278話 制約
278話 制約
「さて。それじゃあ私達は戻るわ。」
「あぁ。これまでの事を考えると特に問題無いと思うけど、気を付けて戻ってくれ。」
「えぇ。家に帰るまでが冒険ですもの。大丈夫よ!」
一夜明けて朝食を摂った一行は、出発の準備を整えていた。そんな中、然程心配していないがフィーナに油断しないよう釘を刺すシュウ。その辺りは充分に心得ているフィーナが笑顔で答える。
「それから母さん。」
「な、何かしら?」
「オレが戻ったら向こう側へ連れて行くから、しっかり準備を整えておいて。」
「「「「「っ!?」」」」」
「わ、わかったわ!」
色々と多忙なシュウが、すぐに自分達へ対応してくれるとは思っていなかった。だからこそ全員が一瞬驚くも、すぐに表情を引き締める。エレナ達にとって、絶対に逃してはならないチャンスなのだから。
彼女達の実力では、ライム魔導大国のダンジョンを抜ける事はまず不可能。レベルを上げて挑めば良いのだが、それでは何年掛かるかわからない。
そんな者達が進んで良いのかと思うかもしれないが、その辺は問題無い。ダンジョンという狭い空間に魔物が密集しているから抜けられないのであって、広い場所へ出てしまえばそれなりに対処は可能なのだ。
エレナ達の火力は足りているが、持久力が足りない。そこを圧倒的な火力と持久力を誇るルークとカレンが切り開く。他の者は黙って付いて行くだけで良いのだから、拒否するという考えは起こらない。
来る時以上に気を引き締めたエレナ達を見送り、シュウはナディア達に向き直る。
「さてと。じゃあオレ達も行こうか。」
「うむ!一気に進むのじゃ!!」
「あ、いや、ゆっくり行こうと思うんだ。」
「な、何故じゃ!?」
「出来るだけ食材を確保したい。」
「「「「まだ集めるの(か)!?」」」」
シュウの発言に、ナディアと竜王達が驚きの声を上げる。それもそのはず。ユキのアイテムボックスには、既に数え切れない程の食材が保管されている。だと言うのに、もっと集めるつもりなのだから当然だろう。だが予想外にも、その理由はユキの口から告げられる。
「お父さん達の行程は、恐らく数ヶ月に及びます。それも、野営で料理をする余裕の無い場所です。シュウ君は、そんなお父さん達の分を集めようとしているのですよ。」
「「「「なるほど・・・(ユキの分じゃなかった!?)」」」」
まさかの理由に、全員が同じ事を考える。だが態々声に出す程愚かではない。しかし、みんなが何を考えたのか感じ取ったのか、ユキが冷たい視線を向ける。
「何か言いたそうですね?」
「「「「な、何でもありません!」」」」
「・・・・・。」
馬鹿なやり取りを尻目に、シュウは無言を貫く。いや、無心である。考えてはいけないのだ。だが流石に気の毒だと思い、話を進める事にした。
「ゆっくりとは言ったけど、実際は急ぐからな?」
「どういう事?」
「手分けして進もうと考えてる。」
シュウの作戦はローラー戦術であった。ユキの場合、ソロだった為にダンジョンを横から横へ進むしかなかった。これではカバー出来る範囲が狭く、あまりにも時間が掛かり過ぎる。
そこで考えたのが、ある程度の横幅を決めた縦への移動である。反復横飛びしながら進むようなイメージだろうか。まぁ、飛べる程短い距離でもないのだが。
「そうか、縦に6つへ分けるのじゃな?」
「だがどうやってだ?まさか地面に線を引く訳でもあるまい?」
「ある程度の位置であれば、魔力で感知出来るのでは?」
分割の方法を巡って、竜王達が勝手に議論を始める。だがそれにはシュウが待ったを掛ける。
「分けるのは6つじゃなくて3つだ。」
「「「「3つ?」」」」
「あぁ。悪いが誰か2人は、目印として竜の姿で浮かんでて欲しい。残る1人はナディアを手伝ってくれ。」
「なるほど。私とシュウ君が両端を、ナディアが中央を担当するのですね?」
「そうだ。このダンジョンは幅5キロ、奥行き10キロって所だから・・・オレとユキの担当は両側2キロずつ。ナディア達は真ん中の1キロでいいぞ。」
「「「「・・・は?」」」」
一体この2人は何を言っているのだろう。そう思った1人と3匹が間抜けな声を上げる。ナディアもそれなりの実力者だし、竜王に至ってはそれ以上である。そんな1人と1匹を相手に、圧倒的なハンデを与えようと言うのだから。
「さっき父さん達に確認して貰ったら、31階層は草原だったらしいんだ。見通しがいいから、1キロなら2人で余裕だろ?ナディア達は500メートルずつなんだし。」
「私達も2キロであれば、態々魔物を探す必要もありませんからね。」
「「「「いやいやいや!」」」」
見えれば良いというものではない。見るのと狩るのでは大違いとあって、ナディアと竜王達が揃って手を左右に振る。
「ん?そうか・・・浮かんでるのが暇なら、好きに交代してもいいからな?」
「そういう事を言いたい訳ではないんじゃが・・・」
「「「・・・・・。」」」
目印として浮かんでいるだけでは退屈なのだろう。そう思っての発言だったが、かなり的外れであった。そんなシュウとユキに対して、呆れた視線を向けるナディアと竜王達であった。
一方、帰路に着いたフィーナ達。気合を入れ直したエリド村の面々であったが、1人だけ神妙な面持ちの者が居た。先頭集団の1人であった彼女は、倒す魔物も居ないとあって走りながらも口を開く。
「ねぇ、アナタ?」
「どうした?」
「封印魔法を覚えてる?」
「封印?・・・ルークが小さい頃に掛けたアレか?」
「えぇ・・・。」
何とも歯切れの悪いエレナに、アスコットが小さく首を傾げる。
「10年も前のアレが今更どうかしたのか?」
「それなんだけど・・・」
「何の事?」
ルークの話題とあって、フィーナが口を挟む。そんなフィーナに対し、アスコットは簡単に事情を説明した。
魔法の中には、契約魔法や制約魔法と呼ばれるモノが存在する。一方的に掛ける事の出来ない魔法によって、対象者の行動を制限する為に用いられる。秘密を口にしないように用いられるのが一般的なのだが、力を制限する事で修行に用いる事も可能であった。この場合は術者とそれを掛けられる側、どちらか一方の意思で解除が可能である。
そしてそれは、ごく短期間の間だけ有効とするものである。命を落としては意味がない為、大抵の場合が危機的状況下であっさりと破棄されるのだ。この制約魔法だが、通常他者は判別出来ない。出来るのは掛けた側と掛けられた側のみである。
そしてシュウと言うかルークの場合、隠蔽の魔道具を使って巧妙に隠していた。目的は勿論、エレナにも気付かれないようにする為。だがシュウの姿となった事で、その効果が適用されなかったのだ。魔道具はシュウをルークと見なさなかった為に。
ごく短時間であれば、エレナも気が付かなかったかもしれない。だが今回は時間を共にし過ぎた。じっくりとシュウを観察した訳でもないが、自然と目に入る時間が多かったのだ。
「修行の一貫で能力を封じる制約魔法を、ね・・・。それで?それがどうしたって言うの?」
「・・・・・。」
「エレナ?」
「・・・いなかったの。」
「「え?」」
珍しく小声のエレナに、聞き取れなかったアスコットとフィーナが聞き返す。
「だから、まだ破棄されていなかったのよ!!」
「「・・・はぁ!?」」
あまりにも衝撃的な内容に、アスコットとフィーナが急停止する。何か異常でも起きたのかと、少し後ろを走っていたサラ達が合流する。
「どうしたの!?」
「魔物か!?」
「何割だ!?一体何割の制約をルークに課したんだ!?」
「・・・・・。」
「・・・何だ?」
「どうしたのよ?」
「おい、エレナ!」
心配するサラとリューには目もくれず、アスコットがエレナの両肩に掴みかかる。黙り込んだままのエレナを尻目に、フィーナが集まって来た者達も含めて説明する。僅か十数秒の説明の後、全員の視線を向けられたエレナが、フィーナの問い掛けに観念して口を開いた。
「お願いエレナ、答えて頂戴?」
「・・・3割、です。」
「何だ、たった3割かよ・・・」
「ビックリさせないでよね・・・」
3割の力を制限する魔法。そう捉えた者達が胸を撫で下ろした。戦闘に於いて、7割の力が出せるのであれば充分である。疲労や負傷によっては、半分の力も出せない事などザラなのだ。だがエレナは大きく首を横に振る。
「違うの!あの子は本来の3割しか力を出せないのよ!!」
「「「「「なっ!?」」」」」
「じょ、冗談、だろ・・・?」
「3割でアレって・・・」
「本当に化物じゃないか・・・」
3割の力を封じられているのと、3割の力しか出せないのではあまりにも違う。エレナの口から告げられた事実は、誰にとっても衝撃的だった。衝撃過ぎたのだ。たった3割の力で、この世界最強と思われるカレンと同等かそれ以上にまで成長している。つまりシュウは、その気になればカレンすら圧倒してしまえるのだ。
そんな化物と一時的にでも敵対した事実に、全員が戦慄を覚えるのであった。
因みに何故ルークが制約魔法を破棄していないのかと言うと、1つは身近に制約魔法の使い手がいなかった事が挙げられる。この魔法は、自分自身に掛ける事が出来ないという特性を持つのだ。破棄してしまえば自分では掛けられない。
もう1つの理由。それは、そこまで差し迫った状況に陥らなかったから。エリド達を相手にした際も、命の危機を覚えなかった。カレンはかなり危険だったかもしれないが、カレンであれば大丈夫だろうと信じていたのである。
もしもルークが、シュウが本来の力を振るうとすれば、それは他の嫁に危険が及んだ時だろう。そんな日が永久に訪れない事を願わずにはいられないフィーナ達であった。