316話 侵攻4
316話 侵攻4
ルークによる一方的な蹂躙劇が繰り広げられる少し前。帝国内にカレンの姿は無かった。
「さて、いきなり強襲しては人的被害が出ますか・・・少し様子を見るとしましょう。」
そう呟くカレンの現在地はと言うと、万人の予想に反してカイル王国の帝都から少し離れた場所。街道から外れた所をゆっくりと歩いていた。
人気のないその道を、ドレス姿の美女が1人で歩いている。ハッキリ言って異様な光景であった。当然王都の守りを預かる兵達が気付かぬはずもない。
「お、おい!アレを見ろ!!」
「ん?バケモノでも出たのか?」
人々の往来が消え、監視しか仕事の無い兵の1人が指を指す。座り込んで目を閉じていた――サボっていたもう1人の兵士が軽口を叩いて起き上がる。
「人だ・・・。」
「人?・・・人、だな。」
「女だ・・・。」
「女だな・・・。」
「「・・・・・。」」
辛うじて見えるのは、その者がドレス姿という事。女装した男性というのもあり得るが、そのような特殊な性癖の持ち主は珍しい。そんな事はどうでも良い。重要なのは、兵士が捉えられた特徴がドレス姿という点以外に、もう1つあったという事。
「ドレス姿で・・・」
「金髪・・・」
「「戦女神っ!?」」
お互いに呟き合った特徴から、視界に映る人物の正体を特定する。高過ぎる警戒心の余り、常日頃から周囲の者達に言い聞かせていたカイル国王。彼の教育の賜物であった。国家の存続に関わる大災害が、遥か遠くからのんびり歩いて来た。
彼らに与えた衝撃は計り知れない。躊躇なく見張りを放り出し、我先にと報告に向かう兵達であった。
見張りの兵が持ち場を離れた事に気付かぬカレンではない。目の前が無人となり、彼女は不敵な笑みを浮かべる。
「様子を見るつもりでしたが、都合良く無人の箇所が出来ましたね。では早速・・・はぁ!」
腰に下げた剣を抜き放って構える。距離としてはルークと同じ1キロ遠方。違っていたのはその威力。振りかぶった剣を、掛け声と共に振り下ろす。
――ドォォォン!
放たれた斬撃により、王都を取り囲む防壁が幅数十メートルに渡り吹き飛ばされた。カレンの飛ぶ斬撃は、神力を放出している。一点に収束させて貫通力を高める事も出来れば、範囲を広げる事だって出来る。別に手から放っても良いのだが、剣を振る威力を上乗せしているのだ。と言うより、剣を振る事で威力を調整していた。剣しか取り柄のないカレンなのである。
王都を揺さぶる衝撃と轟音に、王城は蜂の巣をつついたかのような大騒ぎ。執務中のカイル国王が率先して事態の収拾に当たる。一先ずの指示を出し終え、椅子に座って喉を潤す。
「ふぅ。よもや魔物の襲撃ではあるまいな・・・」
「エリド村周辺から魔物が!?」
「いや、それは定期的にルーク達が間引いてくれておる。」
「ではスタンピードの魔物達が?」
「それも考え難い。現れたのは大半がゴブリン等の小型な魔物との事。城にまで届く程の衝撃を放てるとも思えん。」
「では一体?」
「さて、な・・・」
臣下の前では口に出来ないような推測をする国王と宰相。そんな彼らの下に、かつてない程の衝撃的な報告が届けられる。
「陛下!火急の報告が!!」
「何事じゃ!?」
近衛騎士団長に対し、答えたのは宰相。何故なら国王は、紅茶を啜っている最中だったからだ。
「突然の襲撃により、王都の防壁が一部決壊!襲撃者は戦女神と見られます!!」
「ぶふぉっ!」
「・・・・・。」
予期せぬ報告に、国王が飲んでいた紅茶を吹き出す。国王を気遣うべきか、それとも詳しく聞き返すべきか。咄嗟に判断出来なかった為か、宰相は声を発する事が出来なかった。
「ごほっ、ごほっ!・・・その戦女神はどうした!?」
「それが、何故か王都から離れた位置に留まっているようで・・・」
「様子を伺っておると?」
「わかりません。」
「それもそうか・・・」
わからないと答えた近衛騎士団長に対し、国王は只頷き返すのみ。単身で国に喧嘩を売るような人物の思考など、考えた所で到底理解出来るはずもない。だからこそ、本人へ直接問い掛けるしかなかった。
「すぐに出るぞ!馬車を回せ!!」
「出撃でしょうか!?」
「馬鹿もん!そのような事をしては国が滅ぶ!!」
「で、ではどうするおつもりで・・・?」
国王自ら馬車で向かうと告げられ、カレンと戦うつもりなのかと勘違いする騎士団長。当然国王が激しく叱責する。だがそうなると国王の目的地がわからず、その意図を尋ねた。
「何故我が国を攻撃なさったのか、その真意を尋ねるのじゃ!同行するのは宰相と騎士団長のみで良い。急げ!!」
「「はっ!」」
近衛兵を連れて行かない。本来であれば容認出来ない事態なのだが、今回ばかりは宰相も反論出来なかった。護衛とは言え、近衛兵はそれなりに多い。少数精鋭で攻め込んで来たと思われてはマズイのだ。国王や宰相の命は大切だが、それは国あっての事。幸いにも自分達の代わりは居る。
カイル国王達が大急ぎで向かっている頃、カレンはカイル王国の出方を伺っていた。
「さて、どうでるでしょうね?問答無用で向かって来ようものなら、そのまま滅ぼしてしまうのですが・・・。」
物騒な事を呟きながら首を傾げるカレン。今の所、彼女に一国を滅ぼす意思は無い。だがカイル国王の危惧する通り、その対応如何によっては滅ぼしても一向に構わないと考えていた。
そのまま待つ事十数分。漸くカイル国王達を乗せた馬車がカレンの下へと辿り着く。そして意外な事に、真っ先に馬車から飛び出したのは国王その人であった。
「カレン様!何故この様な真似をなさるのですか!!」
「何故?随分とおかしな事を聞くのですね・・・宣戦布告したはずではありませんか?」
「それは・・・」
カレンが言うように、ルークにより全ての国に通告がなされている。帝国の誰が何処へ攻め込もうと不思議ではない。だからこそ、カイル国王は反論出来なかった。そして、彼の発言を受けてカレンの予想は確信へと変わる。
「エリド村のある、この国だけは大丈夫だと思っていましたね?」
「・・・・・」
「自分とルークが他の国より親密だからと、上から考えていたのではありませんか?」
「それは・・・」
図星であった。ルーク、正確にはティナ達が今尚エリド村周辺の魔物を討伐してくれている。何度も直接言葉を交わし、他国の王族よりも関係は深いと。心の何処かで、そんな事を思っていたのだ。仮に攻め込まれるにしても、順番的には最後の方ではないか。そんな甘い考えを持っていた。
「私は釘を刺しに来たのですよ。この国がどうなろうと、エリド村は残ります。所詮貴方は少し仲の良い隣人に過ぎません。」
「この国を滅ぼすと言うのですか!?」
「勘違いしているようですが、この国に限った事ではありませんよ?人間達は私の家族に手を出したのです。全ての国が、全ての人間が等しく同罪です。」
「そ、それは我が国の者では・・・」
「それは犯人に心当たりがあるという意味ですか?」
「「「っ!?」」」
カレンの指摘に、国王、宰相、近衛騎士団長が揃って息を呑む。何れの国にとっても情報は大切。優秀な諜報機関があり、優秀な間者を抱えている。何らかの情報を持っていても不思議ではない。
帝国は人事を刷新したばかりとあって、まだ人材が育っていなかったのだ。旧帝国の人材に関しては、それを知る人物の尽くをルークが消し炭にしている。例えどうにか繋がりを持ったとしても、協力してくれるとは思えなかったのだが。
「まぁ、既に手遅れですね。貴方達は、こうなる前に協力すべきだったのです。」
「どういう意味でしょうか?」
「私としては、帝国だけが残っていれば問題ありません。あとは無くても構わないのですよ。いいえ、寧ろ無い方が良いでしょうね。」
「外交もせず、帝国だけで民が満たされると思っているのですか!?」
「外交と言いますが、近頃の帝国は不利益を被っているだけではありませんか?」
「・・・・・」
人が満たされた生活を送るには、遠方との交易が必要となる。食に関して言えば、各々の気候に合わせた特産品がそれに当たる。だがそれは、気候をコントロール出来る地下農場によって解決していた。地球と違って、産業における有意差はほぼ無い。あるのは生息する魔物の種類くらいだろうか。即ち、現状帝国が外交をするメリットは皆無と言えた。
カイル国王が反論出来なかったのは、カレンの指摘がそれだけ正しかったから。何故紅茶を啜るだけのカレンが、ここまでの知識を持っていたのか。それは全て、スフィアの愚痴を聞かされていたのがカレンだからであった。
「これまでは、私にちょっかいを出して来た愚か者達への制裁のみに留まらせて来ましたが・・・今回ばかりは違います。」
「それはどういう・・・?」
「神に仇なす愚かな人間共に、裁きを下してやろうと言っているのですよ。・・・ふふふっ、生き残れると良いですね?」
「「「っ!?」」」
カレンは笑みを浮かべるが、同時に少しだけ殺気が漏れ出す。対面していた3人がタダで済むはずもなく、揃って身動き出来なくなっていた。そんな彼らを一瞥し、カレンはそのまま姿を消す。
残されたカイル国王達は、数分後に再起動を果たした。
「・・・あ・・・へ、陛下・・・」
「・・・なんじゃ・・・?」
「・・・如何・・・なさい、ますか・・・」
「・・・とにかく・・・戻ろう・・・」
「「・・・は、はい・・・」
やるべき事は山積みなのだが、彼らは一旦王城へ戻る事にした。帰り際に防壁の被害状況を確認した方が効率は良いのだが・・・それどころではない。カレンにより、彼らの防壁も破られてしまっていたのだ。こんな状況では仕事にならない。何としても城に戻る必要があった。
びしょ濡れになった、下着とズボンという防壁に対処する為に――