344話 事後処理2
344話 事後処理2
スフィア達留守番組を獣王国へと送り届けたティナは、次いでナディア達討伐組を学園都市に送り届ける。そしてそのままルークの居るだろうミーニッツ共和国の王都へ向かおうとしたのだが、奇妙な光景に目を奪われ立ち止まる。
「ティナ、どうしたの?」
「あれは・・・何でしょう?」
「あそこ、防壁が無いわね」
「それよりも、そこかしこにある土の山は何かしら?」
「ルークが作ったんじゃないか?」
「それは間違いないでしょうけど、何のためかしら?」
普通では考えられない現象とあって、アスコットが誰の仕業か言い当てる。だがその意図まではわからなかったのか、フィーナが首を傾げた。
「スフィアが受けた報告によると、ルークは貴族街に面した防壁を破壊したとの事でした。あの場所がそうなのでしょうけど、あの様な土の山については何も伺っておりません。学園都市を守ろうとした者達の仕業というのも考えられますし、慎重に近付いてみましょう」
「まぁ、どうせ目的地だものね」
ティナの提案にナディアが同意する。学園都市の防衛を考えるなら、防壁の無い場所を基点にするのが当然だからだ。全員が同じ意見だったのか、反論する者は1人もなく静かに移動を開始する。やがて辿り着いたその場所にあったのは、地面に空いた無数の大穴。誰もが穴から穴へと視線を移し、やがて1つの穴に固定される。
「整備された横穴?」
「随分と大きいな・・・」
「馬車でも通れそうね・・・」
「「「「「地下通路!」」」」」
それが何なのか。瞬時に理解する事は出来なかったが、フィーナが呟いた馬車という言葉で連想出来た事が1つ。リノア達がどのようにして学園都市から出たのか、である。
「ルークはこれを探していたのね」
「だろうな。と言う事は、この先に居るって事になるか・・・」
「地下通路となると、完全に相手の領分よね。どうする?」
経験豊富なエリド村の者達がすぐに相談を始める。この場合のどうするとは、追うか追わないかではない。どのチームが追い掛けるか、である。だがそれに待ったを掛けたのはティナだった。
「待って下さい。ルークは私が追い掛けます」
「1人で追い掛けるつもりか!?」
「危険よ!」
ティナが単独で追い掛けると聞き、リューとサラが引き留める。サラの言う危険とは、地下通路に仕掛けられているであろう罠の事。普通は先にルークを心配すべきだが、ルークとカレンについては心配するだけ無駄である。ならば何故かと言うと、ルークが罠を無視して進んでいる可能性が高いからだ。
パーティ単位で進む場合、可能な限り斥候役が罠を解除する。だが自分以外に気に掛ける相手が居なければ、自分が通る最低限の範囲をどうにかすれば良い。ましてやバケモノと言うべきルークである。最悪の場合は素通り、または敢えて罠を発動させている恐れがある。無傷で対処出来るのなら、解除するより遥かに速いのだから。
「確かに危険ですが、此方の戦力を低下させる方が遥かに危険です」
「それはそうだが・・・」
「リュー、ティナに任せましょう」
「エレナ?」
恐らく学園都市の防衛は総力戦となる。下手すると、ルークの手を借りなければ全滅の可能性だってあるのだ。数に対抗するには数である。その場合、1人で向かうのが最善なのだ。そして無事に罠を潜り抜けられるだけの実力者でなければならない。
それらの条件を満たす人物だが、実はこの場に居るほとんどが当て嵌まる。それを充分考慮した上で、エレナはティナに任せる事を決めた。
「ティナが最も適任よ」
「どういう事だ?」
「多分この場で1番の実力者はティナよ。それに、例え罠に掛かったとしても、ティナは転移で逃げられるでしょ?」
「あぁ、そうか・・・」
正確にはわからないが、今のティナは自分達より身体能力で勝るだろう。それに、危険を感じたら即座に転移してしまえば良い。これはかなりのアドバンテージであり、言われてリューも納得した。
「あまり時間も無いし、ティナに任せて私達は防衛の準備をしましょう」
「わかった」
「えぇ」
ルークやカレンと違い、いきなり魔物の群れに放り込まれて何とかなる訳ではない。普通は壁や罠を設置したり、消耗品の準備をする必要がある。時間は幾らあっても惜しいのだ。誰もが豊富な経験から理解出来ているため、エレナに異を唱える者は居なかった。
それぞれが準備の為に持ち場へ向かうのを見送り、エレナはティナへ向き直る。
「ティナ、1つだけ忠告しておくわ」
「はい」
「何の打ち合わせも無く敵地に向かった仲間を追い掛ける場合、仲間に攻撃される恐れがある事を覚えておきなさい」
「え?何故ですか?」
「普通、背後から距離を詰められたら敵だと思うでしょ?」
「それは・・・ですが、相手はルークですよ?」
エレナの忠告は理解出来るが、今回追い掛けるのはルークである。気配で気付くはずだとティナは言いたいのだ。だがそれは悪手である。
「あなたは敵地に乗り込むのに、気配を撒き散らして進むつもりなの?1本道とは限らないのよ?」
「あ・・・」
ティナも少し焦っていたのだろう。エレナに言われるまで気付かなかったのだ。これだけ大規模な地下通路である。袋小路になるような造りのはずがない。脱出口の1つや2つ、用意しているのは当然。即ち、そこから攻め込む事だって可能なのだ。
「はぁ、まったく。それと魔物が入り込まないよう、この穴は全部塞ぐから。引く時は迷わず転移しなさい。いいわね?」
「はい。それでは、いってきます」
「えぇ、急がなくていいからね?」
頷いて地下通路へと駆け出すティナを、エレナは苦笑混じりに見送った。やがてティナの姿が見えなくなると、エレナへとアスコットが歩み寄る。
「やはり心配か?」
「えぇ・・・私達が行くより安全なのはわかってるんだけど、やっぱり娘だもの」
「まぁそうだな。で?ティナを向かわせた本当の理由は?」
「・・・あの子の戦い方よ」
「戦い方?」
「そう。極力素材を傷付けないような戦闘、つまり『狩り』しかして来なかったでしょ?自分達が狩られる側に立った時、それだと足を掬われるもの」
「・・・なるほどな」
エレナは手短に説明したが、長年連れ添っているだけあってアスコットには理解出来てしまった。今回のような命懸けの戦場に於いて、ティナは足手まといになる恐れがあるのだ。
今回、多種多様な魔物が怒涛の勢いで押し寄せるはず。常に最善の一手を繰り出し続ける事など不可能。そんな極限状態で素材を優先していては、少しずつ対処が遅れるだろう。ほんの少しの遅れも、積み重ねれば致命的な遅れになりかねない。
無論、ティナだって非常時には素材を諦めるだろう。だが人は咄嗟の時、積み重ねて来た物が現れる。冒険者は命懸けの時、倒してから素材の事を考えるのだが、その経験がティナには皆無だったのだ。
エレナ達の教育が過保護だったと言うよりは、ティナの成長が著しかったのだが――この時ばかりは自身の教育を悔いるエレナであった。