317話 侵攻5
317話 侵攻5
カイル王国を後にしたカレンは、帝国を飛び越えて学園都市近郊へと足を運んだ。とは言っても予定外の行動。本当に何となく来てみただけである。
「あれは・・・」
特大の火球を乱れ撃つルークの後ろ姿を視界に入れ、次いで傍らに呆然と立ち尽くす人物を注視する。特徴的な背格好から断定し、状況を確認すべく歩み寄る。常人であれば、大勢が炎に包まれる光景に思う事は多いのだが、カレンがそれを気にする様子は無い。
「随分と派手にやっていますね?」
「カレンか・・・丁度良かった。学園長を連れて行って貰えないかな?」
「構いませんよ。」
ルークの頼みに即答し、学園長の下へと近付く。学園長の肩に手を置き、そのまま転移するかと思われた。だがカレンはルークへ声を掛ける。
「夕飯はエリド村でお願いします。」
「夕飯?・・・わかった。」
昼食もまだというのに夕食の話をされ、ルークは一瞬戸惑いを見せる。だが真剣な表情のカレンを見て、大人しく受け入れる事にした。ティナが満足する程の料理を用意出来ないのだろう。そんな風に考えたのだ。
カレンと学園長を見送り、ルークは改めて学園都市へと注意を向ける。学園長が消えた事で、相手に何らかの動きがあるだろうと推測したのである。それは見事に的中していた。
今まで反撃を渋っていた者達も、気持ちを切り替えたのだ。多くの仲間や知人の命が奪われ、手を出す訳にも行かなかった学園長が消えた。遠慮する必要が無くなったのである。
「本格的に攻撃して来たな。広範囲を焼き払ってもいいんだけど・・・それだと芸が無い。禁呪とは一味違った絶望を味あわせてやろう。」
自身に向かって浴びせられる飛び道具や魔法の数々。それらを迎撃する為に、ルークも手数を増やす。1発1発の火球を高速で撃ち出していたが、それでは迎撃すらままならない。これまでは正確性を求めていたのだが、今度は物量へとシフトする。
両手に持っていた拳銃を、マシンガンに持ち替えたとでも表現すべきか。狙いを捨て、射出速度重視に切り替えたのだ。秒間1発ずつだった火球が、十数発ずつに。それまでは辛うじて一撃を耐えられた者達も、2発3発と続けられては防ぎ切る事が出来なかった。
正に地獄絵図と呼べる光景を、防壁の上から見守っていた者達。そんな彼らの間に、ルークが望む絶望が広がる。
「た、隊長・・・」
「まさか行かせろ、なんて言わないだろうな?」
青ざめた副隊長に、引きつった笑みを浮かべる隊長が冗談を告げる。
「い、いえ、隊長の部下で良かったと、心から思っております。」
「そうか・・・オレも自分を褒めてやりたい気分だ。」
もしも隊長がこの場に居なければ、間違いなく捕縛に向かっていただろう。そんな自分を止めてくれた隊長に、心の底から感謝する副隊長だった。
日頃から厳しい訓練を積む兵士という職業だが、彼らの実力は平均してDランクの冒険者と同等かそれ以下。冒険者として大成する才能が無いからこそ、安定した職業に就いている。統率のとれた動きと人数の多さが、その強さに繋がっている。中にはかなりの実力者も居るのだが、そういった者は出世して要職に就く。つまり、普段から現場に居るのは稀なのだ。
そんな彼らの目の前で次々と燃え尽きて行く中に、明らかに格上と呼ぶべき者達の姿がある。荒くれ者と呼ばれているが、確かな実力を誇る冒険者パーティー。冒険者ランクで言うところのCやBだろう。
ベテランとも呼べる彼らが、為す術もなく崩れ落ちて行く。1万や2万の兵士が居たところで、彼らの二の舞になるのは避けられないだろう。そう感じていたのだ。
ちなみにAランク以上ともなると、どうにか討伐任務を熟す事が出来るため、このような場所で燻ったりはしない。
「それで、この後はどうしましょう?」
「・・・どうする事も出来ないだろ?」
「それは・・・」
何が出来るとは思わないが、黙って見ていて良いものか判断出来ない。堪らず指示を仰ぐ副隊長だったが、隊長からの返事は予想通りのものだった。
「とにかく待機だ。死にたくはないだろ?」
「死なない保証はあるのでしょうか?」
本当にドラゴンのようだと思った副隊長が、疑問をそのまま口にする。相手がドラゴンならば、敵意を向けられる前に逃げるべきである。
「保証は無い。だが逃げる場所も無い。」
「流石に逃げる訳にはいきませんよ。」
「相手がドラゴンじゃなくて良かったな?」
守るべき生徒達を置いて逃げる訳にはいかない。そう告げる副隊長に、隊長が素直な感想を述べる。仮に行動の読めないドラゴンが相手ならば、全兵力を懸けて立ち向かわねばならない。だが人間が相手ならば、情に訴える事が出来るかもしれなかった。
「ドラゴンの方がマシだったかもしれませんね。その方が諦めもつきますから。」
「全くだ。誰だよ、あのドラゴンの尾を踏んづけた馬鹿は・・・」
竜種ならば災害と割り切って諦めもつく。だが今回は明らかな人災である。矢面に立たされた者達は皆、姿の見えない愚か者に対し恨みの念を抱くのだった。