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Shining Rhapsody

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269話 踏み止まるべき一線1

 269話 踏み止まるべき一線1

 

かなり予想外ではあったが、何とかユキと合流したシュウ達はホッと胸を撫で下ろし・・・てはいなかった。

 

「お、おかしいのじゃ・・・」

「あの体の何処に入ってるんだよ・・・」

20までは数えたのですが・・・」

「「「化物!」」」

「・・・・・。」

 

尋常ならざるペースで吸い込まれるハンバーグに、竜王達が思わず声を揃える。ユキというかティナ専用に開発された、1500グラムの特性ハンバーグ。20個の時点で10キロもの肉塊が、ユキのお腹へと消えている。だと言うのに、ユキの見た目にはそれ程大きな変化が無い。まさに化物。

 

そんな竜王達のやり取りを、ナディアは無言で見つめている。見慣れた光景に呆れて言葉も出ない、とも言うのだが。

 

「こらユキ!肉だけじゃなく野菜もちゃんと食え!!」

「え〜?草は嫌よ・・・」

「そういう所はティナなのね・・・。」

 

ユキの言い草に、ボソリと呟いたのはフィーナ。全員を呼びに行ったソルトとブラスカにより、合流を果たして昼食を共にしている。とは言っても、フィーナ達が食べているのは予めルークが渡した食事。現在のシュウは、ユキと11で勝負している。他の者に食事を振る舞う余裕など無い。

 

弱火でじっくり焼かなければならないハンバーグという料理は、作り手が圧倒的に不利である。特大サイズともなれば、火の通りは悪い。生焼けが怖いのなら煮込めば良いと思うかもしれないが、スープの具材とは違って無理がある。・・・スープの具がハンバーグというのは斬新だろうか、などと考えるシュウであった。

 

 

 

ともあれ、ユキが満足するまでハンバーグを焼いたシュウは、後片付けをフィーナ達に任せてその場を離れる。その後ろにはユキの姿。みんなの居る場所から、およそ200メートル程離れた場所で立ち止まって振り返る。

 

「それで?何か聞きたい事があるんだろ?」

「うん。」

 

日本語で問い掛けたシュウに、ユキは短く答えながら頷く。示し合わせての事ではなく、何となくそう感じての行動であった。あまり聞かれたくないだけに、ダンジョンという場所を選んだのではないか。シュウはそう考えていたのである。

 

「不自然じゃないようにみんなで追い掛けたけど、一体何?」

「どうしてシュウ君は、文明を発展させないの?」

「・・・責任を取れないから、かな。」

「責任?」

 

便利になれば、人は喜ぶはず。ならば責任とは何を指すのだろう。それがわからなかったユキは、素直に問い掛ける。

 

「この世界にはさぁ、魔法があるだろ?勿論魔法が全てとは言わない。文明が発達すれば、それなりに人々の生活は向上する。けどそれは、デメリットも大きいんだよ。」

「デメリットって?」

「そうだなぁ・・・例えばユキは何を思い浮かべる?」

 

あまりにもスケールの大きい話に、どう例えるべきか悩んだシュウは質問に質問で返す。

 

「電化製品とか移動手段。それと・・・銃。」

「なるほど。なら聞くけど、電化製品に必要な物って?」

「それは・・・電気?」

「確かに電気は必要かな。それ以外には?」

「・・・・・専門知識?」

 

暫く考え込んで答えを絞り出す。ユキが悩んだ理由、それは必要な物の多さだろう。そんなユキの答えに、シュウは苦笑混じりに告げる。

 

「それも必要だけど、オレが言いたい事とは違うかな。」

「じゃあ、シュウ君の考える物って何?」

「電子部品。」

「・・・え?」

 

予想外の答えに、ユキは思考が追い付かない。当たり前過ぎて、すぐには思いつかなかったのだ。

 

「電子部品が出回るとさ、与える影響が大きいんだよね。」

「それは暮らしが豊かになるんだもの、影響は大きいよ。」

「違うよ。オレが言いたいのはマイナスの影響。」

「マイナス?」

「ユキは感じたことない?人の欲望ってさ、限りが無いんだよ?」

「それは・・・」

 

シュウの言いたい事が痛いほどわかる。だからこそユキは言い返せない。

 

「資質に左右される魔法とは違う。誰でも使えるんだ。そうなった時、欲深い者達はどうすると思う?」

「・・・・・。」

 

この世界では、権力の力が大きい。そして命の価値も地球とは異なる。そこから導き出される答えを、ユキは口にすることが出来なかった。だがシュウは違う。敢えて口にする。

 

「他者を排除し、奪ってでも手に入れようと考える。独占しようと目論む。ここはね、地球じゃないんだ。いや、過去の地球だと思えばいいのかな。生み出された技術は必ず悪用される。ハッキリと言えば、戦争に使われる。・・・通信装置も移動手段も。」

「それはルールを取り決めればいいでしょ!?」

「地球なら、ね。この世界の法は、万人に対して平等じゃない。時に王侯貴族がねじ伏せるだろ?自然に発展して生み出された物なら、受け入れるしかないと思う。でも持ち込むのは駄目だ。地球で魔法を使えるようになったらどう?いずれは対抗戦力によって鎮圧されるだろうけど、最初は馬鹿な事を考える者が現れると思わない?」

「それは・・・。」

「人目に触れれば、再現しようとする者が現れる。だからオレは作らない。いや、作ってはいけないんだ。」

 

ありとあらゆる知識を有するシュウが地球の発明品を作らなかった理由に、ユキはただただ沈黙するしかなかった。そんなユキに対し、シュウはさらなる予想外な言葉を口にする。

 

「それにさ・・・ユキは銃って言ったけど、それこそ銃は作るべきじゃないよ。」

「何で?」

「それはね・・・・・」

 

話の途中で歩き出すシュウ。後を追い掛けるでもなく佇むユキと、距離が10メートル程開いた時。突然シュウが振り返る。

 

 

ーーパンッ!

ーーキンッ!

 

 

乾いた破裂音と同時に鳴り響く金属音。そこには右手に拳銃を持つシュウと、抜き放った刀を掲げるユキの姿があった。

 

 

268話 合流

 268話 合流

 

 

魔拳の基本と応用を披露し、用は済んだとばかりに移動を再開するシュウ達。本来の予定であれば、アースによる偵察が済んでからのはずであった。しかし見渡す限りに広がる墓場に、その必要性を感じなかったのである。

 

進む程に強まる腐臭に、全員が耐えかねたというのも大きいだろう。風を自在に操るエアであっても、階層いっぱいに広がる臭いには対処出来ない。クサイ部屋の中で囲いを作った所で、既に手遅れである。

 

 

 

かつてない速度で飛ぶエアのお陰で、あっという間に21階層へと辿り着く一行。

 

「・・・今度は森じゃな。」

「じゃあ、早速様子を見て来るか。」

「待ってくれ。」

 

割り当てられた仕事をこなそうとするアースをシュウが呼び止める。

 

「何だ?」

「偵察は必要無い。」

「どういう事じゃ?」

「ここは見通しが悪いだろ?見付けられるかどうかは運の要素が大きい。だったら無理に探して合流しようとするよりも、先を急いだ方がいいはずだ。・・・魔物も狩り尽くされてるだろうし。」

「目的地はわかっていますからね・・・。」

「あぁ。それにもし追い越したとしても、オレだけがケルベロスの前で待っていればいいしな。」

 

シュウとは違って、ナディア達の目的地はもっと先にある。ならば、シュウに合わせて移動する理由は無い。何時現れるかもわからないユキを、一緒に待つのは時間の無駄だろう。

 

全員がシュウの意図を理解して頷き、すぐさまエアが飛び立つ。しかしその速度は今までよりもずっと遅いものだった。

 

見付けられるかわからないからといって、全く見ない訳にもいかない。全員が観察出来るよう、ゆっくりと飛ぶことにしたのである。そんなシュウ達の努力は、24階層で報われる事となった。

 

最初に気付いたのはエア。本来の姿の為か、その場の誰よりも感覚が鋭かった。

 

「この先・・・集団で移動する物音がするのじゃ。」

「集団?ならフィーナ達ね!このまま合流しましょう!!」

「いや、一旦追い抜いて24階層の出口で待とう。」

「何でよ?」

「今のエアが近付いたら警戒するだろ?」

「出口に降りても警戒するんじゃない?」

「それならそれでいいさ。奥に向かう以上、誰かしら偵察に来るだろ?」

「それはまぁ・・・そうね。」

 

シュウとナディアが言うように、エアの存在に気付けば警戒するだろう。しかし接触の仕方によって相手の対応は変わってくる。突然接近すれば身を潜めるはず。無理に近付こうとすれば、バラバラに逃げるかもしれない。それでは呼び集めるのに時間が掛かる。

 

一方でシュウが言うように、出口で待ち構えても警戒はされるだろう。しかし状況を確認せずに引き返すような真似はしない。彼女達の目的地はその先なのだから、どうにか進もうとするはずなのだ。

 

 

ナディアも納得した事で、エアは一気に出口へと向かう。そのまま出口の眼の前へと降り立つと、シュウは徐に料理をし始めた。昼食にはまだ早いのだが、決まった時刻に食事を摂れないのが冒険者。誰も文句を言ったりはしない。場合によっては食事抜きもあり得るのだから、食えるだけマシだろう。

 

直にフィーナ達も合流する事を考えると、人数分の調理には時間が掛かる。積もる話もあるだろうし、しっかりした食事でも構わないはず。そう考えたシュウは、肉をメインに調理する。

 

 

まずはナディア達に昼食を振る舞い、続けてフィーナ達の分へと取り掛かるシュウ。しかしその表情は険しい。

 

「流石にここから追加で冒険者20人分のハンバーグはキツイな・・・。」

「おかわりなのじゃ!」

「私もお願いします!」

「・・・・・。」

 

エアとアクアが元気良く、アースは無言で空いた皿を差し出す。

 

「やかましいわ!そもそも食い過ぎだろ!!野菜を食え、野菜を!」

「このはんばーぐ?とやらが美味過ぎるのがいかんのじゃ!」

「早くしろ!」

「よ、ヨダレが・・・」

「・・・・・。」

 

この3人、既に200グラムのハンバーグを各々10個平らげている。・・・ハンバーグだけを。

 

未だ収まる事を知らない食欲に、シュウは思わず声を荒げる。しかしそんな事はお構いなしに、おかわりを催促する竜王達。ナディアはそれを冷ややかな目で眺めていた。

 

シュウが文句を言うのも無理はない。そもそも、5人で1ヶ月分の食材しか持参していないのだ。しかも普段の食事量を把握していた為、その2割増しで。見通しが甘いと言われればそれまでなのだが、それでも肉をこれ程消費するとは思わなかった。だからこそ言わずにはいられない。野菜を食え、と。

 

 

賑やかなシュウ達は警戒心を解いていた。だからこそ、接近する人影に気付く事が出来ない。まぁ、相手に敵意があれば気付くのだが。

 

ーーガサガサ!

 

「「「「「っ!?」」」」」

草木が揺れる音に、騒いでいたシュウ達が一斉に顔を向ける。

 

「ルークのお肉の香りがする!」

「焼けたルーク肉の匂いだ!」

「言い方を考えろ!って、ソルトにブラスカ!?」

 

思わずツッコんだシュウだったが、相手の姿を確認して驚きの声を上げる。

 

「シュウ君!とりあえずハンバーグ!!」

「とりあえずビールみたいに言うな!って・・・」

「「「「「ユキ!?」」」」」

 

 

全く無警戒だった出口からの呼び掛けに、シュウ達が一斉に振り向く。まさか次の階層から戻って来ようとは、一体誰が予想出来ただろう。しかも、ハンバーグの匂いに釣られて・・・。

 

 

267話 魔力操作の先5

 

267話 魔力操作の先5

 

 

朝食を済ませ、一気に16階層へと進んだシュウ達。彼らが立ち止まったのは、アースに斥候を任せる為だけでは無かった。

 

「墓場ね・・・。」

「墓場じゃな・・・。」

 

眼前いっぱいに広がるのは、不規則に並んだ墓。とても絶景とは呼べないが、これはこれで圧倒されるものがある。

 

「此処には魔物が居るようですが・・・どうします?」

「ちょっとアクア!私は嫌よ!!」

 

魔拳の練習をするのか尋ねるアクアに対し、ナディアは当然拒絶する。アクアも出来れば御免被る。そう思っての問い掛けであった。そう、ゾンビやグールの相手は嫌なのだ。臭いのである。

 

「まぁ、オレも鬼じゃないからな・・・。ああいった相手の対処を軽く見せて、さっさと抜けようか?」

「「「「対処?」」」」

「あぁ。今後ナディアが単独でアンデッドの大群と戦う機会もあるだろ?」

「・・・あるじゃろうな。」

「そんな時、魔弾だけじゃ流石に厳しい訳だ。・・・いざとなったら魔拳を使うだろうけど。」

 

シュウの説明に、全員が揃って頷く。多少とは言え、魔弾は圧縮した魔力を放たなければならない。魔法よりも効率の悪いそれは、魔力の枯渇に陥るのも早いのだ。とは言っても、それは直接触れたくないという注釈が付く。我慢出来ればどうとでもなる話。

 

しかし獣人であるナディアにとって、それが何よりも辛い。腐臭というのは、そうそう耐えられるものではない。それは竜王達にも同じである。

 

「魔力は霧散・・・拡散する性質があるって言ったよな?それは魔拳においても言える事なんだ。」

「え?いえ、でも魔拳は・・・。」

 

魔拳を使えるようになったナディアが、思わず異を唱えようとする。だが自分は少し齧った程度なのだと思い直し、すぐに口を噤んだ。

 

「魔拳は魔力を圧縮していないだけなんだよ。拡散していなければ、拳大に穴が空くはずだろ?」

「そう言われるとそうね・・・。」

 

圧縮した魔力の塊を放つのが魔弾。圧縮していない魔力を放つのが魔拳。本来であれば、魔力の進み方は同じになるはず。しかし齎される現象が異なるのだから、ナディアも納得である。

 

「これは対象となる物の強度に左右されるから一見したらわかり難いんだけど、凄く硬い物を殴ってみるとわかると思う。けどまぁ、今は置いとこう。で、ああいった触りたくないモノが相手の場合なんだけど・・・積極的に拡散させるつもりで魔力を放つんだ。こんな風に!」

 

そう説明すると、シュウは少し離れた位置に居るゾンビの群れへと駆け出す。本気で移動しなかったのは、ナディアが見逃さないようにという気遣いから。見やすいようにと、ゾンビの横に並んでゆっくりと裏拳を放つ。

 

ーーボンッ!

 

「「「「はぁ!?」」」」

 

ゾンビの全身が粉々になって吹き飛んだ光景に、全員が驚きの声を上げる。とてもではないが、それ程の威力があるとは思えない一撃だったのだ。尚も固まる4人に構う事無く、シュウは群がって来るゾンビの群れへ次々と攻撃を繰り出す。

 

ーーボンッ!ボンッ!ボンッ!ボンッ!

 

「「「「・・・・・。」」」」

 

腐った肉片が飛び散るという地獄のような光景に、誰も声を発する事が出来ない。いや、4人が驚いているのはそこではなかった。返り血というか、返り肉というか・・・とにかくシュウは一切浴びていないのだ。これは全ての衝撃を、前方のみへと変換している事を意味する。

 

即ち、殴った部分だけでなく全身隈なく吹き飛ばしているのだ。このような真似が出来るとは思っていなかったのか、すぐに事態を飲み込めずにいた。

 

 

50体以上のゾンビを吹き飛ばし、シュウはゆっくりした足取りで戻って来る。

 

「・・・ここまで出来るようになれば安心かな。」

「凄い威力ね・・・」

「いやいや、大分加減してるからね?実際には本気で拳を振るうんだ。威力は何倍にも跳ね上がるさ。」

「「「何倍・・・」」」」

「・・・・・。」

 

シュウの言葉にゴクリと息を呑むナディア、エア、アース。しかしアクアだけは様子が違っていた。驚いているのは同じだが、内容は異なるようだ。シュウが気付かない訳もなく、当然理由を尋ねる。

 

「どうしたんだ?」

「この技は・・・本当に恐ろしいですね。」

「「「?」」」

 

アクアが何を言っているのかわからず、シュウ以外が首を傾げる。

 

「気付きませんか?魔拳の真の恐ろしさに・・・」

「何の事じゃ?」

「単純に威力の高い打撃ではない、という事ですよ。」

「どういう事?」

「触れた部分から魔力を送り込むのです。つまり、普通に防御してはいけないんですよ。」

「「「あっ!」」」

 

アクアの言葉が理解出来たのか、ナディア達が叫ぶ。そう、触れてはいけないのだ。

 

「体だけではありません。使い手の実力次第では、向かってくる武器すらも破壊してしまえるのです。しかも先程の魔拳を見るに、ギリギリで躱すのも許されないでしょう。」

「は、反則なのじゃ・・・」

 

唖然とする4人に対し、ルークが静かに告げる。

 

「確かに強いんだけど、それなりに欠点はあるぞ?」

「・・・何です?」

「知られてしまえば、使い手が爆発的に増えるって事だ。必要なのは魔力操作だけだからな。魔力で相殺出来るから、相手と運次第では返り討ちにされる。」

 

相手が玉砕覚悟で全力の一撃を放った場合、自分が様子見の一撃だった場合が恐ろしい。

 

「対人戦では使えないって事ね?」

「あぁ。人目につかない場所で魔物相手に使うのはいいが、人が居る場所では絶対に使わないでくれ。まぁ、緊急時は仕方ないけどな。」

「わかったわ。」

 

 

シュウはこう言ったが、実は全てを語っている訳ではない。熟練度次第では、相手が込めた魔力量に合わせた一撃を放つ事が出来る。瞬時に判断し、キッチリ同量の魔力を込める技能が必要となるのだが、今のナディアにそれを求める事は出来ない。焦りは禁物である。

 

 

それなりに使いこなせるようになった段階で真実を告げ、魔拳同士の組手をする。対人戦闘用に神崎の技を伝授するのはそれからだろう。改めてそう思うシュウであった。

 

 

266話 魔力強化の先4

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 266話 魔力強化の先4

 

時間を掛けてゴブリンとコボルトの群れを殲滅し、また新たな群れを探す。それを何度も繰り返しながら進み、ボロボロになったナディアがルーク達の下へと戻って来る。

 

「お、終わった・・・。」

「お疲れさん。かなり使いこなせるようになったな。じゃあ今日はゆっくり休んで、明日は一気に移動しようか。」

「え?もういいの?」

 

ルークから告げられた予想外の言葉に、ナディアが思わず聞き返す。その顔が非常に嬉しそうなのは気のせいだろう。

 

「あぁ。ナディアを待ってる間、アースに先の階層を見て来て貰ったんだ。35階層は追加でサソリとワーム。そして6階層以降は岩石砂漠になるけど、特に魔物の種類は変わらないらしい。」

「妾の背に乗って、一気に11階層まで進むのじゃ!」

11階層以降も一旦偵察して貰って、余裕がありそうならまた練習かな。」

「そう・・・。」

 

目に見えて落ち込むナディア。ルークは笑いを堪えつつ、徐に取り出した物を差し出す。

 

「とりあえず晩ごはんが出来るまで、コレでも食って休むといいよ。」

「何よ・・・って、この匂いはプリンね!?」

 

誰よりもプリンをこよなく愛するナディアは、屋外で匂うとは思えないプリンの匂いを嗅ぎ分けるらしい。どうでも良い豆知識を手に入れたルーク。その対価は当然、手から奪い取られたプリンである。

 

なんだかんだとナディアに甘いルークは、肩を竦めて晩ごはんの支度に取り掛かるのだった。

 

 

 

翌朝、ルーク達は既に11階層へと足を踏み入れていた。普通であれば、日が沈んだ砂漠は寒い。しかし此処はダンジョン。現実の砂漠とは気温が異なる。故に、まだ薄暗い内からの移動が可能であった。まぁ、エアが本来の姿で移動する為というのもあったのだが。

 

冒険者がいるかもしれない状況では、ダンジョンの浅い階層に竜が居るのは色々とマズイ。ならば目立ちにくい、薄暗い時間帯を選ぶのは当然の事。

 

あっと言う間に11階層へと辿り着き、当初の予定通りアースが様子を伺いに行く。待っている間に朝食を準備していると、思っていた以上に早くアースが戻って来た。

 

「随分と早かったのじゃな?」

「あぁ・・・魔物が1匹も見当たらなかったもんでな。」

「「「え?」」」

「・・・・・。」

 

予想外の言葉に驚くナディア達。だがルークだけは表情を変えない。

 

「ナディアの夫・・・心当たりでもあるのか?」

「あぁ。多分ユキが狩り尽くしたんだろうな。」

「「「「・・・はぁ!?」」」」

「いつ食糧難に陥ってもおかしくない状況だからな。狩れる時に狩っておこうと思っても不思議じゃないさ。それより冒険者は居たか?」

「そうか・・・いや。隅々まで見渡した訳じゃないが、目の届く範囲には居なかったな。」

「なら、そろそろルークの姿じゃなくても良さそうだな。」

 

そう告げるが早いか、ルークは瞬時にシュウの姿へと変化する。もし仮にアースが見逃した冒険者が居たとしても、それ程大勢では無いだろう。

 

ナディアと共に行動する以上、変な噂が立つのは避けたい。しかし本来の目的である、アークの息子と気付かれないようにする事の方が優先度は高い。ここまで来ればどうとでも言い逃れは出来るのだから、姿を変える事に躊躇いはなかった。

 

 

とりあえずは朝食を済ませ、今後の方針をシュウが告げる。

 

「じゃあ昨日言ったように、エアに乗せて貰って行ける所まで行く。おそらくは21階層で景色が変わるだろうから、そこまで頑張ってくれ。あとはまぁ、何か見つけたら止まってくれて構わないかな。」

「わかったのじゃ。」

「その前にちょっといい?」

「うん?」

「昨日から思ってたんだけど、どうして態々ご飯を作るの?」

 

ナディアがそう尋ねたのは、常日頃からアイテムボックスに作り置きをしていたのを知っているから。不便なダンジョン内で料理しなくとも、作り置きを出せば済む話だ。浅い階層であれば匂いに釣られて寄って来る魔物は驚異とはなり得ないが、それでも近付かせない方が都合はいいはず。

 

「あ〜、オレのアイテムボックスなんだけど・・・調味料が入ってる物以外はユキに渡したんだよ。

「全部!?」

「そう、全部。食材確保の為ではあったんだけど、オレも不在がちだったろ?・・・デザートもほとんどユキが持ってるから。」

 

まさかとは思いつつも、ルークが一つの真実を告げる。するとナディアは真剣な表情でエアに向き直った。

 

「エア!」

「な、何じゃ?」

「急いでユキを見つけるわよ!!」

「・・・まさか、プリンの為とか言わんよな?」

「そそそ、そんな訳ないじゃない!非常食の為よ!!非常事態なの!」

「「「「・・・・・。」」」」

 

世界規模の非常事態だし、料理の出来ないユキにとっては毎日が非常事態である。非常食ならば、ユキが食べるのに何の問題も無いだろう。しかしそれ以上に、ナディアにとっての非常事態である。プリンの無い食事など考えたくもないのだ。

 

全員がそれを察したのだが、面と向かって指摘する者はいない。食い物の恨みは恐ろしいのだから。

 

 

 

 

ちなみにルークがプリンを持っているのは、直前とは言えナディアの同行を知ったから。普通に作り置きしてあった分を持参したのである。

 

 

そしてナディアのアイテムボックスには、500個近いプリンが仕舞われている。これはナディアの全財産なのだ。それに手を付けるようでは、本当の意味で非常事態。ここからは本気でユキを見つける事に注力しようと決めたナディアであった。

 

 

同時に実の姉がプリンに負けた瞬間でもあったのだが、ナディアを含めて気が付いた者は皆無である。

 

 

 

小説の 引っ越し作業で 思ふ事

どうも、橘です。

 

予定外の投稿です。投稿と言うよりも単なる愚痴、簡単なご案内です。

 

 

本日より小説の引越し作業を開始したのですが、とにかくめんどくさいorz

 

きっと読んで下さっている方々も、順番がめちゃくちゃで読むのが面倒なのでは?と思います。

 

というわけでお知らせです。何話か忘れましたが、何処かのあとがきにて呟いたと思います。

 

小説に関しては、URLで話数を管理しております。

 

例えば220話なら

https://shiningrhapsody.hatenablog.com/entry/recipe220

といった具合に。

 

最後の数字を変えてもらえれば、比較的簡単に読み進められるのではないでしょうか。

 

 

ちなみに閑話は

https://〜/dessert○○

にするとか言いやがりましたが、引っ越しが完了するまでは中止します。

 

無理です!皆さんの混乱もさることながら、私の混乱が激しいのです!!言ったヤツはアホです。アホの集大成です。

※閑話『目玉は焼きません』シリーズは覚えていたら修正します。

 

執筆しながらの作業となりますので、どうしても時間が掛かると思います。

 

読み難いようでしたら、投稿サイトを利用して頂いた方が良いかもしれません。

 

 

本末転倒ではありますが、勉強しながら修正します!不便をお掛けしますが、生暖かく見守って下さい!!

220話 ルークの過去1

 220話 ルークの過去1

 

幸之進と静に招かれるまま、アークとエールラは客間へと案内される。床が畳とあってか、慣れないエールラはソワソワと落ち着かない様子だった。

「作法なんざありゃしないよ。好きなように座るといいさ。」
「ありがとうございます。」
「畳は特にあの子が好きだったもんでな・・・」
「あの子とは秀一様の事でしょうか?」
「いいや、雪ちゃんだよ。」
「雪ちゃん?」

初めて耳にする名に、エールラは首を傾げる。当然アークもそうだろうと思い視線を向けるが、その表情に変化は無かった。

「雪ちゃんの事から説明すんのかい?・・・まぁいいさ。私達もあの子が好きだったからねぇ。」
「その子の名前は真白 雪。友人達からは姫と呼ばれていたそうだ。誰かが白雪姫から取った、と秀一から聞いた事がある。秀一の幼馴染にして、将来を誓い合った子さ。」
「誓い合ったというのは?」
「結婚が決まった矢先に亡くなったよ。」
「そんな・・・」

あまりにも衝撃的な事実に、エールラは悲痛な面持ちとなる。

「雪ちゃんは本当に可哀想な子だった。母親を病で早くに亡くし、父親も彼女が高校生の時に事故死。親類縁者も無かったが、何とか保険金で生活する事は出来た。だが彼女自身も病弱でな・・・卒業しても働く事は出来ない状態だった。」
「そんな雪ちゃんを助ける為、秀一は本当に色々なアルバイトをしたもんさ。」
「では、学生の時に亡くなったのですか?」
「いんや。亡くなったのは30歳になる少し前さ。良くあの年まで生きられたもんだよ・・・。」
「どうしてすぐに結婚しなかったのです?」
「神崎家の者達が反対したのさ。子供も産めないような者と結婚させる訳にはいかない、ってね。」
「ヒドイです!」

まるで自分の事のように憤慨するエールラに、老夫婦の表情が柔らかくなる。

「オレがこの2人に接触したのがその頃だ。」
「え?」
「神崎家とはずっと前から交流があってな。困った時に何度も助けて貰ってるんだ。」
神崎流の継承者にのみ伝えられているが、まさか本当だとは思わなかったぞ?」
「その割には、図々しくも交換条件を出して来たじゃねぇか。」
「条件、ですか?」
「あぁ。神崎家歴代最強は何としても引き入れたかったんだ。その交渉に来た時、その雪って女の事を聞かされてな。切り札になりそうなんで受け入れたんだ。」

アークの狙いとしては、万が一対象が敵対した場合の事を考えてのものであった。物事に絶対は無いのだから、非道な真似も辞さない考えである。

「そうですか。しかしアーク様は歴代最強に拘っていらっしゃいますが、何か問題でもあるのですか?」
「問題というか、ちょっと疑問に思っただけだ。本当にアイツが最強なのか、とな。」
「アタシらは嘘なんか吐いてないよ!あの当時は紛れもなくシュウが最強じゃった!!」
「「あの当時は?」」

聞き捨てならないセリフに、アークとエールラが食いつく。

「秀一の牙は、雪ちゃんの命と共に失われたのさ。秀一にとって力とは、雪ちゃんを守る為だけの物だったからな・・・。」
「その辺を詳しく教えろ。」
「詳しく、ねぇ。・・・まぁいいじゃろ。長くなりそうだし、茶でも淹れて来るよ。」
「なら婆さんが戻るまで、ワシが聞かせてやろう。秀一が小さかった頃からだな・・・」

 

 

神崎家の次男として生を受けた秀一は、幼少期より非凡な才能を発揮した。教えられた事は一度で覚え、何をやらせても超一流。スポーツの道を進めばオリンピック選手に、学問の道ならばノーベル賞は時間の問題とまで噂される程。身内の贔屓目を差し引いても、神童と呼ぶに相応しい才能であった。

しかし教育熱心な両親のせいで、同年代に友達と呼べる者はいなかった。そんな秀一の習い事も、年齢を重ねる毎に落ち着きを見せる。当然だろう。完璧超人の彼に教え続けられる者がありふれた世の中ではないのだから。

何かに夢中になる事もなく、与えられた課題を淡々とこなして行く少年。これに危機感を抱いたのが、祖父母である幸之進と静であった。2人から見た秀一は、宛ら機械のよう。まずは感情を引き出さねばならないと考え、子供相手に命のやり取りを叩き込む。

一歩間違えれば冷酷な殺人鬼を作り出す事となったかもしれない。だが2人の狙いは功を奏す。如何に神童と言えど、50年に及ぶ研鑽を上回る事など出来ない。初めに恐怖心を。次に屈辱を。超えられない壁にぶつかった事で、秀一は徐々に年相応の感情を取り戻して行った。この時まだ6歳である。


このまま健やかに成長するものと信じていた幸之進と静だが、予想外の出来事に見舞われる。息子夫婦との間に亀裂が生じたのだ。原因は勿論秀一であった。昔から金に対する執着しか持たなかった息子。秀一の教育方針を巡って衝突してしまったのだ。

息子に任せたのでは、秀一が元に戻ってしまう。2人は悩み抜いた末、巨大な医療グループの経営権と引き換えに秀一を引き取る事に成功する。とは言っても2人には莫大な財産が残されていた。老夫婦と子供1人が一生暮らしても使い切る事は出来ない程の預金や不動産である。馬の合わない息子夫婦に渡すつもりなど無いし、元々贅沢とも無縁の生活だった。幸之進と静にとっては、満足のいく結果である。

 

こうして祖父母に引き取られた秀一は、新天地での生活を始める。元々友達もいなかった為、新居での生活には不満など何一つ無い。期待に胸を膨らませた、友達のいない少年がする事と言ったら、最早探検しかないだろう。


遠出は禁じられている為、行けるのは自宅が見える所まで。とは言っても豪邸である。屁理屈を駆使すれば、相当遠くまで行く事が出来る。しかし秀一がそこまでする理由も無い。結局3軒隣までという自分ルールを作って行動する。時計回りに1周し、家に戻ろうとした時。秀一の体を言いようのない衝撃が突き抜ける。


家に向かって駆け出した瞬間。自宅の斜め向かい、その庭先に座り犬と戯れる少女の姿が写り込んで来た。理由など無いのだが、何故か立ち止まった秀一と少女の目が合う。

「「っ!!」」


この時の様子は、成長した2人によって幸之進と静だけに語られている。

「あの当時、そんな知識は無かったけど・・・運命の人だと思ったんだ。」
「この人と共に人生を歩むのだと確信しました。」


そんな2人が打ち解けるのに時間が掛かるはずもなく、すぐさま家族ぐるみの交流がスタートした。娘のいない幸之進と静にとって、雪はまさに天使のような存在であった。雪にとっても初めて出来たおじいちゃんとおばあちゃん。お互い険悪になる理由は無い。


他人に心を許す事の少ない静だが、雪は特別な存在だった。気立ては良く、見目麗しい。何より秀一を大事にしているのが誰の目にも明らかである。欠点と言えば、病弱なのと料理の腕前が壊滅的な所だけ。別に料理なんてしなくても死にはしないんだし、絶対に秀一とくっつけてやろうとさえ企む程。

気難しい静を大人しくさせられるのは雪だけだった事もあり、幸之進にとっては女神と言っても過言ではなかった。同年代の男性にとっても女神だったのだが、秀一と雪の関係を知ると全員が諦めた。

『お似合い過ぎてて、嫉妬する気も起こらない』

これは男性達の感想である。一方で女性達は違っていた。超がつく程の優良物件である秀一。当然諦め切れない女性も多い。陰湿な嫌がらせも多々あったのだが、雪が負ける事は無かった。これも静の高評価に繋がっていたのは言うまでもない。

 

「そんな幸せな日々も、永遠には続かないものだ。ある日、雪ちゃんの父親が事故で亡くなってしまってな・・・」
「あの時は大変だったねぇ。葬儀もそうだけど、その後の雪ちゃんを説得に苦労してさ。」
「説得ですか?」
「そうさ。病弱な女の子に1人暮らしさせるのもアレだろ?万が一って事もあるんだし。」
「身寄りも無かったから、ウチで引き取ろうとしたんだが・・・絶対に首を縦に振らなかった。」
「どうしてです?」

遠縁の親戚がいたとしても、そちらよりは神埼家に引き取られた方が安心出来る。それなのに受け入れようとしなかったという雪の心情が理解出来ない。そう考えたエールラが問い掛けた。

「お祖父様とお祖母様のお世話になってから秀一さんと一緒になれば、謂れのない中傷に晒される事となります。ですから結婚するまではお世話になる事など出来ません!って言うんだよ。」
「そんなの気にしないってのにな・・・。」
「でもまぁ、まだ高校生だったからね。保護者になる事だけは受け入れて貰えたさ。」
「結局秀一が毎日料理しに行ってな。ちゃんと寝る前には帰って来るんだよ。そのまま一緒に住んでもいいとは言ってあったんだけど。」
「何時の時代の人間だよ?って話さ。アタシらの時とは違うってのに、雪ちゃん頑固だったからねぇ。」
「親の決めた相手と結婚するしかなかったしな・・・。

遠い過去を懐かしむ老夫婦の様子に、思わずエールラが口を挟む。

「お2人もそうだったのですか?」
「いんや、違うぞ?」
「アタシらは普通に恋愛結婚だったさ。このジジイの熱烈な求愛に根負けしてねぇ・・・」
「あの頃のババアは、それはそれは美人だった。それが今じゃ・・・」

言葉を濁しながらも、視線を静に向ける幸之進。当然何を言いたいのかは静にもわかる。

「何だい!?今だって十分美人だよ!」
「はっ!?皺だらけのクセして何を言う!皺が綺麗なのは若い女のスカートくらいだ!!」
「このエロジジイが!表へ出な!!今日こそ引導を渡してやるよ!」
「望む所だ!クソババア!!返り討ちにして、その顔にアイロンを掛けてやるわ!」

まだ話の途中だと言うのに、2人は勢い良く縁側から飛び出して行った。余計な事を言ったエールラがアークに救いを求める。すると、何事も無かったかのようにお茶を啜る最高神の姿があった。

「アーク様・・・。」
「あぁ、茶がうめぇ。エールラ、好奇心も程々にな?」
「・・・はい。」


どうせならもっと早くに言って欲しかったと思いながら、同じく茶を啜るエールラなのであった。

221話 ルークの過去2

 221話 ルークの過去2

 

幸之進と静の夫婦喧嘩が終わったのは20分程経った頃だろうか。流石に痺れを切らしたアークの登場によって、強制的に終了となった。結果は当然引き分け。

(持久力もだが、瞬発力も老人のソレじゃねぇな。健康の秘訣は夫婦喧嘩か?いや、こんな死と隣り合わせの健康法があってたまるか。それよりも気になるのは・・・)

「婆さん、その剣・・・刀だったか?ソイツは一体何だ?」
「はぁはぁ・・・コレかい?中々目の付け所がいいじゃないかい。」
「刀がどうかしたのですか?」

武器に関してはサッパリのエールラが首を傾げる。そんなエールラに対し、アークが自らの剣を抜いてエールラの目の前に掲げる。

「コレを見ろ。」
「・・・神剣ですね。」
「違う、ココだココ!」
「欠けてますね。・・・・・欠けてる!?」

自分の発言が理解出来るまで数秒を要したが、事態を飲み込めたエールラが驚きの声を上げた。

「そうだ。コイツはオレの力にも耐えられるよう、強度重視で作られた剣だ。たったの1度切り結んだだけなのに欠けちまった。婆さんの実力も相当だが、それだけでは説明がつかん。」
「だから静さんの刀に秘密があると?」

聞き返したエールラに、ふと思い出したアークが答える。

「そう言えば1年に1度、自分の実力に見合った刀を打つのが神崎家の習わしだと聞いた気がする。つまり婆さんは、そんな恐ろしい武器を量産出来る事になるな。」
「っ!?」

アークの言葉に息を呑んだエールラ。地球に転がっている分には問題無いが、他の神や魔神に目をつけられるのは色々と問題がありそうだったのだ。しかしそんな心配も、静によって杞憂に終わる。

「心配せんでも、アタシにゃ打てやしないよ。」
「どういう事だ?」
「これはシュウの作品なんだよ。銘は『白雪』、シュウの最高傑作さ。」
「時代が時代なら、国宝に名を連ねる一品だな。」
「時代とは?」
「今の世に産まれた所で、切れ味の良い名品止まりという事だ。国宝ってのは、背景にある歴史的価値が物を言うからな。」
「なるほど。」

エールラの疑問によって話が逸れたが、アークはホッと胸を撫で下ろしていた。

「なら、その刀が世に出回らないように注意すればいいって事か。安心した。」
「何言ってんだい?アタシは最高傑作って言ったんだよ。シュウの作品がこれ1振りだと思ったら大間違いさ。」
「だからソイツが最高傑作なんだろ?」
「・・・お前さん、勘違いしてるみたいだね。シュウの作品は、他のも負けず劣らずの名刀なんだよ。」
「「は?」」

白雪が最高傑作なのだから、それより劣る物は気にする必要無しと判断したアークとエールラ。当然、静の言葉に耳を疑った。

「1年や2年で実力が衰えるとでも思ってるのかい?そんな若者が年に1振り打ってるんだよ?考えたらわかる事じゃないか。」
「ま、まさか・・・」
「他にもあるぞ?神崎の習わしじゃから、毎年仕方なく打っておったがの・・・。」
「白雪が出来るまでは真面目に命名していたんだ。淡雪、綿雪、風花。あぁ、風花も雪の一つだな。」
細雪の次が白雪だね。そこからは消化試合みたいなもんさ。粉雪、霰、雹まではまだいい方さ。大雪、小雪に名残雪と来た時は流石に小言を言ったもんだよ。」

あまりにも適当過ぎる銘に、アークとエールラも言葉が出ない。

「吹雪にどか雪、垂り雪なんてのもあったね。」
「ぜ、全部残ってるのか?」
「使い道なんてありゃしないんだ。当たり前だよ。」
「何処にあるのです?」
「家に仕舞ってあるぞ。」
「「・・・・・。」」

使い道が無いのだから、1本あれば充分だろうと思った神々。しかし作った者達からすれば、自分の子供のようなものである。廃棄出来るはずも無かった。

事態を重く見た2人が念話を行う。

(アーク様!回収すべきと具申します。)
(同感だが、今回のオレ達じゃ回収は無理だ。)
(あ・・・)

そう、アーク達は特製の転移部屋から訪れていた。故に、どう足掻いても持ち帰る事は出来ないのである。しかしこのままにはしておけない。

(あの部屋を使ったのは失敗だったか?いや、本来の意図は地球を訪れた痕跡を残さないようにする為だ。う〜ん、戻るまでに考えるしかないか。)
(いっそ処分してしまっては?)
(いや、この2人を敵に回したくはない。何とか方法を考えるぞ。)
(畏まりました。)

あまり長話をしても怪しまれる為、早々に話を切り上げたアークとエールラ。そしてアークはもう1歩踏み込んだ。

「それで全部なんだな?」
「「・・・・・。」」
「何だ?まだ何かあるのか?」
「雪ちゃんが亡くなった年の1振りと翌年の1振りがあってね・・・」
「それがとんでもない問題作なんだ・・・」
「「?」」

言い淀む2人の様子に首を傾げるしかないアーク達。険しい表情で見つめ続けると、観念した静が重い口を開く。

「世に残しちゃいけないと思って、何度も処分しようとしたのさ。」
「その度に引き込まれそうになってな・・・やむなく封印する事にした。」
「シュウの最後の作品でね。『雲雀殺し』と『深雪』って銘なんだが・・・」
「あれが世に言う妖刀なんだろうな。白雪は見る者に感動を与える美しさだが、あの2振りは違う。見る者を魅了してしまう儚げな美しさがあるんだ。」
「意志の弱い者が持てば、間違いなく切れ味を確かめたくなるだろうさ。実際に人を斬って、ね。それが刀本来のあり方なんだろうけど、アタシらがそれを許す訳にもいかないだろ?」

静の言葉に頷くアークとエールラ。実際には誰が誰を斬ろうとも、2人には無関係である。だからと言って、今更見て見ぬフリなど出来なかった。

「さて、戻って昔話の続きといこうか。」
「はい!宜しくお願いしますね!!」

幸之進に連れられて、室内へと向かうエールラ。その後ろ姿を眺めながら、静が謝罪の言葉を口にする。

「余計な時間を取らせて悪かったね。」
「いや、思いがけず重大な話が聞けて良かった。」
「・・・いい娘じゃないか。大切にするんだよ。」
「・・・善処しよう。」

静が言うのは勿論、将来の嫁としての意味である。当然理解出来たアークは一瞬悩んだものの、拒絶する事は無かった。これが一体何を意味しているのかは、アークにしかわからないのだが。

アークの返答に満足したのか、静が歩き出す。その後ろ姿を数秒見つめ、アークは後を追い掛ける。

 


静とアークが戻ると、そこにはすっかり意気投合した幸之進とエールラの姿があった。

「静さんが淹れて下さったお茶と同じなのですよね?こんなにも違うものですか?」
「ワシはババアと違って繊細なんだ。それがお茶の味に出ているんだよ。」
「アタシがガサツだとでも言いたいのかい!?このエロジジイが!」
「何だとクソババア!?ワシの何処がエロジジイだと言うんだ!!」
「そこの女神に鼻の下が伸びっぱなしなんだよ!てっきり馬がいるのかと思ったよ!!」

静の指摘通り、幸之進の鼻の下は伸びまくりだった。これでもかと言う程。基本的に女神はこの世のものとは思えない程の美しさを持つ。幸之進でなくとも、そうなるのは当たり前なのだ。

「ちょっとお2人共!話の続きをお願いします!!」
「そうだったな。何処まで話したんだったか?」
「婆さんの顔にアイロンを掛けてやる、って所までだな。」
「アーク様!間違いではありませんが不適切です!!」

冗談で答えたアークに憤慨するエールラ。確かに幸之進の最後のセリフなのだが、この場合はNGワードである。

「クソ神・・・絶対に一撃入れてやるからね!」
「いや、オレが悪かった!勘弁してくれ!!」
「いい加減にして下さい!雪さんと秀一さんが同棲しなかった所からです!!」
「おぉ、そうだったそうだった。」

どうやら本当に忘れていたらしく、エールラの言葉で落ち着きを取り戻した幸之進と静。

「・・・まぁいいさ。それが高校3年生の春だね。そこからの1年、シュウは毎日朝と夜に雪ちゃんの身の回りの世話をしに通い続けたよ。」
「通い妻みたいだな。」
「実際そうさ。当然周囲の目は厳しいものだったが、2人は全く気にしなかった。お互いが居れば幸せって気持ちが伝わって来たしな。」
「生徒や保護者は色々と言ってたみたいだけど、学校側は何も言って来なかったからね。アタシらも口を出さなかったよ。」
「どうしてですか?」

不純異性交友だと騒がれそうなものだが、学校が何も言わない理由がわからなかったエールラが尋ねる。

「アタシらが2人の保護者なんだからね。それで文句を言えばウチで一緒に暮らす事になる。そしたらもっと大騒ぎになるだろ?それに2人共成績優秀だったからね。言いたくても言えなかったのさ。」
「なるほど。」
「色々とあったけど、無事に高校を卒業してね・・・。シュウは大学に行ったけど、雪ちゃんは進学しなかったんだよ。」
「成績優秀だったのにか?」

予想外の展開に、思わずアークが口を挟む。返って来た答えは納得のいくものだった。

「あぁ。進学した所で、雪ちゃんは働ける体じゃなかったからね。学費を無駄にする位なら生活に回す事を選んで、家で静養する事にしたのさ。無論この家でね。アタシらは嬉しかったよ。雪ちゃんといると心が暖かくなってねぇ。」
「この時点で、2人は婚約という形を取っていたんだ。入籍出来れば良かったんだが、神崎家の連中が煩くてな。」
「お2人が居るのですから・・・」
家督を譲っちまってたからね。あまり口を出せなかったのさ。そういう意味じゃ、シュウも神崎とは疎遠だったんだけどねぇ・・・優秀過ぎたのが仇となったんだよ。」

つまり、一刻も早く縁を切りたい秀一と、何とか引き止めたい神崎家の構図である。何となく理解出来たのか、アークとエールラは無言で頷くのであった。


「この時のシュウは本当に頑張っていた。雪ちゃんの治療法を必死に探していてな・・・ほとんど寝る暇すら無かったよ。」
「大変だったろうけど、この頃の2人は本当に幸せそうだったよ。アタシらも、こんな日がいつまでも続けばいいと思っていたもんさ。」
「それはつまり・・・」
「・・・お茶を淹れ直して来るとしよう。」


この後の展開が予想出来たエールラが言葉を濁す。答えたくなかったのか、徐に席を立つ幸之進。だが話さない訳にはいかないとばかりに、静が険しい表情で口を開くのだった。


「必死に希望を掴み取ろうとしたシュウを絶望が襲うのさ。アタシらと同じようにね。」
「それはつまり、治療法が無いという事だな?」
「あぁ。元々難病に指定されてる病気だったからね。アタシらには当然わかってた。だが医学は日々進歩するもんだからね。アタシらの知らない研究があるかもしれない。シュウはそう信じて、ありとあらゆる論文を読み漁ってたよ。」
「では、医師にはならなかったのでしょうか?」
「いいや、医学生じゃ調べられない物もあるからね。結局医師にはなったんだよ。神崎家の思惑と違う内科医に、ね・・・。」

 

ふと悲しそうな表情を浮かべた静を、アークとエールラは無言で見つめるのであった。