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Shining Rhapsody

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290話 クリスタルドラゴン戦2

 290話 クリスタルドラゴン戦2

 

 

ユキ達がナディアの姉の下へと向かった後。シュウはエアの位置を確認してから、ゆっくりクリスタルドラゴンへと歩を進める。討伐が目的であれば一気に攻め立てるのだが、まだ時間を稼がなければならない。

 

反撃の隙を与えないという方法もあったのだが、今は控える必要がある。死なない程度に手加減するとしても、追い込む事には変わりない。意思の疎通が図れない以上、追い込めばどういう行動に移るか全く予測出来ないのだ。結晶化という不安要素を抱えたまま、考え無しに戦闘する訳にはいかないだろう。

 

「倒さないように限界まで手加減しつつ、絶対に反撃を許さない。決して追い込まず、だが完璧に抑え込む・・・オレは何を言ってるんだろうな。」

 

完封しながら苦戦を強いられているように振る舞う。矛盾しているとしか言いようのない状況を作り出さなければならない。もしも他人がそんな事を言おうものなら、間違いなく『頭は大丈夫か?』と聞く事だろう。

 

 

そもそも反撃を許さないと言うのは、カウンターが禁止となる。1度や2度なら偶然で片付けられるが、それが何度も続けばどんな生物でも実力差に気が付く。それはつまり、相手を追い込むのと同義なのだ。

 

ならば完璧な防御や回避と思うだろうが、結晶化を考えるとやはり防御はリスクが高い。回避も同様だろう。ならば一体どうするのか。

 

「接近戦はリスクが高いから魔拳は無し。となると・・・最初は吹き飛ばす程度の魔弾で距離を取って、攻撃パターンの把握。で、疲労したように装って魔法に切り替えるって感じかな?」

 

考えが纏まったため、シュウは立ち止まって呟く。態々口にしたのは、エアに伝えるのが目的である。クリスタルドラゴンとコンタクトを取ると決めた彼女の行動は、場合によっては邪魔となり得る。咄嗟の連携は無理でも、邪魔にならない立ち回りは出来るだろうと判断しての事。

 

そんなシュウの意図を察したのだろう。エアはシュウの背後へと回り込む。振り向く事なくエアの位置を把握し、シュウは戦闘を再開した。

 

 

決してダメージを与えない、極限まで手加減した魔弾を連続で放つ。ダメージは与えないが大きく体勢を崩される攻撃を嫌って、クリスタルドラゴンは体を縮めてチャンスを窺う。

 

(鬱陶しそうにしながらも、起死回生の一手を狙ってるな?あとはエアが話し掛けるだけなんだが・・・)

 

 

シュウの考えを読み取った訳ではないが、今動かなければチャンスは無いかもしれない。そんな諦め混じりのエアが声を掛ける。

 

「お主!妾の事がわかるか!?風竜王のエアじゃ!!」

「・・・・・。」

 

エアの呼び掛けに、クリスタルドラゴンは沈黙で返す。

 

(ナディアの夫の攻撃が激し過ぎて聞こえておらんのか?ならば・・・)お主は何処の生まれじゃ!?コチラ側か?それともアチラ側か?」

 

距離があって聞こえていないのかもしれない。そう考えたエアはシュウの攻撃の邪魔にならないよう、空中を飛んで距離を詰めて声を掛ける。コレに反応したのはクリスタルドラゴンだけではない。シュウも思わず攻撃の手を緩める。

 

(コチラ側にアチラ側?・・・一体何を言っているんだ?)

 

疑問を抱き、エアに視線を移したシュウ。そしてそれはクリスタルドラゴンも同じであった。

 

「ガァァァァ!!」

「なっ!?」

 

驚きの声を上げたエアの様子に、シュウは思考を放棄して攻撃を再開する。今は物思いに耽る時ではない。まずは事実確認である。

 

「何、だっ、て!?」

「わからん!」

「・・・は?」

 

攻撃に集中するあまり、エアの言葉を飲み込むのに数秒を要したシュウが間抜けな声を上げる。だが、エアからの答えが変わる事はない。

 

「だから、わからんのじゃ!」

「わから、ない、ってのは・・・知らない、場所なの、か?」

 

因みにシュウはいちいち言葉を区切らずとも話せるのだが、必死さをアピールするため意図的に行っている。そんなシュウの努力を思いやる余裕のないエアは、ごく普通に答える。

 

「そうではない!わからんのは場所ではなく言葉の方じゃ!!」

「・・・はぁ!?」

 

あまりにも予想外の返答に、再びシュウは攻撃の手を緩める。否、緩めてでも確認する必要が出て来たのだ。エアに疑問を投げ掛けつつ、後方へと飛び退く。エアもまた、そんなシュウを追い掛けながら答える。

 

「言葉を教わらなかった個体って事か?」

「いや、言葉ではあるようじゃが、妾の知らぬ言語を話しておる。」

「なら違う言語か?竜には幾つも言語があるのか?」

「そんなものは無い!妾達竜種はヒト種と同じ言語と、竜種共通の言語が1つだけじゃ!!」

「つまり・・・」

「考えられんが、妾も知らぬ土地のモノという事じゃろう。もしくは竜種以外の何か、という事になる!」

 

エアが導き出した結論に対し、シュウの考えは異なる。

 

(竜種じゃない?いや、鑑定魔法の信憑性は不明だが、今までの事を鑑みると怪しい結果には疑問符がつくはず。なら、目の前に居るのは間違いなく竜種だ。にも関わらず竜王が知らない土地って事は、多分『この世界』じゃないって事だろうな。となると、何者かが連れて来たと考えるのが筋なんだが・・・一体何の為に?)

 

結局は答えの出ない推論に行き着く。そしてシュウは、答えの出ない問いに悩む事を好まない。即ち、この疑問を瞬時に棚上げしてしまう。大抵の場合は建設的な行為となるのだが、この時ばかりは違っていた。言い換えるなら、思考を放棄したのである。

 

 

もう少し視野を広げるべきだったろう。真っ先に目的へと意識が向くのは仕方ないが、そこに行き着くまでの過程や手段にも目を向けるべきだったのだ。ヒトは誰しも、予想外の出来事には反応が遅れてしまう。

 

結果、持ち込まれたのが大型の個体とあって、無意識の内に思い込む。竜種を連れ歩く労力を考えると、此処に居るのは『1体だけ』なのだろう、と。

 

 

289話 クリスタルドラゴン戦1

 289話 クリスタルドラゴン戦1

 

 

全員の準備が整った事を確認し、シュウは扉に両手を突きながら声を掛ける。但し全員に、ではない。最も冷静ではいられないであろう人物へ向けてのものであった。

 

「扉を開けてもすぐには動くなよ?」

「・・・わかってるわ。」

 

その人物も、自身に対する忠告なのだと察して返事をする。結晶化しているとは言え、今もその形状を保っているのかわからない。逸る気持ちと押し潰されそうな不安が綯い交ぜとなっている今のナディアには、いくら忠告してもし足りない。

 

だが―――いや、だからこそ。これ以上押さえ付けるような真似はすべきでない。そう考えたシュウは、さっさと進む事にして両腕に力を込める。

 

 

―――ゴゴゴゴゴ!

 

 

開け放たれた扉の先へと歩を進めるシュウ達。以前と同様、そこに広がっているのは幻想的な光景。初めて目にしたユキと竜王達は、圧倒されながらもキョロキョロと周囲へ視線を向ける。

 

一方、2度目の来訪となるナディアは真っ直ぐ1点を見つめる。その視線の先には、以前と変わらず佇む女性の姿。無事に形状を保っている姉の姿に、ナディアは胸を撫で下ろす。その時点で少しだけ冷静さを取り戻したのか、姉の横へと視線を移す。

 

「・・・言い得て妙だけど、5人とも無事みたいね。」

 

無事に状態異常のままとなっている事に皮肉を込めた呟きだったが、返って来たのは期待した言葉ではない。

 

「・・・久しぶりだな?前回は世話になった。ついてはその返礼に来たんだが・・・まぁとりあえず、黙って受け取れ!」

 

 

 

―――ズドォォォン!!

 

「「「「「なっ!?」」」」」

 

前回、全くの無音で受けた一撃のお返しとばかりに、今回はシュウが無音でクリスタルドラゴンの腹部に右ストレートをお見舞いしたのだ。普通ならばビクともしないであろう一撃。だが結果は違っていた。クリスタルドラゴンは広大なボス部屋の奥、その壁へと激突したのである。

 

「アレを殴り飛ばしたじゃと!?」

「てっきり魔法を併用するものとばかり・・・」

「あれも魔拳かよ!?」

 

ヒトがドラゴンを殴り飛ばすという常識外れの光景に、竜王達が揃って驚きを口にする。だが何となく想定の範囲内だったユキは、冷静に自分達の取るべき行動を思い出させる。

 

「皆さん!眺めている場合ではありませんよ!!」

「「「「っ!?」」」」

 

ユキの言葉で我に返ったナディア達は、エアを残して全力で駆け出す。あっと言う間にナディアの姉の下へと辿り着くと、アースがクリスタルに手を伸ばした。固唾を飲んで見守るナディアとは対象的に、ユキとアクアはナディア達に背を向ける。

 

「シュウ君が抜かれるとは思いませんが・・・」

「エアも居りますし、大丈夫だとは思いますよ?ですが、警戒を怠るべきではないでしょうね。」

「えぇ、わかっています。」

 

向いている方向が違うだけで、恐らくはナディアと同じように立っているだけ。そう考えたユキの呟きに、アクアは同意しつつも注意を促す。それはユキも承知の上だったのだろう。頷きながらも視線はクリスタルドラゴンへと向けられていた。

 

 

そんなユキとアクアには目もくれず、アースはクリスタルに触れながら目を閉じる。そのまま数分が経過しただろうか。静かに目を開けてナディアへと声を掛ける。

 

「・・・どうやら、周囲からは完全に切り離された状態らしい。何をしても問題は無い。」

「本当!?」

「あぁ。まぁ、正直に言うと・・・何らかの繋がりがあった方が楽だったとも言える。」

「繋がり?」

 

アースの言葉の意味が理解出来ず、ナディアが聞き返す。

 

「そうだ。魔力か何かの繋がりがあれば、この現象を引き起こしたヤツが元に戻せる可能性もあった事になる。それこそ息の根を止める、とかな。」

「あ・・・」

「ひょっとしたら元に戻せる可能性もゼロではないが・・・あの調子じゃ難しいだろうな。」

「・・・そうね。」

 

アースが向けた視線の先を追い、ナディアも納得の表情で頷く。何故ならそこには、シュウに遊ばれるクリスタルドラゴンの姿があったのだから。

 

 

そんなアースとナディアのやり取りを聞いていたユキとアクアは、ゆっくりとアースに歩み寄る。

 

「先程、何をしても問題無いとおっしゃいましたが、それは移動しても問題無いという事ですか?」

「ん?あぁ、壊さなければ大丈夫だ。」

「移動?ひょっとして・・・持ち帰るつもりですか?」

「えぇ。そうするよう、事前に言われておりましたから。」

「「「え?」」」

 

ユキの言葉に理解が追い付かず、ナディア達は揃って目を見開いた。だが急ぐように言われていたユキは、詳しく説明せずに話を進める。

 

「その前に、クリスタルドラゴンは倒してしまって問題ありませんね?」

「あ?あ、あぁ・・・問題無い。」

「そうですか。」

 

急に話が飛び、一瞬戸惑いを見せながらも答えるアース。それを聞き、ユキはシュウの方へと向き直る。

 

「シュウ君、倒しても問題無いそうです。」

 

声を張り上げるでもなく、まるですぐ隣に居る相手にでも話し掛けるように告げるユキ。誰もが聞き取れないと思ったのだが、シュウはチラリとユキに視線を向けながら頷いた。ちゃんと伝わった事を確認し、ユキはすぐさまナディアの姉を収納しようと歩き出す。

 

そんなあまりにも慌ただしい行動に、アクアが思わず呼び止める。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!何をそんなに慌てているのですか!?」

「あまり長居はしたくないのです。」

「何故です?」

「・・・ナディアのお姉さんですが、どのような方法でクリスタルに閉じ込められたのですか?」

「え?それは・・・」

「ブレスでしょうか?それともクリスタルドラゴン固有の魔法でしょうか?」

「「「・・・・・。」」」

 

ユキの問いに、誰もが口を噤む。明確な答えを持ち合わせていないのだ。そんなアクア達にユキは理由を説明する。

 

「ブレスや魔法であれば回避は可能かもしれません。ですが私達が察知や回避の出来ない方法だった場合、思いがけず全滅する恐れがあります。」

「「「っ!?」」」

「安全が保証出来ない上に治療法も不明である以上、分析などせず一刻も早く仕留めるべきです。」

「そ、そこまで考えていたとは・・・」

「戦姫と呼ばれるだけの事はあるわね・・・」

 

ユキの説明に感心したアース達だったが、続くユキの言葉で考えを改める。

 

「・・・と、シュウ君が言っておりました。」

「「「・・・・・。」」」

 

思わず言葉を失ったナディア達を一瞥し、ユキはナディアの姉を収納する。だが、ここで1つの問題に直面する。

 

 

(ナディアのお姉さんが無事に入ったのは良いとして、ついでに4人の冒険者も収納してしまおうかと思ったのですが・・・入りませんね。どうしましょう?)

 

シュウは非常に急いでいた。充分な容量のアイテムボックスを準備する時間が無かったのかもしれない。それとナディアに持たせるのであれば、姉だけにしてやりたかったとも考えられる。シュウを気遣ったユキはそこまで考えた。だが事実はそこまで大した事でもない。

 

単純にシュウの頭に無かっただけの事。早い話が、4人の冒険者の存在など綺麗サッパリ忘れていたのである。だが、そんな事は今のユキには関係ない。自分で何とかするしかないのだ。

 

 

4人の冒険者達の前に立ち、腕を組んで首を傾げるユキ。ユキの動きが止まった意味がわからず、ナディア達も揃って首を傾げる――その時であった。

 

 

―――ズドンッ!!

 

 

シュウによって弄ばれていたはずのクリスタルドラゴンが、突然ユキ達の背後に姿を現したのだ。気配だけでも気付けたはずだが、見上げる程の巨体が背後に着地した事をその音で確信する。吹き飛ばされていた音とは、明らかに異なっているのだから。

 

「「「「なっ!?」」」」

 

驚くが硬直せずに振り向いたのは流石と言うべきか。しかし、その視界に映り込んだ光景により今度こそ硬直してしまう。

 

 

目の前には大きく息を吸い込み、今にも特大のブレスを吐き出そうしているのが安易に予想出来るクリスタルドラゴン。その巨体の左斜め背後には、今正に、シュウによって殴り飛ばされようとしている、別の個体の姿が映し出されていたのだから。

 

 

288話 50階層3

 288話 50階層3

 

 

黙り込んでしまったユキ達から視線を外し、シュウはゆっくりと歩き出す。少し距離を開ければ気が付くだろうと思っての事。そしてシュウの予想通り、ユキ達は慌ててシュウの後を追った。

 

 

数分後、辿り着いたのは見覚えのある扉。目的地であるボス部屋だ。扉に手が届く距離で、シュウが振り向いた。

 

「じゃあ予定通り、オレがクリスタルドラゴンの相手をする。ナディア達はどうするのか、改めて確認してくれ。」

「えぇ、わかったわ。」

 

頷くナディアから視線を移すと、竜王達も揃って頷き返す。誰が何をするのか、きちんと話し合っておかなければならない。何がキッカケで不測の事態が起こるかわからないからだ。

 

ナディアと竜王達が輪になったのを確認し、シュウはユキへと視線を移す。話があるのだと瞬時に悟ったユキは、静かにシュウへと近付いた。

 

「どうしました?」

「コレをユキに頼みたい。」

「コレは・・・プレゼント、ではありませんよね?」

 

シュウが手渡したのは、小さな魔石をあしらったペンダント。アクセサリーと呼ぶには無骨なデザインに、ユキは思わず聞き返したのだ。

 

「それは出発前に急いで作ったアイテムボックスだよ。」

「アイテムボックス・・・ですか?」

 

ユキは大容量のアイテムボックスを幾つも所持している。あって困る物ではないが、この場で渡す意味がわからない。

 

竜王達が問題無いと判断したら、ナディアの姉を収納して欲しい。」

「っ!?」

 

ユキの目が大きく見開かれるが、何とか声を出さずに済んだ事でシュウは続きを口にする。

 

「ナディアの姉を水晶ごと入れられるサイズのアイテムボックスだから、ナディアに渡して欲しい。」

「・・・何故私に?」

「収納出来ると断言出来ないから、かな。」

「あぁ・・・。」

 

アイテムボックスに、植物以外の生き物は入らない。結晶化という聞いた事の無い状態ではあるが、分類するなら鉱物だろう。シュウは、ほぼ確実に入ると考えたのだ。だがそれをナディアに任せた場合、万が一収納出来なかった時の動揺は計り知れない。クリスタルドラゴンを相手にしたまま、ナディアに気を取られるのは危険極まりない行為だろう。

 

「そして収納が済み、倒しても構わないと竜王達が判断した場合。すぐオレに教えて欲しい。」

「わかりました。ですが・・・一体何を急いでいるのですか?」

 

1秒でも早く倒したい、その場を離れたい。そんなシュウの気持ちを感じ取ったのか、不思議そうにユキが首を傾げる。

 

「結晶化・・・その仕組みが理解出来ないからだよ。」

「?」

「パッシブスキルみたいな能力だとマズイでしょ?」

「っ!?」

 

シュウに言われるまで、ユキは気付かなかった。相手が竜種とあって、ブレスか魔法と思い込んでいたのだ。冒険者として経験豊富なティナの固定観念。いや、これはルークも同じであった。

 

初対面のあの時、互角の勝負を繰り広げていたら―――後になって、そう考えるようになっていただけの事。冷静に分析する時間があったに過ぎない。

 

「そういう訳で、分析は出来る限り急がせて欲しい。」

「わかりました。」

 

ユキが警戒を一段階引き上げたのを読み取り、シュウはナディア達へと視線を移す。ユキもまた、そんなシュウの考えを理解してナディア達の下へと歩き出す。

 

 

だがシュウはすぐにユキの、その後ろ姿へと視線を戻した。

 

(・・・1番の問題は、ナディアの姉が結晶化した理由なんだけどな。その理由如何によっては、次の標的がナディアって事も・・・)

 

これ以上の憶測は口にすべきでない。そう考えて、自身の胸の内に留める事にしたのだ。もしユキに告げてしまえば、まず間違いなくユキの行動に支障が出るだろう。ナディアの姉が狙われた理由を探ろうとすれば、本来取るべき行動が遅れかねない。それはユキ達の危険に直結するのだから、シュウとしては放っておけないのである。

 

 

 

一方のナディア達はと言うと――

 

「クリスタルドラゴンはシュウに任せるとして、私達はどうするの?」

「うむ。最も優先すべきは、ナディアの姉の状態を確認する事じゃな。次が相手の確認となる。」

「恐らく相手は地属性でしょうから、何方もアースが適任なのですが・・・。」

「ならオレは最優先事項だろ。」

 

アースの言葉に、ナディア達は揃って頷いた。今大事なのは、ナディアの姉の安全確保。それが済まない事には、捕獲も討伐も行えないのだ。

 

「私は地竜との交流が一切ありませんから、アースの補佐とナディアの警護にあたります。」

「それが良い、か。ならば妾は、ナディアの夫の陰で万が一に備えるとしようかのぉ。」

「・・・エア。」

「何じゃ?」

「手は出せないだろうが、代わりに口を出して貰えるか?」

「口じゃと?・・・あぁ、そういう事か。」

 

アースの提案に、エアだけがなるほどとばかりに頷き返す。意味のわからないナディアとアクアは、眉間に皺を寄せた。

 

「今のナディアが手出し出来ぬ相手となれば、アチラ側の可能性が高い・・・か。妾の顔見知りかもしれんな。いいじゃろう、機を見て呼び掛けるとしよう。」

「あぁ、なるほど。」

「・・・アチラ側?」

 

納得した様子のアクアと、対象的な表情を浮かべるナディア。だがその疑問に答える事もなく、アースは近付いて来たユキに声を掛けた。

 

「オレ達は決まったが、お前はどうする?」

「私はナディアと行動を共にします。」

「・・・そうか。なら、お前達の夫の所へ行くとしよう。」

 

少しだけ待つが、ユキがそれ以上答える事はない、自分達に教えるつもりが無いのだと悟り、アースは諦めたように返事を返して歩き出す。エアとアクアも無言で後に続いた。

 

来たばかりのユキだったが、特に気にする事なく後を追い掛けようとした。だが、険しい表情を浮かべて横を向くナディアに気付いて声を掛ける。

 

「・・・ナディア?」

(私が手を出せないとアチラ側?それって何かの比喩?それとも・・・)

「ナディア!」

「え?あ、あぁ、今行くわ!」

「?」

 

ナディアの様子がおかしいとは思いつつも、今は引っ掻き回すべきではないと判断して無言で歩き出したユキであった。

 

 

287話 50階層2

 

 287話 50階層2

 

 

 

 

出会う魔物全てを一撃で仕留め、危なげなく突き進むシュウ。初めの内は魔弾を見せていたその戦いも、50階層を半ばまで進んだ所で魔拳に切り替える。充分ナディアに披露したのと、自身のウォーミングアップを兼ねての事。

 

その魔拳についても魔物を一撃、或いは二撃を以て仕留めていた。ユキの「肉!」という視線を受けて、頭部を破壊するに留める為である。全て一撃でない理由は、単純に身長差があっての事。トロール等の魔物は、高身長のシュウよりも遥かに大きい。拳が届かなかったのだ。

 

足を払ったり、ボディーブローで相手の姿勢を崩す等の工夫を凝らして、相手の頭部を近付けていた。当然これに関しても、ナディアを考慮しての事。魔法を使えないナディアは、不用意に飛び掛かるといった真似が出来ない。いや、決して出来ない訳ではないのだが、身動きの取れない姿勢を作るのはお勧め出来ない。

 

 

そんなシュウの闘い方も、並の冒険者であれば呆然と「凄い」の一言で済ませるだろう。しかし、この場に居るのはいずれも実力者。改めてシュウの恐ろしさを噛み締めてる。

 

「・・・貴女達の夫は恐ろしいですね。」

「そう、ね・・・」

 

ポツリと本音を零したアクアの言葉に、すぐ横に居たナディアが答える。だがその反応も、心が込められたものではない。何故ならシュウの一挙手一投足を、自身の脳裏に焼き付けようと必死なのだ。

 

「オレ達には真似出来ないな。」

「そうじゃな。魔法だけでなく、武器の扱いに於いても隙が無い。さらに素手の戦闘も、となれば・・・正真正銘の化物じゃ。」

「特筆すべきは、規格外の状況判断と処理能力か。あれだけの乱戦にあって、必要最小限の威力に留めてやがる。」

「お手本のつもりなのじゃろうが、果たしてナディアは何処まで近付ける事か・・・。」

 

冷静に分析するエアとアースの先には、多種多様な魔物に取り囲まれるシュウの姿があった。統率の取れた魔物が居ない50階層では、遭遇した魔物が一挙に押し寄せる。ソロで挑む場合、数に対抗する為には幾つかの闘い方というものがある。

 

1つは圧倒的な大火力、或いは広範囲に強力無比な一撃を以ての殲滅。竜王達がこれに当たる。大別するなら、ユキもそうだろうか。本来ならばシュウも此方に含まれる。

 

もう1つは押すか引くかしながら、常に少数を相手し続ける事。これがナディアであり、ユキもある意味含まれる。

 

 

だが現在のシュウはその何方でもない、と言うか両方を選択していた。一挙に押し寄せる魔物達。だがそれは同じ速度、同じタイミングではない。魔物の種類によっては力も速度も異なる。厳密には、同種の魔物であっても個体差がある。

 

どの魔物の攻撃が、どの程度の時間差で到達するか。瞬時に見極め、最適な回避と攻撃を選択して行く。ある程度の実力者ならば、短時間は可能な闘い方。だがシュウは、それを継続しているのだ。竜王達やナディアが驚くのも無理はない。だがそこにあって、やはりユキだけは考えが異なる。

 

(基本的な突きや蹴りだけでも驚異だと言うのに、シュウ君には神崎の技があります・・・。対人戦闘に特化しているとは言うものの、魔物相手に全く使えない訳でもありませんし。今の私では、万に一つも勝ち目は無さそうですね・・・)

 

冷静に戦力差を分析するが、ユキは別にシュウと敵対するつもりなどない。だが冒険者たる者、何時誰と敵対するかわからない。優劣を付けたのは、長年冒険者として活動して来たティナの記憶と経験によるものであった。

 

そんな快進撃というか蹂躙にも、50階層のボス部屋間近で変化が訪れる。突然シュウの構えが変わったのだ。この変化に反応したのはユキ。当然他の者達も、ユキの戸惑いに気付く。

 

「っ!?」

「どうしたのじゃ?」

「ナディア・・・」

「何?」

「絶対にシュウ君から目を離さないで下さい。」

「?・・・わかったわ。」

 

良くわからないが、そう答えるナディア。何時になく真剣な表情のユキに圧倒されたのだ。

 

 

 

 

この時、シュウはウォーミングアップの仕上げに入っていた。

 

(ゴーレムが・・・3体?しかもあの色、前回は居なかったアイアンゴーレムか?クリスタルドラゴンの前に、丁度良い相手かもな。)

 

ここまで肩幅程度に開いていた足を、もう一段階広げる。軽く曲げる程度だった膝をさらに曲げ、左足を前に出す。左手を顔の前、右手は腰の辺りに構える。そのままアイアンゴーレムの突進を待ち構えようとしているのは、ユキ達の目にも明らかだった。

 

圧倒的体格差のゴーレムを相手に、真っ向勝負の様相を呈したシュウ。誰が見ても無謀としか言いようのない光景。それでも動く様子の無いシュウに、距離を詰めたゴーレムが右腕を振り下ろす。

 

「まずは・・・足技。飛燕!」

 

――ドォォォン!

 

ナディア達には頭部を目掛けたハイキックにしか見えなかったのだが、ゴーレムは何故か頭から地面に叩きつけられる。予想外の展開に、誰も声を発する事は出来ない。

 

もう少し知能が高ければ戸惑いを見せたかもしれないが、所詮はゴーレム。残る2体が躊躇う素振りも見せずに襲い掛かる。

 

「次は投げ技。鳴雷!」

 

――ドォォォン!

 

今度は左腕で掴み掛かって来たゴーレムの腕を取った。ようにしか見えなかったのだが、此方も頭から地面へ真っ逆さま。

 

「最後は・・・打撃かな。穿鏨(せんざん)!」

 

――ガァァァン!ズドン!!

 

シュウはゴーレムの右腕を引いただけにしか見えなかった。しかし結果は、胴体から真っ二つ。これには全員が声を上げる。

 

「「「「「なっ!?」」」」」

「・・・まぁ、こんなもんか。」

 

動かなくなった3体のアイアンゴーレムを一瞥し、シュウが不満そうに呟く。驚愕し固まっていたナディアも、この言葉で再起動を果たす。

 

「ちょっ、今のは何!?」

「ん?何って・・・初歩的な技?」

「な、何が起こったのじゃ!?」

 

初歩的な技。そう言われても納得出来ないエアが聞き直す。

 

「何って、態々手の内を晒す程、オレはお人好しじゃない。自分達で考えてみろよ。」

「「「「「・・・・・。」」」」」

 

 

手の内を晒さない。それはこの場の全員に言える事。結局それ以上は問い質す事も出来ず、ただ只管思考に耽るナディア達なのであった。

 

 

 

 

 

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あとがき

 

随分と更新が滞ってしまい、本当に申し訳ありません。本業があまりにも多忙で、執筆する時間がありません。オマケに体力の面でも余力が無く、休日もほとんど寝て過ごしている状況です。

 

ただ、今後は少しずつ改善されるはずですので、近々執筆を再開出来れば・・・と思っております。予定としては、クリスタルドラゴン戦の後にちょっとした事件を挟んで第二部完結。それから省略した幼少期に入ります。

 

今年中に第三部(幼少期)まで終われるといいな・・・。

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286話 50階層

 286話 50階層

 

 

翌朝、シュウ達は50階層を進んでいた。前回訪れた時と同様、ガーゴイル、キマイラ、サイクロプス、ゴーレムといった多種多様な魔物が群れをなして襲い掛かる。さらには今回も同様に、シュウ単独で相手をして行く。1つだけ異なるのは、愛刀である『美桜』を使っていない事だろうか。

 

「これがシュウ君の編み出した魔拳・・・」

「全部軽く1撃ではないか・・・」

「とんでもねぇな・・・」

「しかもナディアに見せる為に限界まで手加減して・・・」

「・・・・・。」

 

誰もが呆然と眺める中、ナディアだけは動きの全てを食い入るように見つめる。本来であれば、魔物相手に素手で挑むのは愚かな行為。そう考えているシュウも、今回だけは素手であった。しかも繰り出される攻撃の速度は、駆け出し冒険者に毛が生えた程度。

 

どの部位にどの角度で魔拳を撃ち込むと、どういった効果となるのか。しっかりじっくり見せる、ただそれだけの為に。ナディアへのお手本は、ボス部屋の前に辿り着くまで続けられた。徐々に攻撃速度を上げて。

 

 

 

このような展開となった理由。それは50階層に降り立ってすぐの事――

 

「みんなには悪いけど・・・ここからはオレ1人で戦う。」

「何故じゃ?」

「もう少しだけ、ナディアに魔拳を見せておきたい。あとは準備運動かな。」

「準備運動ですか?」

「あぁ。クリスタルドラゴンも、オレ1人で相手をするつもりだし。」

「「「「「っ!?」」」」」

 

予想外の発言に、言葉を失うユキ達。だが説明を聞けば納得のいくものであった。

 

「前回戦ってみて思ったけど、アレを相手に武器は役に立たない。確かに雪椿は美桜よりかなり上だけど、例えるなら・・・アダマンタイトを相手に、鉄か銅かの違いでしかないだろう。決して斬れなくはないんだが、斬る方もタダでは済まない。まぁ正直な所、雪椿の代わりになる刀はそうそう打てないしな。万が一を考えて、ユキには我慢して欲しい。」

「わかりました。」

「「「「え?」」」」

 

まさか即答するとは思っておらず、呆気に取られるナディアと竜王達。前回は相手の姿を見ていなかった為、普通であればやる気になっていたはず。だがユキはブレない性格なのだ。

 

そう!食えない物に興味など無いのである!!

 

それ以外にも理由はある。シュウが告げたように、雪椿は特別なのだ。たった一振りを作り上げる為に打った刀の数は、優に千を超える。ユキの驚異的な殲滅速度は、雪椿によって支えられていると言っても過言ではない。ユキが狩る魔物の量を考えれば、失った場合の影響は計り知れない。それこそ世界規模で。

 

どんな刃物も、使えば切れ味は鈍る。つまり、刀にとってはダメージとなるのだ。もしもクリスタルドラゴン相手に死闘を繰り広げれば、いつかは折れる。それが理解出来たからこそ、ユキは身を引いたのだ。

 

どんな鍛冶職人だろうと、作り出す武具が人生最高レベルとはならない。作る刀が全て国宝級であれば、後世の者達が優劣をつけたりはしない。ユキもそれは理解しているのだ。

 

「そして竜王達。アンタらが本来の姿で、本気で戦えば余裕なんだろうけど・・・それだとナディアやナディアの姉さんが危険だ。」

「相手次第じゃ手加減出来ないだろうからな。」

「上手く加減出来るかわからんしのぅ。」

「・・・・・。(やはり、そこに自分は含まないのですね)

 

シュウの言葉に同意するエアとアース。だがアクアだけは捉え方が異なっていた。ユキの名を出さなかったのは、意図的なのだと見抜いていた。実は現時点で、アクアだけが全員の実力を正確に見抜いている。

 

竜王それぞれとシュウがほぼ同等、次いでユキ、最後にナディアの順である。膨大な魔力と神力を保有するシュウ。その圧倒的な出力と持久力は驚異的なのだが、それは竜王達にも言える事。生物の頂点に君臨する竜種。その王ともなれば、内包するエネルギーは計り知れない。加えて竜鱗という強靭な鎧、巨躯から繰り出される爆発的パワー。総合的に判断すると、どちらが勝っても不思議ではない。

 

だと言うのに、シュウは余裕を崩さない。竜王同士の争いに巻き込まれても、自分ならば対処出来ると理解しているのだ。それはつまり、本気の竜王2体を相手にしても勝てるという事。竜王達の間ではこの世界において、その状況に何とか対処出来るのはカレンだけと考えられていた。

 

だからこそ、アクアは警戒を強める。何がキッカケで敵対するかわからない、思考の全く読めない相手。それが神族なのだから。

 

 

そんなアクアの様子を窺うでもなく、シュウは残るナディアに告げる。

 

「ナディアは・・・問題外かな。」

「・・・実力不足なのはわかってるわ。」

「いや、実力云々よりも精神面。だって最初から人質を取られてるだろ?ソックリな見た目なんだ、ゴブリンでもわかる。前回もいきなりナディアを狙って来たんだし、ナディアが前に出るのはマズイ。」

 

悔しさで拳を握り締めるナディアに、シュウは首を横に振って説明する。それに口を挟んだのはユキ。

 

「クリスタルドラゴンが、お姉さんに何かをすると考えているのですか?」

「しないとも限らないだろ?」

「確かにそうですね。現状がどうあれ、元は竜かそれに似た存在。ゴブリンよりも下は有り得ないはず。」

「それに正直ナディアには悪いけど・・・いざとなったらオレは、ナディアとユキを優先する。」

「・・・わかってるわ。」

 

 

もしも相手がナディアの姉に何かをしても、シュウは決して動揺しない。迷わない。万が一の場合は、ナディアの姉を見捨ててでもクリスタルドラゴンを始末するつもりなのだ。

 

その時が訪れた場合、自身には下せないだろう決断。迎えるであろう結末。それを想像し、覚悟を決めるナディア。そんな決意の表れた彼女の表情を見て、シュウは頷いてから告げる。

 

「最初は限界まで手加減して戦う。徐々に速度を上げるから、絶対見逃すなよ?」

「任せて!」

 

 

気合の入ったナディアの表情に、大丈夫そうだなと自身も気を引き締めるシュウであった。

 

 

285話 50階層へ3

 285話 50階層へ3

 

 

肩を落としてトボトボと歩くナディアを尻目に、シュウ達は少しだけ移動のペースを落とす。単にナディアを案じてのものではない。先頭を歩くシュウが黙り込んでしまった為だ。そんなシュウの様子が気になったのか、アクアがユキに小声で話し掛ける。

 

「貴女達の夫は、先程から一体何を悩んでいるのです?」

「・・・わかりません。」

「あの魔道具の後から様子がおかしいようですね。」

「えぇ。おそらく、本来は常時起動する類の物だったのだと思うのですが・・・」

「そうですか・・・。」

 

ユキならば何か知っているかもしれない。そう思い至っての質問であったが、答えは得られないと知り落胆するアクア。それもそのはず。封印に関してはエレナ、魔道具に関してはランドルフしか知らないのだから。つまり両方を知るのはシュウだけである。

 

そのシュウはと言うと、様々な仮説を立ててはどう立証するかに思考を割いていた。

 

 

――隠蔽の魔道具が機能していないのは、魔力の質が変化した。これはほぼ確定だろう。アークが融合と表現していた事からも、異物が混ざり込んで変質したと考えるのが妥当。ひょっとしたら肉体が2つになってて、どちらかの肉体が致命傷を負っても生き延びられるなんて期待も少しあったけど・・・融合なら違うだろうな。検証する訳にもいかなかったから、この情報は凄くありがたい。

 

次に魔力の質が変化した事についてだが・・・影響はこれまでの魔道具だけに留まりそうだ。魔力登録型の魔道具はこれしか無いし、この点も問題無い。魔法も従来通りに使えるし、何の違和感も無かった。今の今まで気付かなかったくらいだしな・・・。オレとユキに限ってはどっちの姿でもいいように、魔道具を2つずつ用意する事にしよう。

 

ここまでは後でユキにも伝えておこう。問題はそれ以外だ。

 

 

気が回らなかった、というかすっかり忘れてたんだけど・・・この体になってもルーク時代の封印は有効のまま。ユキの病を治療した事や肉体を作り変えた事を考慮しても、単純に混ぜ合わせただけ。問題なのは、これが魔法ではなさそうだって事だ。

 

神の能力に関してはサッパリだが、アークが最低でもそういう能力を有しているのはわかった。だが問題はソコじゃない。大事なのはオレとユキ、カレンの能力について。態々アークが出張って来た事を考えると、1柱・・・というか11人の能力は違うと見るべきだろう。これはつまり――

 

 

シュウが導き出した結論。それは『自力で発現させなければならないのではないか』というものだった。個々人によって異なるのであれば、手取り足取り教える事は出来ない。概要ならば可能かもしれないが、詳細については無理だろう。そう思わざるを得ない。だがここまで考えて、ふと脇道に逸れる。

 

 

――同じ能力じゃない?いや、転移については同じ・・・厳密には違うのか。違う?本当に?――

 

 

異世界転移を使える条件は何か。上級神達の言を信じるのであれば、『脱下級神』である。この時までシュウは、いずれ中級神になれば使えるようになると思っていた。思考を放棄していたのである。だが思い返してみると、色々と矛盾している事に気付く。

 

 

――カレンは上級神に匹敵する実力があると言っていた。にも関わらず、未だ下級神のままなのはどういう訳だ?これはつまり実力・・・神力の量ではない?いや待て、今は転移だ。

 

異世界転移は1度、中級以上の神に連れて行って貰うものだとばかり考えてた。だがそれだと、全面的に異世界転移を禁止する説明が出来ない。教えを請う類の能力であれば、その時しっかり説明すればいいんだから。これはつまり・・・その気になれば、どんな下級神でも異世界転移は出来る!?――

 

 

 

突拍子もない結論。それを導き出したのは、シュウが2人目であった。1人目が誰で、何故禁止となったのか。この時のシュウは知る由もない。現時点で言える事。それは・・・最高神にとって不幸中の幸いだったのが、シュウの現在地が転移禁止のダンジョン内だった事だろう。

 

この時もしも転移出来る状態であれば、シュウは確実に試していた。だがすぐには転移出来ない状況なのと納得のいく結論を出した事で、この件を暫く棚上げしたのである。まぁ、忙しくて忘れたとも言うのだが・・・。偶然にも救われたアークではあったが、彼がこの事実を知る事は無い。

 

 

 

 

ゆっくりとしたペースで進む一行。49階層出口付近での野営を挟み、翌朝には50階層へと足を踏み入れたのであった。

 

 

284話 50階層へ2

 284話 50階層へ2

 

 

「ゔぁぁぁぁん!ごべんなざぁぁぁい!!」

「泣いてもダメ!」

「許してぇぇぇ!」

「絶対に許しません!!」

 

仁王立ちするシュウと、その足に縋り付くナディア。何故このような状況に陥っているのかと言うと、シュウが本気でキレた為である。

 

基本的にシュウは嫁達に寛大である。過去にその怒りを爆発させた相手はスフィアだけとあって、他の嫁達に危機感は無かった。

 

 

普段温厚な者程、怒った時は恐ろしい。それはシュウにも言える事。決して女性に手を上げない分、最も効果的な罰となって襲い掛かる。大人の女性であるスフィアは、大人しく受け入れたのだが・・・中身がまだまだ子供のナディアには受け入れられなかった。それ故に必死の抵抗である。

 

「自業自得じゃな・・・」

「それはそうかもしれませんが・・・」

「えげつねぇな・・・」

「・・・・・。」

 

シュウが下した沙汰に、竜王達が戦慄する。ユキに至っては声も出せない程だ。これがもし自分だったら。そんな想像を巡らせたのだろう。

 

 

一体何が起こったのかと言うと―――

 

「食べ物を使った悪戯は料理人として見過ごせない!ナディアは1ヶ月間プリン禁止な!!」

「なっ!?」

 

あまりの厳罰にナディアが凍りつく。その隙に、シュウはナディアの持つアイテムボックスに魔力を込める。この階層では魔法を使えないが、魔力を込める事は出来るのだ。

 

「製作者権限で、今持ってるアイテムボックスは使用禁止にしたから!」

「えっ?・・・え?・・・えっ!?」

 

驚愕の事実に、ナディアは必死にアイテムボックスを操作する。だが何度やっても反応しない事で、シュウの顔とアイテムボックスを何度も見返したのだ。だが何度見返しても、初めて見るシュウの表情に変化は無い。結論は覆らないと判断し、それなりに頭の回るナディアは対処法を考える。

 

(帝都の商会で・・・は売ってないんだったわ。なら城の料理人に頼めば・・・ルークの目があるから無理!寧ろ1ヶ月は献立から消える。あとはティナの非常食に・・・残ってる訳ないじゃない!!・・・・・詰んだ・・・。)

 

 

どう足掻いてもプリンを入手する事は出来ない。そう理解し、呆然とするナディア。だが大人しく受け入れられる性格ではない。いや、元Sランク冒険者でありギルドマスターだった彼女は、強者というか権力者故の傲慢さを持っている。結果、最後の悪足掻きに打って出た。泣き落としである。

 

自分に甘い夫ならば、もっと軽い罰にしてくれるだろうと。だがそれはナディアの考えであり、シュウの考えとは違う。そもそも、1ヶ月はかなり軽い罰なのだから。

 

シュウが作るスイーツは、プリンだけではない。今では数え切れない程の種類を提供しているのだ。1ヶ月どころか半年プリンを作らなくとも、他の嫁達は気にも止めないだろう。ナディアだけが食べられないようにするなら性格が悪いかもしれないが、シュウにその気はない。みんな平等に食べられないのである。

 

一見公平且つ平等に見えてしまう罰ではあるが、見方を変えれば恐ろしい事でもある。一時的ではあるが、この世界からプリンが消えるのだ。どれだけ努力しようとも、決して入手する事が出来ない。大げさに言うなら、ロストマジック、古代の遺産である。

 

 

 

何故このような状況に陥っているのかと思うかもしれないが、それは当然ルークが調理法を秘匿しているからにほかならない。とは言っても、欲に目が眩んでの事ではない。

 

ルークとしては、調理法を知られるのは構わなかった。聞かれれば懇切丁寧に教えただろう。だがそれは、この世界が平和ならという注釈が付く。

 

卵の希少性だけでなく、砂糖を始めとした調味料も貴重なのだ。一時の利益に群がる相手は、販売する商人に留まらない。生産者すらも危ういのである。根こそぎ奪ってしまえば、その希少性は跳ね上がる。後々出回らなければ、価格は安定して上がるのだから。

 

そこまで考えた上で、ルークは調理法を含めた材料までを秘匿したのだ。現状を維持すれば、余計な騒動には発展しないだろうと踏んで。そしてそれは正解だった。現在帝都の地下で作られている砂糖に関しても、帝国の軍隊が警備にあたっている。そこまでしなければ守り切れない物なのだ。

 

 

 

 

縋り付くナディアを振り払い、シュウはユキ達の下へと歩み寄る。

 

「・・・少し厳し過ぎるのではありませんか?」

「本当は1年でも良かったんだけどな。」

「ひぃっ!?」

 

シュウのとんでもない発言に、ナディアが泣き止む。

 

「今回はそこまで時間を無駄にしなかったし、もし水を持って無くても故意に道を間違えれば戻る事は出来た。」

「「「「あぁ・・・」」」」

 

ここまで30分しか経っていない事もあって、時間のロスは少ない。最悪の場合でも、道を間違える事で40階層へは容易に戻る事が出来る。厳罰を与える程ではないと判断したのだ。

 

「だが、何が起こるかわからないダンジョンでやっていい事ではないだろ?」

「そう、ですね。」

「まぁ、食べ物を使った悪戯は別にいいんだけどさ。」

「良いのか?」

「あぁ。粗末にしなければ構わないよ。お菓子に激辛な香辛料を使った悪戯もあるでしょ?」

「確かにありますね。」

「今回のは、相手と場所次第では命の危険を伴う内容だったから、かな。」

「なるほどのぉ。確かに干物になるかと思ったのじゃ・・・。」

「オレも体験してるから、あの辛さはわかる。だから総合的に判断して1ヶ月。」

「「「「なるほど。」」」」

「・・・・・。」

 

全員が納得の結論。それはナディアも同じだった為、これ以上の異議を申し立てる事は出来ない。だが素直に受け入れる事も出来ない為、無言を貫くしかなかったのだ。

 

それよりも、ユキ達にはもっと気になる事があった。

 

「それはそうと、魔道具には製作者権限という物があるのですね?」

「ん?あぁ。やっぱり悪用された場合を考慮する必要はあるからね。都合良く製作者が対処出来る事は少ないだろうけど。」

「なるほど。」

「ならば、お主が付けておる魔道具が機能しておらんのもソレか?」

「え?」

 

エアの問い掛けに、驚かされたのはシュウである。自身が製作した魔道具しか所持していないのだから、それもそのはず。だからこそ、シュウにはどの魔道具を指しているのかがわからない。

 

「ほれ、その服に付けておる飾りじゃ。魔石が付いておるのじゃから魔道具なのじゃろ?」

「っ!?あ、あぁ・・・コレか?コレは今必要じゃないんだよ。」

「なんじゃ、そういう事か?」

「エア、アイテムボックスとか言うのだって常に機能してる訳じゃないだろ?」

「おぉ!確かにそうじゃの!!」

「「・・・・・。」」

 

シュウが見せた刹那の動揺。エアとアースは気付かなかったようだが、アクアとユキは何かを感じ取ったのだろう。2人が眉をひそめたのだが、それに気付く者はいなかった。

 

 

 

(隠蔽の魔道具が機能していない、だと?一体何時から・・・。アイテムボックスは問題無く機能している。2つの大きな違いと言ったら、使用者に合わせて作られているかどうかだけど・・・まさかっ!!ひょっとして、シュウの姿には反応しないのか!?だとすると・・・間違いなく母さんには気付かれただろうな。まぁ、気付かれても特に問題じゃないからいいけど、詳しく検証する必要はあるだろうな。)

 

使用者に合わせて作られた、隠蔽の魔道具。だがそれは使用者の魔力を登録するだけの物。姿が変わっただけだと思っていたシュウにとって、この情報は重要なものであった。自身に施された封印が露見する事については何の問題にもならない。何となく隠しているだけなのだから。

 

問題なのは、魔力の質について。シュウとユキの肉体が齎す影響を、放置する訳にはいかないだろう。この先に待ち受けるのは、かつて引き返す事となった強敵なのだから。