297話 対策
297話 対策
自身の執務室に戻ったルークは、食事を続けるフィーナ達の視線を浴びる。何やら険しい表情のルークに誰もが尻込みする中、仕方なく声を掛けたのはティナであった。口いっぱいに料理を詰め込んで。
「んーん、んんんふぁっふぁふぉふぇふふぁ?」
「「「「「はぁ?」」」」」
『ルーク、なにがあったのですか?』そう言ったのだが、当然何を言っているのか理解出来る訳がない。しかしルークは別である。
「・・・リノア達が誘拐されたそうだ。」
「「「「「はぁ!?」」」」」
今度は何を言っているのか聞き取れた。しかし意味がわからない。だからこそ、全員そろって声を上げたのである。そしてルークが説明してくれる。そう思いティナまでが手と口を止めるも、一向に口を開く気配が無い。
そうこうしている内に、突然室内にカレンが現れた。
「ご苦労さん。で、悪いんだけど、詳しく説明してくれるかな?」
「えぇ、そうですね。あれは5日前の事――」
カレンの説明は、大した内容ではない。というのも、カレン自身も良くわかっていないのだ。いつものように迎えの連絡を待つカレンだったが、待てど暮せどリノア達からの呼び出しは無い。不審に思ったカレンが通信の魔道具で連絡を試みるも、リノア達からの反応は無かった。
暫く待ってみるも状況は変わらず、痺れを切らしたカレンは学園内に突入する。手当り次第に捜索し、学生達に声を掛けるのだが、誰も行き先を知らなかった。最悪の事態を想定し、スフィアに連絡して捜索を続けたのだが、何の手掛かりも無いまま現在に至る。
カレンの説明が終わると、不意にフィーナが立ち上がる。
「みんな、探しに行くわよ!手を貸して頂戴!!」
「ちょっと待て!」
一刻も早く探し出さなければ。そう思ってエレナ達の協力を仰ぐフィーナに、ルークが待ったをかける。
「何よ!?」
「一体何処を探すつもりだ?」
「それは・・・」
「学園はカレンが探した。帝都はスフィアが探している。他に心当たりでもあるのか?」
「・・・・・。」
心当たりがあるのか。そう聞かれて答えられるのは、誘拐犯だけだろう。全く無関係のフィーナは、何も答える事が出来なかった。そんなルークとフィーナのやり取りに、エレナが口を挟む。
「随分と落ち着いているようだけど、何か手はあるのかしら?」
「とりあえず打てる手は打った。」
そう告げると、自身の下した命令を説明して行く。しかし内容を聞くも、何処に解決の糸口があるのか理解出来た者はいない。
「それでどうやって解決するのよ?」
「八つ当たりにしか聞こえないんだけど・・・」
真っ先に苦言を呈したのは、ナディアとフィーナ。犯人がわからないから、無差別に報復しているようにしか思えない。他に被害者を出さないように、という側面があるような気もする。だが解決策には程遠いとしか言えなかった。しかしルークの考えは違う。
「今、帝国が取引を停止するとどうなる?」
「どうって・・・」
「飢餓に苦しむ者が増えるでしょうね。」
「「「「「っ!?」」」」」
食料に敏感なティナが答える。肉はティナ達が、野菜は帝国の地下農場が。そのほとんどを帝国に依存しきっているのだ。今現在、各国が地下農場の作製を進めている。しかし今作ったからと言って、すぐに収穫出来る訳ではない。
正確には、魔法によって2〜3日で収穫出来る野菜を大量に栽培しているのだが、後発国はその規模があまりにも小さいのだ。充分な収穫量があるのは、事前に地下農場作りに取り組んでいた帝国、カイル王国、そしてドワーフ国だけである。
肉に至っては更にヒドイ。魔物被害に悩まされるこの世界では、酪農は極々一部なのだ。動物や魔物を狩るのが一般的。つまり現状、ティナ達の成果のみである。危険を顧みずに狩りを行う者達もいるのだが、その成果は言うまでもない。
そんな世界の食料事情を掌握する帝国が一切の取引を停止する。即ち、帝国以外の国が食糧難に苦しむ。だが問題はそれだけに留まらない。帝国内が潤沢な食料事情となれば、儲けを企む者が現れる。密輸である。
リノア達の捜索で手一杯な所に、新たな問題が現れるのだ。これを手っ取り早く解決する為、ルークは極刑を打ち出した。決して褒められたものではないのだが、国力の落ちた現状では強い皇帝であり続けなければならない。弱みを見せれば、そこにつけこまれるからだ。まぁ、数十万の兵を亡き者にした自身の責任なのだが。
さて、ここまで説明しても、ルークの意図は理解出来ないだろう。だからこそ、その真意はルークによって告げられる。
「初め、民衆の怒りは取引を停止した皇帝に向く。だがオレには大義名分がある。妻達を誘拐された、っていうね。そして取引は妻達が無事に戻って来るまで再開されないと知る。するとどうなる?」
「・・・犯人に向けられる?」
「そう。そして国内は虱潰しに捜索されている。国内に居ればそのうち見付かるだろう。でも見付からないとオレは思っている。つまり、犯人とリノア達は国外に居る。結果、帝国は手が出せないから、取引が再開される事は無い。」
「え?じゃあどうするのよ!?」
「どうもしないさ。ただ待つだけ。」
この時点で、勘の良い者達がルークの狙いに気付く。真っ先に辿り着いたのは、最も駆け引きに慣れているフィーナであった。
「そうか!?民衆による犯人探しが始まるのね!?」
「「「「「あっ!」」」」」
飢餓に苦しむ世界中の民達による、壮大な犯人探しである。この参加者は貧困層だけではない。富裕層、果ては貴族に至るまで。何故ならルークは数日後、懸賞金の発表を計画していたのだ。正確には金ではない。望むモノを与えようと言うのである。
「そして褒美は1人だけじゃない。見付けたグループ全員に与えるつもりだ。そうなると、犯人がどれだけの権力者であっても揉み消す事が出来なくなる。手下すら信じられなくなるだろうからな。」
「幾ら貴族でも、数百人規模の平民相手じゃ手間取るものね。しかも騒ぎになればもっと人が集まる。」
「だから時間の問題。」
「でも、スフィア達はどうして気付かなかったの?」
素人目に見ても上手く行きそうなルークの策。故にナディアは不思議でならない。政治のプロであるスフィアが思い至らなかった理由に。その予想外な理由も、ルークによって語られる。
「一時的にではあるけど、国の利益を損なうからだ。何より・・・優しいんだろうな。」
「優しい、ですか?」
「あぁ。今回の命令は、少なからず人が死ぬ。長引けば長引いただけな。それも無実の人間から。兵を死地に送り出すのとは訳が違う。良き国家元首だったスフィアに、そんな命令は出来ないのさ。」
「「「「「・・・・・。」」」」」
ルークとスフィアでは根本的な部分が違う。ルークは家族を守る為ならば、誰が何処でどうなろうと知った事ではない。ティナ達を守る為ならば、進んで世界を滅ぼすだろう。しかしスフィア達貴族は違う。
国を、家を守る為ならば家族の犠牲も厭わない。それが貴族というもの。産まれた時から貴族だったスフィアやルビアは、真っ先にそういう考え方をしてしまうのだ。
どちらが正しいとは言えない為、ルークがスフィア達を責める事はない。しかしそれが互いの関係に不和を齎す事になろうとも、自身の考えを改めるつもりはない。そう自分に言い聞かせるルークなのであった。