296話 誘拐
296話 誘拐
フィーナ達を驚かせたものの、無事に合流を果たしたシュウ達一行。そのままの足でダンジョンを出た後、すぐに帰宅――とはならなかった。エアとの約束を果たす必要があったからだ。
外での食料調達がままならない状況において、ダンジョンが使えないのは由々しき事態。しかしアクアとアースが留まっているせいで、全ての冒険者達がダンジョンから出ようと難易度は変わらない。そうなると、ダンジョンの利用を控えるのは然程問題にならなかった。オマケにダンジョンからはドラゴンが飛び出しているのだ。誰だって近付きたくない。
だがそのままでは獣王国の食料が不足する。事情説明と食料提供を兼ね、シュウ達は王城へと足を運んだ。冒険者ギルドへの説明をエレナ達に任せて。
ダンジョンを出たのは昼頃だったのだが、全てを終えてエレナ達と合流したのは、すっかり日が暮れてからであった。帰るのは翌朝にしようかと思ったのだが、シュウのしっかりとした料理を食べたいユキの要望で帰る事となる。
執務室へと転移した一行は、食堂へ向けて移動する。だが廊下へ足を踏み出してすぐ、普段との違いに気が付く。
「・・・何かしら?」
「随分と慌ただしいわね。」
遠くに居る使用人や兵士達の動きが慌ただしい事に気付き、フィーナとナディアが顔を合わせる。ただ事ではない様子に、今度は最後尾のルークとティナが顔を合わせる。
「ルーク。」
「あぁ、そうだな。オレが顔を出した方が良さそうだ。悪いけどみんなは、この部屋で食事を摂ってくれ。後で呼びに来るから。」
何やら慌ただしい状況で大人数が姿を現せば、さらなる混乱を招く。幸い皇帝の執務室は充分な広さがある為、全員が食事を摂るのは問題ない。床に座る事にはなるのだが。
ティナ達が食事の準備に取り掛かるのを見て、ルークは独り執務室を後にする。誰かに声を掛けようとするも、すぐ近くに人の姿は無い。そうなると、向かうのはスフィアの執務室である。すぐ目の前にあるのだから。
――コンコン
扉をノックするも、中からの返事は無い。と言うか、人の気配も感じられない。
「・・・いないな。執務室じゃないとなると会議室か?」
スフィアが食事や入浴するには早い時間とあって、ルークは次なる居場所を予想する。会議室は然程離れていない場所にある為、すぐさま歩き出す。
廊下を歩き、突き当りを曲がった先にある会議室へ近付いた時、突如大声が響き渡る。
「見付からないとはどういう事ですか!」
聞き覚えのある声に、ルークは思わず足を止める。
(スフィア?ここまで聞こえるって事は、かなり機嫌が悪いな。・・・戻るか?)
とばっちりが来ては堪らないと、思わず回れ右をしようとする。しかし、次なる叫び声に考えを改める。
「陛下が戻られる前に見付け出さねば、幾つ国が滅ぶかわからないのですよ!!」
聞き捨てならないセリフに、ルークは思わず呟く。
「・・・オレは何処の魔王だよ。それよりも、何か失くしたのか?」
顎に手を当て、失くなって他国を滅ぼすような持ち物を思い浮かべる。しかし、そんな物に心当たりは無い。自身の持ち物は、作り直せば済むような物ばかり。どれだけ考えてもわからないだろうとの結論に達し、聞くのがてっとり早いと再び歩き出した。
廊下を曲がり、会議室の前に立つ兵達と目が合う。
「へ、へへへ、陛下!?」
「邪魔するよ〜。」
あまりの驚きに硬直する兵達を尻目に、魔王様は軽い感じで扉に手を掛けた。勢い良く扉を開け放ち、中に居るスフィアに向かって声を掛ける。
――バンッ!
「オレが何を滅ぼすって?」
「「「「「っ!?」」」」」
「あぁ・・・」
話題の人物の突然の登場に、全員がもの凄い勢いで顔を向ける。1人だけ異なる反応を示したのがスフィア。力無く声を上げ、そのまま床に崩れ落ちる。そんなスフィアを一瞥し、ルークは室内を見渡した。
「大臣達だけじゃなく、主要な貴族まで勢揃いか・・・。さてスフィア、何があった?」
「・・・・・リノアさん達が行方不明となりました。」
スフィアが言葉を選んでいるのが手に取るようにわかり、ルークは敢えて聞き返す。
「行方不明?」
「・・・・・おそらく、誘拐されたものかと・・・」
「ふ〜ん、そうか・・・」
ルークの反応に、室内の温度が一気に下がる。他国の前に自国を滅ぼしかねないとあって、全員がガタガタと震え出した。このままではマズイと、唯一無事だったカレンが声を掛ける。
「ルーク!」
「少し黙っててくれるか?」
「・・・わかりました。」
怒気、或いは殺気が放たれると思っていたカレンだが、ルークが全くの平常心だった事で逆に言葉を呑む。普通ならば護衛役のカレンが激しく叱責されるはずなのだが、ルークは瞬時に状況を予測していた。
(リノア、達?って事は学園組だよな?カレンが1人も守れないとは考えられないから、カレンのいない場所。つまり学園内かその近辺での出来事。となると・・・誰の責任でもない、か)
全くの見当違いという可能性もあるのだが、ルークの予想は完璧であった。そもそも、わかっているのは行方不明となった事だけであり、誘拐もおそらくと言っている。つまり、事故とは考えにくいのだ。
どう対応すべきか考えつつ、ルークはスフィアに声を掛ける。
「とりあえず・・・スフィアは休め。ヒドイ顔だぞ?何日寝てないんだ?」
「・・・5日です。」
「そうか。シェリー!スフィアを部屋に連れて行ってくれ。」
「は、はい!」
崩れ落ちたままのスフィアを抱きかかえ、シェリーが会議室を後にする。その姿を見送った後、今度はセラに声を掛ける。
「セラは疲れてるとこ悪いが、スフィアを部屋から出さないようにしてくれ。」
「わかりました。」
シェリーを追い掛けるべく、足早に退出するセラ。会議室に静寂が戻ると、今度はルビアに声を掛ける。
「ルビア。これまでどんな対応をした?」
「え、えぇと、動かせるだけの兵を動員し、秘密裏に捜索を続けている最中よ。」
「秘密裏?公表してないのか?」
ルークの眉間に皺が寄った事で、再び緊張が走る。
「・・・えぇ。」
「そうか。」
永遠とも思える沈黙に、誰もが固唾を呑む。そして僅か数秒後、ルークは驚きの方針を打ち出した。
「なら、現在わかっている情報を全世界に公表。同時に、他国との取引を一切停止する!」
「「「「「なっ!?」」」」」
「地下通路の出入り口で検問も実施するように!徹底的にだ!!非協力的な者、罪を犯した者はその場で斬首しろ!!!」
「そ、そんな事をすれば、世界中から非難を浴びるわ!」
ルークの決定に噛み付くルビア。だがルークの決意は硬い。
「それがどうした?」
「なっ!?」
「他に反論のある者は居るか?・・・なら解散!帰って休め!!」
「ちょ、ちょっと!」
納得のいかないルビアがルークに詰め寄る。そんなルビアから視線を外し、ルークはユーナに視線を向けた。
「ユーナ、今日中に出来るな?」
「はい。」
「なら任せる。」
ユーナが頷いたのを確認し、ルークは振り返って会議室を後にしようとする。そんな一方的な態度に納得のいかないルビアが食い下がる。
「待ちなさいよ!」
「カレン!」
「はい?」
「ルビアを国に送り返せ!」
「わかりました。」
「はぁ!?ちょっと!あっ!!」
「「「「「っ!?」」」」」
カレンは言われるがまま、ルビアを捕まえ転移する。ルークもまた、無言で会議室を後にした。怒涛の展開に、声を発する事の出来ない大臣や貴族達は取り残されたままだった。
優秀だが成果を出せなかったスフィアだけならまだしも、まさかルビアまで外されようとは。妻でさえこの結果なのだから、赤の他人である自分達は命が危ういかもしれない。この会議に出席した者達は例外なく戦慄を覚え、暫く固まり続けたのだった。