人気ブログランキングへ

Shining Rhapsody

オリジナル小説の投稿がメインです

220話 ルークの過去1

 220話 ルークの過去1

 

幸之進と静に招かれるまま、アークとエールラは客間へと案内される。床が畳とあってか、慣れないエールラはソワソワと落ち着かない様子だった。

「作法なんざありゃしないよ。好きなように座るといいさ。」
「ありがとうございます。」
「畳は特にあの子が好きだったもんでな・・・」
「あの子とは秀一様の事でしょうか?」
「いいや、雪ちゃんだよ。」
「雪ちゃん?」

初めて耳にする名に、エールラは首を傾げる。当然アークもそうだろうと思い視線を向けるが、その表情に変化は無かった。

「雪ちゃんの事から説明すんのかい?・・・まぁいいさ。私達もあの子が好きだったからねぇ。」
「その子の名前は真白 雪。友人達からは姫と呼ばれていたそうだ。誰かが白雪姫から取った、と秀一から聞いた事がある。秀一の幼馴染にして、将来を誓い合った子さ。」
「誓い合ったというのは?」
「結婚が決まった矢先に亡くなったよ。」
「そんな・・・」

あまりにも衝撃的な事実に、エールラは悲痛な面持ちとなる。

「雪ちゃんは本当に可哀想な子だった。母親を病で早くに亡くし、父親も彼女が高校生の時に事故死。親類縁者も無かったが、何とか保険金で生活する事は出来た。だが彼女自身も病弱でな・・・卒業しても働く事は出来ない状態だった。」
「そんな雪ちゃんを助ける為、秀一は本当に色々なアルバイトをしたもんさ。」
「では、学生の時に亡くなったのですか?」
「いんや。亡くなったのは30歳になる少し前さ。良くあの年まで生きられたもんだよ・・・。」
「どうしてすぐに結婚しなかったのです?」
「神崎家の者達が反対したのさ。子供も産めないような者と結婚させる訳にはいかない、ってね。」
「ヒドイです!」

まるで自分の事のように憤慨するエールラに、老夫婦の表情が柔らかくなる。

「オレがこの2人に接触したのがその頃だ。」
「え?」
「神崎家とはずっと前から交流があってな。困った時に何度も助けて貰ってるんだ。」
神崎流の継承者にのみ伝えられているが、まさか本当だとは思わなかったぞ?」
「その割には、図々しくも交換条件を出して来たじゃねぇか。」
「条件、ですか?」
「あぁ。神崎家歴代最強は何としても引き入れたかったんだ。その交渉に来た時、その雪って女の事を聞かされてな。切り札になりそうなんで受け入れたんだ。」

アークの狙いとしては、万が一対象が敵対した場合の事を考えてのものであった。物事に絶対は無いのだから、非道な真似も辞さない考えである。

「そうですか。しかしアーク様は歴代最強に拘っていらっしゃいますが、何か問題でもあるのですか?」
「問題というか、ちょっと疑問に思っただけだ。本当にアイツが最強なのか、とな。」
「アタシらは嘘なんか吐いてないよ!あの当時は紛れもなくシュウが最強じゃった!!」
「「あの当時は?」」

聞き捨てならないセリフに、アークとエールラが食いつく。

「秀一の牙は、雪ちゃんの命と共に失われたのさ。秀一にとって力とは、雪ちゃんを守る為だけの物だったからな・・・。」
「その辺を詳しく教えろ。」
「詳しく、ねぇ。・・・まぁいいじゃろ。長くなりそうだし、茶でも淹れて来るよ。」
「なら婆さんが戻るまで、ワシが聞かせてやろう。秀一が小さかった頃からだな・・・」

 

 

神崎家の次男として生を受けた秀一は、幼少期より非凡な才能を発揮した。教えられた事は一度で覚え、何をやらせても超一流。スポーツの道を進めばオリンピック選手に、学問の道ならばノーベル賞は時間の問題とまで噂される程。身内の贔屓目を差し引いても、神童と呼ぶに相応しい才能であった。

しかし教育熱心な両親のせいで、同年代に友達と呼べる者はいなかった。そんな秀一の習い事も、年齢を重ねる毎に落ち着きを見せる。当然だろう。完璧超人の彼に教え続けられる者がありふれた世の中ではないのだから。

何かに夢中になる事もなく、与えられた課題を淡々とこなして行く少年。これに危機感を抱いたのが、祖父母である幸之進と静であった。2人から見た秀一は、宛ら機械のよう。まずは感情を引き出さねばならないと考え、子供相手に命のやり取りを叩き込む。

一歩間違えれば冷酷な殺人鬼を作り出す事となったかもしれない。だが2人の狙いは功を奏す。如何に神童と言えど、50年に及ぶ研鑽を上回る事など出来ない。初めに恐怖心を。次に屈辱を。超えられない壁にぶつかった事で、秀一は徐々に年相応の感情を取り戻して行った。この時まだ6歳である。


このまま健やかに成長するものと信じていた幸之進と静だが、予想外の出来事に見舞われる。息子夫婦との間に亀裂が生じたのだ。原因は勿論秀一であった。昔から金に対する執着しか持たなかった息子。秀一の教育方針を巡って衝突してしまったのだ。

息子に任せたのでは、秀一が元に戻ってしまう。2人は悩み抜いた末、巨大な医療グループの経営権と引き換えに秀一を引き取る事に成功する。とは言っても2人には莫大な財産が残されていた。老夫婦と子供1人が一生暮らしても使い切る事は出来ない程の預金や不動産である。馬の合わない息子夫婦に渡すつもりなど無いし、元々贅沢とも無縁の生活だった。幸之進と静にとっては、満足のいく結果である。

 

こうして祖父母に引き取られた秀一は、新天地での生活を始める。元々友達もいなかった為、新居での生活には不満など何一つ無い。期待に胸を膨らませた、友達のいない少年がする事と言ったら、最早探検しかないだろう。


遠出は禁じられている為、行けるのは自宅が見える所まで。とは言っても豪邸である。屁理屈を駆使すれば、相当遠くまで行く事が出来る。しかし秀一がそこまでする理由も無い。結局3軒隣までという自分ルールを作って行動する。時計回りに1周し、家に戻ろうとした時。秀一の体を言いようのない衝撃が突き抜ける。


家に向かって駆け出した瞬間。自宅の斜め向かい、その庭先に座り犬と戯れる少女の姿が写り込んで来た。理由など無いのだが、何故か立ち止まった秀一と少女の目が合う。

「「っ!!」」


この時の様子は、成長した2人によって幸之進と静だけに語られている。

「あの当時、そんな知識は無かったけど・・・運命の人だと思ったんだ。」
「この人と共に人生を歩むのだと確信しました。」


そんな2人が打ち解けるのに時間が掛かるはずもなく、すぐさま家族ぐるみの交流がスタートした。娘のいない幸之進と静にとって、雪はまさに天使のような存在であった。雪にとっても初めて出来たおじいちゃんとおばあちゃん。お互い険悪になる理由は無い。


他人に心を許す事の少ない静だが、雪は特別な存在だった。気立ては良く、見目麗しい。何より秀一を大事にしているのが誰の目にも明らかである。欠点と言えば、病弱なのと料理の腕前が壊滅的な所だけ。別に料理なんてしなくても死にはしないんだし、絶対に秀一とくっつけてやろうとさえ企む程。

気難しい静を大人しくさせられるのは雪だけだった事もあり、幸之進にとっては女神と言っても過言ではなかった。同年代の男性にとっても女神だったのだが、秀一と雪の関係を知ると全員が諦めた。

『お似合い過ぎてて、嫉妬する気も起こらない』

これは男性達の感想である。一方で女性達は違っていた。超がつく程の優良物件である秀一。当然諦め切れない女性も多い。陰湿な嫌がらせも多々あったのだが、雪が負ける事は無かった。これも静の高評価に繋がっていたのは言うまでもない。

 

「そんな幸せな日々も、永遠には続かないものだ。ある日、雪ちゃんの父親が事故で亡くなってしまってな・・・」
「あの時は大変だったねぇ。葬儀もそうだけど、その後の雪ちゃんを説得に苦労してさ。」
「説得ですか?」
「そうさ。病弱な女の子に1人暮らしさせるのもアレだろ?万が一って事もあるんだし。」
「身寄りも無かったから、ウチで引き取ろうとしたんだが・・・絶対に首を縦に振らなかった。」
「どうしてです?」

遠縁の親戚がいたとしても、そちらよりは神埼家に引き取られた方が安心出来る。それなのに受け入れようとしなかったという雪の心情が理解出来ない。そう考えたエールラが問い掛けた。

「お祖父様とお祖母様のお世話になってから秀一さんと一緒になれば、謂れのない中傷に晒される事となります。ですから結婚するまではお世話になる事など出来ません!って言うんだよ。」
「そんなの気にしないってのにな・・・。」
「でもまぁ、まだ高校生だったからね。保護者になる事だけは受け入れて貰えたさ。」
「結局秀一が毎日料理しに行ってな。ちゃんと寝る前には帰って来るんだよ。そのまま一緒に住んでもいいとは言ってあったんだけど。」
「何時の時代の人間だよ?って話さ。アタシらの時とは違うってのに、雪ちゃん頑固だったからねぇ。」
「親の決めた相手と結婚するしかなかったしな・・・。

遠い過去を懐かしむ老夫婦の様子に、思わずエールラが口を挟む。

「お2人もそうだったのですか?」
「いんや、違うぞ?」
「アタシらは普通に恋愛結婚だったさ。このジジイの熱烈な求愛に根負けしてねぇ・・・」
「あの頃のババアは、それはそれは美人だった。それが今じゃ・・・」

言葉を濁しながらも、視線を静に向ける幸之進。当然何を言いたいのかは静にもわかる。

「何だい!?今だって十分美人だよ!」
「はっ!?皺だらけのクセして何を言う!皺が綺麗なのは若い女のスカートくらいだ!!」
「このエロジジイが!表へ出な!!今日こそ引導を渡してやるよ!」
「望む所だ!クソババア!!返り討ちにして、その顔にアイロンを掛けてやるわ!」

まだ話の途中だと言うのに、2人は勢い良く縁側から飛び出して行った。余計な事を言ったエールラがアークに救いを求める。すると、何事も無かったかのようにお茶を啜る最高神の姿があった。

「アーク様・・・。」
「あぁ、茶がうめぇ。エールラ、好奇心も程々にな?」
「・・・はい。」


どうせならもっと早くに言って欲しかったと思いながら、同じく茶を啜るエールラなのであった。