281話 ユキの想い
281話 ユキの想い
暖を取り何とか復活?を果たしたナディア達。しかし暖まったのは体だけで、外の気温は相変わらず低いまま。このまま外に出れば、同じ事の繰り返しである。
そんな時頼りになるのは、風を自在に操るエア。暖まった部屋の空気をナディア達に纏わせ、一気に抜けてしまおうと考えたのだ。
だが完全に外気と隔離する事は出来ない。いや、正確には容易く出来るのだが、隔離する訳にはいかない。何故なら、呼吸によって酸素を消費してしまうからだ。外気を遮断するという事は、密閉空間を意味する。寒さは我慢出来るかもしれないが、酸欠は我慢出来ない。即ち、空気が入れ替わる前に雪原を抜けなければならなかった。
とは言っても、如何に竜王であろうとそれは不可能。どう足掻いても、5階層を抜けるのに30分は掛かる。直線距離にして10キロ。只飛ぶだけであれば、エアの速度で2分程度。しかしいきなりトップスピードとはいかない。普通は徐々に加速するものなのだ。当然減速にもある程度の時間を要する。
これがエア単独で、且つ戦闘中ともなれば話は違う。周囲を一切顧みず、急加速や急停止を行う事だろう。だが今は、その背に乗る者達が居るのだ。ナディア達を気遣った結果、トップスピードに到達する前に減速しなければならない。
加えてダンジョンの出入り口の大きさも問題であった。竜の姿のままでは、通り抜ける事が出来ないのだ。階層の出入り口を通過する際に人の姿に戻り、徒歩で階段を進む。そうした一連の行動を含めると、1階層を抜けるのに最低でも5分以上掛かるのだ。
当然全員が急げば時間の短縮は可能となる。だがそれは、空気をコントロールするエアにとって負担でしかない。外気が流れ込むリスクを追ってまで、急ぐ理由は無かったのだ。
そして現在、シュウ達は38階層の上空を突き進んでいた。
「エアを除いて5人。計算上、酸素だけなら10時間は保つんだけど・・・。」
「二酸化炭素濃度等の、計算出来ない物もありますからね・・・。」
「竜の呼吸なんて、研究されてるはずも無いからなぁ。」
「この世界の住人達は、地球と比較すると酸素の消費量も多いはずですし。」
「ギリギリかもしれないな・・・」
暖を取った部屋の大きさから、ザックリした酸素量を算出したシュウとユキ。だがそれは地球での話。この世界に当て嵌まる保証は無いし、ひょっとしたら未知の気体もあるかもしれない。加えて生態の不明な竜種まで居る。
エアの背中で焚き火をするわけにもいかないのだから、その表情は深刻であった。そんなシュウ達とは正反対なのが、会話に加わっていないナディア達。
「ナディア・・・せめて顔だけでも出したらどうなんです?」
「嫌よ!急に冷気が流れ込んだらどうするのよ!!」
「・・・駄目だこりゃ。」
「「・・・・・。」」
お手上げだとばかりに肩を竦めるアース。今のナディアには、シュウとユキも冷ややかな視線を向けざるを得ない。何故ならナディアは今、全身を毛布で覆い隠しているからだ。
こんな状態でどうやって階層の出入り口を進んだのかと言うと、勿論シュウに運ばれて。しかもお姫様抱っこやおんぶではない。猫のように丸くなった状態を辞めようとしなかった為、仕方なく頭上に掲げられたのだ。
ナディアに甘いシュウだったが、ユキがそれを咎めるような事も無い。何故なら、ナディアを嫁に選んだのがティナだったからである。これにはシュウも意外に思ったのか、率直に理由を尋ねていた。
「叱らないんだな?」
「何をですか?」
「ナディアに甘いって。」
「あぁ・・・ふふっ。そうですね。ですが、ナディアはいいんですよ。」
「?」
ナディアはいい。その理由がわからず、シュウは首を傾げる。ユキが構わないと言ってる以上、深く掘り下げるべきでは無いのかもしれない。しかし気にならないはずがなかった。
「どうして私が・・・ティナが、ナディアをコチラ側に引き込んだのかわかりますか?」
「どうして?・・・・・知り合いだった、から?」
「知り合いというだけで、アナタの妻に誘うと思っているのですか?」
「いや、無いな。」
ユキの指摘に、シュウは自身の言葉を撤回する。ティナは100年以上も冒険者を続けているのだから、当然知り合いの数は多い。そんな理由で嫁を選んでいては、シュウの身が保たないだろう。
「これでもアナタの好みは把握しているんですよ?」
「いやいや、村には同年代の女性なんていなかっただろ!?」
「ターニャとか?」
「そ、それは・・・」
ターニャとはウサギの獣人で、ティナよりも年下である。ナディアよりも年上なのだが、獣人の寿命は人族よりも長い為、見た目は20代前半であった。そして幼少期のルークが鼻の下を伸ばしていた事を、ティナはしっかりと目撃している。見た目は子供、頭脳はオヤジのルーク曰く『リアルバニーちゃん』なのだ。
「私が亡くなってからのシュウ君を知りませんから断言は出来ませんけど、タイプですよね?」
「いや、その・・・」
「タイプですよね?」
「・・・はい。」
眩しい程の笑顔で迫るユキに、シュウは顔を逸しながら白状する。そんなシュウに対し、ユキは苦笑混じりに告げる。
「ふふっ。別にアナタを責めている訳ではありませんよ。」
「え?」
「私が先立った事で、アナタが誰よりも辛い想いをしたであろう事は、私が誰よりも理解しています。ナディアを引き込んだ時、私にはユキとしての記憶はありませんでした。ですが、何故かそうしなければならないような気がしたのです。」
「・・・・・。」
「ですが、今ならわかります。アナタは・・・シュウ君は、孤独だった私に家族を作ってくれようとしました。真っ直ぐ私だけを見て、ただ只管私だけの為に。そんなアナタに、私も家族を作ってあげたかったのです。」
「ユキ・・・」
「シュウ君の1番を譲るつもりはありません。ですが私は、変わらない恋なんて無いと思っています。大きくなるか、小さくなるかのどちらかです。ですから競い合い、高め合って行ける恋敵を求めました。」
「それがナディア?」
「はい。ナディアならきっと、永遠の恋敵となってくれると信じています。」
「そうか・・・ありがとう、ユキ。」
打ち明けられたユキの想いに、シュウは感謝の言葉しか浮かばなかった。やはりユキという存在は別格なのだという実感を噛みしめるシュウではあったが、それでも時と場所は選ぶべきだろう。
「あのぉ・・・」
「何だ、アクア?」
「盛り上がっている所申し訳ありませんが、本当にアレが永遠の恋敵で良いのですか?」
不本意ながらも割り込んできたアクアが指を差す方へと視線を向けるシュウとユキ。そこにはまたしても顔だけ出して冷ややかな視線を向けるナディアの姿があった。
「ちょっとアンタ達!2人でイチャつかないでよ!!」
「だったら毛布を取って混ざればいいだろ?」
「嫌よ!急に寒くなったらどうするのよ!!って雪が降ってるじゃないの!?全く、何で白いのよ!もっと暖かそうな色にしなさいよね!!あぁ、嫌だ嫌だ。」
「チンピラじゃねぇか・・・」
「「「「「・・・はぁ。」」」」」
散々悪態をついて、再び毛布に顔を埋めるナディア。寒くなったらまた毛布を被るなりすれば良いと思う一同だったが、言った所で無駄だろうと思い溜息を吐く。
「私は人選を間違えたのでしょうか?」
「「「「「・・・・・。」」」」」
ユキの疑問に、誰もが沈黙するしかなかった。正直に答えればチンピラを敵に回すし、どうフォローしても嘘くさいのだから。