
「隠し立てすると、タダじゃおかないわよ!」
「そうよ!素直に白状しなさい!!」
今度は浮気した亭主みたいな扱いかよ。食い物の恨みは恐ろしい。・・・違うか。
結局、卵を使った料理を順番に挙げる事となった。それは当然スイーツにも及ぶ訳で・・・。
「プリンも作れないの!?」
「ローリングケーキもですか!?」
ローリングって・・・どんなケーキだよ?どうやらティナさんは完全に壊れてしまったらしい。色んなモノが頭の中をグルグルと回っているんだろうな。
「卵が無くても作れるお菓子は沢山あるけど・・・みんなが好きなシュークリーム。中のカスタードは卵が無いと作れないかな。」
「「「「「っ!?」」」」」
「これは想像以上に由々しき事態です。」
「至急対策を練らなければ!」
「緊急会議よ!」
「え?ちょっと!みんな!?」
夕食そっちのけで、嫁さん達は揃って部屋を後にしてしまった。呆然としていたオレだったが、我に返って周囲を見回す。すると、こちらも呆然としている使用人の姿が。どうやらティナが、夕食をちゃっかりアイテムボックスに詰め込んで行ったらしい。
ともかくオレは、使用人達を復活させて回ったのだった。・・・洗うから皿返して!