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Shining Rhapsody

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275話 おやつ

 275話 おやつ

 

 

翌朝。朝食を摂り、一休みしてから出発したシュウ達。全ての魔物を狩るつもりなら、全員で手分けした方が早い。しかしシュウ達は然程バラける事なく進んでいた。それは当然ユキを警戒しての事。

 

「しかし凄えな・・・」

「えぇ。剣閃どころか、体捌きも見えないものね。」

 

ユキの戦闘を食い入るように見つめていたサラとリューが、思わず称賛の声を挙げる。

 

「ティナの戦い方じゃなくて、ルークの剣術よね?」

「多分そうだろうな。いつの間に教えたんだ?」

「ん?教えたのはつい先日だけど、ここまで上達してるとは思わなかったよ。」

 

面倒なのでシュウはそう答えたが、先日教えたのは奥義だけである。別に嘘という訳でもないので構わないだろうと考え、適当に答えたのだ。そして後半の感想については本心であった。

 

 

(圧倒的に不足していた実戦経験も、魔物相手に充分な物へと昇華させているみたいだな。対人経験を積まれると厄介だけど、まぁ本気で争う事にはならないだろ。・・・爺ちゃんと婆ちゃんじゃないんだし。)

 

自分の良く知る夫婦喧嘩を思い浮かべるも、すぐに自分達には当て嵌まらないと考え直したシュウ。そもそも、シュウとユキは夫婦喧嘩した事が無い。ユキの病状を思いやり、心労を与えないよう最善の注意を払っていた為だ。

 

ユキも本気で怒る事は無かったし、そうなる前にシュウが誠心誠意謝っていた。夫婦円満の秘訣は、喧嘩しないように気をつける事。本気でそう考えているのだ。

 

 

 

一見のんびりして見えるシュウ達だったが、昼にはかなり早い時間に28階層の出口付近へと辿り着く。そして当初の計画通り、行動を開始しようとした者が居た。

 

(29階層に降り立った瞬間、みんなは前方に注意を向けるはず。その瞬間、一気に駆け抜ける!)

 

そう考えたのはユキ。階層が変われば、誰であろうと周囲を警戒する。だがそれは背後を除く形で。誰かしらは背後を警戒するのだが、それは精々1人である。安全を確認出来たから進んでいるのであって、態々全員が背後を警戒する意味は無い。その隙を突こうと考えたのである。

 

この作戦には流石のエレナ達も対処出来ない。そんな事をされた経験が無いのだから。当然それは、シュウにも言える事であった。

 

 

 

ーートンッ

 

軽やかな足取りでユキが全員を抜き去る。辛うじて視認出来たのは、すぐ後ろにいたシュウと先頭に立っていたアレンとリュー、アスコットの4人だけだった。他の者達は、ユキの姿が消えた事にも気付かない。

 

((((やられた!))))

 

4人は内心で叫び、すぐさま後を追い掛けようと利き足に力を込める。一斉に1歩目を踏み出そうとした次の瞬間、誰もが予想外の言葉が響き渡った。

 

 

「そろそろおやつの時間なのじゃ!」

 

ーーズルッ!

 

4人が一斉にバランスを崩す。残りの者達もまた、声の主を一瞥して苦笑いを浮かべていた。

 

「あのなぁ、エア?」

「何じゃ?間違った事は言うておらんじゃろ?」

「確かにそうかもしれないけど、今はそれどころじゃーー」

 

ーードパァァァン!!

 

「「「「「何だ!?」」」」」

 

全員の視線が激しい音のした方へと向けられる。すると、此方へ向かって猛スピードで駆け寄る女性の姿があった。彼女は一気に距離を詰めると、シュウに肉薄して急停止する。

 

「おやつの時間を忘れてました!!」

「「「「「・・・・・。」」」」」

 

まさかの言葉に、4人だけでなく他の全員も返す言葉が見つからない。かなりの距離があったはずだというのに、ユキの耳にはエアの言葉が届いていたのだ。だが耐性のあったアスコットが逸早く我に返って確認する。

 

「なぁ?」

「どうしたの、お父さん?」

「まさか、聞こえたのか?」

「おやつでしょ?聞こえたよ?」

「そ、そうか・・・そういう所はティナなんだな。」

 

呆れ返ったアスコットであったが、どことなくホッとしたのだろう。苦笑しつつも全員に声を掛ける。

 

「と言うわけで一休みしよう。」

 

事情は飲み込めないが、休憩とあって全員が開けた場所へと移動する。シュウは立ち尽くしていたのだが、ユキに腕を引かれて歩き出した。

 

 

「・・・良かったのか?」

「何が?」

「折角のチャンスを棒に振って。」

「あ〜、別にいいの。シュウ君が作るおやつの方が大事だもの。」

「そうか・・・。」

 

随分とあっさりしたユキに戸惑いつつも、まぁいいかと思い直したシュウ。そんなシュウに対し、ユキは真剣な表情で問い掛ける。

 

「ねぇ、シュウ君?」

「どうした?」

10時のおやつはなぁに?」

「・・・シフォンケーキ。」

 

手の混んだスイーツを作れる環境にない為、出せるおやつは限られる。朝食を作る際に平行して焼いていたのだが、食べる事に夢中だったユキが知る由もない。だが人数を考えれば、自らの割当が少ないだろう事は予想がつく。

 

「私、10ホールで我慢するね!」

「それを我慢とは言わないからな?」

「え〜、本気を出せば30ホールは行けるよ?」

「・・・・・。」

 

予想を遥かに上回るカミングアウトに、シュウは言葉を無くす。シュウが使う型は、ティナ対策の特別製。その直径は30センチである。それを30個も食える言われたのだから当然だろう。しかもおやつで。

 

 

あのまま1人で進んでくれた方が良かったのではないか。そんな事を考えてしまうシュウなのだった。