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Shining Rhapsody

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279話 牛さん再び

 279話 牛さん再び

 

 

31階層から変わらず続く草原を、もの凄い速度で突き進むシュウとユキ。現在その姿は35階層にあった。ダンジョンだけあって魔物の数は多いが、見晴らしの良さから討ち漏らす事は無い。

 

驚異的な視力も大きいが、何より恐ろしいのは移動速度。例え1キロ先であろうと、あっという間に距離を詰めては一刀の下に斬り伏せる。その道程は全く以て危なげないものであったが、その表情は優れない。

 

「クソッ!もうあんな所まで進んでやがる!!」

「はぁ、はぁ、はぁ・・・もう無理。」

「で、出鱈目なのじゃ!」

 

シュウ、ナディア、エアが揃って呟く。その視線の先に居るのは、目印であるアクア。つまり、その位置にユキが居る事を意味する。

 

現在の位置関係は、最後尾がナディアとエア。35階層の入り口から2キロ程進んだ所だろうか。その1キロ先にシュウ。そして肝心のユキはと言うと、そこからさらに2キロ程進んだ場所に居た。何故ここまでの差がついたのかと言うと、答えは草原の魔物にあった。

 

「ハンバーグ、ステーキ、すき焼き・・・じゅるり。ここはパラダイスです!」

 

そう呟きながら疾走するのはユキ。目にも止まらぬ速度で狩られるのは、ご存知『牛さん』である。冴え渡る剣技、舞い散るヨダレ。とめどなく溢れ出るヨダレのせいで、折角の美人が台無しである。だがしかし、それを視認出来る者はいない。

 

 

待望の牛さんを前にして、ユキのテンションは限界を突破してしまったのだ。その結果ナディアはオーバーペースとなり、最早付いて行く体力も無い。見兼ねたエアが背負って追うも、その差は一向に縮まらない。自分達の担当区域も、テンションマックスのユキに狩り尽くされていると言うのに。

 

対するシュウだが、速度と持久力ではユキに勝っていた。にも関わらず遅れを取るのは、魔物を狩る速度に差があったから。刀を置くという決断が裏目に出た格好である。1頭を仕留める時間に差は無い。問題はその後であった。

 

次の獲物に攻撃を仕掛けるまでに、刀のリーチ分の差が現れる。それを埋めるのに、1歩か2歩多く必要とする。時間にして刹那、ほんのゼロコンマ何秒かの差。その差が数百匹を狩る間に蓄積されて行くのだ。

 

跡形も無く消し飛ばして良いのであれば、圧倒的にシュウの方が早い。だが素材を傷めずに仕留めるとなると、それなりに加減しなければならないのだ。魔法にしろ拳打にしろ、緻密なコントロールを要求される。しっかりと地に足を付けて、攻撃する箇所を選ばなければならない。結果、追加でゼロコンマ数秒をロスする事になる。

 

 

一方のユキは、単に刀で首を撥ねれば良い。細かい事を考える必要など無いのだ。斬った傍からアイテムボックスへと収納する一連の流れは、芸術と呼んでも差し支えない程に洗練されていた。溢れ出るヨダレによって色々と台無しではあるが・・・。

 

 

最終的にはユキが35階層の出口に辿り着いてから数分後、ナディアを背負ったエアが到着する結果となった。走るだけなら一瞬だったのだが、背中のナディアを気遣っての行動である。色々と物申したいナディアであったが、その前にユキが口を開く。

 

「動いたら小腹が空きました!おやつにしましょう!!」

「はぁ、はぁ・・・お、おやつ?」

 

甘い物なら入るかもしれない。そう思ったナディアが息を整えながら顔を上げる。そんなナディアに告げられたのは、追い打ちとも呼べる一撃であった。

 

「牛さんが大量でしたので、焼き肉をお願いします!」

「「「「・・・・・。」」」」

「うっぷ、おぇぇぇ・・・」

 

呆れた視線を向けるシュウと竜王。そしてナディアは我慢出来ずに戻してしまう。全力疾走の後、焼き肉を食えるのはユキだけだろう。

 

 

ナディアの介抱をエア達に任せ、シュウは言われた通りに焼き肉の準備をする。だがこれはユキが望んだから、という理由だけではない。ナディアの体力回復の時間を稼いでやろうという思いやりでもあった。まぁ漂う香りは、ある意味拷問なのだが。

 

焼き肉であれば、調理をユキに任せても問題は無い。新鮮な部位を使っている事もあって、軽く火を通せば食えるのだから。結局は体力に余裕のあった竜王達も加わり、焼き肉パーティが繰り広げられる。

 

 

そんな肉食獣を尻目に、シュウはナディアの下へと歩み寄る。

 

「大丈夫か?」

「えぇ・・・もうちょっと休めば平気よ。」

「気休めにしかならないけど、次の階層からは楽になるはずだ。」

「?」

 

シュウの言葉に、ナディアが首を傾げる。

 

「このダンジョン、5階層毎に切り替わるだろ?」

「あぁ、なるほど。草原は此処までって事ね?」

「そうだ。砂漠、岩石砂漠に渓谷。墓場、森林、湿地帯と来て草原だった。」

「なら残るは・・・山脈地帯かしら?余計にキツくない?」

「ただの山脈なら、な?」

「違うの?」

「渓谷とか森林とかがあったから、普通の山脈って線は薄いと思うんだよ。」

「なら、シュウは何だと思うの?」

「オレの予想は火山地帯かな。」

 

単なる山ではなく、火山と予想するシュウ。これにはナディアの瞳が輝きを取り戻す。何故なら、火山地帯には魔物が少ない。その分大型の魔物が生息するのだが、それは即ちユキの移動や殲滅の速度が下がる事を意味している。高低差はあるが、岩陰を探したりすればペースは落ちる。

 

例え討ち漏らしがあっても、ユキに気付かれる心配は無い。不敵な笑みを浮かべるシュウとナディアは、焼き肉に満足したユキ達に気付かれないよう後片付けに回る。

 

 

一休みした後、36階層へと踏み入れるユキ達。ニヤリと笑みを浮かべながら視線で会話するシュウとナディアだったが、36階層の景色を目にして表情を凍り付かせた。

 

 

「ちょっと!何処が火山よ!!」

「予想って言っただろ!たまには外れる事だってある!!」

「「「「?」」」」

 

突然言い争いを始めたシュウとナディアに、事情がわからないユキ達が首を傾げる。残念な事に、シュウ達の前に広がっていたのは雪原であった。それも雪が薄っすらと積もるだけの。足場が悪くなっただけで、草原と何ら変わりが無いのである。

 

 

この事実に絶望したシュウは、最悪の一言を呟くのだった。

 

「予想は・・・よそう!」

「「「「「・・・最低。」」」」」

「・・・・・。」

 

 

只でさえ気温の低い空間に、より一層の冷気が漂うのであった。