298話 ルークの本心
298話 ルークの本心
翌朝、ルークは執務机に向かっていた。普段はスフィアに任せきりの仕事だが、流石に今日ばかりは自分がやるしかない。彼女は5日も寝ていなかったのだから、そう簡単には目覚めないだろうとの考えからだ。
そんなルークの下に、困り顔のカレンが訪れる。
「ルーク、少しよろしいですか?」
「ん?何?」
驚異的な速度で書類を処理している為、ルークは顔も上げずに聞き返す。
「ルビアさんから迎えに来るよう催促があったのですが・・・」
「ダメだって言っといて。」
「・・・・・。」
ハッキリと拒絶したルークに、カレンは何も言い返さず立ち尽くす。納得していないのだと悟り、ルークは手を止めて顔を上げる。
「・・・何?」
「理由を説明して頂けますか?」
「私的な時間ならともかく、ルビアは部下達の前で歯向かったんだ。見逃す訳にはいかない。」
「私が聞いているのは建前ではありませんよ?」
明らかに室内の空気が変わったのを感じ取り、ルークは仕方なく理由を説明する事にした。
「・・・はぁ。ここだけの話にしてくれよ?」
「わかりました。」
「今回の一件、リノア達の誘拐だけで終わらないからだ。」
「え?」
「オレが出した命令によって、相手は窮地に立たされる。そうなると、今度はオレ達の暗殺を企てる。命令を出したヤツを殺すのが手っ取り早いからな。」
「そう、なのでしょうね。・・・オレ達?」
「あぁ。」
「ルークだけではないのですか?」
皇帝の命令、そう昨夜の内に通達されている。だと言うのにルークだけではないと言う。カレンにはその理由がわからなかった。
「普段からオレが仕事してるなら相手も信じるさ。でも実際は違う。スフィアとルビア、あとはユーナに任せっきりだろ?だからオレだけを始末すればいいとは思わない。実際は3人の誰かが考えた案かもしれないと思うはずだ。」
「あぁ・・・なるほど。」
つまりは、お飾りの皇帝を亡き者としても、今出されている命令が撤回される保証は無い。そう考える可能性が高いのである。
「暗殺の順番を考えるなら、オレが1番最後って可能性もある。四六時中カレンが警護にあたる訳にもいかないだろ?」
「1人ならば構いませんが、3人となると難しいですね・・・。」
「スフィアにはセラとシェリーが貼り付いてる。問題なのはユーナとルビアだ。そうなると、確実に守れそうなのはどっちだ?」
「・・・ユーナでしょうね。」
獣人には珍しく、ルビアは魔法主体で戦う。しかし城内で魔法をぶっ放す訳にはいかない。一方のユーナはと言うと、ダークエルフとあって直接的な戦闘が得意である。背後からの不意打ちとなると、魔法使いよりも戦士系の対応力が優れているのは言うまでもない。しかも実力は圧倒的にユーナが上。
仮に後手に回った場合でも、生き残る可能性が高いのは間違いなくユーナである。
「スフィアは真っ先に狙われるから、下手に目の届かない場所には置けない。ユーナの故郷は辺境過ぎて、暗殺者よりも魔物が怖い。つまり実家に帰すって点でも、ルビア1択なんだよ。」
「不在となれば最も狙い易いのはスフィアですね。気配や匂いに敏感な獣人達を相手に暗殺は難しいでしょうから、ルビアさんは祖国に居た方が安全。確かにルークの言う通りですか・・・。」
顎に手を当てながら、何やら納得した様子のカレン。そしてルークは上手く丸め込めたと、内心ほくそ笑むのだった。
「納得した?」
「はい。時間を取らせてすみませんでした。」
礼を言って、足早に立ち去るカレン。扉が閉まり、1人きりになった事で息を吐く。
「・・・ふぅ。相手がカレンで助かったよ。全部本心だけど、おそらくティナには勘繰られるだろうからな。」
嘘偽り無い本心だけを打ち明けたのだが、それが全てではない。ルークの狙いを知った上で、完璧な演技が出来るのはエミリアだけだろう。だからこそルークは、誰にも悟られないよう立ち回る必要がある。
「オレの女に手を出そうとしたんだ。誰だか知らんが、絶対に容赦しない。リノア達は大変だろうが、暫く我慢してもらおう。まぁ事前に準備は済ませてあったし、4人一緒だから案外楽しくやってるか?・・・それにしても、みんな相当動転してるな。ちょっと考えればリノア達の無事はわかるはずなんだが・・・リノアに気を取られ過ぎか?」
ルークが呟いたように、リノア達の無事は少し考えればわかる。彼女達に手出し出来る者は、皆無と言えるのだが・・・その事実に至っているのはルークだけ。世界一の美女と呼ばれるリノアのネームバリューに、誰もが気を取られて気付いていないのである。
一体誰を誘拐したのかという事に・・・。