303話 種明かし
303話 種明かし
瞬く間に8人の暗殺者を討ち取り、ルークは天井へと視線を移す。その姿にカレンが問い掛ける。
「・・・追いますか?」
カレンは自分が追い掛けるべきか、という意味で尋ねたのだが、ルークの返答は違う意味だった。
「放っておけばいいよ。」
「え?では、一体何の為に逃したのですか!?」
「仲間の所に戻って貰う為だけど?」
「でしたら追い掛ければ良いではありませんか!」
あの程度の実力ならば、気付かれずに尾行する自信がカレンにはあった。そのまま敵の本拠地まで行ければ、リノア達を見付け出して解決するはずである。だがそれをしないルークに不満を抱き、カレンは声を荒げてしまう。
「追い掛けてどうするんだ?」
「リノアさん達を救い出し、攫った者達を始末すれば済む話でしょう!」
「そこに黒幕も居ると思うのか?」
「それは・・・。」
ルークの指摘に言い淀んだのは、ルークが黒幕と呼ぶ人物が暗殺者と行動を共にしているとは思えなかった為。暗殺者とは、大抵が一時的に雇われるもの。権力者お抱えの暗殺者もそれなりに居るが、普通は荒事全般を担当する。。
「実行犯だけでなく、黒幕も突き止めなければ同じ事が起こるだろ?」
「そうでしょうね。」
「放っておけば、民衆達がジワジワと犯人を追い詰めてくれる。するとどうなる?」
「犯人達は黒幕に助けを求める?」
「そうだ。」
「なるほど!そこを叩くのですね!!」
「いいや、違う。」
「え?」
まさかの否定に、カレンは驚きを隠せない。彼女の常識として、黒幕を突き止めたのなら突撃するのが普通。それをしない理由がわからない。
「スフィアやみんなに任せたら、きっとそこで終わるだろう。そう思ったから外した。」
「どういう事です?」
「随分すんなりリノアを誘拐したとは思わないか?しかもスフィアやカレンが尻尾も掴めていない。」
「そう言われると・・・確かにそうですね。」
「つまり協力者がいる。それも相当数の。さらには黒幕も複数いる。しかもかなりの影響力を持った黒幕達が。」
「まさか・・・」
カレンは想像した黒幕に言葉を失う。普通ならば有り得ないと笑い飛ばす程の相手。だがルークは真顔で頷いた。
「国のトップか、それに近しい者の犯行だろうな。」
「っ!?」
「その国ごと滅ぼしてもいいんだけど、流石に罪もない者達を大勢殺すのはマズイだろ?」
「・・・まるでリノアさん達の居場所を掴んでいるかのような言い草ですね?」
「ん?あ〜、そろそろ種明かしをしてもいいか。」
「・・・は?」
種明かし。つまりルークの手のひらの上だと言うのだ。散々駆け回った数日を思い出し、カレンは戸惑いを隠せない。
「リノアと共に誘拐されたのは誰だ?」
「え?クレアさんとエミリアさん。それとリリエルです。」
「そう、リリエルだ。・・・不思議に思わないか?」
「不思議?何がです?」
「10人も居るのに、随分あっさりとリリエルの名前が出て来たよな?」
「それは随分前から、リリエルがずっと・・・ずっと・・・まさか!?」
「そう、リリエルに任せてたんだ。リノア達の護衛をな。」
「そのような事・・・護衛?」
驚いていたが、すぐに首を傾げるカレン。ここまで説明しても、彼女はその意図が読めずにいる。何故ならカレンにとって、今のリリエルは取るに足らない相手という認識だからだ。
「誰にも気付かれないように振る舞って貰ってたからな・・・。リリエル達はもう、本来の力を取り戻してるみたいだぞ?」
「は?・・・はぁぁぁぁ!?」
あまりの衝撃に、カレンは目と口を大きく開ける。そんなカレンは珍しかったのか、ルークは思わず吹き出した。
「ぷっ・・・まぁ無理もないか。で、単独じゃカレンには敵わないだろうけど、全員ならどうだ?」
「負ける事は無いでしょうが、苦戦は免れないでしょうね。」
「そんなリリエル達だが、緊急時には全員で暴れてもいいと伝えてある。」
「でしたら安全でしょ・・・全員ですか?」
リノア達と共に居るのはリリエルだけと言うのに、ルークは全員と告げた。やはりカレンには意味がわからない。
「不思議な事に、リリエル達は何となく互いの位置がわかるらしい。しかも大雑把に仲間の危険も察知出来るそうだ。そして自由に飛べるから、すぐに駆け付ける事も出来る。護衛と言うか、囮にうってつけなんだよ。」
「だから呑気にしていたのですね。」
「・・・別に呑気にしてたつもりはないぞ?リノア達には最長で1ヶ月は救助に向かわない事も伝えてあるしな。」
不本意なカレンの物言いに、ルークは不満そうに反論する。実はこの誘拐騒動、全てルークの想定内だったのだ。リノア達を誘拐出来る者が居た場合、かなりの大物が釣れると思っていた。だったら一網打尽にし、出そうな杭は徹底的に打ってやろうと考えたのである。
もしも事を起こすなら、世界規模の非常事態に便乗するだろう。国単位で考えた場合、黒幕は最も安全な場所に居るのだから好機と言える。そう考えた上での作戦。そしてここからが本番だった。
「この先、まずは身の危険を察した協力者が続々と名乗りを上げる。」
「暴徒と化した民衆から逃れる為、ですね?」
「あぁ。そしてオレはその訴えを退ける。」
「は?」
「当然だろ?リノア達を誘拐した証拠は無いんだ。あったとしても目撃証言だけ。万が一こちらが不利になったとしても、リノア達を連れて来いと言えば引き下がるしかない。手を出した時点で詰んでるのさ。」
「そう、ですか。・・・・・。」
「どうした?」
何か言いたそうな雰囲気のカレンに、今度はルークが首を傾げる。
「長期化するとなると、多くの者が苦しみますね。」
「だろうな。だがそれは本来、オレ達が気にする事じゃない。内政干渉に当たるんだ。狩った魔物だって、ティナが自発的に提供しているしな。実はこれも問題なんだ。」
「問題ですか?」
「スフィアも言っていたけど、帝国に金が集まっている。集まり過ぎていると言ってもいいな。」
「あぁ、他国の批判や警戒が相次いでいるのですね?」
起こり得る問題をカレンが挙げるが、ルークは違うとばかりに首を横に振る。
「いや、問題はそこじゃない。」
「では何です?」
「このまま行けば、いずれ周辺国から金が無くなる。つまり、払う物が失くなって国が潰れる。」
「それは・・・」
国が潰れる。そう聞いてカレンが想像した未来。帝国に人がなだれ込み、入り切れなかった者達は飢えて亡くなるだろう。
そもそもの原因は、ティナ達が狩る魔物にあった。少しでも多くの人々を救おうと、大型の魔物に重点を置いたのだ。大型の魔物は強い。普段なら強い魔物は貴重であり、非常に高価となる。緊急時とあって価格が跳ね上がる所、支援の観点から売値を下げた。それでも供給出来るのが充分な量とは言えず、末端で高額となる事にかわりはない。
強い魔物を狩り続ける弊害は他にもあった。本来であれば、魔物や生き物同士で作られる食物連鎖のピラミッド。それを上から崩しているのだ。その結果、底辺にいるべき魔物の内、人が食さないような魔物ばかりが残る。スライムやゴブリン、コボルト等がそれに当たる。
「ティナ達に大物を狩るなとも言えないし、かと言ってゴブリンを食えと言うにも強い個体が混じるから冒険者に狩れとも言えない。」
「頭の痛い問題ですね。」
「全くだよ。・・・で、スフィア達を遠ざけた事に繋がる訳だ。」
「はい?」
何処がどう繋がるのか。全く理解出来なかったカレンが聞き返す。
「スフィア達が人間相手に遅れを取らない強さを身に着ければ、護衛は必要なくなる。そしたら一度、リリエル達に強い個体を追い込んで貰おうと考えてるんだ。此方側に来た魔物だけを、魔の森にね。」
「なるほど。」
ルークの考えに、カレンがそれしか無いとばかりに納得の表情を浮かべる。
強い群れが現れれば、魔物達は逃げるように移動する。そして魔の森で生き残れないような魔物達は身を潜め、それ以外は魔の森へ入るだろう。あの場所は、入った魔物が外へ出られないようになっている。本来あるべき形に戻そうというのがルークの考えだった。
どれ程の月日を要するのかは不明だが、やらなければ人類が滅びる。他に取れる手段は無いだろう。最悪の場合、皇帝の座を退き、嫁達全員掛かりの追い込み漁も視野に入れているのであった。