265話 魔力強化の先3
265話 魔力強化の先3
「・・・のぉ、ナディアの夫よ?」
「何だ?」
「お主の嫁が下等な魔物達からボコボコにされておるが・・・アレで良いのか?」
「いいんだよ。大体、未熟な状態で強敵相手に練習なんてしてみろ。怪我じゃ済まないぞ?」
「まぁ・・・確かにのぉ。」
エアが心配そうに見つめる先には、ゴブリンやコボルト達と殴り合うナディアの姿があった。いや、正確には一方的に殴られるナディアの姿が・・・。
話の流れから理解出来るだろうが、これは魔拳の練習風景である。とは言っても、普通に殴り合ったのではナディアの圧勝に終わってしまう。だからこそ、ルークは一つの条件を付けた。ナディアに許されたのは、相手に軽く触れる事のみ。つまり、倒す為には触れた箇所から魔力を送り込むしかない。
補足しておくが、別に段階をすっ飛ばした訳ではない。動かない的を相手にしての魔拳は、数十分程で出来るようになったのである。それ以上は地道な魔力操作の練習と、実践あるのみ。問題があるとすれば、魔拳初心者の模擬戦は相手がいない事だろうか。
「そんなにナディアが心配なら、エア達が練習相手になってもいいんだぞ?」
「「「無理(じゃ)!!」」」
ルークの提案に竜王達が即答する。当然だろう。ルークならば威力を自在にコントロール出来るが、今のナディアは違う。魔力操作の練習経験すら無いのだから、細かいコントロールは不可能なのだ。即ち、繰り出されるのは『ほぼ全力』の魔拳。
如何に頑丈な竜王と言えど、全力で放たれる魔拳を受けて無傷とはいかない。誰が好き好んでサンドバッグになると言うのか。
ちなみにルークは隠しているが、魔拳は魔拳で相殺する事が出来る。今のルークならばナディアの魔拳に合わせた模擬戦は出来るのだが、それをやると今度はナディアが無事では済まない。動く相手に魔拳を自在に繰り出せない現状では、ナディアの魔拳が不発だった場合が恐ろしい。
魔拳に意識を持って行かれるせいで、防御が疎かになる。ムキになって反撃しても、闇雲の一撃は当然不発。結果、ナディアは遥か格下の相手から殴られ放題という訳だ。一応魔力による身体強化のお陰で大したダメージは無いのだが。そんなナディアを見守りながら、竜王達が思い思いの感想を口にする。
「しかし魔拳ってのは、ナディアにとってはうってつけの技だな。」
「そうですね。威力を高められれば防御にも使えます。」
「多分魔法も防げるんじゃないか?」
「そうかもしれませんね。」
「どうなのじゃ?」
アースの思い付きを聞いていたエアがルークへと尋ねる。
「理論上は可能だと思うが・・・オレも試した事は無いな。」
「そうなのか?」
「あぁ。オレは魔法も使えるからな。」
「それもそうか・・・。」
魔法も使えるという答えに、全員が納得する。魔法が使えるのであれば、魔法で対抗した方が確実だと理解したのだ。その辺は、いずれナディアが検証する事だろう。
「それはそうと、ここでのんびりしていて大丈夫なのか?」
「ん?あぁ、問題無い。まだ時間はあると思うし、いざとなったら先行させて貰うから。」
「我々も、最悪の場合は飛んで行けば良いですからね。」
「いや、時間があるって根拠を聞きたいんだが・・・。」
「根拠か・・・此処ってさ、ゴブリンとコボルトしかいないだろ?」
「「「?」」」
ルークの言っている意味が理解出来ず、竜王達は首を傾げた。ゴブリンとコボルトしかいないのは、誰が見てもわかる。それが何だと言う話なのだ。
「いや、だからさ、ゴブリンとコボルトって食えないだろ?」
「「「・・・え?」」」
「食える魔物の居る階層なら、ユキは根こそぎ討伐するに決まってるんだよ。」
「「「・・・は?」」」
ルークの言い分が理解出来ない。いや、理解の追い付かない竜王達が呆気に取られる。そんな決まりは知らないのだ。この反応はやむを得ないだろう。
「逆に言えば、ナディアの訓練は食えない魔物が出る階層のみって事だ。後々しわ寄せが来るとしても、この機会を逃す訳には行かないんだよ。」
「そうか!」
「外は危険と言う訳じゃな?」
「確かに・・・。」
今では見分けのつかない、強いゴブリンと弱いゴブリンの混在する世界。そこで訓練するには、流石に無理がある。そう気付いた竜王達が納得したように頷く。しかし、ルークが考えているのはそれだけではなかった。
(それもあるけど、一番は他の者に知られたくないって事なんだよな。せめてナディアでも使えそうな神崎の技を教えるまでは・・・。)
ルークが危惧しているのは、ナディアの対人戦闘における決め手の無さ。元Sランク冒険者のナディアではあるが、それは魔物相手の実績。それなりに対人戦闘の経験はあるのだが、あくまで獣人の身体能力で圧倒しての事。
直近ではアスコットに手も足も出ずに負けていたし、今後の事を思えば不安でしかない。すぐに駆け付ける事の出来る他の嫁達とは違って、ナディアは竜王達と別行動を取っているのだ。
出来る限り妻の力になろうとする健気な夫は、今なおボコられ続ける妻の姿を見つめるのであった。
「・・・不器用過ぎじゃね!?」