304話 次なる一手
304話 次なる一手
翌日の昼前。執務机に向かって奮闘しているはずのルークは、カレンと共にボーッとしていた。
「・・・平和だな。」
「・・・平和ですね。」
なんのことはない。スフィアを凌ぐスピードで執務を熟し続けた結果、仕事が無くなったのである。スフィアの名誉の為に言っておくが、別に彼女の仕事が遅い訳ではない。寧ろかなり早い部類だろう。彼女が普段から仕事を溜め込まなかったお陰で、今のルークがあるだけの話。
だが日頃から眺めているだけのカレンには、それがわからなかった。
「スフィアは優秀だと伺っていましたが、実はそれ程でもありませんでしたか?」
「ん?かなり優秀だと思うよ?」
「ですが、ルークは随分と早いですよね?」
「事務作業は得意なんだよ。」
「・・・苦手とばかり思っていました。」
今の皇帝は政務が苦手。誰もがそう思っていた。そうでなければ、スフィアに丸投げする必要はない。勿論カレンだけではない。他の嫁達や国に使える者達のほとんどが、同様の考えだった。真実を知っていたのはスフィアとルビア、そしてティナだけである。
「あぁ、スフィア達に任せきりだったからか。」
「はい。ですが、得意ならば任せる必要は無かったのでは?」
「人手不足でもない限り、任せられる事は任せるべきだと思うよ。」
「そういうものですか・・・」
「そういうものなんだよ。」
良くわかっていないのか、カレンは呑気に紅茶を啜る。そんなカレンを見て、危機感を煽ってやろうと考えたルークは意地悪な事を言い出す。
「ティナも転移出来るようになったし、カレンの仕事を代わって貰う事も出来るのか・・・」
「ぶふっ!?」
「汚っ!」
噴射された紅茶を躱しながらルークが叫ぶ。
「ななな、何を言い出すのですか!?」
「口の回りを拭いて!」
ルークに窘められ、渋々口を拭うカレン。何とも危機感の無いやり取りである。
「・・・着替えて来ます。」
「あぁ、わかった。」
スタスタとその場を離れるカレン。しかしその足が途中で止まる。
「絶対に譲りませんからね!」
「・・・はいはい。」
有事に備え、防衛戦力として控える。その傍らで、誰かの送迎を行うのがカレンの役目。こう言うとカッコイイが、そうそう問題など起こるはずもなく。要はボーッとしながら過ごし、日に数回転移するだけ。当然鍛錬もするのだが、それは限られた時間。
説明するまでもなく、おいしい仕事なのだ。ティナに奪われるのだから、魔物の討伐をする羽目になる。誰だって御免被りたいだろう。
執務室を後にしたカレンに呆れていると、不意に役人が訪れる。
「へ、陛下!リノア様達の誘拐に加担したと申す者達が出頭して参りました!!」
「へぇ〜、そう。で?」
「陛下にお目通りを、と申しております!」
「リノア達の居場所は?」
「・・・知らないようです。」
誘拐に加担した。つまりは、単なる協力者。帝国内に居たのだから、精々が皇帝の動向を流した程度だろう。その程度の者達であれば、リノアの行方を知るはずもない。
「なら、話を聞いて帰してやって。」
「はっ!・・・は?今、何と?」
「帰してやって、と言ったんだよ。」
「よろしいので?」
「よろしいよ。」
良いと言われても、役人には到底本気と思えない。中々引き下がろうとしない役人に対し、ルークは理由を告げる。
「本人の証言だけで、証拠がある訳でもないんだろ?」
「え、えぇ。」
「当然リノア達が居る訳でもない。」
「・・・はい。」
「真偽を確かめられない以上、罪には問えない。違うか?」
「・・・おっしゃる通りです。」
「怪しいからといちいち捕らえていたら、すぐに牢が埋まってしまう。間違った事は言ってないよな?だから帰してくれ。」
「・・・わかりました。」
ルークの言い分が正論だけに、まともに反論も出来ず。役人は渋々といった様子で引き返して行った。そんなやり取りが聞こえたのだろう。入れ違いに入って来たカレンが声を掛ける。
「動き出したようですね。」
「いや、狙いとは少し違うだろうな。」
「違う?」
「あぁ。多分、焦った末端の連中から情報を受けた城内の協力者だろう。にも関わらず、国外の情報は一切入って来ない。本来なら、国外の下っ端が真っ先に見付かるはずだ。そいつらが捕まってから動いても遅くはない。そう考えると、この時点で自首して来るのはおかしい。」
「確かに・・・。でしたら、何故自ら出頭して来たのでしょうか?」
「死罪を免れるためだとは思うけど、オレの動きを報せた程度じゃ死罪にはならない。」
「怒り狂ってでもない限り、それもありませんね。」
帝国に法はあるが、皇帝自身が法という側面もある。無理やり不敬だと言って押し通せば、まかり通ってしまうのがこの世界。暗にそう告げるカレンの言葉に、ルークは奇妙な引っ掛かりを覚える。
「皇帝が怒り狂う・・・?それってどんな状況だ?」
「どのような状況と言われれば、リノアさん達や犯人が見付からない場合では?」
「見付からない?あり得るのか?平時なら黙り込んでるだろう目撃者も、この非常時なら進んで証言するぞ?貴族の屋敷や城だとしても、不審者が入った姿は目撃してるだろうし。」
「でしたら、有力な手掛かりを目撃しているはずの民達が、入った姿すら確認出来ない場所としか・・・」
城や貴族の屋敷でもなく、且つ行き先のわからない場所。否、追い掛ける事の出来ない場所である。
「・・・街の外へ出たのか!」
「っ!?それならば後を追う事も難しいです!」
「カレンも知らないような・・・隠れ里になるな。」
「どうします?知らぬ存ぜぬを突き通されれば、民達では手詰まりですよ?」
「そうだな・・・少し揺さぶりを掛けてみるか。かなりの実力行使で。」
不敵な笑みを浮かべ、ルークが次なる作戦を告げる。カレンもそれを聞き、ニヤリと笑う。自重を知らない神々の行動によって、右往左往する者達が現れる事となるのだった。