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Shining Rhapsody

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271話 踏み止まるべき一線3

 

 271話 踏み止まるべき一線3

 

 

暫くの間、空を見上げていたユキ。心の整理がついたのだろう。顔を下げてシュウへと向き直る。

 

「そう言えば、日本刀は見られても大丈夫なの?」

「ん?あぁ、単純な造りの物は大丈夫だと思う。それにアレは、誰にでも使える代物じゃないし。」

「それもそうだね。じゃあ調理器具は?」

「ホイッパーやピーラーで人が殺せるなら秘密にするよ。」

「・・・無理だよね。」

 

厳密には無理ではない。だがそんな物を使うのなら、ナイフや包丁などの刃物を使った方が確実である。日本刀も似たようなものと言えよう。強力な武器とはなるが、使いこなすには技術を要する。しかしその技術を教える者がいないのだから、大剣を振り回した方がよほど効率的だろう。

 

 

疑わしいという点では、料理の知識もその一つ。これに関してシュウは、かなり慎重を期している。何しろ、まだ使われていない調味料も存在しているのだ。その最たるものが重曹である。

 

重曹は海水を電気分解するか、重曹を含む岩石から精製する以外に入手する方法が無い。地球でさえ、一般に発見されたのは1800年代である。それよりも遥かに遅れているこの世界に、重曹が存在するはずがないのだ。

 

 

シュウというかルークだが、幼少期に海水を入手して自力で作り上げた。しかも製法を知られぬようにと、膨大な量をまとめて作る程に警戒して。否、知られたくなかったのは製法ではなく、その考え方である。人は結果を知る事により、何故そうなるのかという疑問を抱く。もし途中の過程を知れば、その疑問は大きくなるだろう。

 

重曹という不思議な粉の存在を知られるのは構わないが、作っている工程を見られる訳にはいかないのだ。世界中を探し回るのと、製法を探し出すのでは意味が全く違う。冒険なら構わないが、科学に辿り着かれるのは色々とマズイ。

 

 

シュウも言っていたが、自然に生み出されるのは構わない。段階を踏んでの進歩ならば、国や世界がその都度対処するだろう。だが持ち込まれた技術や知識というのは、そのバランスを崩しかねない。猿の群れに、核ミサイルの発射スイッチを置くようなものだ。まさにお笑い芸人の『押すなよ、押すなよ』である。押さない訳がない。

 

 

「聞きたかった事はそれだけ?」

「う〜ん・・・今の所はそれだけかな。」

「なら、ユキはもう戻るんだよな?」

「え?どうして?」

「・・・え?」

 

誰かに聞かれたくない話をする為にダンジョンまで足を運んだ。そう思っていたシュウに対し、ユキは思わず聞き返す。誰よりもお互いを理解し合っている2人だったが、ここで認識に齟齬が発生する。ケルベロスは口実だと思っていたのに、実は違っていたのだ。

 

「まさか本気でケルベロスを飼うつもりじゃないだろうな!?」

「飼うわよ?」

「いやいや、無理だから!」

「別にいいじゃない、ドラゴンを飼うようなものよ。」

 

随分と簡単に言うユキだが、ドラゴンを飼われたらたまったものではない。日本でキリンやゾウを飼うようなものなのだから。目論見が外れ、本気で焦るシュウ。その時、ふとフィーナに頼んだ事を思い出した。

 

「そう言えば、この世界にはフェンリルが居るらしいぞ!?」

「私、犬は短毛が好きなの。」

「・・・・・。」

 

まさかの告白に、シュウは絶句してしまう。思い返してみれば、ユキが幼少の頃に飼っていたのは柴犬である。だが柴犬とドーベルマンでは差があり過ぎる。しかもこちらは頭が3つ。カワイイと思うには些か無理があるだろう。

 

「ちゃんと躾けるから大丈夫だよ?」

「・・・はぁ。じゃあ、きちんと躾けてからみんなを説得して。それならオレは何も言わない。」

「ふふっ、ありがと。」

 

結局はユキに甘いシュウ。そんなシュウが可笑しかったのか、ユキは微笑んで礼を述べるとフィーナ達の下へと歩き出した。1人佇むシュウだが、その表情は哀愁漂うものでは無い。まさに悪役と呼ぶべき不敵な笑みであった。

 

 

(くっくっくっ。何も言わないとは言ったけど、手を出さないとは言ってないぞ?ユキには悪いが、あんな怪獣みたいな魔物を飼われちゃたまらないんだよ。みんなの協力を仰ぐか、それともオレ1人でやるか。30階層に入る前までに結論を出すべきだけど・・・とにかくユキよりも速くケルベロス接触して確実に始末してみせる!多喰らいはユキだけで沢山なんだよ!!)

 

知られたら確実に夫婦喧嘩が勃発するような事を企むシュウ。帝都の住人や嫁の事を想っていない訳ではないのだが、今回ばかりは自分を優先しても許されるだろう。なにせ、食事の用意はシュウの担当。ユキだけでも大変だと言うのに、動物の食事までさせられるのはマズイ。肉体的にも食材的にも。

 

 

そんな夫の企みなど知らないはずのユキだったが、共に過ごした時間は合算で30数年。相手の考えている事くらいお見通しである。

 

(どうやって私を出し抜くか考えているんでしょうね。直前での競争となるとシュウ君には勝てない。だからと言って、すぐに行動してはみんなに抑え込まれる。警戒してるだろうし。となると・・・諦めたと思わせて、29階層からの全力疾走。ふっふっふっ・・・負けませんよ、旦那様?)

 

 

夫婦円満の秘訣。それは相手を思いやる心・・・だけではないのだろう。似たもの夫婦。この2人に言えるのはそれであった。

 

 

見えない所で互いに不敵な笑みを浮かべる1組の夫婦。この勝負の行く末や、如何に。