309話 侵攻作戦2
309話 侵攻作戦2
とりあえず魔法を使って衣服と髪を乾かし、ルークは気を取り直してカレンと向き合った。本来であれば真っ先にユーナへと質問を投げ掛けるのだが、戻るのに時間の掛かった理由を尋ねておこうと考えたのだ。
「思ってたより遅かったけど、向こうで何かあったのか?」
「皆さんに事情を説明していたのですよ。」
「そうか・・・で、説明したのにスフィアが来ない理由は?」
「来ても力になれないから、との事でした。」
「まぁ、戦争は得意じゃないだろうからな。」
スフィアは戦争を回避する事には長けているが、荒事には疎い。ボードゲームが強いからと言って、実際に戦場で指揮をとっても勝てるとは限らない。実際に戦う人間は駒と違って感情を持つ。戦意を喪失すれば逃げ出す事もあるのだから、軍略が全てではない。
「それもあるのですが・・・」
「ん?他にも理由があるって事か?」
「えぇ。どうやらエレナの教えによって、実力をつける事が楽しいらしく・・・」
「あぁ・・・夢中になってるわけか。」
「はい。」
スポーツや勉強と同じで、出来るようになるのが楽しいのだろう。まぁ、危険が無いなら好きにさせておこう。
「スフィアの事は皆に任せておけば大丈夫だろう。今はそれよりもリノア達だ。まだ余裕はあるはずだけど、あまり長いと暇を持て余すと思うし。」
「それよりも、長期に渡って攫われたままというのは外聞が悪いです。」
「外聞?」
「貴族や王族の子女が拐かされると言うのは、本来であれば大問題なのです。正室候補のリノアさんに至っては、その資格を問われるでしょう。」
「リノア達の安全や潔白ならオレが保証するけど?」
「いいえ、どのような扱いだったかは問題ではありません。攫われたという事実が攻撃材料となるのです。」
ユーナの説明を受け、ルークは認識の齟齬があった事に気付く。だがカレンは気付かなかったらしく、ユーナに質問する。
「救出に時間の掛かったルークが責められるというのですか?」
「違います。皇帝の資質を問われるのではなく、后の資質を問われるという意味です。」
「・・・后?」
「不貞という表現は適切じゃないけど、跡取りを産むのに相応しくないって意味だよ。」
「あぁ、そういう意味でしたか。ではクレアさんとエミリアさんも?」
「そうなると思います。寧ろスフィア様はそれが狙いだったのではないか、と・・・」
「それは黒幕の正体によるだろうから、今は置いておこう。」
ユーナの、というかスフィアの憶測を遮って話題を変えようとしたルーク。その考えも頭の片隅にあったのだが、言い出したらキリがない。
純粋に正室や側室候補を引きずり落とし、そのポジションに取って代わろうとする者。皇帝の妻を通じて利益を得ようとする者。皇帝の妻に相応しくない者達への攻撃を足がかりに、皇帝へ反旗を翻そうと企てる者。考えだしたらキリがないのだ。
そのどれもが無意味に終わるのだが、それを知るのはルークとスフィアのみ。時期皇帝候補も知る所ではあるが、彼女は無関係だろう。何もしなくともその椅子が用意されているのだから、下手な事をする必要は無い。
「これから学園都市を攻撃するけど、ユーナに要望があれば聞いておきたい。」
「その前に・・・姉や学園に勤務する職員達の処遇を教えて頂けますか?」
「学園にオレが直接手を下す事は無いよ。と言うか、学園都市の者達を攻撃するつもりは無いから。」
「それは・・・どういう意味でしょうか?」
学園都市を攻撃すると言うのに、都市に居る者達を攻撃するつもりは無い。そう言われても理解出来るはずもなく、ユーナは首を傾げる。よく見ると、カレンも同じように首を傾げていた。
「今回、オレが直接手を下すつもりは無いんだ。」
「では、どのようにして攻めるおつもりなのです?」
「オレがするのは防壁の破壊だけだよ。」
「防壁?それに何の意味が・・・?」
「防壁が無くなれば、あとは魔物が勝手に滅ぼしてくれるだろ?」
「「っ!?」」
ルークがしようとしているのは、最も残酷な方法。人が攻めるのであれば、人の意思により停戦も終戦も可能となる。何より、生かすも殺すも人次第。だが魔物が相手となれば、その行動を統べる事は難しい。
とは言うものの、自由自在に操れる訳ではないので、魔物が思い通りに攻め込む確証は無い。それでも、いつ襲われるかわからない不安と恐怖により、人々が追い込まれて行くのは確実だろう。
それにどうしても民に犠牲を出したくなければ、帝国へ受け入れるという選択肢もある。
あるのだが――
「事前に通告して来たけど、交渉には一切応じない。降伏も受け入れなければ、亡命も受け入れない。」
「残酷だとか非道だとか、好き勝手に言う者が現れる事になりますけど・・・」
「好きに言わせておけばいいさ。今回、オレは本気で怒ってるんでな。それを踏まえた上で、慎重に答えろよ?・・・要望はあるか?」
普段は見せる事のない怒気を込めた視線を向けられ、ユーナは激しく動揺する。ここで選択を間違える訳にはいかない。そう感じたのだ。
「がくえ・・・姉の命だけはお助け頂きたい、です。」
ユーナは学園内の者達と言い掛け、すぐに取りやめた。そしてこの判断は正しい。何故ならルークは、学園内の者達全員を助けろと言われたら断るつもりだった。少なくとも学園内には協力者が居る。そうである以上、全員を助ける事は出来ない。よって、出来ない約束をするつもりはなかった。
「わかった。呼び出して悪かったな。じゃあ、カレン。悪いんだけど、ユーナを送って行って欲しい。」
「わかりました。」
了承し、そのまま転移するカレンとユーナ。エリド村の入り口に辿り着き、他の者達と合流すべく歩き出すカレン。しかし立ち止まったままのユーナに、カレンが振り返って声を掛ける。
「あれが神の怒りです。」
「神の・・・」
「締まらない格好でしたけどね。」
「・・・・・。」
ユーナを和ませようと冗談を言うカレンだったが、ユーナの表情は険しいまま。多くの知人が巻き込まれようとしているのだから、仕方のない事だろう。
どう励ますべきかわからないカレンは嫁達の協力を仰ぐべく、さっさと歩き出すのであった。