255話 SSS級クエスト6
255話 SSS級クエスト6
黒狼族が逃げ込んで来た理由はわかった。だがそれだけである。いや、そこまでわかれば後の事は容易に推測出来る。
「つまり、逃げて来た黒狼族がギルドにやって来て、女性職員達に手を出したと?」
「そうだ。集まっていた冒険者や職員の男共を軒並み惨殺。そして女性達に対して・・・。」
「レクターと言ったな。お前の衣服がボロボロなのは?」
「黒狼族に痛めつけられた結果さ。オレはずっと壁に磔られ、拷問されていた。」
ギルドマスターの言う光景を想像し、誰もが眉を顰めつつも首を傾げる。ならば何故、衣服だけがボロボロなのかと。そして、こういった現場を幾度となく経験していたフィーナが問い掛ける。
「傷はどうしたの?」
「助けられた後、癒やして貰った。」
「誰に?」
「黒髪黒瞳の美女、ユキ・カンザキと名乗る新人冒険者だ。」
「「「「「・・・・・。」」」」」
予想通りの展開に、誰もが静かに続く言葉を待つ。このギルドにて、一体何が起きたのか。女性達の意識が戻らないのを一瞥し、レクターが静かに語り始めた。
ユキがアームルグ獣王国へと転移する少し前。突如として事件は起こる。
この日も相変わらず、昼夜を問わず賑わいを見せる冒険者ギルド。その理由は、ダンジョン利用者の数が爆発的に増えた事にあった。
大陸中に広がったスタンピードにより、王都から出る事の出来なくなった冒険者達。じっとしていられない彼らが取った行動、それは複数のパーティが協力してダンジョンに向かうというもの。
スタンピード以降、転移出来なくなったダンジョンだが、それは前回ルーク達が潜入した時と状況が異なる。何故なら、難易度に変化が無かったのだ。つまり50階に足を踏み入れなければ、この世界にありふれた実力の冒険者でもそれなりに何とかなる。ギルド側は許可を出す際、その点だけは徹底するよう注意を促していた。
ただでさえ慌ただしいギルド。そこに突如として舞い込んだのは、誰もが耳を疑うような情報であった。それはとある冒険者パーティによって齎された。
「ダンジョンで黒狼族に冒険者達が襲われた!」
「本当ですかっ!?」
「ギルマスに報告して来て!」
この情報に、ギルド職員達が迅速に行動を開始する。報せを受けたレクターが冒険者から聞き取りを行い、すぐに対策を打ち出す。
・この時よりダンジョンは立ち入り禁止
・戻って来た冒険者の人数をある程度確保出来た時点で、黒狼族討伐クエスト発注
この決定は、国王の下にも届けられた。だがこの時、王国軍は王都の防衛にあたっており、ギルド側への協力は難しかった。それでも何とか精鋭部隊を送り、数日後には黒狼族討伐という特別クエストが実行へと移される。
それから数日が経過するも、部隊が戻る事は無かった。何故なら100人を超える討伐部隊は見事、返り討ちにあっていたのだから。そして事態は最悪の方向へと動きだす。
「黒狼族がダンジョンから出て来た!」
「ギルドへ向かっているぞ!!」
ダンジョン近くを警戒していた冒険者により、ギルドへと一報が齎される。職員からギルドマスターへ。当然の行動だった。これ以上ない程、迅速な行動。しかしそれは、ギルドに残っていた職員にとっては悪手となる。
何故ならば、黒狼族は獣人の中で最も身体能力に優れた種族。冒険者達がギルドへと報告に走るよりも、圧倒的に速いのである。それでも冒険者達が報告出来たのは、黒狼族が目障りな冒険者達を一掃していたからに他ならない。
黒狼族がダンジョンを脱出して来た理由。それは紛れもなく、敵対した者達に対する報復行動であった。実力者は全員ダンジョンへと向かっている。にも関わらず、黒狼族がダンジョンから戻って来た。その意味を悟り、レクターが避難を呼び掛けようとするも・・・。
あとの事は、想像するまでもないだろう。ギルドを襲撃して来た黒狼族によって、悪逆の限りが尽くされる。自分達の討伐を決めたギルドに対し、黒狼族は徹底して報復を行っていた。男には拷問、女には暴行。
ギルド内の者、ギルドの外に立ち尽くす冒険者。誰もが絶望にうちひしがれる中、事態は予想だにしない方向へと動き出す。
「「「「「えっ?」」」」」
間抜けな声を上げたのは、固唾を呑んでギルドの出入り口を見守っていた全ての者達。絶えず悲鳴の聞こえて来るギルドに、軽い足取りで進む女性の姿が写り込んで来たのだ。
気付いた時には後ろ姿しか確認出来ないのだが、見た事もない長い黒髪。誰にも呼び止められぬまま、黒髪の女性はギルドへと足を踏み入れる。まるで買い物にでも訪れたかのようだったと、後に目撃者は語る。
しかしその時。何が起こったのか理解出来ない者達は、口を開けて眺めるだけであった。僅か十数分後、その光景は再び繰り返されるのだが、その時は少し様子が違っていた。現れた美女に、見惚れる事しか出来なかったのだから。