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Shining Rhapsody

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222話 ルークの過去3

 222話 ルークの過去3

 

「先生!おはようございます!!」
「おはようございます。今日の診察、宜しくお願いしますね。」
「はい!」

独身看護師が朝の挨拶をした相手こそ、若き日の秀一である。彼は実家の権力が及ばない、中規模の病院に勤める事にしたのだった。

秀一の才能をもってすれば、大学病院で確固たる地位を築く事も出来ただろう。しかし彼はそれを選ばなかった。理由はただ一つ。毎日定時刻退社する為である。


この病院を選んだのは、祖父母の勧めがあったから。秀一の家庭事情を聞いた上で、快く受け入れたのが院長である。当然、雪の事は院長と看護師長しか知らない。それ故の問題もあったのだが、秀一は全く気にする様子も無かった。


「今日、神崎先生と一緒なの!?」
「羨ましいわ〜。」
「良い事ばかりでも無いわよ?」
「そうなの?」
「何処も悪くないのに、神崎先生の診察を受けに来る人がいるんだから!」
「何よそれ!迷惑じゃない!!」
「追い返しちゃいなさいよ!」

新人看護師がこんな話をしていたら叱られるのだが、この病院は中堅とベテランばかり。準備などさっさと終わらせている為、開院時間までは自由であった。

「他の科だけじゃなくて、他の病院の看護師も狙ってるらしいわよ?」
「イケメンで優しいもんねぇ。オマケに他のドクターみたいに威張り散らしたりしないもの。競争率高いわよ?」
「でも誰からの誘いも受けないんでしょ?恋人とかいるんじゃないの?」
「色々と探ってるんだけど、誰も知らないみたい。」
「今度こっそり尾行しようかしら・・・」

井戸端会議がエスカレートし、物騒な方向へと進み始める。当然声を潜めている訳でもない為、秀一の耳にも筒抜けであった。

(怖いからやめて!でも、注意するのはもっと怖いんだよな・・・。雪の写真でも見て癒やされるか。)

「あまりモテ過ぎるのも考えものね。」
「看護師長・・・。」

椅子に座って写真を眺める秀一の背後から、茶化すように看護師長が声を掛けた。

「あら?その女性が例の・・・」
「え?あぁ、はい。私の大切な人です。」
「本当に綺麗な人ねぇ。あの子達に諦めるよう言って来ましょうか?」
「トラブルにならないのであれば、是非お願いします。」
「・・・そろそろ院長の回診が始まる時間ね。」
「ちょっと師長!!」

秀一の言葉を噛み砕き、手に負えないと判断した看護師長が逃げ出した。当然呼び止めようとした秀一だったが、看護師長の顔が笑っているのに気付いて考えを変える。

(ありがとうございます。)

自分の事を気遣ってくれたと悟り、心の中で礼をする。騒がしくも恵まれた環境下で働ける事に感謝しつつ、日々の業務に励む秀一。あっという間に仕事は終わり帰宅する時間となるのだが、秀一にはすべき事があった。院長や同僚の協力を得て、雪の治療法を探すのである。

高価な医学書や論文を読み漁り、何の収穫も得られぬまま帰路につく。それが日課となっていた。


「お帰りなさい、秀一さん。」
「ただいま、雪・・・」
「どうかしたのですか?」
「いや、何でもないよ。それよりご飯にしよう!何か食べたいものはある?」
「そうですね・・・では、ハンバーグをお願いします!」
「え?昨日もハンバーグ・・・まぁいいか。」

食の細い雪だが、そんな彼女の大好物はハンバーグ。秀一が作る一口サイズのハンバーグであれば、毎日でも食べたいと思う程。秀一も肉は好きなので、特に不満を口にする事も無い。だが、こう何度も続くと飽きてしまうだろう。

ソースを変えたり具材を工夫したりと、日々研究を重ねていたのだった。雪を愛する一念で上達した料理の腕前は、既にプロ級である。雪の体調を考慮すると、外食するのも難しい。考え抜いた末、秀一が味を覚えて自宅で再現するというものであった。


雪が食べたいものを食べさせてやる。少しばかりカロリーオーバーでも気にしない。何しろ雪は痩せすぎなのだから。出る所は出ているのでスタイルが良いとも言えるのだが、如何にも病人という見た目である。医者でなくとも心配になる。

 

賑やかな夕食を終え、後片付けをしている秀一の下に幸之進と静が訪れる。秀一の様子がおかしい事に気付いたからであった。

2人がキッチンに辿り着くと、床に座り込む秀一の姿があった。

「シュウ・・・」
「ばあちゃん・・・じいちゃんも・・・。今日さ、ハッキリしたよ。・・・雪を治療する術は無いんだ。もし新発見があったとしても、多分間に合わない。雪を元気にしてやりたくて医師を目指したのに、何もしてやれないんだ。情けないよな・・・。」
「「・・・・・。」」

自暴自棄になっている秀一に対し、掛ける言葉が見つからない。何故なら2人も同じ想いだったからだ。

「さっきさ・・・初めて神様に祈ったよ。オレの寿命と引き換えでもいい、せめてあと10年だけでも生きられますように、って。オレは、雪に何もしてあげられないのかなぁ?神に縋るのが医者のする事なのかよ・・・」
「ワシらも同じだよ。元気にしてやるのが医師の役目だと言うのに、逆に雪ちゃんから元気を貰っておる。不甲斐ないもんだ・・・。」
「シュウ、面倒はアタシらが全部引き受ける。アンタは雪ちゃんの望みを全部叶えてあげな。」
「ばあちゃん・・・ありが・・・とう。」

声を押し殺して涙を流す秀一を、励ます者も叱責する者もいない。何故なら幸之進と静もまた、涙を流しているのだから。

医師であるが故にわかってしまう事実。日に日に弱って行く雪の命が残り僅かである事を悟ってしまったのだ。

 

それから数日後。夕食を終えた雪が不意に全員へ向かって問い掛ける。

「先生方にお聞きしたい事があります。」
「「「?」」」
「私の余命は、あとどれ位でしょうか?」
「「「っ!?」」」

秀一に負けず劣らずの学力を誇る雪。毎日する事といったら読書くらいのものである。並べられた医学書から過去の症例を調べ尽くし、自身の体調の変化も手に取るようにわかっている。そう長くはない事など、ずっと前から感じていたのだ。

「・・・あと半年保つかどうか。」
「「シュウ!!」」

正直に答えた秀一を、幸之進と静が叱り付ける。そんな2人に、雪は笑顔で語り掛けた。

「秀一さんを叱らないであげて下さい。自分の体の事は、自分が1番良くわかっています。ですが、ハッキリと先生の口から聞きたかったのです。そうですか・・・あまり時間がありませんね。」
「雪、何かやりたい事は無いかな?」
「やりたい事、ですか?・・・では、我儘を言っても良いですか?」
「「「勿論!」」」

弱音も吐かず、ましてや我儘など1度も口にした事の無い雪である。3人としては、何としてでも叶えてやろうと心に決めた瞬間であった。

「今まで、秀一さんの為を思って拒み続けて来ました。ですが、これ以外に思い残す事などありません。ですが、最初で最後の我儘です。」
「何?」
「ウェディングドレスを着てみたいです。」
「「「っ!?」」」

これまで、秀一と神崎家の確執を気に病んでいた雪は、頑なにプロポーズを断って来た。そんな雪がウェディングドレスを着たいと言った意味。即ち結婚しても良いという事である。

「ジジイ!さっさと出掛けるよ!!」
「待て!電話が先じゃ!!」

自分の子や孫よりも可愛い雪の晴れ姿である。全力を以て仕立てなければならない。老人とは思えない程のスピードで部屋を後にする幸之進と静であった。

残された秀一と雪は、そんな2人を見送って笑い出す。

「ふふふっ。お祖父様とお祖母様ったら・・・」
「あははっ。ドレスは2人に任せた方が良さそうだね。」
「そうですね。・・・秀一さん。」
「何?」
「すみません。私の我儘で、秀一さんの経歴に傷を・・・」
「何言ってるんだ?雪と結婚出来ない事の方が、大きな傷になると思うよ?」
「ありがとうございます。」


秀一の言葉が余程嬉しかったのだろう。礼を述べながら、雪が秀一に抱き付いた。このまま時間が止まればいい、そう思う2人なのであった。

 

 

それから2週間後。容態が急変した雪は、ウエディングドレスの完成を待たずに生涯を終える。

 


「雪ちゃんが亡くなった後、儂らは暫く気の抜けた日々を送ってな・・・」
「物静かな子だったけど、いなくなるとやっぱり静かに感じられてね。オマケにシュウも家を出て行ったのさ。」
「そんな・・・」
「あぁ、シュウが出て行ったのは、雪ちゃんとの約束を果たす為だよ。」
「「約束?」」

雪が亡くなった際のやりとりが語られていない為、事情を知らないアークとエールラが首を傾げる。

「雪ちゃんが亡くなる前に、シュウは病院を辞めていてね・・・。そんなシュウに雪ちゃんが言ったんだよ。

『秀一さんが作って下さる料理、私は大好きです。お医者さんを続けるつもりが無いのでしたら・・・何か人々を笑顔にさせるようなお仕事をなさって下さい。それが私の願いです。』

ってね。だから料理人になるべく、海外へ修行に行っちまったのさ。」
「「あぁ・・・」」

秀一が料理人を目指した理由を知り、納得した様子の神々。そんな2人に、今度は幸之進が問い掛ける。

「雪ちゃんが亡くなる直前、神に願ったそうだ。

『神様。今度生まれ変わったら、秀一さんのお料理をお腹いっぱい食べられる元気な体でありますように』

とな。その願いは叶えられたか?」

これにはアークが自身満々に答える。

「それは大丈夫だ。・・・誰よりも多く食べてるよ。」
「そうか。安心した。」

満足した様子の幸之進に、今度はアークが聞き返す。

「秀一は他に何かを願ったりしなかったのか?」
「ん?それは無いな。」
「どうしてです?」
「雪ちゃんが亡くなった時、秀一が言っていたんだ。

『やっぱり神様はいないんだな。今更いらないか。・・・雪を若くして死なせるような神なんて、居てもいらないけどな。』

とな。だから秀一が神に祈る事など有り得ない。」

「神を恨んでいる・・・か。」
「別に恨んでなどおらんじゃろ。ただ・・・」
「誰よりも神を拒絶した者が、生まれ変わって神になった。皮肉な話だな。」

 

アークの呟きに、全員が黙って頷くのだった。秀一が、ルークが何を思っているのかは、彼にしかわからないのだから。