328話 侵攻16
328話 侵攻16
自重はしないと宣言したものの、考えなしに知識を広めるのは別問題。万が一異世界転移組が文明テロを起こしたとしても、それは面倒を見ているシルフィ達の責任。彼女達が何とかするだろうと思うしかなく、ルークに出来るのはこの場の面々に釘を刺す事だけであった。
「まぁオレ達に言えるのは、迂闊に知識をひけらかすのは控えようって事だけだ。・・・相当脇道に逸れたから話を戻そう。とにかく、オレは今後一切自重しない。だからみんなには後始末を頼みたいんだ。まずは責め滅ぼした後の隣国について、かな。詳しくは事後の相談になると思うけど。」
「その事で聞いておきたい事、伝えておきたい事があるのですが・・・」
「ん?」
「『枷』とやらを外した事は聞きましたが、それでカレンさんを圧倒出来る程の力が得られるとは思えないのですが。要は7割増しですよね?」
「その事か・・・10年。」
「はい?」
「10年間、あらゆる力を常に封じて来た訳だけど・・・封じるってどういう意味だと思う?」
「抑え込む、ですか?」
「まぁそうなんだけど、わかり易く魔力に関して言えば・・・水瓶に蓋をするように思っていないか?」
「えぇ、まぁ・・・」
ルークの指摘が正しかったのか、スフィアは素直に頷く。しかしルークは笑みを浮かべた。
「なら肉体的な力は?」
「え?それは・・・負荷を掛ける、でしょうか?」
「そう、負荷だ。言い換えるなら、その分の重りを全身に装着しているようなもの。・・・厳しい訓練だろ?」
「「「「「まさか・・・!?」」」」」
四六時中負荷を掛けてのトレーニング。常に一定の重さではない、全力に対して常に一定の割合なのだ。ルークの力が増えれば、その負荷も同じように増える。
「ある程度体が成長してしまうとその効果は低くなるけど、幼少期は爆発的に増える。オレの場合は偶然その期間だった事で、劇的な効果を生み出した訳だ。出来る事なら、ずっと力を封じたままでいたかったんだけどな・・・。」
「では・・・例え誰かに敗北しそうな時も・・・力を封じて、抑えていたと言うのですか?」
衝撃の事実に、カレンが動揺しながらも問い掛ける。地球では『子供は何故疲れないのか?』という論文が発表されているのだが、ルークはそこまで説明する気がなかった。
「う〜ん、それに関しては前提条件が違うから何とも。」
「前提、条件ですか?」
「そもそもオレにとっての敗北と、カレンの言う敗北は違うんだよ。カレンの敗北は、文字通り勝負に負けるって意味だろ?」
「・・・ルークは違うと言うのですか?」
他にどのような意味があるというのか。理解の及ばないカレンの疑問は当然だった。
「オレにとっての敗北は、オレやみんなに取り返しのつかない状況が訪れる事・・・つまり重大な傷害とか死だな。それさえ回避出来るなら、特に勝敗には拘らない。」
「自尊心や誇りはどうなのです!?悔しくはないのですか!?」
「それでティナやみんなの腹は膨れるのか?」
「・・・・・。」
「別に負けて悔しくない訳じゃないけど、それはその後に活かせるかどうか。自分自身の心の問題だろ?目先の勝利に焦って、大事な場面で大切な人を守れない状況にだけは陥りたくないんだよ。」
「そ、そんな・・・」
あまりの価値観の相違に、カレンは俯いて黙り込んでしまう。これ以上カレンが会話に加わる事は無いだろうと判断し、スフィアはそっとしておく事を選択した。
「それでは、伝えておきたい事の方を。実はミーニッツ共和国には、旧帝国が攻めあぐねた秘密がありそうなのです。何とか学園長から聞き出そうとはしてみたのですが・・・」
「・・・・・。」
険しい表情のスフィアが学園長に視線を向けると、学園長は無言でそっぽを向く。そんな彼女の様子を眺め、ルークは吐き捨てるように告げる。
「言いたくなければそれでいいさ。と言うか、元々聞くつもりもない。仮に聞き出せたとしても、オレには言わないでくれ。」
「・・・え?」
「事前に通達したように、誰とも交渉はしない・・・温情を与える事も、容赦もしない。立ちはだかる者は真正面から叩き伏せる。学園の為とか民の為とか、誰かの為とか・・・オレには一切関係の無い話だ。そもそも、充分譲歩したつもりだしな。犯人が名乗り出る猶予も、民が逃げる時間も与えた。これ以上を望むのなら、それに見合った誠意を見せるのが筋だろ?」
「それはルークの言う通りですけど・・・」
「自重しないと宣言した以上、敵に容赦して自ら危機を招くなんて愚かな真似を犯すつもりもない。危害を加えようとする奴は、反撃の機会を与えずその場で確実に息の根を止める。」
「それは相手の事情や実力も確かめないって事か?」
武を修めるアスコットにとって、ルークの言い分は納得の行くものではなかった。だがそれも、彼とルークの前提条件の相違によるもの。
「確かめるって、一体何の為に?」
「何の為って・・・相手にだって事情があっての事かもしれない!それに自分の実力がどの程度なのかを知るには絶好の機会かもしれないだろ!?それに相手の技から学ぶ事だってある!」
「父さんは相手に事情があれば、例え母さんを殺されてもいいのか?」
「そ、そんな訳ないだろ!」
「それに父さんのは武術家の考えであって、オレには当て嵌まらない。」
「何?あれ程の技や実力がありながら、それはどういう意味だ?」
前提条件と言うより、決定的な勘違い。これはアスコットに限らず、この場に居合わせた全員に言える事であった。唯一の例外はティナ。しかし彼女は口を噤んだままだった。
「オレとティナ・・・シュウイチとユキの技は、人を殺す為の技だ。見せびらかしたり、誰かと競う為のものじゃない。」
「・・・・・。」
「相手に実力を出させる事なく、確実に息の根を止める。それだけに特化した、只の殺人術だよ。加えてオレに関して言えば武術家なんかじゃない。そもそも今のオレは皇帝だ!」
「なっ・・・」
自分達の価値観を押し付けるな。そう言われてしまっては、何も言い返す事が出来ない。1人冷静なティナだけは「違います!料理人です!!」と言い掛けて飲み込んだのだが――単なる蛇足である。
「また話が逸れたけど、学園長の事は放っておけばいいさ。ユーナに言われて助けはしたが、これ以上やり取りするつもりはない。協力するもしないも本人の自由だ。」
「・・・・・。」
「旧帝国やネザーレア、フロストルの時とは違う。今回からは最初から最後まで全力だ。慢心も油断もしない。明日中にはリノア達も連れ帰れるよう努力するから、心配せずに待っててくれ。」
「・・・わかりました。」
自信満々に告げたルークに、スフィア達は笑顔でそう答えた。この後、あまりにも話が逸れ過ぎて貴族とのやり取りをスフィアに頼み忘れ、1人頭を抱える皇帝の姿があったのは余談である。