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Shining Rhapsody

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273話 シュウの仮説

 273話 シュウの仮説

 

 

作戦会議を終え、警戒しながら出発した一行。警戒とは言うものの、その対象は当然ユキである。そもそもユキが現れたのはシュウ達の先、25階層だ。即ち、25階層の魔物は狩り尽くされている事を意味する。他に警戒する対象がいないという事。総勢26名の注目を浴び、如何にユキと言えども隙を見付けられずにいた。

 

(流石にこの包囲網を抜けるのは難しいかもしれない・・・)

 

時折撹乱しようと緩急を付けるも、エリド村の住人達は難なく対応してみせる。決して包囲網を崩さずユキを取り囲むのだ。連携に加われないフィーナやナディア達に関しては、危ないと感じた所のカバーに入る。仮に突破されたとしても、すぐにフォロー出来るだろう事はユキにもわかる。

 

 

緊張状態を保ち続けるエレナ達とジワジワ焦り始めるユキ。そんな中でも特に目立った動きを見せないのがシュウである。だがそれは第三者目線での話。最も厄介な事は、誰よりもユキが感じていた。

 

(一番の問題は、シュウ君が付かず離れずの距離を崩さない事。勿論私が本気じゃないのもあるけど・・・)

 

自分が本気を出せば。そこまで考えて思考を中断する。何故ならそうなった場合、シュウも本気を出す事が容易に想像出来てしまったからだ。準備万端で待ち構える格上を相手に、真っ向から立ち向かうのは愚策である。そしてユキが本気を出すという事は、誰かが傷つくという事でもある。そこまでする価値も意味も無いのだから、考えるだけ無駄というもの。

 

(とりあえず、魔物を狩りながら隙を伺うしかない、か。せめて転移出来たらなぁ・・・。)

 

とりあえず、今出来る事をしようと気持ちを切り替えるユキであった。

 

 

 

 

(転移出来たら、とか考えてるかもな。転移不可で助かったって所か。)

 

長年連れ添っただけあって、相手の考えている事などお見通し。これこそが、ユキがシュウ達を出し抜けずにいた最大の理由でもある。駆け引きとなると、前世のユキでは圧倒的に経験不足。当然ティナの経験に頼るしかないのだが、そうすると今度はエレナ達がお見通しである。どちらに転んでも、ユキが圧倒的に不利なのは変わらない。

 

そして唯一の懸念である転移が出来ない事は不幸中の幸い。胸を撫で下ろしたシュウであったが、ここでふと疑問が湧く。

 

(考えた事も無かったけど、そもそも何故転移出来ないんだ?・・・入った者を逃さない為?いや、それだと近寄らなければ済む話。なら、簡単に最深部へ近付けない為?来られると困る物があるって事か?待てよ?その仮説だと、途中まで進むと転移出来なくなる説明がつかないか。)

 

どちらとも取れる疑問に、珍しく考察を続けるシュウ。普段であれば、答えの出ない疑問は切り捨てている。しかし今回いつもと違うのは、単に『勘』というだけであった。何故か考えなければならないような気がしたのだ。

 

 

ユキが大胆な行動に出ないと踏んで、シュウはさらに考え込む。

 

(以前は気にしなかったけど、カレンも足を踏み入れてるはずなんだよな。それって、何か目的があったって事か?それとも何があるのか確認したかった・・・ん?)

 

この時点で不可解な点に気付く。

 

(待てよ?ライムのダンジョンが向こう側に続いてる事を知っていたのは何故だ?・・・あのダンジョンは踏破してるって事か!なら、カレンが引き返したダンジョンは何処なんだ?)

 

他のダンジョンに関する情報を持っていないが、そうである可能性は高い。すなわち、今現在シュウ達が居るダンジョンである。そうなると、仮説はさらなる仮説を呼ぶ。それも悪い方向へと。

 

 

(魔神を封印した場所は、幾ら聞いても答えてくれなかった。逆に考えれば、その場所は此処じゃないはず。それ以外にカレンが訪れる理由があるとするなら、何があるのか確認したかった。もう1つは・・・此処に有る、或いは此処に居る何か、誰かに用があった?まさか・・・)

 

考え得る最悪の可能性。内心で呟く事も無く、思考を中断する。この世界には居ないと言っていた者の存在。それはアークも口にしていたのだが、鵜呑みに出来る程の信頼を寄せてなどいない。

 

 

(どうする?みんなにも伝えるべきか?・・・いや、こんなのはオレの想像でしかない。クリスタルドラゴンの存在が裏付けになるかもしれないが、言い換えればそれだけだ。もう1つか2つ、決定的な何かが見付かってからにすべきだよな。)

 

確度の高い推測であれば伝えるべきだが、現時点で伝えるのは無駄に掻き回すだけにしかならない。そう思ったからこそ、いつも通りに口を噤む。そして今後の方針が決まった事で、シュウは自らが取るべき行動を模索する。結局のところ、選択肢は1つしかなかったのだが。

 

(やっぱり片っ端から鑑定してみるしか無いよな・・・。)

 

久しく使っていなかった鑑定魔法。それを只管に使おうというのである。クリスタルドラゴンと同じ、『改造種』の表記を探す為に。おそらく居ないし、居てももっと奥深くだろうとは思う。だがそれを無理に探し出す必要は無い。現時点では、藪をつつく意味が無いのだから。

 

 

そのような存在が他にもいるようなら、シュウの仮説は現実味を帯びてくる。魔神かそれに近しい何者かが存在するという、荒唐無稽な仮説の証明・・・。

 

 

272話 SSS級クエスト14

 272話 SSS級クエスト14

 

 

 

シュウとユキが密談から戻ると、既に昼食の後片付けは終わっていた。ナディア達を労おうと考えたシュウだったが、ユキが先に向かった事で行き先を変える。

 

「みんな、ちょっといいか?」

 

シュウが呼び掛けた意味を察し、声を掛けられたフィーナ達が揃って移動する。ユキに聞かれないようにとの配慮である。

 

「今後の予定を確認しておきたい。」

「無事に合流出来た事だし、戻ってもいいという事かしら?」

 

シュウが間に合った事で、自分達はお役御免なのではないか。そう思ったフィーナが尋ねる。

 

「いや、悪いけど30階層まで付き合ってくれ。」

「説得出来たんじゃないのか?」

「残念ながら無理だった。」

「じゃあどうするの?」

 

まさかの頼みに、アスコットとエレナが首を傾げる。他の面々も同じだったのだろう。同じように首を傾げたり、顔を見合わせている。

 

「隙を見てオレがケルベロスを仕留めるから、みんなにはユキの足止めを頼みたいんだ。」

「「「「「っ!?」」」」」

 

シュウの口から告げられたのは無理難題。思わず全員が息を呑む。ユキの戦闘を目の当たりにはしていないのだが、それでも自分達との実力差は感じ取っていたのだ。

 

「その反応は、何となく察してるみたいだな?みんなが感じてるように、ユキを抑え込むのは難しいだろう。わかり易く例えるなら、遠慮の無いカレンを相手にしていると思えばいい。」

「む、無理に決まってるでしょ!」

「全員掛かりで、もって数分だぞ!?」

「下手したら数秒で全滅よ!?」

 

あまりにもわかり易い例えに、誰もが否定的な答えを口にする。

 

「別に命の奪い合いって訳じゃないから、数秒って事は無いさ。ただ今回はその数秒が欲しい。」

「足止めなのよね?」

「細かく言うと、ユキの出鼻を挫いてくれればいいんだ。」

「「「「「?」」」」」

 

たった数秒の差がそこまで重要とは思えない。だからこそ誰もがシュウの頼みを理解出来なかった。

 

「単純な競争だったら間違い無くオレの方が速い。だが今のユキを相手に、後ろを取られるのは命取りなんだ。」

「・・・夫婦よね?」

 

背中を向けるのは危険だと告げるシュウに、サラが思わず疑問を口にする。どう解釈しても、到底夫婦の関係には思えなかったのだ。

 

「冗談に聞こえるかもしれないが、今回ばかりはオレも向こうも本気の勝負だ。いいか?ユキが飼い主になったら手が出せなくなる。ドラゴンよりもデカイ犬を連れ歩くんだぞ?」

「「「「「それは・・・」」」」」

「足が速けりゃ勝ちって競争じゃない。何でもアリの勝負なんだ。少しでも先行すれば背後から邪魔をされる。ダンジョンでなければ、ぶっちぎりで勝てるんだけどな・・・。」

 

真っ直ぐ進むのであれば、シュウには神力と魔力の合成技がある。しかし、未だコントロールの出来ない未熟な力。壁に激突している間に差を広げられるだろう。それはこの場の全員が理解していた。

 

「つまり、ユキの注意を引き付ければいいのね?」

「あぁ。その間にオレが全力で走り抜ける。問題はいつ仕掛けるかって事なんだけど・・・」

「向こうの出方も伺わなけりゃならない。となると、ある程度の博打は必要か。」

「父さんと母さんなら、確度の高い予測が出来るんじゃないか?」

「そうね・・・ティナだったら、油断させてから仕掛けると思うわ。」

「具体的には?」

30階層よりも前かしら?」

27から29階層って所だろうな。」

 

200年間家族を続けた経験から、エレナとアスコットが予測を立てる。ティナが消え去ってユキになった訳ではなく、両方の記憶と性格を併せ持つ。その比率で言えば圧倒的にティナである。ユキの性格を考慮しなくて良い訳ではないが、現状それしか手が無いのだ。

 

「ユキとしてはどうなの?」

「それなんだけど・・・オレにもサッパリなんだよ。」

「「「「「え?」」」」」

 

誰よりも、と言うよりも唯一ユキを知るシュウが匙を投げている。それは全員にとっての予想外であった。

 

「夫婦だったんでしょ?」

「まぁな。けどユキは病弱だったから、今回みたいな行動を取った事が無いんだ。積極的に何かをするような性格じゃなかったし、正直戸惑ってる。」

「だけど、ティナでもないのよね・・・。」

「あぁ。見た目通り、別人って感じだな。」

 

肩を竦めるシュウに対し、エレナとアスコットが自分達の考えを口にする。3人が共通して感じている印象。それは確実にティナとは異なる人物という事。そして唯一ユキを知るシュウだが、自身の考え全てを曝け出してはいなかった。

 

 

(そもそも、みんなには話してないけど、口調が違ってるんだよな。ユキはあんなに砕けた喋り方じゃなかった。父さんの言うように、全くの別人って可能性が無い訳じゃないが・・・可能性は限りなくゼロに近いだろうな。となると、残された可能性は1つ。)

 

シュウはその性格から、憶測の上で物事を進めたがらない。先入観を持ってしまうのを避ける為であった。他者の意見によって解の得られそうな問題であれば積極的に相談するが、ユキに関して言えばそうではないだろう。だからこそ、誰にも告げずに自己完結を図る。

 

今回導き出した答え、それはユキが記憶を取り戻してからずっと演技をしているというものだった。だが、まだそれを口にする訳にはいかない。目的がサッパリわからない以上、正しいという確証が得られないのだから。

 

 

271話 踏み止まるべき一線3

 

 271話 踏み止まるべき一線3

 

 

暫くの間、空を見上げていたユキ。心の整理がついたのだろう。顔を下げてシュウへと向き直る。

 

「そう言えば、日本刀は見られても大丈夫なの?」

「ん?あぁ、単純な造りの物は大丈夫だと思う。それにアレは、誰にでも使える代物じゃないし。」

「それもそうだね。じゃあ調理器具は?」

「ホイッパーやピーラーで人が殺せるなら秘密にするよ。」

「・・・無理だよね。」

 

厳密には無理ではない。だがそんな物を使うのなら、ナイフや包丁などの刃物を使った方が確実である。日本刀も似たようなものと言えよう。強力な武器とはなるが、使いこなすには技術を要する。しかしその技術を教える者がいないのだから、大剣を振り回した方がよほど効率的だろう。

 

 

疑わしいという点では、料理の知識もその一つ。これに関してシュウは、かなり慎重を期している。何しろ、まだ使われていない調味料も存在しているのだ。その最たるものが重曹である。

 

重曹は海水を電気分解するか、重曹を含む岩石から精製する以外に入手する方法が無い。地球でさえ、一般に発見されたのは1800年代である。それよりも遥かに遅れているこの世界に、重曹が存在するはずがないのだ。

 

 

シュウというかルークだが、幼少期に海水を入手して自力で作り上げた。しかも製法を知られぬようにと、膨大な量をまとめて作る程に警戒して。否、知られたくなかったのは製法ではなく、その考え方である。人は結果を知る事により、何故そうなるのかという疑問を抱く。もし途中の過程を知れば、その疑問は大きくなるだろう。

 

重曹という不思議な粉の存在を知られるのは構わないが、作っている工程を見られる訳にはいかないのだ。世界中を探し回るのと、製法を探し出すのでは意味が全く違う。冒険なら構わないが、科学に辿り着かれるのは色々とマズイ。

 

 

シュウも言っていたが、自然に生み出されるのは構わない。段階を踏んでの進歩ならば、国や世界がその都度対処するだろう。だが持ち込まれた技術や知識というのは、そのバランスを崩しかねない。猿の群れに、核ミサイルの発射スイッチを置くようなものだ。まさにお笑い芸人の『押すなよ、押すなよ』である。押さない訳がない。

 

 

「聞きたかった事はそれだけ?」

「う〜ん・・・今の所はそれだけかな。」

「なら、ユキはもう戻るんだよな?」

「え?どうして?」

「・・・え?」

 

誰かに聞かれたくない話をする為にダンジョンまで足を運んだ。そう思っていたシュウに対し、ユキは思わず聞き返す。誰よりもお互いを理解し合っている2人だったが、ここで認識に齟齬が発生する。ケルベロスは口実だと思っていたのに、実は違っていたのだ。

 

「まさか本気でケルベロスを飼うつもりじゃないだろうな!?」

「飼うわよ?」

「いやいや、無理だから!」

「別にいいじゃない、ドラゴンを飼うようなものよ。」

 

随分と簡単に言うユキだが、ドラゴンを飼われたらたまったものではない。日本でキリンやゾウを飼うようなものなのだから。目論見が外れ、本気で焦るシュウ。その時、ふとフィーナに頼んだ事を思い出した。

 

「そう言えば、この世界にはフェンリルが居るらしいぞ!?」

「私、犬は短毛が好きなの。」

「・・・・・。」

 

まさかの告白に、シュウは絶句してしまう。思い返してみれば、ユキが幼少の頃に飼っていたのは柴犬である。だが柴犬とドーベルマンでは差があり過ぎる。しかもこちらは頭が3つ。カワイイと思うには些か無理があるだろう。

 

「ちゃんと躾けるから大丈夫だよ?」

「・・・はぁ。じゃあ、きちんと躾けてからみんなを説得して。それならオレは何も言わない。」

「ふふっ、ありがと。」

 

結局はユキに甘いシュウ。そんなシュウが可笑しかったのか、ユキは微笑んで礼を述べるとフィーナ達の下へと歩き出した。1人佇むシュウだが、その表情は哀愁漂うものでは無い。まさに悪役と呼ぶべき不敵な笑みであった。

 

 

(くっくっくっ。何も言わないとは言ったけど、手を出さないとは言ってないぞ?ユキには悪いが、あんな怪獣みたいな魔物を飼われちゃたまらないんだよ。みんなの協力を仰ぐか、それともオレ1人でやるか。30階層に入る前までに結論を出すべきだけど・・・とにかくユキよりも速くケルベロス接触して確実に始末してみせる!多喰らいはユキだけで沢山なんだよ!!)

 

知られたら確実に夫婦喧嘩が勃発するような事を企むシュウ。帝都の住人や嫁の事を想っていない訳ではないのだが、今回ばかりは自分を優先しても許されるだろう。なにせ、食事の用意はシュウの担当。ユキだけでも大変だと言うのに、動物の食事までさせられるのはマズイ。肉体的にも食材的にも。

 

 

そんな夫の企みなど知らないはずのユキだったが、共に過ごした時間は合算で30数年。相手の考えている事くらいお見通しである。

 

(どうやって私を出し抜くか考えているんでしょうね。直前での競争となるとシュウ君には勝てない。だからと言って、すぐに行動してはみんなに抑え込まれる。警戒してるだろうし。となると・・・諦めたと思わせて、29階層からの全力疾走。ふっふっふっ・・・負けませんよ、旦那様?)

 

 

夫婦円満の秘訣。それは相手を思いやる心・・・だけではないのだろう。似たもの夫婦。この2人に言えるのはそれであった。

 

 

見えない所で互いに不敵な笑みを浮かべる1組の夫婦。この勝負の行く末や、如何に。

 

 

270話 踏み止まるべき一線2

 270話 踏み止まるべき一線2

 

 

振り向きざまにシュウから放たれた弾丸だが、ユキを狙ってのものではない。事実、ユキの顔から20センチ右側に逸れていた。態々反応せずとも良かったのである。しかしユキは反応してみせた。厳密には手を出してしまったのだが・・・。

 

銃弾を真っ二つに切り裂いたユキは、誇らしげに笑みを浮かべる。だがそれも長くは続かない。何故ならシュウもまた、笑みを浮かべていたのだから。こちらは不敵な笑みと表現するのが適切だろう。そのままユキは数秒見つめ続けるが、シュウの笑みが崩れる事は無い。

 

この時点で疑念を抱く。自分の対処に問題があったのではないか。斬ってはならない物だったのではないか・・・と。ありとあらゆる想像を巡らせ、ついに一つの結論に辿り着く。

 

眉根を寄せていたその表情が、ついには絶望を浮かべた表情へと変化したのだ。この段階で、シュウが口を開く。

 

「気付いた?」

「嘘・・・そんな・・・」

 

ユキは一体何に気付いたのか。当然の事ながら、シュウが自らを害そうなどと考えていたとは思っていない。ならば他に何があるというのだろう。

 

「完全に不意をついた一撃だったにも関わらず、しっかりと・・・ハッキリと見えただろ?」

「・・・・・。」

 

シュウの問いに、ユキは答える事が出来ない。いや、答えたくなかった。事実を認めたくなかったのだ。しかしこの場合、沈黙は答えているのと同義である。

 

冒険者の強さに関してはティナの方が詳しいはずだ。だからこそ聞くけど・・・どの程度なら反応出来ると思う?」

「・・・・・Aランク。」

 

聞く者によっては漠然とした問い掛けに、的確に答えるユキ。

 

 

そう。自身が反応出来た事は問題にならない。どれ程の者が反応出来るかが問題となるのだ。しかし、動揺するユキにはシュウの考える半分も理解出来ていない。

 

「ちなみに、ルークがこの銃を完成させたのが12歳の時。試し撃ちして、すぐに封印したよ。当然だよな・・・魔法の方が上なんだから。」

「で、でも!」

ライトノベル、だっけ?ユキは影響され過ぎだと思うよ?」

「どういう事?」

「この世界の生物は強い。地球で例えるなら、小学生がライオンやゾウの群れに素手で立ち向かえる位に。オマケに魔法まであるんだ。魔法の無い世界にありふれた武器じゃ、話にならないよ。」

 

シュウの説明は、かなり控えめである。実際にはゴジ○並の怪獣に、剣や槍で立ち向かう集団が多数いると思えばいいだろう。・・・勝てるかどうかは別として。ミサイルでも作れば別だろうが、大魔法を連発すれば同じ結果を齎す事が出来るはず。資源と労力の無駄なのだ。

 

銃の種類によっては音速へと到達する弾丸。走って追い付ける物では無いだろうが、驚くべき事に視認は出来る。体の一部分であれば、その速さに付いていく事も。マシンガンならば手に負えなくなるかもしれないが、そうなったら魔法で防げば良い。

 

遠距離からの狙撃に関しても、様々な方法で難なく対処してしまうだろう。そういう類の武器だと言っているのである。

 

 

「弱い魔物や大多数の人間には効果があるだろうけど、それをオレ達が持つ意味は無い。それにね?問題なのはそこじゃないんだ。」

「?」

「魔物に効かない武器は、何に使われると思う?」

「っ!?」

 

この時点で理解が追い付いたらしく、ユキが再び驚愕する。

 

「そう、魔物に使えなくても人には向けられる。Aランク以上の冒険者は少ないからね。戦争のあり方が一変するはずだ。いや、戦争に用いられなかったとしても、犯罪には使われる。魔法に適正の無い者達でも使えるんだから。」

「・・・・・。」

「法で縛るのも現実的じゃない。これもさっきの話に通じる部分があるんだけど、やはり王侯貴族の権力が邪魔をする。」

「なら、王制や貴族制を廃止すれば・・・」

「残念だけど、それは無理だろうね。」

「どうして!?」

「この世界には魔物が居るから。」

「え?」

「驚異となるのが人だけなら改革や革命が起きるだろうけど、結果的に魔物がそれを妨げる。革命によって多くの血が流れれば、臭いに釣られて魔物が集まる。そうなった時、先導する者や盾となる者がいないだろ?」

「革命で命を落としているから・・・」

「そう。国を挙げての戦争とは違って、革命は都市単位だ。起こる場所も良くなければ、人員に余裕も無い。そして人が強いのも良くない。結局は強者が権力を欲するだろうからね。別の王が生まれるだけだよ。」

 

 

戦争は総力戦ではない。第三勢力からの防衛を考慮し、国防にも戦力を割く。片や革命は総力戦。度重なる離反でも起こらなければ、圧勝とはならない。それ程の戦力が集まっていれば、気付いた相手が制圧に赴くのだから。

 

シュウが言うように、多くの血が流れる。そうなれば大量の魔物が押し寄せるのが、この世界の理なのだ。ルーク達の場合は戦争に勝った後、ついでに魔物も狩っていた。そうでなければ、今頃帝国地図から消え去っていただろう。まぁ、馬鹿みたいな極大魔法が放たれた場所へ近付く魔物も少ないのだが。

 

 

人の強さに幅があるのも問題だった。一時は落ち着いても、必ず強者が現れる。強者の周りには甘い汁を吸おうと人が集まり、やがては大きな勢力となるだろう。歴史は繰り返されるのだ。

 

 

「とにかく複雑な電子機器と違って、銃は再現出来る可能性が遥かに高いんだ。だからこそ、絶対に見られる訳にはいかない。この世界では、知らなければ作られたりしない。それが銃だと思うんだ。」

「そっかぁ・・・私は夢を自分の手で打ち砕いちゃったんだね。」

 

 

そう呟きながら空を見上げるユキの表情は、悲しげながらも何処かスッキリとしたものであった。

 

 

269話 踏み止まるべき一線1

 269話 踏み止まるべき一線1

 

かなり予想外ではあったが、何とかユキと合流したシュウ達はホッと胸を撫で下ろし・・・てはいなかった。

 

「お、おかしいのじゃ・・・」

「あの体の何処に入ってるんだよ・・・」

20までは数えたのですが・・・」

「「「化物!」」」

「・・・・・。」

 

尋常ならざるペースで吸い込まれるハンバーグに、竜王達が思わず声を揃える。ユキというかティナ専用に開発された、1500グラムの特性ハンバーグ。20個の時点で10キロもの肉塊が、ユキのお腹へと消えている。だと言うのに、ユキの見た目にはそれ程大きな変化が無い。まさに化物。

 

そんな竜王達のやり取りを、ナディアは無言で見つめている。見慣れた光景に呆れて言葉も出ない、とも言うのだが。

 

「こらユキ!肉だけじゃなく野菜もちゃんと食え!!」

「え〜?草は嫌よ・・・」

「そういう所はティナなのね・・・。」

 

ユキの言い草に、ボソリと呟いたのはフィーナ。全員を呼びに行ったソルトとブラスカにより、合流を果たして昼食を共にしている。とは言っても、フィーナ達が食べているのは予めルークが渡した食事。現在のシュウは、ユキと11で勝負している。他の者に食事を振る舞う余裕など無い。

 

弱火でじっくり焼かなければならないハンバーグという料理は、作り手が圧倒的に不利である。特大サイズともなれば、火の通りは悪い。生焼けが怖いのなら煮込めば良いと思うかもしれないが、スープの具材とは違って無理がある。・・・スープの具がハンバーグというのは斬新だろうか、などと考えるシュウであった。

 

 

 

ともあれ、ユキが満足するまでハンバーグを焼いたシュウは、後片付けをフィーナ達に任せてその場を離れる。その後ろにはユキの姿。みんなの居る場所から、およそ200メートル程離れた場所で立ち止まって振り返る。

 

「それで?何か聞きたい事があるんだろ?」

「うん。」

 

日本語で問い掛けたシュウに、ユキは短く答えながら頷く。示し合わせての事ではなく、何となくそう感じての行動であった。あまり聞かれたくないだけに、ダンジョンという場所を選んだのではないか。シュウはそう考えていたのである。

 

「不自然じゃないようにみんなで追い掛けたけど、一体何?」

「どうしてシュウ君は、文明を発展させないの?」

「・・・責任を取れないから、かな。」

「責任?」

 

便利になれば、人は喜ぶはず。ならば責任とは何を指すのだろう。それがわからなかったユキは、素直に問い掛ける。

 

「この世界にはさぁ、魔法があるだろ?勿論魔法が全てとは言わない。文明が発達すれば、それなりに人々の生活は向上する。けどそれは、デメリットも大きいんだよ。」

「デメリットって?」

「そうだなぁ・・・例えばユキは何を思い浮かべる?」

 

あまりにもスケールの大きい話に、どう例えるべきか悩んだシュウは質問に質問で返す。

 

「電化製品とか移動手段。それと・・・銃。」

「なるほど。なら聞くけど、電化製品に必要な物って?」

「それは・・・電気?」

「確かに電気は必要かな。それ以外には?」

「・・・・・専門知識?」

 

暫く考え込んで答えを絞り出す。ユキが悩んだ理由、それは必要な物の多さだろう。そんなユキの答えに、シュウは苦笑混じりに告げる。

 

「それも必要だけど、オレが言いたい事とは違うかな。」

「じゃあ、シュウ君の考える物って何?」

「電子部品。」

「・・・え?」

 

予想外の答えに、ユキは思考が追い付かない。当たり前過ぎて、すぐには思いつかなかったのだ。

 

「電子部品が出回るとさ、与える影響が大きいんだよね。」

「それは暮らしが豊かになるんだもの、影響は大きいよ。」

「違うよ。オレが言いたいのはマイナスの影響。」

「マイナス?」

「ユキは感じたことない?人の欲望ってさ、限りが無いんだよ?」

「それは・・・」

 

シュウの言いたい事が痛いほどわかる。だからこそユキは言い返せない。

 

「資質に左右される魔法とは違う。誰でも使えるんだ。そうなった時、欲深い者達はどうすると思う?」

「・・・・・。」

 

この世界では、権力の力が大きい。そして命の価値も地球とは異なる。そこから導き出される答えを、ユキは口にすることが出来なかった。だがシュウは違う。敢えて口にする。

 

「他者を排除し、奪ってでも手に入れようと考える。独占しようと目論む。ここはね、地球じゃないんだ。いや、過去の地球だと思えばいいのかな。生み出された技術は必ず悪用される。ハッキリと言えば、戦争に使われる。・・・通信装置も移動手段も。」

「それはルールを取り決めればいいでしょ!?」

「地球なら、ね。この世界の法は、万人に対して平等じゃない。時に王侯貴族がねじ伏せるだろ?自然に発展して生み出された物なら、受け入れるしかないと思う。でも持ち込むのは駄目だ。地球で魔法を使えるようになったらどう?いずれは対抗戦力によって鎮圧されるだろうけど、最初は馬鹿な事を考える者が現れると思わない?」

「それは・・・。」

「人目に触れれば、再現しようとする者が現れる。だからオレは作らない。いや、作ってはいけないんだ。」

 

ありとあらゆる知識を有するシュウが地球の発明品を作らなかった理由に、ユキはただただ沈黙するしかなかった。そんなユキに対し、シュウはさらなる予想外な言葉を口にする。

 

「それにさ・・・ユキは銃って言ったけど、それこそ銃は作るべきじゃないよ。」

「何で?」

「それはね・・・・・」

 

話の途中で歩き出すシュウ。後を追い掛けるでもなく佇むユキと、距離が10メートル程開いた時。突然シュウが振り返る。

 

 

ーーパンッ!

ーーキンッ!

 

 

乾いた破裂音と同時に鳴り響く金属音。そこには右手に拳銃を持つシュウと、抜き放った刀を掲げるユキの姿があった。

 

 

268話 合流

 268話 合流

 

 

魔拳の基本と応用を披露し、用は済んだとばかりに移動を再開するシュウ達。本来の予定であれば、アースによる偵察が済んでからのはずであった。しかし見渡す限りに広がる墓場に、その必要性を感じなかったのである。

 

進む程に強まる腐臭に、全員が耐えかねたというのも大きいだろう。風を自在に操るエアであっても、階層いっぱいに広がる臭いには対処出来ない。クサイ部屋の中で囲いを作った所で、既に手遅れである。

 

 

 

かつてない速度で飛ぶエアのお陰で、あっという間に21階層へと辿り着く一行。

 

「・・・今度は森じゃな。」

「じゃあ、早速様子を見て来るか。」

「待ってくれ。」

 

割り当てられた仕事をこなそうとするアースをシュウが呼び止める。

 

「何だ?」

「偵察は必要無い。」

「どういう事じゃ?」

「ここは見通しが悪いだろ?見付けられるかどうかは運の要素が大きい。だったら無理に探して合流しようとするよりも、先を急いだ方がいいはずだ。・・・魔物も狩り尽くされてるだろうし。」

「目的地はわかっていますからね・・・。」

「あぁ。それにもし追い越したとしても、オレだけがケルベロスの前で待っていればいいしな。」

 

シュウとは違って、ナディア達の目的地はもっと先にある。ならば、シュウに合わせて移動する理由は無い。何時現れるかもわからないユキを、一緒に待つのは時間の無駄だろう。

 

全員がシュウの意図を理解して頷き、すぐさまエアが飛び立つ。しかしその速度は今までよりもずっと遅いものだった。

 

見付けられるかわからないからといって、全く見ない訳にもいかない。全員が観察出来るよう、ゆっくりと飛ぶことにしたのである。そんなシュウ達の努力は、24階層で報われる事となった。

 

最初に気付いたのはエア。本来の姿の為か、その場の誰よりも感覚が鋭かった。

 

「この先・・・集団で移動する物音がするのじゃ。」

「集団?ならフィーナ達ね!このまま合流しましょう!!」

「いや、一旦追い抜いて24階層の出口で待とう。」

「何でよ?」

「今のエアが近付いたら警戒するだろ?」

「出口に降りても警戒するんじゃない?」

「それならそれでいいさ。奥に向かう以上、誰かしら偵察に来るだろ?」

「それはまぁ・・・そうね。」

 

シュウとナディアが言うように、エアの存在に気付けば警戒するだろう。しかし接触の仕方によって相手の対応は変わってくる。突然接近すれば身を潜めるはず。無理に近付こうとすれば、バラバラに逃げるかもしれない。それでは呼び集めるのに時間が掛かる。

 

一方でシュウが言うように、出口で待ち構えても警戒はされるだろう。しかし状況を確認せずに引き返すような真似はしない。彼女達の目的地はその先なのだから、どうにか進もうとするはずなのだ。

 

 

ナディアも納得した事で、エアは一気に出口へと向かう。そのまま出口の眼の前へと降り立つと、シュウは徐に料理をし始めた。昼食にはまだ早いのだが、決まった時刻に食事を摂れないのが冒険者。誰も文句を言ったりはしない。場合によっては食事抜きもあり得るのだから、食えるだけマシだろう。

 

直にフィーナ達も合流する事を考えると、人数分の調理には時間が掛かる。積もる話もあるだろうし、しっかりした食事でも構わないはず。そう考えたシュウは、肉をメインに調理する。

 

 

まずはナディア達に昼食を振る舞い、続けてフィーナ達の分へと取り掛かるシュウ。しかしその表情は険しい。

 

「流石にここから追加で冒険者20人分のハンバーグはキツイな・・・。」

「おかわりなのじゃ!」

「私もお願いします!」

「・・・・・。」

 

エアとアクアが元気良く、アースは無言で空いた皿を差し出す。

 

「やかましいわ!そもそも食い過ぎだろ!!野菜を食え、野菜を!」

「このはんばーぐ?とやらが美味過ぎるのがいかんのじゃ!」

「早くしろ!」

「よ、ヨダレが・・・」

「・・・・・。」

 

この3人、既に200グラムのハンバーグを各々10個平らげている。・・・ハンバーグだけを。

 

未だ収まる事を知らない食欲に、シュウは思わず声を荒げる。しかしそんな事はお構いなしに、おかわりを催促する竜王達。ナディアはそれを冷ややかな目で眺めていた。

 

シュウが文句を言うのも無理はない。そもそも、5人で1ヶ月分の食材しか持参していないのだ。しかも普段の食事量を把握していた為、その2割増しで。見通しが甘いと言われればそれまでなのだが、それでも肉をこれ程消費するとは思わなかった。だからこそ言わずにはいられない。野菜を食え、と。

 

 

賑やかなシュウ達は警戒心を解いていた。だからこそ、接近する人影に気付く事が出来ない。まぁ、相手に敵意があれば気付くのだが。

 

ーーガサガサ!

 

「「「「「っ!?」」」」」

草木が揺れる音に、騒いでいたシュウ達が一斉に顔を向ける。

 

「ルークのお肉の香りがする!」

「焼けたルーク肉の匂いだ!」

「言い方を考えろ!って、ソルトにブラスカ!?」

 

思わずツッコんだシュウだったが、相手の姿を確認して驚きの声を上げる。

 

「シュウ君!とりあえずハンバーグ!!」

「とりあえずビールみたいに言うな!って・・・」

「「「「「ユキ!?」」」」」

 

 

全く無警戒だった出口からの呼び掛けに、シュウ達が一斉に振り向く。まさか次の階層から戻って来ようとは、一体誰が予想出来ただろう。しかも、ハンバーグの匂いに釣られて・・・。

 

 

267話 魔力操作の先5

 

267話 魔力操作の先5

 

 

朝食を済ませ、一気に16階層へと進んだシュウ達。彼らが立ち止まったのは、アースに斥候を任せる為だけでは無かった。

 

「墓場ね・・・。」

「墓場じゃな・・・。」

 

眼前いっぱいに広がるのは、不規則に並んだ墓。とても絶景とは呼べないが、これはこれで圧倒されるものがある。

 

「此処には魔物が居るようですが・・・どうします?」

「ちょっとアクア!私は嫌よ!!」

 

魔拳の練習をするのか尋ねるアクアに対し、ナディアは当然拒絶する。アクアも出来れば御免被る。そう思っての問い掛けであった。そう、ゾンビやグールの相手は嫌なのだ。臭いのである。

 

「まぁ、オレも鬼じゃないからな・・・。ああいった相手の対処を軽く見せて、さっさと抜けようか?」

「「「「対処?」」」」

「あぁ。今後ナディアが単独でアンデッドの大群と戦う機会もあるだろ?」

「・・・あるじゃろうな。」

「そんな時、魔弾だけじゃ流石に厳しい訳だ。・・・いざとなったら魔拳を使うだろうけど。」

 

シュウの説明に、全員が揃って頷く。多少とは言え、魔弾は圧縮した魔力を放たなければならない。魔法よりも効率の悪いそれは、魔力の枯渇に陥るのも早いのだ。とは言っても、それは直接触れたくないという注釈が付く。我慢出来ればどうとでもなる話。

 

しかし獣人であるナディアにとって、それが何よりも辛い。腐臭というのは、そうそう耐えられるものではない。それは竜王達にも同じである。

 

「魔力は霧散・・・拡散する性質があるって言ったよな?それは魔拳においても言える事なんだ。」

「え?いえ、でも魔拳は・・・。」

 

魔拳を使えるようになったナディアが、思わず異を唱えようとする。だが自分は少し齧った程度なのだと思い直し、すぐに口を噤んだ。

 

「魔拳は魔力を圧縮していないだけなんだよ。拡散していなければ、拳大に穴が空くはずだろ?」

「そう言われるとそうね・・・。」

 

圧縮した魔力の塊を放つのが魔弾。圧縮していない魔力を放つのが魔拳。本来であれば、魔力の進み方は同じになるはず。しかし齎される現象が異なるのだから、ナディアも納得である。

 

「これは対象となる物の強度に左右されるから一見したらわかり難いんだけど、凄く硬い物を殴ってみるとわかると思う。けどまぁ、今は置いとこう。で、ああいった触りたくないモノが相手の場合なんだけど・・・積極的に拡散させるつもりで魔力を放つんだ。こんな風に!」

 

そう説明すると、シュウは少し離れた位置に居るゾンビの群れへと駆け出す。本気で移動しなかったのは、ナディアが見逃さないようにという気遣いから。見やすいようにと、ゾンビの横に並んでゆっくりと裏拳を放つ。

 

ーーボンッ!

 

「「「「はぁ!?」」」」

 

ゾンビの全身が粉々になって吹き飛んだ光景に、全員が驚きの声を上げる。とてもではないが、それ程の威力があるとは思えない一撃だったのだ。尚も固まる4人に構う事無く、シュウは群がって来るゾンビの群れへ次々と攻撃を繰り出す。

 

ーーボンッ!ボンッ!ボンッ!ボンッ!

 

「「「「・・・・・。」」」」

 

腐った肉片が飛び散るという地獄のような光景に、誰も声を発する事が出来ない。いや、4人が驚いているのはそこではなかった。返り血というか、返り肉というか・・・とにかくシュウは一切浴びていないのだ。これは全ての衝撃を、前方のみへと変換している事を意味する。

 

即ち、殴った部分だけでなく全身隈なく吹き飛ばしているのだ。このような真似が出来るとは思っていなかったのか、すぐに事態を飲み込めずにいた。

 

 

50体以上のゾンビを吹き飛ばし、シュウはゆっくりした足取りで戻って来る。

 

「・・・ここまで出来るようになれば安心かな。」

「凄い威力ね・・・」

「いやいや、大分加減してるからね?実際には本気で拳を振るうんだ。威力は何倍にも跳ね上がるさ。」

「「「何倍・・・」」」」

「・・・・・。」

 

シュウの言葉にゴクリと息を呑むナディア、エア、アース。しかしアクアだけは様子が違っていた。驚いているのは同じだが、内容は異なるようだ。シュウが気付かない訳もなく、当然理由を尋ねる。

 

「どうしたんだ?」

「この技は・・・本当に恐ろしいですね。」

「「「?」」」

 

アクアが何を言っているのかわからず、シュウ以外が首を傾げる。

 

「気付きませんか?魔拳の真の恐ろしさに・・・」

「何の事じゃ?」

「単純に威力の高い打撃ではない、という事ですよ。」

「どういう事?」

「触れた部分から魔力を送り込むのです。つまり、普通に防御してはいけないんですよ。」

「「「あっ!」」」

 

アクアの言葉が理解出来たのか、ナディア達が叫ぶ。そう、触れてはいけないのだ。

 

「体だけではありません。使い手の実力次第では、向かってくる武器すらも破壊してしまえるのです。しかも先程の魔拳を見るに、ギリギリで躱すのも許されないでしょう。」

「は、反則なのじゃ・・・」

 

唖然とする4人に対し、ルークが静かに告げる。

 

「確かに強いんだけど、それなりに欠点はあるぞ?」

「・・・何です?」

「知られてしまえば、使い手が爆発的に増えるって事だ。必要なのは魔力操作だけだからな。魔力で相殺出来るから、相手と運次第では返り討ちにされる。」

 

相手が玉砕覚悟で全力の一撃を放った場合、自分が様子見の一撃だった場合が恐ろしい。

 

「対人戦では使えないって事ね?」

「あぁ。人目につかない場所で魔物相手に使うのはいいが、人が居る場所では絶対に使わないでくれ。まぁ、緊急時は仕方ないけどな。」

「わかったわ。」

 

 

シュウはこう言ったが、実は全てを語っている訳ではない。熟練度次第では、相手が込めた魔力量に合わせた一撃を放つ事が出来る。瞬時に判断し、キッチリ同量の魔力を込める技能が必要となるのだが、今のナディアにそれを求める事は出来ない。焦りは禁物である。

 

 

それなりに使いこなせるようになった段階で真実を告げ、魔拳同士の組手をする。対人戦闘用に神崎の技を伝授するのはそれからだろう。改めてそう思うシュウであった。