327話 侵攻15
327話 侵攻15
賑やかな晩餐が終わり、一息ついた所でルークが疑問に思っていた事を口にする。
「それで、カレンがオレを夕食に誘った本当の理由は?」
「え?」
「単にみんなで食事を摂ろうと思ったから、ってだけじゃないよな?」
「・・・それだけですよ?」
「・・・そうか・・・ならいいんだ。」
真っ直ぐな性格だが、別に駆け引きが全くの苦手という訳でもない。カレンも感情を表に出さない程度の誤魔化しなら出来る。言えない、言いたくない内容なのかもしれないと判断し、ルークはそれ以上の追求を諦めた。
これだけのメンツが揃った状況で、やましい秘密を抱え込んでいるとも思えない。いくら夫婦と言えど、秘密の1つや2つはあるだろう。自分や他の嫁達を裏切るような真似さえしなければ、別に知らなくとも構わない。ルークはそう考えていた。
他に聞きたい事は無さそうだ。そう感じたカレンが質問を投げ掛ける。
「私も聞きたかった事があります。私に殺気を向けたのはどういう意味だったのでしょう?」
「ん?あぁ、あれか。教育と言うか、まぁ指導かな。斥候と言うのは何も相手との実力が拮抗している場合や、全くの未知数だった場合に限った事じゃない。例え格下であっても、気付かれたと思ったら即座に引くべきだ。」
「それは――」
相手がルークだったから。そう言い掛けたカレンの言葉に被せて、ルークは説明を続ける。
「オレ達には現時点でも女神カナンやエリド達という、一筋縄ではいかない敵が居るんだ。機会があるなら、日頃から訓練を想定して動くべきだと思うぞ?今回の黒幕がそのどちらかという可能性だってある。オレが相手だからと気を緩めるべきじゃないさ。」
「私は気を緩めてなど――」
「それなら尚更だ。単独で動くなら一層慎重に行動すべきだよ。それとさっきも言ったように、責めてるんじゃなくて指導みたいなものだから。今後に役立ててくれればいい。」
「・・・わかりました。」
誰かに諭される機会が少ないだけに、カレンの胸中は穏やかではない。だが彼女は感情を押し殺して了承した。
「さて、それじゃあ今後の予定を説明しておこうか。」
不満はありそうだが、カレンが納得した事で話題を変える。
「本当は時間を掛けてジワジワと追い込むつもりだったけど・・・気が変わった。」
「「「「「?」」」」」
「もう自重はしない。出し惜しみせず、全力を以て真っ向から叩き伏せる。つまり・・・明日、ミーニッツ共和国の王都には地図から消えて貰う。」
「「「「「っ!?」」」」」
「あの・・・本当に自重していたのですか?」
衝撃的な発言に全員が息を呑む。だがある程度の予想が出来ていた事で、当然の疑問を口にしたのはスフィア。
「自重していたさ。だから力を封じていただろ?それに異世界の知識も、極力見せないようにしてきたつもりだ。その辺はティナが一番良くわかっていると思うけど。」
「はい。技術的な面は当然の事ながら、特に気になっていたのは・・・料理です。」
「あぁ、そうだよな・・・。料理は科学と呼ばれる事もあるから、下手な物を作る訳にもいかなかったし。」
「その・・・科学?と呼ばれる技術は、伝えられない程危険な物なのですか?」
ルークが広める事に二の足を踏むとあって、物騒だと感じたスフィアが疑問を投げ掛ける。だがルークから返って来たのは意外な答えだった。
「いや、科学も突き詰めれば危険ではあるけど、この世界じゃ誰でも使える魔法や真道具の方が危険だと思うよ。」
「ならどうして?」
「オレが心配したのは、この世界のバランスが崩れる事かな。」
「どういう事?」
「フィーナやナディアだけじゃなく、みんなも疑問に思ってるみたいだけど・・・そう、だな。例えば料理や掃除、洗濯なんかにも魔法を使う訳だ。それが魔法を使わず、ある程度勝手にしてくれる道具が出来たらどうする?具体的には勝手にお湯を沸かしたり、衣服を洗ってくれる訳だ。料理も一定の火加減を維持したりだとか。」
「勿論使うわよ。」
ルークの質問に真っ先に答えたのは、ほとんど魔法が使えないナディア。だがそれは聞く前からわかっていたため、ルークの視線は他の者達に向けられていた。
「そうですね・・・作業に付きっきりである必要が無くなるのでしたら、誰もが利用するかもしれません。」
「それによってどうなる?」
「どう・・・?」
「魔法を使わなくて良くなるんだから、便利になるでしょ?」
「そう、そこだよ!」
「「「「「?」」」」」
フィーナの答えが求める物だったのか、ルークが指をさす。だが理解出来る者はおらず、誰もが首を傾げた。
「便利になるってのは、最初の内はいいかもしれない。だがそれによって魔法を使う機会が減る訳だ。生活にしか魔法を使っていなかった者は、魔法を使う機会が無くなる。それって、日頃から使われる事で維持出来ていた技術が、使われなくなる事で廃れて行くんだよ。数年、数十年先は良くても・・・」
「数百年先は、魔法を使えない者が現れる・・・?」
「「「「「っ!?」」」」」
「魔物が跋扈する世界で、魔法が使えないのは致命的。そうなると今度は、更なる科学技術の発展を求めるだろう。それは徐々に自然を蝕み、取り返しのつかない事態を招く・・・かもしれない。」
地球の環境問題を思い浮かべながら説明を行うルーク。だが確実にそうだと断言出来ないのは、この世界で何が起こるのかは知識に無い為であった。
「自然を蝕むと言うのは・・・住処を追われた魔物がどのような行動を起こすのか、予測がつかないという事ですね。」
「精霊も数を減らすでしょうね。いいえ、もしかすると精霊の怒りを買う恐れだってあるわ。」
「その辺はその時になってみないとわからない。只1つ言えるのは、そうなった場合に魔法が使えない者達が居るのは非常にマズイって事だ。」
魔法が使えなければ科学兵器に頼らざるを得ない。だが相手は強力な魔物となれば、当然威力を求める必要がある。結果、さらなる環境破壊が起こるという負のスパイラル。精霊に化学兵器が通用するかルークにはわからない以上、戯れでも手を出すべきでない事だけは言い切れる。
だがここで、静かに耳を傾けていたティナが根本的な問題に触れた。
「ですが、そもそも・・・そこまで急速な発展が可能でしょうか?」
「確かにそれもそうですね。ルークが言う程の高度な知識を持ち合わせた者など、この世界には居ないでしょうし。」
「いや、居るだろ?」
「・・・まさか、ルークが広めるつもりですか?」
断言したルークを見つめ、恐る恐るといった様子でティナが尋ねた。だがルークは頭を振って否定する。
「流石にオレは広めたりしないさ。でも、女神カナンの被害者達が居るだろ?」
「「「「「あっ!」」」」」
「ですが、彼女達はそれ程高度な知識を持ち合わせてなどいないと思うのですが・・・」
「まぁそうだろうな。でも現役の学生に、社会人だ。一通りの一般教育は受けている。伝える相手次第にはなるけど・・・ある程度の公式は覚えているだろうし、見た物を口にするだけでも2、300年は進んでしまう恐れがある。」
下手に抑圧すれば、反動が怖い。それ程、人の好奇心とは恐ろしい物なのだ。しかしルークが危惧しているのはもっと別の事。
「それよりも、オレは女神カナンの被害者が増える事を心配している。それが専門知識を持ち合わせている人物だった場合、与える影響は爆発的に拡散するはず。前例が出来た以上、今後も無いとは言い切れないだろ?」
「「「「「っ!?」」」」」
因みにルークは専門知識から雑学まで、圧倒的なまでの情報を保有しているのだが――この場でそれを口にする事は無かった。