308話 侵攻作戦1
308話 侵攻作戦1
自身の執務室へと戻ったルークに、帰りを待っていたカレンが声を掛ける。
「おかえりなさい。どうでした?」
「・・・・・。」
「ルーク?」
険しい表情を浮かべて黙り込むルークに、カレンが訝しげに首を傾げる。
「あ、あぁ、ごめん。ちょっとばかり予定変更だ。オレが隣国を滅ぼす。」
「どういう事です?」
「実は――」
カレンに臨時総会でのやり取りを説明し、最後に自身の考察を付け加える。
「――という事があったんだ。」
「そう・・・ですか。」
「で、あいつらの表情を見て思った。あの国の民は、黒幕に辿り着けないかもしれない。」
「え?」
「いや、正確には・・・辿り着いた者から順に始末されている可能性が高い。」
「全員をですか!?」
「あぁ。既に相当な数に登ってると思うんだけどな。騒ぎになってる様子も無い。王都の何処かに、大規模な収容施設があると考えるべきかもしれない。」
敢えて明言を避けたが、真っ先に思い浮かべたのは収容施設ではなく処刑施設。そして直前に始末と口にしているのだから、カレンが気付かぬはずがない。
「平時から、そのような真似をしていたと?」
「う〜ん、その辺はオレじゃわからないんだよな。」
「スフィアを連れ戻しますか?」
「いや、スフィアも知らないんだと思う。知ってたら何らかの行動を起こしてるはずだし。」
「まぁ善人、ですからね。」
他国とは言え民が犠牲になっている状況を、指を咥えて見ているような性格ではない。それはカレンも充分に理解していた。
「とりあえず王都の事はいい。まずは学園都市をどうするか、だ。」
「学園都市ではなく学園を、という意味ですね?」
カレンが言いたいのは、ユーナの姉である学園長をどうするのかという事である。国外どころか国内の情勢にも疎いルークとカレンでは、判断材料を一切持たない。疑わしいからといって調べもせずに手を下せば、思わぬ禍根を残す事になる。
「学園都市を滅ぼしてから、とは言って来たけど・・・どうするかな。」
「とりあえず、私はユーナを連れて来ますね。」
「あぁ、頼む。その間に決めておくから。」
そこまで急ぐ必要もないのでは、と思ったカレンだが、何も言わずにユーナの下へと転移した。人が住めない状態に持ち込むだけなら、2人が別々に行動すれば然程時間は掛からないのだから。
カレンが転移してからおよそ10分。思索に耽っていたルークは時間の感覚を失っていたが、それでも帰りが遅いのではないかと首を傾げる。何かあったのではないか、自分も行くべきだろうか。そう考えたが、それは過保護だと思い直す。
トラブルメーカーでもあるカレンに対し、ルークが心配するのは当然なのだが・・・表に出してカレンの機嫌を損ねてはならない。彼女の機嫌を取るのが一番大変なのだ。
「カレンの時だけ心配するのはダメだよな。今ヘソを曲げられたらマズイ・・・。コーヒーでも飲んで落ち着くか。」
室内を探してみるが、出て来るのは紅茶ばかり。実は日頃から不在がちなルークの執務室は、サボっていると思われたくないカレンが利用していた。飲む者のいないコーヒーは片付けられ、代わりに紅茶が置かれていたのである。
コーヒーを好んで飲むのは、睡眠時間の短いルークとスフィアだけ。他は全員、どちらかと言うと紅茶派なのだ。
「・・・カレンの仕業だな。まぁ、あまり居ない奴が文句を言う筋合いも無いか。仕方ない、スフィアの執務室から・・・。追い出して好き勝手するのもちょっとなぁ・・・。お!アイテムボックスに残ってた気がするぞ!!」
アイテムボックス内は時間が停止するとあって、挽きたての豆を仕舞っていた事を思い出す。味見のため、焙煎して挽いた豆がそのまま残っていたのだ。――ダンジョン産のコーヒー豆が。
コーヒーが見つかった喜びから、何の疑念も抱かずに淹れる。道具もお湯も、全てアイテムボックスに入っている。準備に手間取れば気付けたのかもしれないが、ここまで用意周到だと疑念を挟む余地も無い。コーヒー中毒者が、今の今まで存在を忘れるコーヒーとは一体何なのか。
憎たらしい程の笑みを浮かべながら香りを楽しみ、それからゆっくりと啜る。
「ずずっ・・・はぁ、コーヒーがうめぇ・・・ふぉぉぉ!喉がぁぁぁ!!」
一口飲み、余韻に浸る間もなく猛烈な乾きがルークを襲う。そう、懐かしの乾きの呪いである。直接口にしなければ大丈夫ではないか、などという淡い期待を胸に試飲し、玉砕した時の残り物。捨てる訳にもいかず、アイテムボックスの肥やしにしていたのだ。
助けを呼ぼうにも人払いは完璧。呼んだ所で、使用人が水を持ちながらウロウロしているはずもない。変な所で冷静になり、ルークは辺りを見回す。すると幸運な事に、今まさに飲料を持っているではないか。
右手に持つカップを口元へ運び、そのまま一気にあおる。
「ぶふぅーー!あっつ!!み、みずぅぅぅ!!!」
淹れたてのコーヒーなのだから、熱いのは当たり前。驚いてカップから手を放し、中身を全身に浴びたのである。
実はこの時、ルークは魔法を控えていた。封印を解いてから、有り余る力を制御出来ずにいた為だ。暗殺者を捉える際に土魔法を使っているが、成功したのは事前に練習していたから。
だが冷静とは言えない状況下で、咄嗟に使う魔法がどうなるのか。嫁達が居たら、間違いなく呆れた事だろう。
ルークは必死に自身に向けて、無詠唱の水属性魔法を放つ。
――チョロチョロ
「ジジイのションベンかよ!ふぉぉぉ!!」
命が懸かっている状況で、何故ツッコんだのか。それは誰にもわからない。恐らくは本能だろう。だが今のルークにそれを考える余裕は無い。
今度は少年の小便を想像しながら放つ。
――ドバァァァ!
「アババババ!」
滝のような水流に襲われ、呼吸もままならない。逃がれようと右へ左へ足掻いてみるも、魔法は自分の左手から放たれている。自身に向けた手のひらを他へ向ければ良いのだが、命の危機に瀕したルークが気付くはずもない。
何とか事態の収集を図れたのは、執務室が水で満たされてからであった。大量の水を飲み、喉の乾きから解き放たれた事に依る。魔法を止め、水をアイテムボックスに仕舞う事で漸く事なきを得たのだ。
「ゲップ・・・水っ腹だ。」
「・・・ルーク?」
「何故濡れているのでしょう?」
「・・・・・。」
「「・・・・・。」」
アイテムボックスへと仕舞うとは言っても、衣類などに染み込んだ水までは仕舞う事が出来ない。つまり、ルークはびしょ濡れだったのだ。加えて言えば、お腹も少々膨らんでいる。
そこへタイミング良く転移して来たカレンとユーナに問われるも、ひたすら黙秘を貫こうと決めたルークだった。