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Shining Rhapsody

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266話 魔力強化の先4

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 266話 魔力強化の先4

 

時間を掛けてゴブリンとコボルトの群れを殲滅し、また新たな群れを探す。それを何度も繰り返しながら進み、ボロボロになったナディアがルーク達の下へと戻って来る。

 

「お、終わった・・・。」

「お疲れさん。かなり使いこなせるようになったな。じゃあ今日はゆっくり休んで、明日は一気に移動しようか。」

「え?もういいの?」

 

ルークから告げられた予想外の言葉に、ナディアが思わず聞き返す。その顔が非常に嬉しそうなのは気のせいだろう。

 

「あぁ。ナディアを待ってる間、アースに先の階層を見て来て貰ったんだ。35階層は追加でサソリとワーム。そして6階層以降は岩石砂漠になるけど、特に魔物の種類は変わらないらしい。」

「妾の背に乗って、一気に11階層まで進むのじゃ!」

11階層以降も一旦偵察して貰って、余裕がありそうならまた練習かな。」

「そう・・・。」

 

目に見えて落ち込むナディア。ルークは笑いを堪えつつ、徐に取り出した物を差し出す。

 

「とりあえず晩ごはんが出来るまで、コレでも食って休むといいよ。」

「何よ・・・って、この匂いはプリンね!?」

 

誰よりもプリンをこよなく愛するナディアは、屋外で匂うとは思えないプリンの匂いを嗅ぎ分けるらしい。どうでも良い豆知識を手に入れたルーク。その対価は当然、手から奪い取られたプリンである。

 

なんだかんだとナディアに甘いルークは、肩を竦めて晩ごはんの支度に取り掛かるのだった。

 

 

 

翌朝、ルーク達は既に11階層へと足を踏み入れていた。普通であれば、日が沈んだ砂漠は寒い。しかし此処はダンジョン。現実の砂漠とは気温が異なる。故に、まだ薄暗い内からの移動が可能であった。まぁ、エアが本来の姿で移動する為というのもあったのだが。

 

冒険者がいるかもしれない状況では、ダンジョンの浅い階層に竜が居るのは色々とマズイ。ならば目立ちにくい、薄暗い時間帯を選ぶのは当然の事。

 

あっと言う間に11階層へと辿り着き、当初の予定通りアースが様子を伺いに行く。待っている間に朝食を準備していると、思っていた以上に早くアースが戻って来た。

 

「随分と早かったのじゃな?」

「あぁ・・・魔物が1匹も見当たらなかったもんでな。」

「「「え?」」」

「・・・・・。」

 

予想外の言葉に驚くナディア達。だがルークだけは表情を変えない。

 

「ナディアの夫・・・心当たりでもあるのか?」

「あぁ。多分ユキが狩り尽くしたんだろうな。」

「「「「・・・はぁ!?」」」」

「いつ食糧難に陥ってもおかしくない状況だからな。狩れる時に狩っておこうと思っても不思議じゃないさ。それより冒険者は居たか?」

「そうか・・・いや。隅々まで見渡した訳じゃないが、目の届く範囲には居なかったな。」

「なら、そろそろルークの姿じゃなくても良さそうだな。」

 

そう告げるが早いか、ルークは瞬時にシュウの姿へと変化する。もし仮にアースが見逃した冒険者が居たとしても、それ程大勢では無いだろう。

 

ナディアと共に行動する以上、変な噂が立つのは避けたい。しかし本来の目的である、アークの息子と気付かれないようにする事の方が優先度は高い。ここまで来ればどうとでも言い逃れは出来るのだから、姿を変える事に躊躇いはなかった。

 

 

とりあえずは朝食を済ませ、今後の方針をシュウが告げる。

 

「じゃあ昨日言ったように、エアに乗せて貰って行ける所まで行く。おそらくは21階層で景色が変わるだろうから、そこまで頑張ってくれ。あとはまぁ、何か見つけたら止まってくれて構わないかな。」

「わかったのじゃ。」

「その前にちょっといい?」

「うん?」

「昨日から思ってたんだけど、どうして態々ご飯を作るの?」

 

ナディアがそう尋ねたのは、常日頃からアイテムボックスに作り置きをしていたのを知っているから。不便なダンジョン内で料理しなくとも、作り置きを出せば済む話だ。浅い階層であれば匂いに釣られて寄って来る魔物は驚異とはなり得ないが、それでも近付かせない方が都合はいいはず。

 

「あ〜、オレのアイテムボックスなんだけど・・・調味料が入ってる物以外はユキに渡したんだよ。

「全部!?」

「そう、全部。食材確保の為ではあったんだけど、オレも不在がちだったろ?・・・デザートもほとんどユキが持ってるから。」

 

まさかとは思いつつも、ルークが一つの真実を告げる。するとナディアは真剣な表情でエアに向き直った。

 

「エア!」

「な、何じゃ?」

「急いでユキを見つけるわよ!!」

「・・・まさか、プリンの為とか言わんよな?」

「そそそ、そんな訳ないじゃない!非常食の為よ!!非常事態なの!」

「「「「・・・・・。」」」」

 

世界規模の非常事態だし、料理の出来ないユキにとっては毎日が非常事態である。非常食ならば、ユキが食べるのに何の問題も無いだろう。しかしそれ以上に、ナディアにとっての非常事態である。プリンの無い食事など考えたくもないのだ。

 

全員がそれを察したのだが、面と向かって指摘する者はいない。食い物の恨みは恐ろしいのだから。

 

 

 

 

ちなみにルークがプリンを持っているのは、直前とは言えナディアの同行を知ったから。普通に作り置きしてあった分を持参したのである。

 

 

そしてナディアのアイテムボックスには、500個近いプリンが仕舞われている。これはナディアの全財産なのだ。それに手を付けるようでは、本当の意味で非常事態。ここからは本気でユキを見つける事に注力しようと決めたナディアであった。

 

 

同時に実の姉がプリンに負けた瞬間でもあったのだが、ナディアを含めて気が付いた者は皆無である。

 

 

 

小説の 引っ越し作業で 思ふ事

どうも、橘です。

 

予定外の投稿です。投稿と言うよりも単なる愚痴、簡単なご案内です。

 

 

本日より小説の引越し作業を開始したのですが、とにかくめんどくさいorz

 

きっと読んで下さっている方々も、順番がめちゃくちゃで読むのが面倒なのでは?と思います。

 

というわけでお知らせです。何話か忘れましたが、何処かのあとがきにて呟いたと思います。

 

小説に関しては、URLで話数を管理しております。

 

例えば220話なら

https://shiningrhapsody.hatenablog.com/entry/recipe220

といった具合に。

 

最後の数字を変えてもらえれば、比較的簡単に読み進められるのではないでしょうか。

 

 

ちなみに閑話は

https://〜/dessert○○

にするとか言いやがりましたが、引っ越しが完了するまでは中止します。

 

無理です!皆さんの混乱もさることながら、私の混乱が激しいのです!!言ったヤツはアホです。アホの集大成です。

※閑話『目玉は焼きません』シリーズは覚えていたら修正します。

 

執筆しながらの作業となりますので、どうしても時間が掛かると思います。

 

読み難いようでしたら、投稿サイトを利用して頂いた方が良いかもしれません。

 

 

本末転倒ではありますが、勉強しながら修正します!不便をお掛けしますが、生暖かく見守って下さい!!

220話 ルークの過去1

 220話 ルークの過去1

 

幸之進と静に招かれるまま、アークとエールラは客間へと案内される。床が畳とあってか、慣れないエールラはソワソワと落ち着かない様子だった。

「作法なんざありゃしないよ。好きなように座るといいさ。」
「ありがとうございます。」
「畳は特にあの子が好きだったもんでな・・・」
「あの子とは秀一様の事でしょうか?」
「いいや、雪ちゃんだよ。」
「雪ちゃん?」

初めて耳にする名に、エールラは首を傾げる。当然アークもそうだろうと思い視線を向けるが、その表情に変化は無かった。

「雪ちゃんの事から説明すんのかい?・・・まぁいいさ。私達もあの子が好きだったからねぇ。」
「その子の名前は真白 雪。友人達からは姫と呼ばれていたそうだ。誰かが白雪姫から取った、と秀一から聞いた事がある。秀一の幼馴染にして、将来を誓い合った子さ。」
「誓い合ったというのは?」
「結婚が決まった矢先に亡くなったよ。」
「そんな・・・」

あまりにも衝撃的な事実に、エールラは悲痛な面持ちとなる。

「雪ちゃんは本当に可哀想な子だった。母親を病で早くに亡くし、父親も彼女が高校生の時に事故死。親類縁者も無かったが、何とか保険金で生活する事は出来た。だが彼女自身も病弱でな・・・卒業しても働く事は出来ない状態だった。」
「そんな雪ちゃんを助ける為、秀一は本当に色々なアルバイトをしたもんさ。」
「では、学生の時に亡くなったのですか?」
「いんや。亡くなったのは30歳になる少し前さ。良くあの年まで生きられたもんだよ・・・。」
「どうしてすぐに結婚しなかったのです?」
「神崎家の者達が反対したのさ。子供も産めないような者と結婚させる訳にはいかない、ってね。」
「ヒドイです!」

まるで自分の事のように憤慨するエールラに、老夫婦の表情が柔らかくなる。

「オレがこの2人に接触したのがその頃だ。」
「え?」
「神崎家とはずっと前から交流があってな。困った時に何度も助けて貰ってるんだ。」
神崎流の継承者にのみ伝えられているが、まさか本当だとは思わなかったぞ?」
「その割には、図々しくも交換条件を出して来たじゃねぇか。」
「条件、ですか?」
「あぁ。神崎家歴代最強は何としても引き入れたかったんだ。その交渉に来た時、その雪って女の事を聞かされてな。切り札になりそうなんで受け入れたんだ。」

アークの狙いとしては、万が一対象が敵対した場合の事を考えてのものであった。物事に絶対は無いのだから、非道な真似も辞さない考えである。

「そうですか。しかしアーク様は歴代最強に拘っていらっしゃいますが、何か問題でもあるのですか?」
「問題というか、ちょっと疑問に思っただけだ。本当にアイツが最強なのか、とな。」
「アタシらは嘘なんか吐いてないよ!あの当時は紛れもなくシュウが最強じゃった!!」
「「あの当時は?」」

聞き捨てならないセリフに、アークとエールラが食いつく。

「秀一の牙は、雪ちゃんの命と共に失われたのさ。秀一にとって力とは、雪ちゃんを守る為だけの物だったからな・・・。」
「その辺を詳しく教えろ。」
「詳しく、ねぇ。・・・まぁいいじゃろ。長くなりそうだし、茶でも淹れて来るよ。」
「なら婆さんが戻るまで、ワシが聞かせてやろう。秀一が小さかった頃からだな・・・」

 

 

神崎家の次男として生を受けた秀一は、幼少期より非凡な才能を発揮した。教えられた事は一度で覚え、何をやらせても超一流。スポーツの道を進めばオリンピック選手に、学問の道ならばノーベル賞は時間の問題とまで噂される程。身内の贔屓目を差し引いても、神童と呼ぶに相応しい才能であった。

しかし教育熱心な両親のせいで、同年代に友達と呼べる者はいなかった。そんな秀一の習い事も、年齢を重ねる毎に落ち着きを見せる。当然だろう。完璧超人の彼に教え続けられる者がありふれた世の中ではないのだから。

何かに夢中になる事もなく、与えられた課題を淡々とこなして行く少年。これに危機感を抱いたのが、祖父母である幸之進と静であった。2人から見た秀一は、宛ら機械のよう。まずは感情を引き出さねばならないと考え、子供相手に命のやり取りを叩き込む。

一歩間違えれば冷酷な殺人鬼を作り出す事となったかもしれない。だが2人の狙いは功を奏す。如何に神童と言えど、50年に及ぶ研鑽を上回る事など出来ない。初めに恐怖心を。次に屈辱を。超えられない壁にぶつかった事で、秀一は徐々に年相応の感情を取り戻して行った。この時まだ6歳である。


このまま健やかに成長するものと信じていた幸之進と静だが、予想外の出来事に見舞われる。息子夫婦との間に亀裂が生じたのだ。原因は勿論秀一であった。昔から金に対する執着しか持たなかった息子。秀一の教育方針を巡って衝突してしまったのだ。

息子に任せたのでは、秀一が元に戻ってしまう。2人は悩み抜いた末、巨大な医療グループの経営権と引き換えに秀一を引き取る事に成功する。とは言っても2人には莫大な財産が残されていた。老夫婦と子供1人が一生暮らしても使い切る事は出来ない程の預金や不動産である。馬の合わない息子夫婦に渡すつもりなど無いし、元々贅沢とも無縁の生活だった。幸之進と静にとっては、満足のいく結果である。

 

こうして祖父母に引き取られた秀一は、新天地での生活を始める。元々友達もいなかった為、新居での生活には不満など何一つ無い。期待に胸を膨らませた、友達のいない少年がする事と言ったら、最早探検しかないだろう。


遠出は禁じられている為、行けるのは自宅が見える所まで。とは言っても豪邸である。屁理屈を駆使すれば、相当遠くまで行く事が出来る。しかし秀一がそこまでする理由も無い。結局3軒隣までという自分ルールを作って行動する。時計回りに1周し、家に戻ろうとした時。秀一の体を言いようのない衝撃が突き抜ける。


家に向かって駆け出した瞬間。自宅の斜め向かい、その庭先に座り犬と戯れる少女の姿が写り込んで来た。理由など無いのだが、何故か立ち止まった秀一と少女の目が合う。

「「っ!!」」


この時の様子は、成長した2人によって幸之進と静だけに語られている。

「あの当時、そんな知識は無かったけど・・・運命の人だと思ったんだ。」
「この人と共に人生を歩むのだと確信しました。」


そんな2人が打ち解けるのに時間が掛かるはずもなく、すぐさま家族ぐるみの交流がスタートした。娘のいない幸之進と静にとって、雪はまさに天使のような存在であった。雪にとっても初めて出来たおじいちゃんとおばあちゃん。お互い険悪になる理由は無い。


他人に心を許す事の少ない静だが、雪は特別な存在だった。気立ては良く、見目麗しい。何より秀一を大事にしているのが誰の目にも明らかである。欠点と言えば、病弱なのと料理の腕前が壊滅的な所だけ。別に料理なんてしなくても死にはしないんだし、絶対に秀一とくっつけてやろうとさえ企む程。

気難しい静を大人しくさせられるのは雪だけだった事もあり、幸之進にとっては女神と言っても過言ではなかった。同年代の男性にとっても女神だったのだが、秀一と雪の関係を知ると全員が諦めた。

『お似合い過ぎてて、嫉妬する気も起こらない』

これは男性達の感想である。一方で女性達は違っていた。超がつく程の優良物件である秀一。当然諦め切れない女性も多い。陰湿な嫌がらせも多々あったのだが、雪が負ける事は無かった。これも静の高評価に繋がっていたのは言うまでもない。

 

「そんな幸せな日々も、永遠には続かないものだ。ある日、雪ちゃんの父親が事故で亡くなってしまってな・・・」
「あの時は大変だったねぇ。葬儀もそうだけど、その後の雪ちゃんを説得に苦労してさ。」
「説得ですか?」
「そうさ。病弱な女の子に1人暮らしさせるのもアレだろ?万が一って事もあるんだし。」
「身寄りも無かったから、ウチで引き取ろうとしたんだが・・・絶対に首を縦に振らなかった。」
「どうしてです?」

遠縁の親戚がいたとしても、そちらよりは神埼家に引き取られた方が安心出来る。それなのに受け入れようとしなかったという雪の心情が理解出来ない。そう考えたエールラが問い掛けた。

「お祖父様とお祖母様のお世話になってから秀一さんと一緒になれば、謂れのない中傷に晒される事となります。ですから結婚するまではお世話になる事など出来ません!って言うんだよ。」
「そんなの気にしないってのにな・・・。」
「でもまぁ、まだ高校生だったからね。保護者になる事だけは受け入れて貰えたさ。」
「結局秀一が毎日料理しに行ってな。ちゃんと寝る前には帰って来るんだよ。そのまま一緒に住んでもいいとは言ってあったんだけど。」
「何時の時代の人間だよ?って話さ。アタシらの時とは違うってのに、雪ちゃん頑固だったからねぇ。」
「親の決めた相手と結婚するしかなかったしな・・・。

遠い過去を懐かしむ老夫婦の様子に、思わずエールラが口を挟む。

「お2人もそうだったのですか?」
「いんや、違うぞ?」
「アタシらは普通に恋愛結婚だったさ。このジジイの熱烈な求愛に根負けしてねぇ・・・」
「あの頃のババアは、それはそれは美人だった。それが今じゃ・・・」

言葉を濁しながらも、視線を静に向ける幸之進。当然何を言いたいのかは静にもわかる。

「何だい!?今だって十分美人だよ!」
「はっ!?皺だらけのクセして何を言う!皺が綺麗なのは若い女のスカートくらいだ!!」
「このエロジジイが!表へ出な!!今日こそ引導を渡してやるよ!」
「望む所だ!クソババア!!返り討ちにして、その顔にアイロンを掛けてやるわ!」

まだ話の途中だと言うのに、2人は勢い良く縁側から飛び出して行った。余計な事を言ったエールラがアークに救いを求める。すると、何事も無かったかのようにお茶を啜る最高神の姿があった。

「アーク様・・・。」
「あぁ、茶がうめぇ。エールラ、好奇心も程々にな?」
「・・・はい。」


どうせならもっと早くに言って欲しかったと思いながら、同じく茶を啜るエールラなのであった。

221話 ルークの過去2

 221話 ルークの過去2

 

幸之進と静の夫婦喧嘩が終わったのは20分程経った頃だろうか。流石に痺れを切らしたアークの登場によって、強制的に終了となった。結果は当然引き分け。

(持久力もだが、瞬発力も老人のソレじゃねぇな。健康の秘訣は夫婦喧嘩か?いや、こんな死と隣り合わせの健康法があってたまるか。それよりも気になるのは・・・)

「婆さん、その剣・・・刀だったか?ソイツは一体何だ?」
「はぁはぁ・・・コレかい?中々目の付け所がいいじゃないかい。」
「刀がどうかしたのですか?」

武器に関してはサッパリのエールラが首を傾げる。そんなエールラに対し、アークが自らの剣を抜いてエールラの目の前に掲げる。

「コレを見ろ。」
「・・・神剣ですね。」
「違う、ココだココ!」
「欠けてますね。・・・・・欠けてる!?」

自分の発言が理解出来るまで数秒を要したが、事態を飲み込めたエールラが驚きの声を上げた。

「そうだ。コイツはオレの力にも耐えられるよう、強度重視で作られた剣だ。たったの1度切り結んだだけなのに欠けちまった。婆さんの実力も相当だが、それだけでは説明がつかん。」
「だから静さんの刀に秘密があると?」

聞き返したエールラに、ふと思い出したアークが答える。

「そう言えば1年に1度、自分の実力に見合った刀を打つのが神崎家の習わしだと聞いた気がする。つまり婆さんは、そんな恐ろしい武器を量産出来る事になるな。」
「っ!?」

アークの言葉に息を呑んだエールラ。地球に転がっている分には問題無いが、他の神や魔神に目をつけられるのは色々と問題がありそうだったのだ。しかしそんな心配も、静によって杞憂に終わる。

「心配せんでも、アタシにゃ打てやしないよ。」
「どういう事だ?」
「これはシュウの作品なんだよ。銘は『白雪』、シュウの最高傑作さ。」
「時代が時代なら、国宝に名を連ねる一品だな。」
「時代とは?」
「今の世に産まれた所で、切れ味の良い名品止まりという事だ。国宝ってのは、背景にある歴史的価値が物を言うからな。」
「なるほど。」

エールラの疑問によって話が逸れたが、アークはホッと胸を撫で下ろしていた。

「なら、その刀が世に出回らないように注意すればいいって事か。安心した。」
「何言ってんだい?アタシは最高傑作って言ったんだよ。シュウの作品がこれ1振りだと思ったら大間違いさ。」
「だからソイツが最高傑作なんだろ?」
「・・・お前さん、勘違いしてるみたいだね。シュウの作品は、他のも負けず劣らずの名刀なんだよ。」
「「は?」」

白雪が最高傑作なのだから、それより劣る物は気にする必要無しと判断したアークとエールラ。当然、静の言葉に耳を疑った。

「1年や2年で実力が衰えるとでも思ってるのかい?そんな若者が年に1振り打ってるんだよ?考えたらわかる事じゃないか。」
「ま、まさか・・・」
「他にもあるぞ?神崎の習わしじゃから、毎年仕方なく打っておったがの・・・。」
「白雪が出来るまでは真面目に命名していたんだ。淡雪、綿雪、風花。あぁ、風花も雪の一つだな。」
細雪の次が白雪だね。そこからは消化試合みたいなもんさ。粉雪、霰、雹まではまだいい方さ。大雪、小雪に名残雪と来た時は流石に小言を言ったもんだよ。」

あまりにも適当過ぎる銘に、アークとエールラも言葉が出ない。

「吹雪にどか雪、垂り雪なんてのもあったね。」
「ぜ、全部残ってるのか?」
「使い道なんてありゃしないんだ。当たり前だよ。」
「何処にあるのです?」
「家に仕舞ってあるぞ。」
「「・・・・・。」」

使い道が無いのだから、1本あれば充分だろうと思った神々。しかし作った者達からすれば、自分の子供のようなものである。廃棄出来るはずも無かった。

事態を重く見た2人が念話を行う。

(アーク様!回収すべきと具申します。)
(同感だが、今回のオレ達じゃ回収は無理だ。)
(あ・・・)

そう、アーク達は特製の転移部屋から訪れていた。故に、どう足掻いても持ち帰る事は出来ないのである。しかしこのままにはしておけない。

(あの部屋を使ったのは失敗だったか?いや、本来の意図は地球を訪れた痕跡を残さないようにする為だ。う〜ん、戻るまでに考えるしかないか。)
(いっそ処分してしまっては?)
(いや、この2人を敵に回したくはない。何とか方法を考えるぞ。)
(畏まりました。)

あまり長話をしても怪しまれる為、早々に話を切り上げたアークとエールラ。そしてアークはもう1歩踏み込んだ。

「それで全部なんだな?」
「「・・・・・。」」
「何だ?まだ何かあるのか?」
「雪ちゃんが亡くなった年の1振りと翌年の1振りがあってね・・・」
「それがとんでもない問題作なんだ・・・」
「「?」」

言い淀む2人の様子に首を傾げるしかないアーク達。険しい表情で見つめ続けると、観念した静が重い口を開く。

「世に残しちゃいけないと思って、何度も処分しようとしたのさ。」
「その度に引き込まれそうになってな・・・やむなく封印する事にした。」
「シュウの最後の作品でね。『雲雀殺し』と『深雪』って銘なんだが・・・」
「あれが世に言う妖刀なんだろうな。白雪は見る者に感動を与える美しさだが、あの2振りは違う。見る者を魅了してしまう儚げな美しさがあるんだ。」
「意志の弱い者が持てば、間違いなく切れ味を確かめたくなるだろうさ。実際に人を斬って、ね。それが刀本来のあり方なんだろうけど、アタシらがそれを許す訳にもいかないだろ?」

静の言葉に頷くアークとエールラ。実際には誰が誰を斬ろうとも、2人には無関係である。だからと言って、今更見て見ぬフリなど出来なかった。

「さて、戻って昔話の続きといこうか。」
「はい!宜しくお願いしますね!!」

幸之進に連れられて、室内へと向かうエールラ。その後ろ姿を眺めながら、静が謝罪の言葉を口にする。

「余計な時間を取らせて悪かったね。」
「いや、思いがけず重大な話が聞けて良かった。」
「・・・いい娘じゃないか。大切にするんだよ。」
「・・・善処しよう。」

静が言うのは勿論、将来の嫁としての意味である。当然理解出来たアークは一瞬悩んだものの、拒絶する事は無かった。これが一体何を意味しているのかは、アークにしかわからないのだが。

アークの返答に満足したのか、静が歩き出す。その後ろ姿を数秒見つめ、アークは後を追い掛ける。

 


静とアークが戻ると、そこにはすっかり意気投合した幸之進とエールラの姿があった。

「静さんが淹れて下さったお茶と同じなのですよね?こんなにも違うものですか?」
「ワシはババアと違って繊細なんだ。それがお茶の味に出ているんだよ。」
「アタシがガサツだとでも言いたいのかい!?このエロジジイが!」
「何だとクソババア!?ワシの何処がエロジジイだと言うんだ!!」
「そこの女神に鼻の下が伸びっぱなしなんだよ!てっきり馬がいるのかと思ったよ!!」

静の指摘通り、幸之進の鼻の下は伸びまくりだった。これでもかと言う程。基本的に女神はこの世のものとは思えない程の美しさを持つ。幸之進でなくとも、そうなるのは当たり前なのだ。

「ちょっとお2人共!話の続きをお願いします!!」
「そうだったな。何処まで話したんだったか?」
「婆さんの顔にアイロンを掛けてやる、って所までだな。」
「アーク様!間違いではありませんが不適切です!!」

冗談で答えたアークに憤慨するエールラ。確かに幸之進の最後のセリフなのだが、この場合はNGワードである。

「クソ神・・・絶対に一撃入れてやるからね!」
「いや、オレが悪かった!勘弁してくれ!!」
「いい加減にして下さい!雪さんと秀一さんが同棲しなかった所からです!!」
「おぉ、そうだったそうだった。」

どうやら本当に忘れていたらしく、エールラの言葉で落ち着きを取り戻した幸之進と静。

「・・・まぁいいさ。それが高校3年生の春だね。そこからの1年、シュウは毎日朝と夜に雪ちゃんの身の回りの世話をしに通い続けたよ。」
「通い妻みたいだな。」
「実際そうさ。当然周囲の目は厳しいものだったが、2人は全く気にしなかった。お互いが居れば幸せって気持ちが伝わって来たしな。」
「生徒や保護者は色々と言ってたみたいだけど、学校側は何も言って来なかったからね。アタシらも口を出さなかったよ。」
「どうしてですか?」

不純異性交友だと騒がれそうなものだが、学校が何も言わない理由がわからなかったエールラが尋ねる。

「アタシらが2人の保護者なんだからね。それで文句を言えばウチで一緒に暮らす事になる。そしたらもっと大騒ぎになるだろ?それに2人共成績優秀だったからね。言いたくても言えなかったのさ。」
「なるほど。」
「色々とあったけど、無事に高校を卒業してね・・・。シュウは大学に行ったけど、雪ちゃんは進学しなかったんだよ。」
「成績優秀だったのにか?」

予想外の展開に、思わずアークが口を挟む。返って来た答えは納得のいくものだった。

「あぁ。進学した所で、雪ちゃんは働ける体じゃなかったからね。学費を無駄にする位なら生活に回す事を選んで、家で静養する事にしたのさ。無論この家でね。アタシらは嬉しかったよ。雪ちゃんといると心が暖かくなってねぇ。」
「この時点で、2人は婚約という形を取っていたんだ。入籍出来れば良かったんだが、神崎家の連中が煩くてな。」
「お2人が居るのですから・・・」
家督を譲っちまってたからね。あまり口を出せなかったのさ。そういう意味じゃ、シュウも神崎とは疎遠だったんだけどねぇ・・・優秀過ぎたのが仇となったんだよ。」

つまり、一刻も早く縁を切りたい秀一と、何とか引き止めたい神崎家の構図である。何となく理解出来たのか、アークとエールラは無言で頷くのであった。


「この時のシュウは本当に頑張っていた。雪ちゃんの治療法を必死に探していてな・・・ほとんど寝る暇すら無かったよ。」
「大変だったろうけど、この頃の2人は本当に幸せそうだったよ。アタシらも、こんな日がいつまでも続けばいいと思っていたもんさ。」
「それはつまり・・・」
「・・・お茶を淹れ直して来るとしよう。」


この後の展開が予想出来たエールラが言葉を濁す。答えたくなかったのか、徐に席を立つ幸之進。だが話さない訳にはいかないとばかりに、静が険しい表情で口を開くのだった。


「必死に希望を掴み取ろうとしたシュウを絶望が襲うのさ。アタシらと同じようにね。」
「それはつまり、治療法が無いという事だな?」
「あぁ。元々難病に指定されてる病気だったからね。アタシらには当然わかってた。だが医学は日々進歩するもんだからね。アタシらの知らない研究があるかもしれない。シュウはそう信じて、ありとあらゆる論文を読み漁ってたよ。」
「では、医師にはならなかったのでしょうか?」
「いいや、医学生じゃ調べられない物もあるからね。結局医師にはなったんだよ。神崎家の思惑と違う内科医に、ね・・・。」

 

ふと悲しそうな表情を浮かべた静を、アークとエールラは無言で見つめるのであった。

222話 ルークの過去3

 222話 ルークの過去3

 

「先生!おはようございます!!」
「おはようございます。今日の診察、宜しくお願いしますね。」
「はい!」

独身看護師が朝の挨拶をした相手こそ、若き日の秀一である。彼は実家の権力が及ばない、中規模の病院に勤める事にしたのだった。

秀一の才能をもってすれば、大学病院で確固たる地位を築く事も出来ただろう。しかし彼はそれを選ばなかった。理由はただ一つ。毎日定時刻退社する為である。


この病院を選んだのは、祖父母の勧めがあったから。秀一の家庭事情を聞いた上で、快く受け入れたのが院長である。当然、雪の事は院長と看護師長しか知らない。それ故の問題もあったのだが、秀一は全く気にする様子も無かった。


「今日、神崎先生と一緒なの!?」
「羨ましいわ〜。」
「良い事ばかりでも無いわよ?」
「そうなの?」
「何処も悪くないのに、神崎先生の診察を受けに来る人がいるんだから!」
「何よそれ!迷惑じゃない!!」
「追い返しちゃいなさいよ!」

新人看護師がこんな話をしていたら叱られるのだが、この病院は中堅とベテランばかり。準備などさっさと終わらせている為、開院時間までは自由であった。

「他の科だけじゃなくて、他の病院の看護師も狙ってるらしいわよ?」
「イケメンで優しいもんねぇ。オマケに他のドクターみたいに威張り散らしたりしないもの。競争率高いわよ?」
「でも誰からの誘いも受けないんでしょ?恋人とかいるんじゃないの?」
「色々と探ってるんだけど、誰も知らないみたい。」
「今度こっそり尾行しようかしら・・・」

井戸端会議がエスカレートし、物騒な方向へと進み始める。当然声を潜めている訳でもない為、秀一の耳にも筒抜けであった。

(怖いからやめて!でも、注意するのはもっと怖いんだよな・・・。雪の写真でも見て癒やされるか。)

「あまりモテ過ぎるのも考えものね。」
「看護師長・・・。」

椅子に座って写真を眺める秀一の背後から、茶化すように看護師長が声を掛けた。

「あら?その女性が例の・・・」
「え?あぁ、はい。私の大切な人です。」
「本当に綺麗な人ねぇ。あの子達に諦めるよう言って来ましょうか?」
「トラブルにならないのであれば、是非お願いします。」
「・・・そろそろ院長の回診が始まる時間ね。」
「ちょっと師長!!」

秀一の言葉を噛み砕き、手に負えないと判断した看護師長が逃げ出した。当然呼び止めようとした秀一だったが、看護師長の顔が笑っているのに気付いて考えを変える。

(ありがとうございます。)

自分の事を気遣ってくれたと悟り、心の中で礼をする。騒がしくも恵まれた環境下で働ける事に感謝しつつ、日々の業務に励む秀一。あっという間に仕事は終わり帰宅する時間となるのだが、秀一にはすべき事があった。院長や同僚の協力を得て、雪の治療法を探すのである。

高価な医学書や論文を読み漁り、何の収穫も得られぬまま帰路につく。それが日課となっていた。


「お帰りなさい、秀一さん。」
「ただいま、雪・・・」
「どうかしたのですか?」
「いや、何でもないよ。それよりご飯にしよう!何か食べたいものはある?」
「そうですね・・・では、ハンバーグをお願いします!」
「え?昨日もハンバーグ・・・まぁいいか。」

食の細い雪だが、そんな彼女の大好物はハンバーグ。秀一が作る一口サイズのハンバーグであれば、毎日でも食べたいと思う程。秀一も肉は好きなので、特に不満を口にする事も無い。だが、こう何度も続くと飽きてしまうだろう。

ソースを変えたり具材を工夫したりと、日々研究を重ねていたのだった。雪を愛する一念で上達した料理の腕前は、既にプロ級である。雪の体調を考慮すると、外食するのも難しい。考え抜いた末、秀一が味を覚えて自宅で再現するというものであった。


雪が食べたいものを食べさせてやる。少しばかりカロリーオーバーでも気にしない。何しろ雪は痩せすぎなのだから。出る所は出ているのでスタイルが良いとも言えるのだが、如何にも病人という見た目である。医者でなくとも心配になる。

 

賑やかな夕食を終え、後片付けをしている秀一の下に幸之進と静が訪れる。秀一の様子がおかしい事に気付いたからであった。

2人がキッチンに辿り着くと、床に座り込む秀一の姿があった。

「シュウ・・・」
「ばあちゃん・・・じいちゃんも・・・。今日さ、ハッキリしたよ。・・・雪を治療する術は無いんだ。もし新発見があったとしても、多分間に合わない。雪を元気にしてやりたくて医師を目指したのに、何もしてやれないんだ。情けないよな・・・。」
「「・・・・・。」」

自暴自棄になっている秀一に対し、掛ける言葉が見つからない。何故なら2人も同じ想いだったからだ。

「さっきさ・・・初めて神様に祈ったよ。オレの寿命と引き換えでもいい、せめてあと10年だけでも生きられますように、って。オレは、雪に何もしてあげられないのかなぁ?神に縋るのが医者のする事なのかよ・・・」
「ワシらも同じだよ。元気にしてやるのが医師の役目だと言うのに、逆に雪ちゃんから元気を貰っておる。不甲斐ないもんだ・・・。」
「シュウ、面倒はアタシらが全部引き受ける。アンタは雪ちゃんの望みを全部叶えてあげな。」
「ばあちゃん・・・ありが・・・とう。」

声を押し殺して涙を流す秀一を、励ます者も叱責する者もいない。何故なら幸之進と静もまた、涙を流しているのだから。

医師であるが故にわかってしまう事実。日に日に弱って行く雪の命が残り僅かである事を悟ってしまったのだ。

 

それから数日後。夕食を終えた雪が不意に全員へ向かって問い掛ける。

「先生方にお聞きしたい事があります。」
「「「?」」」
「私の余命は、あとどれ位でしょうか?」
「「「っ!?」」」

秀一に負けず劣らずの学力を誇る雪。毎日する事といったら読書くらいのものである。並べられた医学書から過去の症例を調べ尽くし、自身の体調の変化も手に取るようにわかっている。そう長くはない事など、ずっと前から感じていたのだ。

「・・・あと半年保つかどうか。」
「「シュウ!!」」

正直に答えた秀一を、幸之進と静が叱り付ける。そんな2人に、雪は笑顔で語り掛けた。

「秀一さんを叱らないであげて下さい。自分の体の事は、自分が1番良くわかっています。ですが、ハッキリと先生の口から聞きたかったのです。そうですか・・・あまり時間がありませんね。」
「雪、何かやりたい事は無いかな?」
「やりたい事、ですか?・・・では、我儘を言っても良いですか?」
「「「勿論!」」」

弱音も吐かず、ましてや我儘など1度も口にした事の無い雪である。3人としては、何としてでも叶えてやろうと心に決めた瞬間であった。

「今まで、秀一さんの為を思って拒み続けて来ました。ですが、これ以外に思い残す事などありません。ですが、最初で最後の我儘です。」
「何?」
「ウェディングドレスを着てみたいです。」
「「「っ!?」」」

これまで、秀一と神崎家の確執を気に病んでいた雪は、頑なにプロポーズを断って来た。そんな雪がウェディングドレスを着たいと言った意味。即ち結婚しても良いという事である。

「ジジイ!さっさと出掛けるよ!!」
「待て!電話が先じゃ!!」

自分の子や孫よりも可愛い雪の晴れ姿である。全力を以て仕立てなければならない。老人とは思えない程のスピードで部屋を後にする幸之進と静であった。

残された秀一と雪は、そんな2人を見送って笑い出す。

「ふふふっ。お祖父様とお祖母様ったら・・・」
「あははっ。ドレスは2人に任せた方が良さそうだね。」
「そうですね。・・・秀一さん。」
「何?」
「すみません。私の我儘で、秀一さんの経歴に傷を・・・」
「何言ってるんだ?雪と結婚出来ない事の方が、大きな傷になると思うよ?」
「ありがとうございます。」


秀一の言葉が余程嬉しかったのだろう。礼を述べながら、雪が秀一に抱き付いた。このまま時間が止まればいい、そう思う2人なのであった。

 

 

それから2週間後。容態が急変した雪は、ウエディングドレスの完成を待たずに生涯を終える。

 


「雪ちゃんが亡くなった後、儂らは暫く気の抜けた日々を送ってな・・・」
「物静かな子だったけど、いなくなるとやっぱり静かに感じられてね。オマケにシュウも家を出て行ったのさ。」
「そんな・・・」
「あぁ、シュウが出て行ったのは、雪ちゃんとの約束を果たす為だよ。」
「「約束?」」

雪が亡くなった際のやりとりが語られていない為、事情を知らないアークとエールラが首を傾げる。

「雪ちゃんが亡くなる前に、シュウは病院を辞めていてね・・・。そんなシュウに雪ちゃんが言ったんだよ。

『秀一さんが作って下さる料理、私は大好きです。お医者さんを続けるつもりが無いのでしたら・・・何か人々を笑顔にさせるようなお仕事をなさって下さい。それが私の願いです。』

ってね。だから料理人になるべく、海外へ修行に行っちまったのさ。」
「「あぁ・・・」」

秀一が料理人を目指した理由を知り、納得した様子の神々。そんな2人に、今度は幸之進が問い掛ける。

「雪ちゃんが亡くなる直前、神に願ったそうだ。

『神様。今度生まれ変わったら、秀一さんのお料理をお腹いっぱい食べられる元気な体でありますように』

とな。その願いは叶えられたか?」

これにはアークが自身満々に答える。

「それは大丈夫だ。・・・誰よりも多く食べてるよ。」
「そうか。安心した。」

満足した様子の幸之進に、今度はアークが聞き返す。

「秀一は他に何かを願ったりしなかったのか?」
「ん?それは無いな。」
「どうしてです?」
「雪ちゃんが亡くなった時、秀一が言っていたんだ。

『やっぱり神様はいないんだな。今更いらないか。・・・雪を若くして死なせるような神なんて、居てもいらないけどな。』

とな。だから秀一が神に祈る事など有り得ない。」

「神を恨んでいる・・・か。」
「別に恨んでなどおらんじゃろ。ただ・・・」
「誰よりも神を拒絶した者が、生まれ変わって神になった。皮肉な話だな。」

 

アークの呟きに、全員が黙って頷くのだった。秀一が、ルークが何を思っているのかは、彼にしかわからないのだから。

223話 ルークの過去4

 223話 ルークの過去4

 

一通り知りたい事が聞けたアークが立ち上がる。そんなアークに一瞬遅れてエールラも立ち上がる。

「大体知れたし、オレ達もそろそろ・・・いや、エールラ。先に戻っていろ。」
「え?な、何故ですか!?」
「この後、この2人と模擬戦をする。ここに来た時は相手して貰ってるんだ。」
「では私は見学しております。」
「あのなぁ・・・いいから帰れ。これは命令だ。」
「承服出来ません!」

どういう訳か、全く従おうとしないエールラを不審に思ったアークが首を傾げる。

「一体どうしたって言うんだ?何が気になる?」
「・・・アーク様がこの方々に拘る理由が知りたいのです。」
「そういう事か。いいか?ここは何の力も持たない者達が住まう、最弱の世界だ。そんな世界にあって、神にも届き得る技を持つのが神崎だな?そんな者達が他の世界に生まれ変わったら・・・どうだ?」
「アーク様はお2人を転生させるおつもりなのですか!?」
「「っ!?」」

エールラの叫びに驚いたのは幸之進と静。まさかの展開に、人生経験豊富な2人が驚くのも無理はなかった。

「どうにもオレは心配性でな。秀一の事が信じ切れてないんだよ。その点、この2人なら問題は無い。万が一の時を考えた保険ってヤツだ。それに、手の内をホイホイ見せる程、2人が馬鹿じゃないのはわかるだろ?」
「それは・・・・・わかりました。例の部屋でお待ちします。」
「それでいい。悪いな。」

不満そうなエールラだったが、渋々といった感じで転移する。溜息を吐くアークに、今度は2人が問い掛ける。

「どういう事だ?」
「アタシらの言葉が信じられないと?」
「いや、秀一が歴代最強ってのは信じる。2人を転生させるのも、出来ればの話だ。戦力は多い方がいいからな。」
「一体何と戦おうって言うんだい?」
「・・・化け物さ。別に戦力が足りてない訳じゃない。2人に頼みたいのは、オレを裏切らないでくれって事さ。その条件さえ飲めるなら、自由にして貰って構わない。」

アークが齎す好条件に、2人が顔を見合わせる。

「裏切る?・・・う〜む。」
「考えておくよ。」
「それでいい。」

検討する。そう答えた2人の答えに、満足気に頷くアーク。実は何度も持ち掛けていた話だったのである。その度に一蹴してきた2人の反応が変わった。今はそれだけで充分だったのだ。

「で?あのお嬢ちゃんに聞かれたくない話でもあるんだろ?」
「態々模擬戦なんて嘘まで吐くぐらいだからね。」
「まぁな。」

何としてもエールラを帰したかったアークは、訪れる度に模擬戦を行っていると嘘を吐いた。嘘を吐いてまで聞かれたくない話とは一体何なのか。気になった2人は否定も肯定もしなかったのである。

「で、何なんだい?年を取ると気が短くなるんだよ。」
「若い頃からだったと思うが・・・」
「何か言ったかい!?」
「まぁまぁ2人とも。オレの要件は刀の事だ。『雲雀殺し』と『深雪』だったか?すぐに見せてくれ。」
「「?」」

刀の事とあって、喧嘩しそうだった2人がアークに視線を移す。

「出来れば回収したかったんだが、生憎と今回それは出来なくてな・・・奪われる前に封印しておきたい。」
「奪われるって、あの2振りの事はアタシらとアンタらしか知らないよ?」
「まさか・・・」
「いや、エールラは信頼出来る。だが、情報なんてものはバレるもんだ。隠そうとすればする程にな。」
「確かにねぇ・・・少し待ってな。持って来てやるよ。」

アークの言葉に心当たりでもあったのか、納得した様子の静が部屋を後にした。残された幸之進とアークは話を続ける。

「しかし、一体どういう心境の変化だ?」
「ん?転生の話か?・・・別に深い意味は無い。ただ、雪ちゃんが元気だと知れたからな。会えるなら、会いたいと思うのは仕方のない事だろ?」
「まぁ、な。」
「もっとも、儂らの興味は化け物の方にある。武を嗜む者にとって、壁は高い程良いからな。」
「戦闘狂め・・・。」

この時代において希少となった格闘馬鹿に、アークは呆れの視線を向ける。

「と、ここまでが建前だ。あのババアにとっては本音だろうがな。」
「アンタの本音は?」
「・・・神ってのは美女揃いなんだろ?」
「は?・・・・・あぁ。美女って点では、エルフ族もいるな。雪って女性も今はそうだ。」
「エ、エルフだと!?あの貧乳の!!ゆ、雪ちゃんが貧乳・・・」
「い、いや・・・それは個性だ。」
「なんと!で、では・・・巨乳のエルフもいるんだな!?」
「・・・あぁ。」

妻帯者である以上、幸之進の気持ちが理解出来ない訳ではない。だがそれは半分にも満たない事はアーク自身が理解していた。

「何故そこまで美女に拘る?共に転生するのだから、また婆さんと一緒になるんじゃないのか?永遠を誓い合った仲だろ?」
「儂が誓い合った永遠とは今世の話だ。来世の事までは知らん!わかるか!?風呂上がりに垂れ下がった乳を肩に掛ける姿を毎晩見せられる儂の気持ちが!もうシワシワを見るのは耐えられんのだ!!ピチピチのお肌が恋しくて堪らないんだよ!」
「・・・・・」

ーースパーン!

開いた口の塞がらないアークが絶句していると、会話が聞こえたのだろう。静が抜刀術ならぬ抜スリッパ術で、幸之進の後頭部を一閃した。

「ギャフン!」
「シワシワで悪かったね!このスケベジジイが!!」
「何するんだ!このクソババア!!」
「プロポーズの時、『生まれ変わっても一緒になろう』って言ったのを忘れたのかい!?」
「うっ!」
「アンタみたいなケダモノ、解き放つ程馬鹿じゃないよ!逃さないから覚悟しな!!」
「そ、そんなっ!!」

何だかんだと愛されている幸之進なのだが、本人は全く自覚していない。怒り心頭の静を止めようと思ったアークだったが、テーブルの上に置かれた2振りの日本刀に気付き手に取ってみる。

「こ、これは・・・」
「ん?あぁ、アンタが手に取ってるのが雲雀殺しさ。」
「この刀は悲しみが込められてるな。確かに妖刀だ。しかし問題なのはもう1振りの方か・・・。」
「悪いが『深雪』の刀身は儂らに見せないでくれ。正気を保つ自信が無いからな。」
「あぁ。見ただけでわかった。この刀に込められた深い悲しみは、『雲雀殺し』の比じゃねぇ。深雪って銘も頷ける。しかもご丁寧に、神への恨みも込められてるな。」
「妖刀は人を魅了するせいか、まず出回らないもんでね。アタシらも初めて見たんだよ。」

妖刀は人の心を捉えて離さない。それ故、手放す者がいないのだ。だからこそ、静であっても目にする事はおろか、所在を特定する事すら難しかった。

「『深雪』を抜いたババアは、突然儂に斬り掛かって来た。あの時は流石に死ぬかと思ったよ。」
「あの時殺せなかった事が悔やまれるよ。」
「何だと!表へ出ろ!!今日こそ引導を渡してやる!」
「上等だよ!世の女性達の為にも、アンタより先に死ぬ訳にはいかないんだ。文字通り返り討ちにしてやるさ!!」

またしても表へと飛び出して行った2人を見送りアークが呟いた。

「人選やり直すか?・・・選ぶ者がいないんだよな。それよりもこの刀。間違い無く『神殺し』だな。まさか魔力も無いこの世界で産み出されるとは、早めに秀一を引き込んでおいて良かった。・・・天才、か。」

通常、上級下級に関わらず神は神力で強化されている。半端な武器や魔道具であれば、防ぐ事は容易い。そんな神族に対して効果を発揮するのが『神殺し』である。

地球産の日本刀はオリハルコンやアダマンタイトのようなファンタジー金属とは異なり、強度に関しては比較にならない程に脆い。脆いのだが、その切れ味は驚異である。


そんな『雲雀殺し』と『深雪』の封印を終えると、タイミング良く2人が戻って来る。

「戻って来たか。どうやらお互いに終わったようだな?」
「お互いに?」
「封印とやらの事だろ?意外と時間が掛かるもんなんだねぇ。」

特別な力でパパっと終わらせる。静はそんなイメージを持っていたのだろう。少しだけカチンと来たアークは、疑問に思っていた事を聞く事にした。

「2人は何で得物が逆なんだ?お互いに得意なもんを使えば、もっと早くに決着がつくだろ?」
「そんなのは決まってるじゃないか。」
「本当に殺さないように、さ。」

確かに決着はつくのだが、その場合はどちらかが死ぬ。流石に痴話喧嘩が殺人に発展してはマズイのだ。そんな答えに納得したのか、アークは話題を変える。

「この2振りも含め、全ての刀は2人の転生に合わせて回収する。」
「まだするとは言ってないよ!」
「いいや、するさ。出来る限り条件を呑むつもりだしな。それまではオレ達3人しか触れる事が出来ないようにしておいた。」
「・・・まぁ、数日中には決めておくよ。」

静の答えを聞き、ニヤリと笑みを浮かべてから立ち上がったアーク。そのまま部屋を後にしようとして、ふと立ち止まった。

「あぁ、そうだ・・・いい返事が聞けるものと期待して、オレからの選別だ。」
「「?」」
「雪という女性の死因。病死には違いないんだが・・・回収した遺体から毒物が検出されたぞ?」
「「何!?」」

衝撃の内容に、疲れているはずの2人が勢い良く立ち上がる。実はエールラに聞かれたくなかったのがこの話。良くも悪くもエールラは真っ直ぐなのだ。秀一と雪の悲恋に感情移入した彼女が知れば、当然怒り狂うだろう。アークとしては、そんなエールラを見たくなかったのだ。

「本来、60歳までは生きられるはずだったんだ。秀一の転生も、寿命を待つつもりだったしな。」
「どういう事だ!」
異世界の時間にして約200年。あの女性は誰とも結ばれる事無く独りだった。記憶は無いはずだってのに、何だか気の毒に思えてな・・・。」
「随分と優しいんだな?」

なんとも人間味溢れる答えに、幸之進が意外そうな顔をする。真偽の程は不明だが、一先ず納得の行く答えが聞けた。そうなればさっさと次の疑問である。

「ゆ、雪ちゃんの体から毒っていうのは何だい!?」
「それは自分達で調べないと納得出来ないだろ?まぁ、服用していた薬を作った奴を洗ってみる事だ。それと、復習するならオレが来てからにしろよ?騒ぎにならないよう手を貸してやる。」
「「・・・・・。」」
「極々微量の毒だったが、病状を悪化させるには充分な量だ。健常者なら気付かないレベルだろう。秀一が務めてた病院、裏で神崎グループと繋がっててな。薬剤師は買収されてたんだろうさ。」

ほとんど答えを言っているようなものなのだが、アークはそう告げると部屋を後にした。数日中に起こるであろう騒動を見越して、準備に取り掛かる必要があるからだ。

本当は雪が亡くなった時点で把握していた事実。何故今になって打ち明けたのか。それは2人の気が変わるのを待っていたからに他ならない。


当然2人もその事に気付く。しかし例え誰かの掌の上で踊らされようとも、やるべき事は変わらないのだ。不信感を募らせつつも、アークの狙い通りに動く事で話がつく。

 

後日、90歳を過ぎた老夫婦による調査・報復が行われたが、その一件がお茶の間を騒がせる事は無かった。被害者と加害者、多くの人間がこの世から姿を消したと言うのに・・・。


こうして地球の神崎流は潰える事となる。敵方に引き込まれる事を危惧していた、最高神の目論見通りだったのか。その答えもまた、最高神だけが知っているのであった。

224話 アクシデント

 224話 アクシデント

王都を目指して移動を続けていたルーク達は、当初の予定から1日遅れで王都の近くまで来ていた。

「やれやれ、遅れたのが1日で助かったよ。」
「本当にスマンかったのじゃ!」

オレから冷たい視線を向けられ、反射的に土下座する学園長。何故こんな事になっているのかと言うと、事態は3日程遡る。


「川なのじゃ!」
「それなりに大きな川ですね。」
(熱帯雨林じゃないけど、アマゾン川みたいなもんかな?ティナが言うように、規模は全然小さいけど。)

イメージとしては、アラスカなどの河川だろうか。熊が鮭を捕まえるシーンを思い描くような、そんな風景である。少し違和感を覚えるのは、水深がありそうなのと川の形状のせいだろうか。

「この川が見えたって事は、王都まではあと1日ね。」
「では、予定よりも1日早いという事ですか。」
「開けた地形だし、この辺で1日時間を潰そうか。人や魔物は良く来るのかな?」
「あまり来ないわね。この国の住人や魔物は、あまりこの川に近寄らないのよ。」
「何故ですか?」
「ああ見えて流れが急なの。形状が真っ直ぐでしょ?落ちたら数十キロは流されるって話よ。」

フィーナが説明するように、まるで整備された用水路を思わせる。普通の川のように、曲がりくねったりしていないのだ。つまり、落ちたら上がれない事になる。

「魔物はいないのか?」
「いないわ。当然魚もね。周辺に湖や池が無数にあるから、水棲の魔物はそっちにいるのよ。態々餌のいない川に住む理由はないでしょ?」
「激しく同意します。」

食い物の話を出された為、ティナはすぐに納得出来たらしい。思わず苦笑したオレだが、ふと気付いた事がある。

「・・・学園長は?」
「え?先程、川に向かって走って行きましたけど?」
「この国の住人は川に近寄らないんだよな?」
「そうよ。この国の住人は・・・この国の・・・」
「「「まさか・・・」」」

フィーナの言葉は、別にフリでも何でもない。だがそこは空気を読まない学園長である。オレ達が一斉に視線を向けるよりも早く、お約束通りの展開となる。

ーー ドボーン!

「ひゃあ!な、流れが早いのじゃ!!た、たすけ・・・」
「ちょっ!」
「学園長!」

学園長の声が、あっという間に聞こえなくなる。別に溺れた訳じゃない。単純に距離が離れただけだ。焦る2人が向かおうとするが、オレはそれを制止する。

「落ち着け!2次災害になるぞ!!」
「そ、そうね。」
「取り乱しました。」
「うん。ならまずは・・・実況見分をしよう。」
「「そうね(そうですね)・・・え?」」

勢いに任せたら何とかなるかと思ったが、早くも疑問に思ったらしい。ここはもうひと押しだろう。

「2人とも見ろ!あそこに衣服が脱ぎ捨ててある!!」
「学園長の服ですね・・・」
「泳ぐ気満々だったんじゃない・・・」
「自業自得だな。この件は事故と断定された。よって捜査は終了とする。解散!」
「「はい!」」

あっさりと引き下がった2人を見て、思わず顔がニヤけてしまう。そんなオレを見て、フィーナが問い掛けて来た。

「どうするの?」
「祈ろう・・・このまま流されてくれた方が人々の為になるさ。」
「それもそうね。」

オレと同じ考えに至ったのだろう。フィーナがオレの隣に立ち、同じく学園長が流された方を見つめる。

「・・・2人共!巫山戯てないで追い掛けますよ!!」
「「は、はいっ!」」

やっと状況を理解したティナに叱られ、オレとフィーナが大人しく従う。全速力で走り出したティナを追い掛け、オレとフィーナが後に続く。

空を飛べれば早いんだが、王都の近くでそれはマズイ。やむなく走っているのだが、木々が邪魔で追いつけずにいた。

 

走り始めてからおよそ2時間。ここでティナとフィーナの息が切れ始める。2時間も全力疾走とは恐れ入った。オレなら飛ぶか転移しちゃうね。近くのコンビニにも車で行くような感覚だろうか?車持ってなかったけど・・・。

因みにオレは余力を残してるからまだまだ余裕だ。


「もう100キロは走ったと思うけど・・・どうやって助けるの?飛び込むのは無しね。」
「はぁ、はぁ、それ、は・・・」
「はぁ、はぁ・・・ロープ?」

言葉に詰まるティナに、単語を口にするフィーナ。多分、ロープを投げたらどうか?と言いたかったんだろう。

「そんなに長いロープなんか無いけど?」
「「はぁ、はぁ・・・。」」

喋る余裕が無いのか、それとも何も思いつかないのか。まぁ、全力疾走中に頭を使えと言う方が間違いだろう。そしてオレは意地悪してる訳でもない。

アイテムボックスには色々と入っているが、そうそう都合良く必要な物が入っている訳でもない。しかも時速50キロで流される学園長にロープを掴ませ、それを引き上げなければならない。下手したら水流に負けて2人もドボンである。

何でお前が助けないのかと思うだろうが、オレが動くのはマズイのだ。要救助者は見た目が幼女で裸のダークエルフ。そこにエルフ族ではないオレが何かしようものなら、誘拐犯か変態だと思われるだろう。

どうせ変態扱いされるのなら、とびきりの美女にして欲しい。学園長だけはご免なのだ。


見られなければいいのだが、そういう時に限って目撃されるものである。これは最初に話し合って決めた事。オレが勝手に破っていい約束ではない。頼まれればやるが、2人が何も言わない以上はダメなのだ。

しかしこのままマラソンしても仕方がない。オレから提案するしかないだろうな。


「2人共止まって!」
「「?」」
「このまま追い掛けても意味が無い。」
「ですが!」
「仮に追い付いたとして、それからどうするんだ?並走して声を掛けるだけだろ?」
「それは・・・」

冷たいと思われるかもしれないが、誰かがハッキリ言わなければならない。

「走りながらじゃ何も考えられないよな?」
「・・・否定は出来ないわね。」

思った通りノープランだったらしい。なら、オレの案も通りやすいかな。他に良い案があればそっちでもいいんだけど。

「もう2人を抱えて飛ぶしかないんじゃないか?」
「ですがそれではルークが・・・」
「それなんだけどさ、上空を飛ぶから見つかると思うんだよ。」
「「?」」

やはりオレの意図は伝わらないらしい。みんなは飛べないから仕方ないか。

「水面ギリギリを飛べばいいと思わないか?」
「それはそうですけど・・・」
「出来るの?」
「問題無い。追い付いたら2人は学園長を引き上げてくれ。ただ学園長が暴れないよう、しっかり押さえて欲しいんだ。バランスを崩したら、全員一緒に落ちるからね?」

その光景が想像出来たのか、2人が揃って頷いた。一応、学園長に近付いた段階でスピードは落とすつもりだ。引き上げる前に指示を出さないと、こっちが危険だからね。


2人を両脇に抱え、水面ギリギリを下って行く。風魔法の障壁を展開し、風圧対策するのはお約束である。お陰で2人も会話する余裕が出来たらしい。

「これは快適ね。私達の苦労は何だったのかしら?」
「出来れば汗をかく前に言って欲しかったです・・・。」
「全然臭わないから、気にしなくていいんじゃない?」
「「・・・・・。」」

オレはそこまで変態じゃないので、汗の匂いを嗅ぐ趣味は無い。幾ら美人でも汗臭かったら引くだろう。そういった意味では、ティナもフィーナも全然臭わないのが不思議な程である。

言ってから気付いたのだが、オレは自爆した。匂いを嗅いだと言っているようなものなのだ。上手い事言い逃れるのは可能なんだけど、話題を変えるのが手っ取り早いはず。

「丁度いい機会だから聞いておきたいんだけどさ?」
「「?」」
「フィーナって本当は何歳なの?」
「っ!?」
「ルーク!」

非常に失礼な質問だったせいで、ティナからお叱りを受けてしまう。だが夫婦なんだから勘弁して貰おう。

「カレンが500歳位って言ってたけど、ティナの両親の師匠なんだよな?」
「え、えぇ。」
「でもあの2人って約600歳でしょ?100歳も下で師匠っておかしくない?」
「言われてみると・・・」
「・・・・・。」

フィーナが無言だったのは、てっきりフィーナが鯖を読んでいるからだと思い込んでいた。それはオレだけじゃない。ティナもそうだったのだ。この時しっかりと追求していれば、動揺する事は無かったはずなのに・・・。

 


この時フィーナは考え事の最中だった。

(エレナとアスコットが600歳?あの2人は精々400歳のはずだけど・・・何の為に嘘を?いえ、そもそも誰の情報かしら?やはりティナよね?それなら娘に嘘を吐かなければならないような、重大な秘密がある?・・・年齢に?)

200歳も鯖を読む理由に心当たりは無い。だからこそ必死にその理由を推測してみるが、どれだけ考えても答えなど出なかった。何故なら、フィーナが知るのは幼少期の2人のみ。袂を分かってからの事はほとんど知らない。冒険者ギルド本部長として活躍の噂は耳にしていたが、プライベートまでは知る由も無かったのである。

(200歳と言えば、エレナとアスコットにはそれぞれ200歳上の兄と姉がいたわね。あの2人も夫婦だったはず。・・・考え過ぎね。)

フィーナの推測は的を得ていたのだが、何の根拠も無い只の推論。だからこそ、迂闊に話す訳にはいかなかった。他所様の家庭を掻き回す程、常識知らずではないのだから。


だんまりを決め込んだフィーナに、ティナとルークは視線を合わせて首を傾げる。この時2人もまた、フィーナと似たような事を考えていた。

(200歳位、鯖を読んでるのか?)
(そんなにルークとの年齢差を気にしているのでしょうか?)


見当違いも甚だしいとはこの事である。些細な事であればある程、言葉にしなければ伝わらないという良い例だろう。どう声を掛けるべきか迷っていた2人だったが、学園長の姿を捉えて思考を中断する。それはフィーナも同じであった。何故なら、あまりにも予想外の光景だったから・・・。


「ねぇ、あれって・・・」
「・・・寝てますね。」
「・・・寝てるな。」


這い上がろうと、必死にもがく姿を想像していた。否、期待していた。しかし肝心の当人は、器用にも仰向けで水面に浮かび、穏やかな寝顔を見せていたのだ。これには流石のティナも頭を抱える。


放置しようとする2人をティナが必死に説得し、何とか助け出された学園長の弁明がコチラである。


「頑張ったら戻れるかと思い、流れに逆らって泳いでおったら・・・疲れて眠ってしまったのじゃ!あははははっ!!」
「横に泳げば良かったのでは?」
「・・・・・あっ!!」
「「「・・・・・。」」」


学園長の馬鹿さ加減を再認識した3人なのであった。

 

その後の説明をしておくと、岸に上がった4人は精神的疲労から野営をする事にした。翌朝ルークの転移魔法で落水現場へと戻り、移動を再開したのである。