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Shining Rhapsody

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276話 ケロちゃん?

 276話 ケロちゃん

 

 

みんながシフォンケーキをに舌鼓を打っている間、シュウはひたすら夜の仕込みを行っていた。こういう時間を使わなければ、とてもではないがユキが料理を平らげるスピードに間に合わないのだ。だがそれを苦痛だとは思わない。食べてくれる者が居てこその料理人である。愛する妻が相手であれば尚のこと。

 

それに料理の最中は邪魔が入らないとあって、多少は考え事をする時間もある。

 

(その辺に現れる魔物に変わった様子は見られなかった。考え過ぎなのかもしれないけど・・・結論はボスを確認してからかな。この調子なら、夕食前には辿り着けるだろ。)

 

ここまでの移動速度から、おおよその時間を計算する。昼食を摂る時間帯に30階層到達、ボス部屋の前で3時のおやつと重なるかどうか。ボスを倒してから食べるのか、それとも挑む前に食べるのか。この辺りの細かい予測は難しいが、概ね計算通りだろうと確信する。

 

ボス次第では戦闘に時間が掛かるかもしれない。そうなれば、おやつの時間を過ぎてしまうだろう。それはユキだけでなく、エアも望む所ではない。おやつに目が眩んだ者達によって、絶妙なペース配分が為されるのは目に見えているのだ。

 

 

 

 

皮肉な事に、シュウの考えは的を得ていた。ユキ達によって絶妙に調整された移動速度は、ボスを目前にしておやつの時間とバッチリ重なったのである。これはシュウにとって、願ってもない事であった。

 

フィーナ達に持たせる料理を作る時間の確保。ユキに料理を提供しながら、20人余りが数日過ごせるだけの量を作り置きするのは困難を極める。それも屋外での調理なのだから、敢えて説明するまでもないだろう。

 

 

歴代最も忙しいだろう皇帝も、何とか料理確保の目処がついて一息つく。夕食と明日の朝食の際に作れば大丈夫だと判断出来た時には、既に全員がおやつを食べ終わっていた。そんなみんなへと歩み寄って会話に加わる。

 

 

「いよいよ当初の目的地だけど、みんなはどうする?一緒にボスの顔を拝むか、それとも此処で夜を明かすか。あ、ボスを倒しても戻って来るから、夕食の心配はしなくていいぞ。」

「オレ達が決めてもいいのか?」

「あぁ。ボスはオレ達だけで充分だろうしな。リュー達はゆっくり休んでてくれ。」

 

まさか自分達に決定権が与えられるとは思っていなかったのか、リューは少し驚きながらも聞き返す。対するシュウの答えは、誰もが納得のいくものだった。それに対しエレナとアスコットの意見もまた、

当然のものである。

 

「私は行くわ。いずれ何処かで出会うかもしれないもの。」

「エレナの言う通りだな。見てるだけでいいって事なら、行かない理由は無い。」

「まぁそうだよな。それならもう少し休んでから行くとするか。」

 

食後すぐ運動するのは控えるべきと判断し、シュウは食休みを提案する。全員が頷いたのを確認し、シュウはそのままボス部屋の方へと視線を移す。

 

「さて、それじゃあボスも鑑定しておくか。・・・鑑定。」

 

鑑定魔法を使用し、ケルベロスと思しきボスの情報を確認する。

 

 

ケロベロス

種族:魔物(改造種)

年齢:?

レベル:65

称号:30階層ボス、ケロちゃん

 

 

「意外と弱いけど、やっぱりケルベロスか。・・・・・ん?」

「どうしたの?まさか・・・かなりの強敵!?」

 

シュウの眉間に皺が寄ったのを見たナディアが戸惑いを顕にする。クリスタルドラゴン並のレベルなのではないかと不安を覚えたのだ。だがシュウには返事をする余裕が無い。鑑定結果の不自然な点を再度確認しなければならないのだ。

 

「か、鑑定!」

 

 

ケロベロス

種族:魔物(改造種)

年齢:?

レベル:65

称号:30階層ボス、ケロちゃん

 

 

もう1度鑑定魔法を行使するも、結果が変わる事は無い。誤字だと思ったのだが、そういう訳ではないらしい。称号が疑問から断定に変わっているのだが、今はそれどころではない。

 

ケロベロス?・・・ケロベ・・・ケロ・・・ケロ?」

「「「「「ケロ?」」」」」

「・・・・・ケルベロスじゃ、ない?」

「「「「「・・・・・。」」」」」

 

「「「「「はぁぁぁぁ!?」」」」」

 

 

シュウの呟きに、全員が一斉に大声を上げる。当然それにはシュウも含まれる。

 

ケロベロスって何なのよ!?」

「オレが知るかよ!?」

「アンタの魔法でしょ!ハッキリしなさいよ!!」

「オレが鑑定してる訳じゃないんだよ!」

 

突然勃発した醜い言い争い。これには誰も口を挟まない。否、挟む余裕が無かった。それでも図太・・・逞しい精神の持ち主であるフィーナが割って入る。

 

「落ち着きなさい、2人共!!」

「あ、あぁ・・・」

「そうね・・・」

「まったく・・・2人が言い争っても仕方ないでしょ?それでシュウ、ケルベロスじゃないのね?」

「あぁ。ケロベロス?になってるな。」

「そう・・・って、どうして疑問系なのよ!?」

「だから・・・オレが知るかよ!?」

 

今度は仲裁するはずのフィーナと言い争いの様相を呈するシュウ。そんな中、不意に耳慣れない音が聞こえて来た。

 

ーーーー ゴゴゴゴゴォォォ!

 

「「「「「え?」」」」」

 

全員が一斉に視線を向けると、そこにはボス部屋の扉を開けるユキの姿があった。たまらず声を張り上げるナディア。

 

「ちょっとユキ!何してるのよ!?」

「何って、ケロちゃんが居るのか自分の目で確認しようと思ったの。その方が早いでしょ?」

「「「「「それは、まぁ・・・確かに。」」」」」

 

 

 

全くの正論に言い淀むシュウ達。だが、ユキ1人で向かわせられないと思い立ち、すぐさまユキの後を追い掛けるのであった。

 

 

275話 おやつ

 275話 おやつ

 

 

翌朝。朝食を摂り、一休みしてから出発したシュウ達。全ての魔物を狩るつもりなら、全員で手分けした方が早い。しかしシュウ達は然程バラける事なく進んでいた。それは当然ユキを警戒しての事。

 

「しかし凄えな・・・」

「えぇ。剣閃どころか、体捌きも見えないものね。」

 

ユキの戦闘を食い入るように見つめていたサラとリューが、思わず称賛の声を挙げる。

 

「ティナの戦い方じゃなくて、ルークの剣術よね?」

「多分そうだろうな。いつの間に教えたんだ?」

「ん?教えたのはつい先日だけど、ここまで上達してるとは思わなかったよ。」

 

面倒なのでシュウはそう答えたが、先日教えたのは奥義だけである。別に嘘という訳でもないので構わないだろうと考え、適当に答えたのだ。そして後半の感想については本心であった。

 

 

(圧倒的に不足していた実戦経験も、魔物相手に充分な物へと昇華させているみたいだな。対人経験を積まれると厄介だけど、まぁ本気で争う事にはならないだろ。・・・爺ちゃんと婆ちゃんじゃないんだし。)

 

自分の良く知る夫婦喧嘩を思い浮かべるも、すぐに自分達には当て嵌まらないと考え直したシュウ。そもそも、シュウとユキは夫婦喧嘩した事が無い。ユキの病状を思いやり、心労を与えないよう最善の注意を払っていた為だ。

 

ユキも本気で怒る事は無かったし、そうなる前にシュウが誠心誠意謝っていた。夫婦円満の秘訣は、喧嘩しないように気をつける事。本気でそう考えているのだ。

 

 

 

一見のんびりして見えるシュウ達だったが、昼にはかなり早い時間に28階層の出口付近へと辿り着く。そして当初の計画通り、行動を開始しようとした者が居た。

 

(29階層に降り立った瞬間、みんなは前方に注意を向けるはず。その瞬間、一気に駆け抜ける!)

 

そう考えたのはユキ。階層が変われば、誰であろうと周囲を警戒する。だがそれは背後を除く形で。誰かしらは背後を警戒するのだが、それは精々1人である。安全を確認出来たから進んでいるのであって、態々全員が背後を警戒する意味は無い。その隙を突こうと考えたのである。

 

この作戦には流石のエレナ達も対処出来ない。そんな事をされた経験が無いのだから。当然それは、シュウにも言える事であった。

 

 

 

ーートンッ

 

軽やかな足取りでユキが全員を抜き去る。辛うじて視認出来たのは、すぐ後ろにいたシュウと先頭に立っていたアレンとリュー、アスコットの4人だけだった。他の者達は、ユキの姿が消えた事にも気付かない。

 

((((やられた!))))

 

4人は内心で叫び、すぐさま後を追い掛けようと利き足に力を込める。一斉に1歩目を踏み出そうとした次の瞬間、誰もが予想外の言葉が響き渡った。

 

 

「そろそろおやつの時間なのじゃ!」

 

ーーズルッ!

 

4人が一斉にバランスを崩す。残りの者達もまた、声の主を一瞥して苦笑いを浮かべていた。

 

「あのなぁ、エア?」

「何じゃ?間違った事は言うておらんじゃろ?」

「確かにそうかもしれないけど、今はそれどころじゃーー」

 

ーードパァァァン!!

 

「「「「「何だ!?」」」」」

 

全員の視線が激しい音のした方へと向けられる。すると、此方へ向かって猛スピードで駆け寄る女性の姿があった。彼女は一気に距離を詰めると、シュウに肉薄して急停止する。

 

「おやつの時間を忘れてました!!」

「「「「「・・・・・。」」」」」

 

まさかの言葉に、4人だけでなく他の全員も返す言葉が見つからない。かなりの距離があったはずだというのに、ユキの耳にはエアの言葉が届いていたのだ。だが耐性のあったアスコットが逸早く我に返って確認する。

 

「なぁ?」

「どうしたの、お父さん?」

「まさか、聞こえたのか?」

「おやつでしょ?聞こえたよ?」

「そ、そうか・・・そういう所はティナなんだな。」

 

呆れ返ったアスコットであったが、どことなくホッとしたのだろう。苦笑しつつも全員に声を掛ける。

 

「と言うわけで一休みしよう。」

 

事情は飲み込めないが、休憩とあって全員が開けた場所へと移動する。シュウは立ち尽くしていたのだが、ユキに腕を引かれて歩き出した。

 

 

「・・・良かったのか?」

「何が?」

「折角のチャンスを棒に振って。」

「あ〜、別にいいの。シュウ君が作るおやつの方が大事だもの。」

「そうか・・・。」

 

随分とあっさりしたユキに戸惑いつつも、まぁいいかと思い直したシュウ。そんなシュウに対し、ユキは真剣な表情で問い掛ける。

 

「ねぇ、シュウ君?」

「どうした?」

10時のおやつはなぁに?」

「・・・シフォンケーキ。」

 

手の混んだスイーツを作れる環境にない為、出せるおやつは限られる。朝食を作る際に平行して焼いていたのだが、食べる事に夢中だったユキが知る由もない。だが人数を考えれば、自らの割当が少ないだろう事は予想がつく。

 

「私、10ホールで我慢するね!」

「それを我慢とは言わないからな?」

「え〜、本気を出せば30ホールは行けるよ?」

「・・・・・。」

 

予想を遥かに上回るカミングアウトに、シュウは言葉を無くす。シュウが使う型は、ティナ対策の特別製。その直径は30センチである。それを30個も食える言われたのだから当然だろう。しかもおやつで。

 

 

あのまま1人で進んでくれた方が良かったのではないか。そんな事を考えてしまうシュウなのだった。

 

 

274話 存在理由

 274話 存在理由

 

 

ユキと合流した事で急ぐ意味を失くし、ペースを落とした一行。落としたと言うよりは、落とさざるを得なかった。

 

真っ先に挙げられる理由がユキの狩り。虱潰しに魔物を探すのだから、当然時間が掛かる。まぁこれに関しては、人手が増えた事で寧ろ時間短縮になっている。その分、ユキの提案で解体を行っているのだ。これまで1匹も解体せずに突き進んで来たユキ。彼女の懸案事項がここで解消されたのである。

 

食べられない部位を取り除く事が出来れば、その分アイテムボックスは空く。容量の限界が近付いていただけに、ユキとしては大助かりだったのだ。

 

 

もう1つの理由がシュウの負担増である。良く食べる冒険者の人数が一気に増えた事で、料理に掛かる労力が何倍にも膨れ上がった。この点に関しても人手は増えているのだが、それ以上に食べる者が居る。ご存知、ユキである。

 

単独行動の時は若干控えめな食事量だったのが、シュウという頼もしい存在により気にする必要が無くなったのだ。食べる量が増えるという事は、それだけ食事に費やす時間も増える。そして全員分の食事を作るだけでも大忙しなのに、その倍の量を作る必要があったのだ。

 

ここまでにフィーナ達が消費した料理。ユキがどうするのかは不明だが、最低限フィーナ達が帰る際の食事は補充しておきたい。だからこそ、シュウの移動時間は極端に落ちるのだ。無理に作らずとも、充分な量の作り置きはある。だからと言って作らない理由にはならない。何が起こるかわからないのだから。

 

そのような事情もあって、この日は27階層まで進んだ所で夜を迎えていた。

 

 

「ねぇシュウ君?」

「どうした?」

 

後片付けを終えて一息ついていると、ユキが話し掛けてくる。

 

26階層から湿地帯でしょう?」

「あぁ、そうだな。・・・?」

 

見たままの光景を口にするユキに、シュウは首を傾げる。

 

「両生類とか爬虫類が多いじゃない?」

「カエルとかトカゲは不満?」

 

大型のカエルやトカゲといった魔物ばかりだったのが不服なのかと、シュウが尋ねる。実際はリザードマンも居たのだが、食用には適さないと思って口には出さなかった。そんなシュウの問い掛けに対し、ユキは首を横に振る。

 

「そういう訳じゃないの。私が気にしてるのは、30階層でケルベロスが出るのかどうかって事。」

「あ〜・・・どうなんだろうね?」

 

出ないだろうとは思ったのだが、悲しませる事もないと曖昧に答える。シュウが真っ先に思い浮かべたのはリザードマンだったのだ。そしてそれはユキも同じであった。

 

「私の予想だと、リザードマンの群れだと思うの。」

「・・・・・。」

「もしそうなら、私はどうしたらいいの?」

「ナディアを手伝えばいいんじゃない?」

「「・・・・・。」」

 

大人しく帰ってくれと言い掛けたのだが、それだと今度はフェンリルを探しに行きかねない。目を離す位ならば目の届く範囲に居て貰った方が良いと判断し、別の案を提示する。

 

期待していた答えと違っていた事で、半目になるユキ。他に答えようが無くて、無言になるシュウ。お互いの気持ちが手に取るように理解出来てしまう為、どうする事も出来ないのだ。そんな2人を見兼ねたフィーナが間に割って入る。

 

「ほら2人とも!明日も早いんだから、さっさと休むわよ!!」

「・・・わかったわ。ごめんね、シュウ君。」

「いや、オレの方こそ悪かった。」

 

自らの非を認め、互いに謝って休む事にしたのだった。とは言っても、シュウの睡眠時間は少ない。休むフリをして、見張りをするエレナ達の下へと向かう。

 

 

 

「ちょっといいかな?」

「えぇ。近くの魔物は狩り尽くしてるから、特にする事も無いもの。・・・どうしたの?」

「母さん達は、このダンジョンに来た事ある?」

「無いわ。」

「ダンジョンを攻略した事は?」

「幾つかのダンジョンは攻略してるけど、それがどうかしたの?」

 

何時にも増して真剣なシュウに、エレナは怪訝な表情を浮かべる。

 

「最深部には何があるのかと思って。」

「ボスが居て、宝物があるわよ?」

「宝物?それってどんな?」

「う〜ん、魔道具や武器、金属塊に魔石かしら?」

「それって何度も手に入る?」

「え?えぇ、そうね。」

 

まるでゲームを彷彿とさせる答えに、シュウは腕組みして首を撚る。

 

 

(やっぱり矛盾してるよな。まるでダンジョンに来て欲しいみたいじゃないか。いや、待てよ?来て欲しいのは冒険者、つまり・・・人間か?その上で神は遠避けておきたいが、妨害するにも限界はある。だからこそ、人目を引く事で神が近寄り難く・・・いや、目立ちたくないのはオレだけだ。)

 

自らの仮説にはあまりにも大きな穴がある。そう考えたシュウは、思考を全く別な方へ向ける。

 

(そもそもダンジョンを一括りにする事が間違ってるのかもしれない。転移出来ないダンジョンには神族を近付けたくない何かがある。それ以外のダンジョンには人を集めたい。転移を封じない事から、神族の動向は気にしてないのか?つまり目的は別にある?転移出来ない方は置いとくとして、今は人を集めている方のダンジョンだ。)

 

ダンジョンという分類に誤魔化されているのではないか。そう考えたシュウは、ダンジョンを大きく2つに分ける。転移が可能な物と、不可能な物に。これにより、目的に大きな違いがある事に気付く。

 

(宝物や魔物が増える原理も不明だけど、それより人を集める理由は何だ?・・・装備品?魔力?いや、どちらも人から集める必要は無いはず。装備品に至っては、寧ろダンジョンは放出してるしな。あと考えられるのは・・・魂?)

 

スケールの大きな話に、シュウは思わず首を横に振る。

 

(う〜ん、新しいダンジョンでもなければ対策が練られる。死人の数はそれほど多くないはず。・・・やっぱ情報が少なすぎる。これは一度行ってみるべきかもしれないな。)

 

急に黙り込んだシュウを心配して、エレナが声を掛ける。

 

「ルー・・・シュウ?」

「ん?あぁ、ごめん。考え事をしてた。それより教えて欲しいんだけどさ?」

「何を?」

「攻略が簡単なダンジョンと、まだ攻略されていないダンジョンの場所。」

「え?」

「気になる事が出て来たから、ちょっと攻略して来ようかと思って。」

「ちょっとって貴方・・・」

 

まるで買い物にでも出掛けるかのように軽く告げるシュウに、エレナは呆れて言葉に詰まるのだった。

 

 

 

シュウが考えているのは、初心者向けのダンジョンとまだ攻略されていないダンジョン。それも此処とライム以外の。そもそもクリスタルドラゴンの問題が片付かない限り、このダンジョンを攻略する訳にはいかない。そしてライムにあるダンジョンは、単なる道としての役割。しかも近々エレナ達を送り届ける約束になっている。ならばそれ以外となるわけだ。

 

(オレの予想が正しければ、少なくとも高難易度のダンジョンには11つ異なる存在理由がある。念の為カレンも連れて行った方がいいだろうな。引き摺ってでも・・・。)

 

 

 

 

ーー 同時刻 ーー

 

「今日の紅茶も美味し・・・はっ!?」

「どうかしましたか?」

「・・・何故か、茶葉を大量に確保しなければならない気がします。」

「「「「「は?」」」」」

「ルビアさん!紅茶は何処で栽培していますか!?」

「何処って、カレンの為に地下でも栽培してるわよ?」

「案内して下さい!今すぐ!!」

「別にいいけど・・・まだ収穫出来ないからね?」

「ガーン!」

 

 

勘は鋭いが、何処か抜けているカレン。その後、シュウ達が帰って来るまで紅茶集めに奔走するカレンなのだった。

 

 

273話 シュウの仮説

 273話 シュウの仮説

 

 

作戦会議を終え、警戒しながら出発した一行。警戒とは言うものの、その対象は当然ユキである。そもそもユキが現れたのはシュウ達の先、25階層だ。即ち、25階層の魔物は狩り尽くされている事を意味する。他に警戒する対象がいないという事。総勢26名の注目を浴び、如何にユキと言えども隙を見付けられずにいた。

 

(流石にこの包囲網を抜けるのは難しいかもしれない・・・)

 

時折撹乱しようと緩急を付けるも、エリド村の住人達は難なく対応してみせる。決して包囲網を崩さずユキを取り囲むのだ。連携に加われないフィーナやナディア達に関しては、危ないと感じた所のカバーに入る。仮に突破されたとしても、すぐにフォロー出来るだろう事はユキにもわかる。

 

 

緊張状態を保ち続けるエレナ達とジワジワ焦り始めるユキ。そんな中でも特に目立った動きを見せないのがシュウである。だがそれは第三者目線での話。最も厄介な事は、誰よりもユキが感じていた。

 

(一番の問題は、シュウ君が付かず離れずの距離を崩さない事。勿論私が本気じゃないのもあるけど・・・)

 

自分が本気を出せば。そこまで考えて思考を中断する。何故ならそうなった場合、シュウも本気を出す事が容易に想像出来てしまったからだ。準備万端で待ち構える格上を相手に、真っ向から立ち向かうのは愚策である。そしてユキが本気を出すという事は、誰かが傷つくという事でもある。そこまでする価値も意味も無いのだから、考えるだけ無駄というもの。

 

(とりあえず、魔物を狩りながら隙を伺うしかない、か。せめて転移出来たらなぁ・・・。)

 

とりあえず、今出来る事をしようと気持ちを切り替えるユキであった。

 

 

 

 

(転移出来たら、とか考えてるかもな。転移不可で助かったって所か。)

 

長年連れ添っただけあって、相手の考えている事などお見通し。これこそが、ユキがシュウ達を出し抜けずにいた最大の理由でもある。駆け引きとなると、前世のユキでは圧倒的に経験不足。当然ティナの経験に頼るしかないのだが、そうすると今度はエレナ達がお見通しである。どちらに転んでも、ユキが圧倒的に不利なのは変わらない。

 

そして唯一の懸念である転移が出来ない事は不幸中の幸い。胸を撫で下ろしたシュウであったが、ここでふと疑問が湧く。

 

(考えた事も無かったけど、そもそも何故転移出来ないんだ?・・・入った者を逃さない為?いや、それだと近寄らなければ済む話。なら、簡単に最深部へ近付けない為?来られると困る物があるって事か?待てよ?その仮説だと、途中まで進むと転移出来なくなる説明がつかないか。)

 

どちらとも取れる疑問に、珍しく考察を続けるシュウ。普段であれば、答えの出ない疑問は切り捨てている。しかし今回いつもと違うのは、単に『勘』というだけであった。何故か考えなければならないような気がしたのだ。

 

 

ユキが大胆な行動に出ないと踏んで、シュウはさらに考え込む。

 

(以前は気にしなかったけど、カレンも足を踏み入れてるはずなんだよな。それって、何か目的があったって事か?それとも何があるのか確認したかった・・・ん?)

 

この時点で不可解な点に気付く。

 

(待てよ?ライムのダンジョンが向こう側に続いてる事を知っていたのは何故だ?・・・あのダンジョンは踏破してるって事か!なら、カレンが引き返したダンジョンは何処なんだ?)

 

他のダンジョンに関する情報を持っていないが、そうである可能性は高い。すなわち、今現在シュウ達が居るダンジョンである。そうなると、仮説はさらなる仮説を呼ぶ。それも悪い方向へと。

 

 

(魔神を封印した場所は、幾ら聞いても答えてくれなかった。逆に考えれば、その場所は此処じゃないはず。それ以外にカレンが訪れる理由があるとするなら、何があるのか確認したかった。もう1つは・・・此処に有る、或いは此処に居る何か、誰かに用があった?まさか・・・)

 

考え得る最悪の可能性。内心で呟く事も無く、思考を中断する。この世界には居ないと言っていた者の存在。それはアークも口にしていたのだが、鵜呑みに出来る程の信頼を寄せてなどいない。

 

 

(どうする?みんなにも伝えるべきか?・・・いや、こんなのはオレの想像でしかない。クリスタルドラゴンの存在が裏付けになるかもしれないが、言い換えればそれだけだ。もう1つか2つ、決定的な何かが見付かってからにすべきだよな。)

 

確度の高い推測であれば伝えるべきだが、現時点で伝えるのは無駄に掻き回すだけにしかならない。そう思ったからこそ、いつも通りに口を噤む。そして今後の方針が決まった事で、シュウは自らが取るべき行動を模索する。結局のところ、選択肢は1つしかなかったのだが。

 

(やっぱり片っ端から鑑定してみるしか無いよな・・・。)

 

久しく使っていなかった鑑定魔法。それを只管に使おうというのである。クリスタルドラゴンと同じ、『改造種』の表記を探す為に。おそらく居ないし、居てももっと奥深くだろうとは思う。だがそれを無理に探し出す必要は無い。現時点では、藪をつつく意味が無いのだから。

 

 

そのような存在が他にもいるようなら、シュウの仮説は現実味を帯びてくる。魔神かそれに近しい何者かが存在するという、荒唐無稽な仮説の証明・・・。

 

 

272話 SSS級クエスト14

 272話 SSS級クエスト14

 

 

 

シュウとユキが密談から戻ると、既に昼食の後片付けは終わっていた。ナディア達を労おうと考えたシュウだったが、ユキが先に向かった事で行き先を変える。

 

「みんな、ちょっといいか?」

 

シュウが呼び掛けた意味を察し、声を掛けられたフィーナ達が揃って移動する。ユキに聞かれないようにとの配慮である。

 

「今後の予定を確認しておきたい。」

「無事に合流出来た事だし、戻ってもいいという事かしら?」

 

シュウが間に合った事で、自分達はお役御免なのではないか。そう思ったフィーナが尋ねる。

 

「いや、悪いけど30階層まで付き合ってくれ。」

「説得出来たんじゃないのか?」

「残念ながら無理だった。」

「じゃあどうするの?」

 

まさかの頼みに、アスコットとエレナが首を傾げる。他の面々も同じだったのだろう。同じように首を傾げたり、顔を見合わせている。

 

「隙を見てオレがケルベロスを仕留めるから、みんなにはユキの足止めを頼みたいんだ。」

「「「「「っ!?」」」」」

 

シュウの口から告げられたのは無理難題。思わず全員が息を呑む。ユキの戦闘を目の当たりにはしていないのだが、それでも自分達との実力差は感じ取っていたのだ。

 

「その反応は、何となく察してるみたいだな?みんなが感じてるように、ユキを抑え込むのは難しいだろう。わかり易く例えるなら、遠慮の無いカレンを相手にしていると思えばいい。」

「む、無理に決まってるでしょ!」

「全員掛かりで、もって数分だぞ!?」

「下手したら数秒で全滅よ!?」

 

あまりにもわかり易い例えに、誰もが否定的な答えを口にする。

 

「別に命の奪い合いって訳じゃないから、数秒って事は無いさ。ただ今回はその数秒が欲しい。」

「足止めなのよね?」

「細かく言うと、ユキの出鼻を挫いてくれればいいんだ。」

「「「「「?」」」」」

 

たった数秒の差がそこまで重要とは思えない。だからこそ誰もがシュウの頼みを理解出来なかった。

 

「単純な競争だったら間違い無くオレの方が速い。だが今のユキを相手に、後ろを取られるのは命取りなんだ。」

「・・・夫婦よね?」

 

背中を向けるのは危険だと告げるシュウに、サラが思わず疑問を口にする。どう解釈しても、到底夫婦の関係には思えなかったのだ。

 

「冗談に聞こえるかもしれないが、今回ばかりはオレも向こうも本気の勝負だ。いいか?ユキが飼い主になったら手が出せなくなる。ドラゴンよりもデカイ犬を連れ歩くんだぞ?」

「「「「「それは・・・」」」」」

「足が速けりゃ勝ちって競争じゃない。何でもアリの勝負なんだ。少しでも先行すれば背後から邪魔をされる。ダンジョンでなければ、ぶっちぎりで勝てるんだけどな・・・。」

 

真っ直ぐ進むのであれば、シュウには神力と魔力の合成技がある。しかし、未だコントロールの出来ない未熟な力。壁に激突している間に差を広げられるだろう。それはこの場の全員が理解していた。

 

「つまり、ユキの注意を引き付ければいいのね?」

「あぁ。その間にオレが全力で走り抜ける。問題はいつ仕掛けるかって事なんだけど・・・」

「向こうの出方も伺わなけりゃならない。となると、ある程度の博打は必要か。」

「父さんと母さんなら、確度の高い予測が出来るんじゃないか?」

「そうね・・・ティナだったら、油断させてから仕掛けると思うわ。」

「具体的には?」

30階層よりも前かしら?」

27から29階層って所だろうな。」

 

200年間家族を続けた経験から、エレナとアスコットが予測を立てる。ティナが消え去ってユキになった訳ではなく、両方の記憶と性格を併せ持つ。その比率で言えば圧倒的にティナである。ユキの性格を考慮しなくて良い訳ではないが、現状それしか手が無いのだ。

 

「ユキとしてはどうなの?」

「それなんだけど・・・オレにもサッパリなんだよ。」

「「「「「え?」」」」」

 

誰よりも、と言うよりも唯一ユキを知るシュウが匙を投げている。それは全員にとっての予想外であった。

 

「夫婦だったんでしょ?」

「まぁな。けどユキは病弱だったから、今回みたいな行動を取った事が無いんだ。積極的に何かをするような性格じゃなかったし、正直戸惑ってる。」

「だけど、ティナでもないのよね・・・。」

「あぁ。見た目通り、別人って感じだな。」

 

肩を竦めるシュウに対し、エレナとアスコットが自分達の考えを口にする。3人が共通して感じている印象。それは確実にティナとは異なる人物という事。そして唯一ユキを知るシュウだが、自身の考え全てを曝け出してはいなかった。

 

 

(そもそも、みんなには話してないけど、口調が違ってるんだよな。ユキはあんなに砕けた喋り方じゃなかった。父さんの言うように、全くの別人って可能性が無い訳じゃないが・・・可能性は限りなくゼロに近いだろうな。となると、残された可能性は1つ。)

 

シュウはその性格から、憶測の上で物事を進めたがらない。先入観を持ってしまうのを避ける為であった。他者の意見によって解の得られそうな問題であれば積極的に相談するが、ユキに関して言えばそうではないだろう。だからこそ、誰にも告げずに自己完結を図る。

 

今回導き出した答え、それはユキが記憶を取り戻してからずっと演技をしているというものだった。だが、まだそれを口にする訳にはいかない。目的がサッパリわからない以上、正しいという確証が得られないのだから。

 

 

271話 踏み止まるべき一線3

 

 271話 踏み止まるべき一線3

 

 

暫くの間、空を見上げていたユキ。心の整理がついたのだろう。顔を下げてシュウへと向き直る。

 

「そう言えば、日本刀は見られても大丈夫なの?」

「ん?あぁ、単純な造りの物は大丈夫だと思う。それにアレは、誰にでも使える代物じゃないし。」

「それもそうだね。じゃあ調理器具は?」

「ホイッパーやピーラーで人が殺せるなら秘密にするよ。」

「・・・無理だよね。」

 

厳密には無理ではない。だがそんな物を使うのなら、ナイフや包丁などの刃物を使った方が確実である。日本刀も似たようなものと言えよう。強力な武器とはなるが、使いこなすには技術を要する。しかしその技術を教える者がいないのだから、大剣を振り回した方がよほど効率的だろう。

 

 

疑わしいという点では、料理の知識もその一つ。これに関してシュウは、かなり慎重を期している。何しろ、まだ使われていない調味料も存在しているのだ。その最たるものが重曹である。

 

重曹は海水を電気分解するか、重曹を含む岩石から精製する以外に入手する方法が無い。地球でさえ、一般に発見されたのは1800年代である。それよりも遥かに遅れているこの世界に、重曹が存在するはずがないのだ。

 

 

シュウというかルークだが、幼少期に海水を入手して自力で作り上げた。しかも製法を知られぬようにと、膨大な量をまとめて作る程に警戒して。否、知られたくなかったのは製法ではなく、その考え方である。人は結果を知る事により、何故そうなるのかという疑問を抱く。もし途中の過程を知れば、その疑問は大きくなるだろう。

 

重曹という不思議な粉の存在を知られるのは構わないが、作っている工程を見られる訳にはいかないのだ。世界中を探し回るのと、製法を探し出すのでは意味が全く違う。冒険なら構わないが、科学に辿り着かれるのは色々とマズイ。

 

 

シュウも言っていたが、自然に生み出されるのは構わない。段階を踏んでの進歩ならば、国や世界がその都度対処するだろう。だが持ち込まれた技術や知識というのは、そのバランスを崩しかねない。猿の群れに、核ミサイルの発射スイッチを置くようなものだ。まさにお笑い芸人の『押すなよ、押すなよ』である。押さない訳がない。

 

 

「聞きたかった事はそれだけ?」

「う〜ん・・・今の所はそれだけかな。」

「なら、ユキはもう戻るんだよな?」

「え?どうして?」

「・・・え?」

 

誰かに聞かれたくない話をする為にダンジョンまで足を運んだ。そう思っていたシュウに対し、ユキは思わず聞き返す。誰よりもお互いを理解し合っている2人だったが、ここで認識に齟齬が発生する。ケルベロスは口実だと思っていたのに、実は違っていたのだ。

 

「まさか本気でケルベロスを飼うつもりじゃないだろうな!?」

「飼うわよ?」

「いやいや、無理だから!」

「別にいいじゃない、ドラゴンを飼うようなものよ。」

 

随分と簡単に言うユキだが、ドラゴンを飼われたらたまったものではない。日本でキリンやゾウを飼うようなものなのだから。目論見が外れ、本気で焦るシュウ。その時、ふとフィーナに頼んだ事を思い出した。

 

「そう言えば、この世界にはフェンリルが居るらしいぞ!?」

「私、犬は短毛が好きなの。」

「・・・・・。」

 

まさかの告白に、シュウは絶句してしまう。思い返してみれば、ユキが幼少の頃に飼っていたのは柴犬である。だが柴犬とドーベルマンでは差があり過ぎる。しかもこちらは頭が3つ。カワイイと思うには些か無理があるだろう。

 

「ちゃんと躾けるから大丈夫だよ?」

「・・・はぁ。じゃあ、きちんと躾けてからみんなを説得して。それならオレは何も言わない。」

「ふふっ、ありがと。」

 

結局はユキに甘いシュウ。そんなシュウが可笑しかったのか、ユキは微笑んで礼を述べるとフィーナ達の下へと歩き出した。1人佇むシュウだが、その表情は哀愁漂うものでは無い。まさに悪役と呼ぶべき不敵な笑みであった。

 

 

(くっくっくっ。何も言わないとは言ったけど、手を出さないとは言ってないぞ?ユキには悪いが、あんな怪獣みたいな魔物を飼われちゃたまらないんだよ。みんなの協力を仰ぐか、それともオレ1人でやるか。30階層に入る前までに結論を出すべきだけど・・・とにかくユキよりも速くケルベロス接触して確実に始末してみせる!多喰らいはユキだけで沢山なんだよ!!)

 

知られたら確実に夫婦喧嘩が勃発するような事を企むシュウ。帝都の住人や嫁の事を想っていない訳ではないのだが、今回ばかりは自分を優先しても許されるだろう。なにせ、食事の用意はシュウの担当。ユキだけでも大変だと言うのに、動物の食事までさせられるのはマズイ。肉体的にも食材的にも。

 

 

そんな夫の企みなど知らないはずのユキだったが、共に過ごした時間は合算で30数年。相手の考えている事くらいお見通しである。

 

(どうやって私を出し抜くか考えているんでしょうね。直前での競争となるとシュウ君には勝てない。だからと言って、すぐに行動してはみんなに抑え込まれる。警戒してるだろうし。となると・・・諦めたと思わせて、29階層からの全力疾走。ふっふっふっ・・・負けませんよ、旦那様?)

 

 

夫婦円満の秘訣。それは相手を思いやる心・・・だけではないのだろう。似たもの夫婦。この2人に言えるのはそれであった。

 

 

見えない所で互いに不敵な笑みを浮かべる1組の夫婦。この勝負の行く末や、如何に。

 

 

270話 踏み止まるべき一線2

 270話 踏み止まるべき一線2

 

 

振り向きざまにシュウから放たれた弾丸だが、ユキを狙ってのものではない。事実、ユキの顔から20センチ右側に逸れていた。態々反応せずとも良かったのである。しかしユキは反応してみせた。厳密には手を出してしまったのだが・・・。

 

銃弾を真っ二つに切り裂いたユキは、誇らしげに笑みを浮かべる。だがそれも長くは続かない。何故ならシュウもまた、笑みを浮かべていたのだから。こちらは不敵な笑みと表現するのが適切だろう。そのままユキは数秒見つめ続けるが、シュウの笑みが崩れる事は無い。

 

この時点で疑念を抱く。自分の対処に問題があったのではないか。斬ってはならない物だったのではないか・・・と。ありとあらゆる想像を巡らせ、ついに一つの結論に辿り着く。

 

眉根を寄せていたその表情が、ついには絶望を浮かべた表情へと変化したのだ。この段階で、シュウが口を開く。

 

「気付いた?」

「嘘・・・そんな・・・」

 

ユキは一体何に気付いたのか。当然の事ながら、シュウが自らを害そうなどと考えていたとは思っていない。ならば他に何があるというのだろう。

 

「完全に不意をついた一撃だったにも関わらず、しっかりと・・・ハッキリと見えただろ?」

「・・・・・。」

 

シュウの問いに、ユキは答える事が出来ない。いや、答えたくなかった。事実を認めたくなかったのだ。しかしこの場合、沈黙は答えているのと同義である。

 

冒険者の強さに関してはティナの方が詳しいはずだ。だからこそ聞くけど・・・どの程度なら反応出来ると思う?」

「・・・・・Aランク。」

 

聞く者によっては漠然とした問い掛けに、的確に答えるユキ。

 

 

そう。自身が反応出来た事は問題にならない。どれ程の者が反応出来るかが問題となるのだ。しかし、動揺するユキにはシュウの考える半分も理解出来ていない。

 

「ちなみに、ルークがこの銃を完成させたのが12歳の時。試し撃ちして、すぐに封印したよ。当然だよな・・・魔法の方が上なんだから。」

「で、でも!」

ライトノベル、だっけ?ユキは影響され過ぎだと思うよ?」

「どういう事?」

「この世界の生物は強い。地球で例えるなら、小学生がライオンやゾウの群れに素手で立ち向かえる位に。オマケに魔法まであるんだ。魔法の無い世界にありふれた武器じゃ、話にならないよ。」

 

シュウの説明は、かなり控えめである。実際にはゴジ○並の怪獣に、剣や槍で立ち向かう集団が多数いると思えばいいだろう。・・・勝てるかどうかは別として。ミサイルでも作れば別だろうが、大魔法を連発すれば同じ結果を齎す事が出来るはず。資源と労力の無駄なのだ。

 

銃の種類によっては音速へと到達する弾丸。走って追い付ける物では無いだろうが、驚くべき事に視認は出来る。体の一部分であれば、その速さに付いていく事も。マシンガンならば手に負えなくなるかもしれないが、そうなったら魔法で防げば良い。

 

遠距離からの狙撃に関しても、様々な方法で難なく対処してしまうだろう。そういう類の武器だと言っているのである。

 

 

「弱い魔物や大多数の人間には効果があるだろうけど、それをオレ達が持つ意味は無い。それにね?問題なのはそこじゃないんだ。」

「?」

「魔物に効かない武器は、何に使われると思う?」

「っ!?」

 

この時点で理解が追い付いたらしく、ユキが再び驚愕する。

 

「そう、魔物に使えなくても人には向けられる。Aランク以上の冒険者は少ないからね。戦争のあり方が一変するはずだ。いや、戦争に用いられなかったとしても、犯罪には使われる。魔法に適正の無い者達でも使えるんだから。」

「・・・・・。」

「法で縛るのも現実的じゃない。これもさっきの話に通じる部分があるんだけど、やはり王侯貴族の権力が邪魔をする。」

「なら、王制や貴族制を廃止すれば・・・」

「残念だけど、それは無理だろうね。」

「どうして!?」

「この世界には魔物が居るから。」

「え?」

「驚異となるのが人だけなら改革や革命が起きるだろうけど、結果的に魔物がそれを妨げる。革命によって多くの血が流れれば、臭いに釣られて魔物が集まる。そうなった時、先導する者や盾となる者がいないだろ?」

「革命で命を落としているから・・・」

「そう。国を挙げての戦争とは違って、革命は都市単位だ。起こる場所も良くなければ、人員に余裕も無い。そして人が強いのも良くない。結局は強者が権力を欲するだろうからね。別の王が生まれるだけだよ。」

 

 

戦争は総力戦ではない。第三勢力からの防衛を考慮し、国防にも戦力を割く。片や革命は総力戦。度重なる離反でも起こらなければ、圧勝とはならない。それ程の戦力が集まっていれば、気付いた相手が制圧に赴くのだから。

 

シュウが言うように、多くの血が流れる。そうなれば大量の魔物が押し寄せるのが、この世界の理なのだ。ルーク達の場合は戦争に勝った後、ついでに魔物も狩っていた。そうでなければ、今頃帝国地図から消え去っていただろう。まぁ、馬鹿みたいな極大魔法が放たれた場所へ近付く魔物も少ないのだが。

 

 

人の強さに幅があるのも問題だった。一時は落ち着いても、必ず強者が現れる。強者の周りには甘い汁を吸おうと人が集まり、やがては大きな勢力となるだろう。歴史は繰り返されるのだ。

 

 

「とにかく複雑な電子機器と違って、銃は再現出来る可能性が遥かに高いんだ。だからこそ、絶対に見られる訳にはいかない。この世界では、知らなければ作られたりしない。それが銃だと思うんだ。」

「そっかぁ・・・私は夢を自分の手で打ち砕いちゃったんだね。」

 

 

そう呟きながら空を見上げるユキの表情は、悲しげながらも何処かスッキリとしたものであった。