289話 クリスタルドラゴン戦1
289話 クリスタルドラゴン戦1
全員の準備が整った事を確認し、シュウは扉に両手を突きながら声を掛ける。但し全員に、ではない。最も冷静ではいられないであろう人物へ向けてのものであった。
「扉を開けてもすぐには動くなよ?」
「・・・わかってるわ。」
その人物も、自身に対する忠告なのだと察して返事をする。結晶化しているとは言え、今もその形状を保っているのかわからない。逸る気持ちと押し潰されそうな不安が綯い交ぜとなっている今のナディアには、いくら忠告してもし足りない。
だが―――いや、だからこそ。これ以上押さえ付けるような真似はすべきでない。そう考えたシュウは、さっさと進む事にして両腕に力を込める。
―――ゴゴゴゴゴ!
開け放たれた扉の先へと歩を進めるシュウ達。以前と同様、そこに広がっているのは幻想的な光景。初めて目にしたユキと竜王達は、圧倒されながらもキョロキョロと周囲へ視線を向ける。
一方、2度目の来訪となるナディアは真っ直ぐ1点を見つめる。その視線の先には、以前と変わらず佇む女性の姿。無事に形状を保っている姉の姿に、ナディアは胸を撫で下ろす。その時点で少しだけ冷静さを取り戻したのか、姉の横へと視線を移す。
「・・・言い得て妙だけど、5人とも無事みたいね。」
無事に状態異常のままとなっている事に皮肉を込めた呟きだったが、返って来たのは期待した言葉ではない。
「・・・久しぶりだな?前回は世話になった。ついてはその返礼に来たんだが・・・まぁとりあえず、黙って受け取れ!」
―――ズドォォォン!!
「「「「「なっ!?」」」」」
前回、全くの無音で受けた一撃のお返しとばかりに、今回はシュウが無音でクリスタルドラゴンの腹部に右ストレートをお見舞いしたのだ。普通ならばビクともしないであろう一撃。だが結果は違っていた。クリスタルドラゴンは広大なボス部屋の奥、その壁へと激突したのである。
「アレを殴り飛ばしたじゃと!?」
「てっきり魔法を併用するものとばかり・・・」
「あれも魔拳かよ!?」
ヒトがドラゴンを殴り飛ばすという常識外れの光景に、竜王達が揃って驚きを口にする。だが何となく想定の範囲内だったユキは、冷静に自分達の取るべき行動を思い出させる。
「皆さん!眺めている場合ではありませんよ!!」
「「「「っ!?」」」」
ユキの言葉で我に返ったナディア達は、エアを残して全力で駆け出す。あっと言う間にナディアの姉の下へと辿り着くと、アースがクリスタルに手を伸ばした。固唾を飲んで見守るナディアとは対象的に、ユキとアクアはナディア達に背を向ける。
「シュウ君が抜かれるとは思いませんが・・・」
「エアも居りますし、大丈夫だとは思いますよ?ですが、警戒を怠るべきではないでしょうね。」
「えぇ、わかっています。」
向いている方向が違うだけで、恐らくはナディアと同じように立っているだけ。そう考えたユキの呟きに、アクアは同意しつつも注意を促す。それはユキも承知の上だったのだろう。頷きながらも視線はクリスタルドラゴンへと向けられていた。
そんなユキとアクアには目もくれず、アースはクリスタルに触れながら目を閉じる。そのまま数分が経過しただろうか。静かに目を開けてナディアへと声を掛ける。
「・・・どうやら、周囲からは完全に切り離された状態らしい。何をしても問題は無い。」
「本当!?」
「あぁ。まぁ、正直に言うと・・・何らかの繋がりがあった方が楽だったとも言える。」
「繋がり?」
アースの言葉の意味が理解出来ず、ナディアが聞き返す。
「そうだ。魔力か何かの繋がりがあれば、この現象を引き起こしたヤツが元に戻せる可能性もあった事になる。それこそ息の根を止める、とかな。」
「あ・・・」
「ひょっとしたら元に戻せる可能性もゼロではないが・・・あの調子じゃ難しいだろうな。」
「・・・そうね。」
アースが向けた視線の先を追い、ナディアも納得の表情で頷く。何故ならそこには、シュウに遊ばれるクリスタルドラゴンの姿があったのだから。
そんなアースとナディアのやり取りを聞いていたユキとアクアは、ゆっくりとアースに歩み寄る。
「先程、何をしても問題無いとおっしゃいましたが、それは移動しても問題無いという事ですか?」
「ん?あぁ、壊さなければ大丈夫だ。」
「移動?ひょっとして・・・持ち帰るつもりですか?」
「えぇ。そうするよう、事前に言われておりましたから。」
「「「え?」」」
ユキの言葉に理解が追い付かず、ナディア達は揃って目を見開いた。だが急ぐように言われていたユキは、詳しく説明せずに話を進める。
「その前に、クリスタルドラゴンは倒してしまって問題ありませんね?」
「あ?あ、あぁ・・・問題無い。」
「そうですか。」
急に話が飛び、一瞬戸惑いを見せながらも答えるアース。それを聞き、ユキはシュウの方へと向き直る。
「シュウ君、倒しても問題無いそうです。」
声を張り上げるでもなく、まるですぐ隣に居る相手にでも話し掛けるように告げるユキ。誰もが聞き取れないと思ったのだが、シュウはチラリとユキに視線を向けながら頷いた。ちゃんと伝わった事を確認し、ユキはすぐさまナディアの姉を収納しようと歩き出す。
そんなあまりにも慌ただしい行動に、アクアが思わず呼び止める。
「ちょ、ちょっと待って下さい!何をそんなに慌てているのですか!?」
「あまり長居はしたくないのです。」
「何故です?」
「・・・ナディアのお姉さんですが、どのような方法でクリスタルに閉じ込められたのですか?」
「え?それは・・・」
「ブレスでしょうか?それともクリスタルドラゴン固有の魔法でしょうか?」
「「「・・・・・。」」」
ユキの問いに、誰もが口を噤む。明確な答えを持ち合わせていないのだ。そんなアクア達にユキは理由を説明する。
「ブレスや魔法であれば回避は可能かもしれません。ですが私達が察知や回避の出来ない方法だった場合、思いがけず全滅する恐れがあります。」
「「「っ!?」」」
「安全が保証出来ない上に治療法も不明である以上、分析などせず一刻も早く仕留めるべきです。」
「そ、そこまで考えていたとは・・・」
「戦姫と呼ばれるだけの事はあるわね・・・」
ユキの説明に感心したアース達だったが、続くユキの言葉で考えを改める。
「・・・と、シュウ君が言っておりました。」
「「「・・・・・。」」」
思わず言葉を失ったナディア達を一瞥し、ユキはナディアの姉を収納する。だが、ここで1つの問題に直面する。
(ナディアのお姉さんが無事に入ったのは良いとして、ついでに4人の冒険者も収納してしまおうかと思ったのですが・・・入りませんね。どうしましょう?)
シュウは非常に急いでいた。充分な容量のアイテムボックスを準備する時間が無かったのかもしれない。それとナディアに持たせるのであれば、姉だけにしてやりたかったとも考えられる。シュウを気遣ったユキはそこまで考えた。だが事実はそこまで大した事でもない。
単純にシュウの頭に無かっただけの事。早い話が、4人の冒険者の存在など綺麗サッパリ忘れていたのである。だが、そんな事は今のユキには関係ない。自分で何とかするしかないのだ。
4人の冒険者達の前に立ち、腕を組んで首を傾げるユキ。ユキの動きが止まった意味がわからず、ナディア達も揃って首を傾げる――その時であった。
―――ズドンッ!!
シュウによって弄ばれていたはずのクリスタルドラゴンが、突然ユキ達の背後に姿を現したのだ。気配だけでも気付けたはずだが、見上げる程の巨体が背後に着地した事をその音で確信する。吹き飛ばされていた音とは、明らかに異なっているのだから。
「「「「なっ!?」」」」
驚くが硬直せずに振り向いたのは流石と言うべきか。しかし、その視界に映り込んだ光景により今度こそ硬直してしまう。
目の前には大きく息を吸い込み、今にも特大のブレスを吐き出そうしているのが安易に予想出来るクリスタルドラゴン。その巨体の左斜め背後には、今正に、シュウによって殴り飛ばされようとしている、別の個体の姿が映し出されていたのだから。