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Shining Rhapsody

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283話 50階層へ1

 283話 50階層へ1

 

 

シュウによって放たれた禁呪の炎が消え、辺りは静けさを取り戻す。とは言っても、全くの無音ではない。と言うのもボス部屋の前には現在、人の声が響き渡っていた。だがそれは予想外の人物の声。

 

「―――お主の旦那も悪いが、お主はもっと悪いのじゃぞ!」

「・・・はい。」

「そもそも何が起きるのかもわからんのじゃ!油断していられる程、お主は強くもなかろう!?」

「・・・ごめんなさい。」

 

声を荒げているのはエア。その相手であるナディアは現在、地面に正座させられている。何故このような事態となっているのか。それはナディアがシュウに怒りをぶつけた為に起こったのだ。

 

 

普通に考えればシュウが悪い。だがそれは、普通の状態であればの話。と言うのも、彼女達が置かれている状況は普通とは言い難い。今居るのは、危険と隣合わせのダンジョン。魔物も居れば罠もある。そんな特殊な状況下にあって、ナディアは無防備な姿を晒していた。そんな自身の行動を棚に上げてシュウに食って掛かったのだが、それがエアには許せなかったのだ。

 

そんなナディアに救いの手を差し伸べたのはシュウ。半分は自分のせいで叱られているのだから、その行動も頷ける。

 

「元凶はオレなんだし、そこまでにしてくれないか?」

「・・・やれやれ、わかったのじゃ。」

「悪いな。さぁ、ナディアも立って。」

「・・・ありがとう。」

 

シュウが差し伸べた手を、渋々と言った表情で掴むナディア。非常に面白くないのだが、ここで不満を口にしては逆戻りとなるのは理解している。元ギルドマスターだけあって、そこまで馬鹿ではないのだ。

 

 

一方で、説教を中断させられたエアも不満を抱いている。ムスッとしたエアとナディア。間に挟まれて居心地の悪そうなシュウ。そんな3人に苦笑しつつ、先へと進むユキ達。

 

 

 

そんな重苦しい空気も、そう長くは続かない。何故なら階段を降り切った彼女達の目に、これまでとは異なった景色が映り込んで来たからだ。

 

「これは・・・」

「本格的にダンジョン、と言った形ですね。」

 

整備された洞窟、或いは坑道といった光景に驚いたエアとアース。そんな2人に、2度目の訪問となるユキが説明を行う。

 

「以前と同じなら、ここからは迷路です。」

「「迷路?」」

「はい。49階までの間に1度でも道を間違えると、今立っている場所まで戻されます。」

「「はぁ!?」」

 

2人が驚くのも無理はない。順調に進んでも時間の掛かる道のり、それが迷路である。それを1度も間違えるなと言うのだから、とんだ無理ゲーだろう。

 

「しかも魔法は使えず、蒸し暑い環境が続きます。ですが魔物は一切現れません。」

「攻略が絶対に不可能と言うわけでもない、か・・・。」

「・・・道中に水や食料はあるのですか?」

 

逸早く問題点に気付くアクアは流石だろう。感心しながらも、ユキは最も大事な説明を続ける。

 

「水はありませんが、食料はあります。ですが、絶対に食してはいけません。」

「食うな、だと?」

「えぇ。食べると耐えられない程に喉が乾くみたいですよ。」

「・・・地味だが強力な罠だな。」

「「・・・・・。」」

 

一通りの説明が終わると同時に、遅れていたシュウ達が追い付く。当然エアにも説明は必要なのだが、意外にも引き受けたのはナディア。

 

この時、シュウ達は何も思わなかった。だからこそ、後ろでナディアが説明する声に耳を傾けたりはしない。悪く言えば油断。良く言えば予想外。いい年した大人がするとは思わなかったという・・・。

 

 

まさかそんな未来が待ち受けているとは思わず、シュウ達は充分に警戒しながら先へと進む。前回よりも相当早いペースで辿り着いたのはジャングル。果実の楽園とでも呼ぶべき場所であった。

 

事前に説明を受けていれば、凶悪な果実に気を取られる事はない。それ故に、ユキが気になったのは他の部分。この質問が無ければ、あんな事は起こらなかっただろう。

 

 

「シュウ君?」

「ん?」

1度も迷わず辿り着きましたけど、ひょっとして・・・覚えているのですか?」

「道順の事?それなら50階層まで完璧に覚えてるよ。」

「「「はぁ!?」」」

 

まさかの答えに、ユキとアース、そしてアクアが驚きの声を上げる。何故なら、普通は地図が無ければ不可能な芸当だからだ。ここまでの道のりですら、前回は3時間を要した。冒険者パーティ『森の熊さん』がマッピングした地図をもとにして。今回は現在地の確認をカットしたお陰で相当に速い。驚異的な身体能力も相まっているのだが、だがそれでも30分は掛かっている。

 

かつては天才と持て囃されたユキも、ここまでの道順を覚えるので精一杯。かなりの早歩きでも、50階層までは10時間程掛かる。そんな巨大迷路の道順を、完璧に覚えていると言うのだから格が違う。

 

「オレの場合、ここに来るのは2度目だしね。」

「「「・・・・・。」」」

 

1度も2度も、大した違いではない。到底受け入れ難い事実に放心するユキ達。そんな彼女達の目の前で事件は起こる。

 

「美味しそうな果実があるではないか!・・・おぉ、美味いのじゃ!!」

「「「「っ!?」」」」

「・・・ぷぷっ!」

 

興奮したエアの大声に、シュウ達は一斉に顔を向ける。その背後で笑いを堪え切れないナディア。そう、食ってはいけないという説明だけを、意図的にしなかったのである。仕返しというか逆恨み。叱られた事を根に持っての犯行である。

 

「ひぇっ!?の、咽が!!」

「くっくっくっ、あーっはっはっはっ!」

「み、水・・・」

「偉そうに説教するからよ!!」

「「「「・・・・・。」」」」

 

まさかの展開に、シュウ達は言葉を失う。だが呆けてもいられないとあって、すぐさまアクアが駆け付ける。

 

「アクア!水を頼むのじゃ!!」

「ここでは魔法を使えませんよ?」

「ガーン!」

「あーっはっはっはっ!!」

 

笑い転げるナディアに冷たい視線を向けながら、シュウは水の入った樽を手渡す。

 

 

 

 

「・・・アレが同じ嫁でいいのか?」

「・・・そちらこそ、加護を与えてもよろしいのですか?」

「「・・・・・。」」

 

人選を間違えたかもしれない。本気でそう思うユキとアースなのであった。

 

 

 

 

 

 

―――あとがき―――

長らく更新が滞ったこと、本当にすみませんでした。書く時間はあったのですが、とてもそういう気分になれなかったのです。

 

幼少の頃から面倒を見てくれていた、兄のような人の突然の訃報。その心の整理もつかぬままに齎された、数年間闘病を続けていた幼馴染の訃報。コロナウィルスの影響で、私はどちらの葬儀にも出席する事が出来ず・・・夢でも見ているような毎日でした。

 

ですが、ある程度は心の整理もついたので、活動を再開しようと思います。そんな私に言える事。それは―――別離は突然です。自分が出会った人達との関係を、今一度見つめ直して欲しい。心からそう思います。

 

 

282話 シュウの失敗

282話 シュウの失敗

 

「何とか窒息せずに済みそうだな。」

「ですが、ボス部屋だけは素通りする訳にもいきませんよ?」

「そうだよなぁ・・・仕方ない、サクッと倒して来るか。」

 

シュウとユキの会話からもわかるように、一行は現在ボス部屋の前に居た。ここまで一切の戦闘も無く、真っ直ぐ上空を突っ切ったのである。ダンジョンを作った者が見たら憤慨しただろうシュウ達の行動だったが、それを咎める者などこの場には居ない。

 

そしてシュウが言ったように、この階層で苦戦するようなボスは居ないと思われた。と言うのも、シュウは今回も鑑定魔法を使用していたのである。

 

 

ある程度ボスの正体を察したシュウは、1人ボス部屋の扉を開けながら呟く。

 

「しかし、この鑑定魔法・・・巫山戯た人物の思考が反映されてるだろ。」

 

◆スノーさん

種族:雪?ゴーレム?

年齢:?

レベル:73

称号:40階層ボス、美白の女王

 

 

恐らくは雪のゴーレムなのだろうソレは、名前からも想像出来るようにスノー○ンに近い姿形をしているはず。そう考えていたシュウの予想は、残念ながら的を得ていた。但し、微妙に違っている部分がある。

 

「・・・スカート履いてやがる!」

 

角ばったゴーレムではなく、大分丸みを帯びたゴーレム。そしてしっかりとスカートを履いていたのだ。故にスノーさん。真っ白な女性という事で、美白の女王である。そんな美白の女王が、シュウの視界を埋め尽くしていた。

 

「しかも何体居るんだよ・・・。レベル73って平均値か?だとすると、冒険者で言う所のSからSSランク相当だよな。このダンジョン、ボスの強さの振れ幅がデタラメ過ぎるだろ。」

 

シュウが文句を言うのも当然である。シュウは数えるのを諦めたが、ゴーレムの数は100体を超えている。単体でレベル70ならばCからBランク相当なのだが、それが10体も居ればランクは1つ上がる。20体ならもう1つ上がる訳ではないが、100体も居れば1つか2つはランクが上がるだろう。

 

ケロベロスは単体だった為、確実にCランク。冒険者の人数にもよるが、Dランクのパーティであれば問題無く倒せる。それが10階層進んだだけでSランク超えなのだから、シュウの苦言も納得である。

 

 

それはともかく、今は目の前の敵である。加えてボス部屋にも雪はある。つまりナディアでなくとも寒いのだ。シュウにとっても持久戦は好ましくない。ならばどうするか。答えは1つしかない。ボスの種族や数に関係なく、それは予め決めていた。その為のソロ討伐である。

 

 

「コレを使うのも久しぶりだな・・・

 

炎よ来たれ

その身は我が矢となり

その身は我が鎧となりて

我が力を贄とし 我が命を聞け

我が力を燃やして 灼熱と化せ

その身は罰を その身は弔いを

眼前を埋め尽くす炎よ

天を焦がせし劫火よ

その全てを包み込め

浄化を齎す高貴な炎よ

この世の全てを焼き尽くせ

 

インフェルノ!』 」

 

 

シュウが放ったのは炎の禁呪。帝国兵を殲滅したソレは、地獄の業火とでも呼ぶべき代物。かつて数キロ四方を焼け野原に変えた恐るべき魔法は、ボス部屋に存在する雪諸共焼き尽くす勢いで広がって行く。

 

ほんの一瞬の出来事だが、この時点でシュウは自らの過ちに気付く。ボス部屋は広いと言っても、精々100メートル四方。その数十倍を焼き尽くす炎は、瞬きする間に行き場を失う。するとどうなるか。答えは簡単、行く場所が無いのだから帰って来るのだ。

 

「え?やべ・・・退避!」

 

全力疾走でボス部屋の扉を開け放つ。当然扉の前にはシュウを待つユキ達の姿があった。しかし今のシュウには彼女達を気遣う余裕など無い。だがユキ達もそれなりの実力者。シュウが見せる必死の形相に異変を察知し、すぐさま扉の横へと避難する。

 

 

この時点で気になるのが、全身を毛布に包まれている人物。周囲の様子など窺い知る事も出来ないのだから、その場に取り残されるのは当然であった。全員がその事に気付くも、時既に遅し。

 

「「「「「あ・・・」」」」」

 

全員が口を大きく開け、只ただ見守る事しか出来ない。

 

 

取り残されたナディアの、不幸にして幸いだった事。それは視界を塞ぎ、地面に這いつくばっていた事だろう。炎は上昇するのだ。ある程度の距離を取っていた事で、ナディアが炎に包まれる事は無かった。無かったのだが・・・

 

「寒い寒い・・・あれ?何だか暖かくなって来た・・・熱っ!!」

 

地獄の業火と形容するだけあって、その温度も凄まじい。数十メートル離れたところで、逃れられるはずがないのだ。勢い良く毛布を放り投げて頭を上げる。その視界に広がるのは灼熱の炎。

 

「ヒィッ!熱っ!!雪、雪!?って無いじゃない!!」

 

耐えきれない程の熱波に、慌てて雪を探すも周囲にあるのは水溜りのみ。周囲の雪など、ナディアが暖かいと思った時には溶けていたのだ。

 

全員が手遅れになる前にナディアを救おうと魔法の準備をしていたのだが、右往左往するナディアの様子に胸を撫で下ろす。

 

「・・・良し!ナディアも暖まったみたいだな!!良かった良かった。」

「「「「・・・・・。」」」」

 

 

苦し紛れの言い訳をするシュウに、誰もが冷ややかな視線を向けるのであった。

 

 

281話 ユキの想い

 281話 ユキの想い

 

 

暖を取り何とか復活?を果たしたナディア達。しかし暖まったのは体だけで、外の気温は相変わらず低いまま。このまま外に出れば、同じ事の繰り返しである。

 

そんな時頼りになるのは、風を自在に操るエア。暖まった部屋の空気をナディア達に纏わせ、一気に抜けてしまおうと考えたのだ。

 

だが完全に外気と隔離する事は出来ない。いや、正確には容易く出来るのだが、隔離する訳にはいかない。何故なら、呼吸によって酸素を消費してしまうからだ。外気を遮断するという事は、密閉空間を意味する。寒さは我慢出来るかもしれないが、酸欠は我慢出来ない。即ち、空気が入れ替わる前に雪原を抜けなければならなかった。

 

とは言っても、如何に竜王であろうとそれは不可能。どう足掻いても、5階層を抜けるのに30分は掛かる。直線距離にして10キロ。只飛ぶだけであれば、エアの速度で2分程度。しかしいきなりトップスピードとはいかない。普通は徐々に加速するものなのだ。当然減速にもある程度の時間を要する。

 

これがエア単独で、且つ戦闘中ともなれば話は違う。周囲を一切顧みず、急加速や急停止を行う事だろう。だが今は、その背に乗る者達が居るのだ。ナディア達を気遣った結果、トップスピードに到達する前に減速しなければならない。

 

加えてダンジョンの出入り口の大きさも問題であった。竜の姿のままでは、通り抜ける事が出来ないのだ。階層の出入り口を通過する際に人の姿に戻り、徒歩で階段を進む。そうした一連の行動を含めると、1階層を抜けるのに最低でも5分以上掛かるのだ。

 

当然全員が急げば時間の短縮は可能となる。だがそれは、空気をコントロールするエアにとって負担でしかない。外気が流れ込むリスクを追ってまで、急ぐ理由は無かったのだ。

 

 

そして現在、シュウ達は38階層の上空を突き進んでいた。

 

「エアを除いて5人。計算上、酸素だけなら10時間は保つんだけど・・・。」

二酸化炭素濃度等の、計算出来ない物もありますからね・・・。」

「竜の呼吸なんて、研究されてるはずも無いからなぁ。」

「この世界の住人達は、地球と比較すると酸素の消費量も多いはずですし。」

「ギリギリかもしれないな・・・」

 

暖を取った部屋の大きさから、ザックリした酸素量を算出したシュウとユキ。だがそれは地球での話。この世界に当て嵌まる保証は無いし、ひょっとしたら未知の気体もあるかもしれない。加えて生態の不明な竜種まで居る。

 

エアの背中で焚き火をするわけにもいかないのだから、その表情は深刻であった。そんなシュウ達とは正反対なのが、会話に加わっていないナディア達。

 

「ナディア・・・せめて顔だけでも出したらどうなんです?」

「嫌よ!急に冷気が流れ込んだらどうするのよ!!」

「・・・駄目だこりゃ。」

「「・・・・・。」」

 

お手上げだとばかりに肩を竦めるアース。今のナディアには、シュウとユキも冷ややかな視線を向けざるを得ない。何故ならナディアは今、全身を毛布で覆い隠しているからだ。

 

 

こんな状態でどうやって階層の出入り口を進んだのかと言うと、勿論シュウに運ばれて。しかもお姫様抱っこやおんぶではない。猫のように丸くなった状態を辞めようとしなかった為、仕方なく頭上に掲げられたのだ。

 

ナディアに甘いシュウだったが、ユキがそれを咎めるような事も無い。何故なら、ナディアを嫁に選んだのがティナだったからである。これにはシュウも意外に思ったのか、率直に理由を尋ねていた。

 

 

 

「叱らないんだな?」

「何をですか?」

「ナディアに甘いって。」

「あぁ・・・ふふっ。そうですね。ですが、ナディアはいいんですよ。」

「?」

 

ナディアはいい。その理由がわからず、シュウは首を傾げる。ユキが構わないと言ってる以上、深く掘り下げるべきでは無いのかもしれない。しかし気にならないはずがなかった。

 

「どうして私が・・・ティナが、ナディアをコチラ側に引き込んだのかわかりますか?」

「どうして?・・・・・知り合いだった、から?」

「知り合いというだけで、アナタの妻に誘うと思っているのですか?」

「いや、無いな。」

 

ユキの指摘に、シュウは自身の言葉を撤回する。ティナは100年以上も冒険者を続けているのだから、当然知り合いの数は多い。そんな理由で嫁を選んでいては、シュウの身が保たないだろう。

 

「これでもアナタの好みは把握しているんですよ?」

「いやいや、村には同年代の女性なんていなかっただろ!?」

「ターニャとか?」

「そ、それは・・・」

 

ターニャとはウサギの獣人で、ティナよりも年下である。ナディアよりも年上なのだが、獣人の寿命は人族よりも長い為、見た目は20代前半であった。そして幼少期のルークが鼻の下を伸ばしていた事を、ティナはしっかりと目撃している。見た目は子供、頭脳はオヤジのルーク曰く『リアルバニーちゃん』なのだ。

 

「私が亡くなってからのシュウ君を知りませんから断言は出来ませんけど、タイプですよね?」

「いや、その・・・」

「タイプですよね?」

「・・・はい。」

 

眩しい程の笑顔で迫るユキに、シュウは顔を逸しながら白状する。そんなシュウに対し、ユキは苦笑混じりに告げる。

 

「ふふっ。別にアナタを責めている訳ではありませんよ。」

「え?」

「私が先立った事で、アナタが誰よりも辛い想いをしたであろう事は、私が誰よりも理解しています。ナディアを引き込んだ時、私にはユキとしての記憶はありませんでした。ですが、何故かそうしなければならないような気がしたのです。」

「・・・・・。」

「ですが、今ならわかります。アナタは・・・シュウ君は、孤独だった私に家族を作ってくれようとしました。真っ直ぐ私だけを見て、ただ只管私だけの為に。そんなアナタに、私も家族を作ってあげたかったのです。」

「ユキ・・・」

「シュウ君の1番を譲るつもりはありません。ですが私は、変わらない恋なんて無いと思っています。大きくなるか、小さくなるかのどちらかです。ですから競い合い、高め合って行ける恋敵を求めました。」

「それがナディア?」

「はい。ナディアならきっと、永遠の恋敵となってくれると信じています。」

「そうか・・・ありがとう、ユキ。」

 

 

打ち明けられたユキの想いに、シュウは感謝の言葉しか浮かばなかった。やはりユキという存在は別格なのだという実感を噛みしめるシュウではあったが、それでも時と場所は選ぶべきだろう。

 

「あのぉ・・・」

「何だ、アクア?」

「盛り上がっている所申し訳ありませんが、本当にアレが永遠の恋敵で良いのですか?」

 

不本意ながらも割り込んできたアクアが指を差す方へと視線を向けるシュウとユキ。そこにはまたしても顔だけ出して冷ややかな視線を向けるナディアの姿があった。

 

「ちょっとアンタ達!2人でイチャつかないでよ!!」

「だったら毛布を取って混ざればいいだろ?」

「嫌よ!急に寒くなったらどうするのよ!!って雪が降ってるじゃないの!?全く、何で白いのよ!もっと暖かそうな色にしなさいよね!!あぁ、嫌だ嫌だ。」

「チンピラじゃねぇか・・・」

「「「「「・・・はぁ。」」」」」

 

散々悪態をついて、再び毛布に顔を埋めるナディア。寒くなったらまた毛布を被るなりすれば良いと思う一同だったが、言った所で無駄だろうと思い溜息を吐く。

 

「私は人選を間違えたのでしょうか?」

「「「「「・・・・・。」」」」」

 

 

ユキの疑問に、誰もが沈黙するしかなかった。正直に答えればチンピラを敵に回すし、どうフォローしても嘘くさいのだから。

 

 

280話 足踏み

 280話 足踏み

 

 

ダンジョン内の砂漠地帯は暑さを感じなかったが、今シュウ達が立っている雪原は違う。一面が砂で満たされていれば、気温に関係なく砂漠である。例えどれ程の高温や低温であろうと砂が消える事は無い。

 

だが雪は違う。暖かければ溶けるのだ。その雪が消えずに残っているという事は、気温が低いという事。ここまで軽装だったシュウ達は、時間の経過と共に震えだす。その影響をモロに受けたのが竜王達、ではなくナディアであった。

 

「どうしてアンタ達は平気なのよ!?」

「雪や氷は水属性ですし・・・」

「風魔法で冷気を遮断出来るしのぉ・・・」

「土の属性竜は温度変化に鈍いからな・・・」

「「・・・・・。」」

 

納得のいかないナディアが食って掛かるも、それなりの理由で躱される。そんなやり取りを無言で眺めているシュウとユキ。何故ならナディアは今、毛布に包まって顔だけ出しているのだから。

 

 

キツネは通常、寒さに強いと言われている。しかし何事にも例外は付き物。運悪くその例外に当て嵌まったのがナディアであった。

 

さっさと先へ進もうとした一行だが、1人戻ろうとしたナディアに振り回された格好となる。まぁ、防寒着など用意していなかったのだから、あながち間違った行動とは言えない。寒さで動きが鈍れば、それだけ危険が増す。だからこそ強く言えないシュウは、ログハウスを出して暖を取る事にした。

 

 

 

ログハウスに避難はしたものの、無人だった為に暖かくはない。暖炉に薪を焼べて、室温を上げ始めたばかり。それを請け負ったのがシュウとユキであった。自分達も寒かった為、火の近くに居たいと思ったのである。ナディアもそうすれば良さそうなものだが、彼女はとにかく動きたくなかった。

 

「・・・キツネって寒さに強いんじゃなかったっけ?」

「それは地球の話ですよね?それにナディアはキツネではなく、キツネの獣人です。」

「あ〜、それもそうか。そもそも個人差もあるよな・・・オレ達も寒いんだし。」

 

火加減を調整しながら、シュウとユキが小声で会話する。ユキが言うように、ナディアは只のキツネではない。キツネの獣人である。しかも希少な白狐という種族。一般的なキツネの獣人とは全く異なる種族と言っても過言ではない。

 

人間だって寒さに対する反応には個人差がある。真冬に半袖で活動出来る人もいれば、完全防備でカイロを複数所持する人だって居るのだ。ナディアが極度の寒がりであっても、おかしい事は無い。

 

そんな事を考えていたシュウだったが、唐突にユキが思い出したように語りだす。

 

「そう言えばシュウ君は知らないのですね・・・」

「何を?」

「ナディアがカイル王国に根を下ろした理由です。」

「ん?黒狼達から逃れる為でしょ?」

「それもそうなのですが、でしたら他の国でも良くはありませんか?」

「そう言えばそうだな。」

 

ナディアは黒狼族の手から逃れる為、遠く離れた他国へと移り住んだ事は聞いた。しかしそれは、カイル王国を選ぶ理由の1つにしかならない。今更ながら、少し弱いのではないかと気付かされる。

 

「カイル王国は他国に比べて温暖な気候なのですよ。」

「標高の低い国では最南端だからなぁ・・・って、それが理由?」

「そうです。まぁ、有事の際に魔境であるエリド村の方へ逃げる為でもありますが・・・。」

「・・・・・。」

 

エリド村から最も近い、カイル王国のギルド支部。そのギルドマスターであったナディアは、ティナ達の本拠地を知っていた。魔境と呼ばれる危険地帯とあって、単身で訪れる事は出来ない場所。だが僅かながらも助かる可能性はある。どうにかして近くまで行ければ、異変を察知した誰かが偵察に来るはず。そういった狙いもあったのだ。

 

「もし仮に、エリド村がもっと北にあった場合。きっとナディアは、今も冒険者を続けていたと思いますよ。」

「暖かい国で、頼れるティナが割と近くに居る。そんな場所なら、自分の足で姉を探すよりもギルドの職員になった方が情報は集まる、か。偶然が重なった結果とは言え・・・ナディアもツイてるな。」

「いいえ、少し違います。」

「ん?何が違うんだ?」

「ナディアをギルドマスターに推薦したのは、お母さんですから。」

「それは・・・ナディアの事情をある程度把握した上での提案って事?」

「はい。因みに、お父さんは何も知りません。脳筋ですから。」

「・・・・・。」

 

素直に美談で終わらせれば良いものを、ユキは余計な一言を付け加える。意味も無くディスられたアスコットに同情しつつ、シュウはエレナの事を考えた。

 

「とにかく、母さんには改めて礼をしないとな。何がいいと思う?」

「ふふふっ。私達が協力するだけで充分だと思いますよ。」

「それはそうだけど・・・帰るまでに考えておくか。」

 

エレナの機転がなければ、ルークがナディアと出会う事は無かっただろう。無論、ティナがルークの嫁に誘う事も。だからこそシュウは、エレナに感謝していたのだ。

 

 

ユキとの会話を終え、ようやく部屋が暖まってきた事に気付く。そして一度他の事に気付くと、また別の事にも気付き始める。ナディアとエアの会話もその1つ。

 

「のぉ、ナディアよ?」

「何よ?」

「今のその姿、嫁としてどうなのじゃ?」

「仕方ないでしょ!体が冷え切ったんだもの!!」

「これが噂に聞くグータラ亭主とやらかのぉ・・・」

「ちょっと!私は妻!!亭主じゃないわよ!」

「「「・・・・・。」」」

 

毛布に包まり、顔だけ出してゴロゴロ転がるナディア。手を出すのも嫌なのかと、呆れた視線を向ける竜王達。そしてそれは、会話に加わっていなかったユキも同様であった。立ち上がり、頭を抱えて呟く。

 

 

「・・・私は人選を間違えたのでしょうか?あれではシュウ君の方が主夫ではありませんか。」

「・・・どの口が言ってるんだ?」

「え?」

「え?」

「「・・・・・。」」

 

 

コチラにも何とも言えない沈黙が訪れる。売り言葉に買い言葉ではないが、ユキが漏らした本音にシュウも思わず本音を漏らす。

 

 

基本的な家事は使用人がする。しかし使用人の居ない状況では、ほぼ全てをルークが行っていた。ルークの嫁は王族が大半を占めるとあって、全員が『食う』『寝る』『働く(遊ぶ?)』である。

 

家事が嫌いではないシュウは、基本的に文句を言わない。だが改めて口にされると、言ってしまいたくなるのが人である。

 

 

シュウの冷ややかな視線に取り繕う事も出来ず、ダラダラと冷や汗を流すユキなのであった。

 

 

279話 牛さん再び

 279話 牛さん再び

 

 

31階層から変わらず続く草原を、もの凄い速度で突き進むシュウとユキ。現在その姿は35階層にあった。ダンジョンだけあって魔物の数は多いが、見晴らしの良さから討ち漏らす事は無い。

 

驚異的な視力も大きいが、何より恐ろしいのは移動速度。例え1キロ先であろうと、あっという間に距離を詰めては一刀の下に斬り伏せる。その道程は全く以て危なげないものであったが、その表情は優れない。

 

「クソッ!もうあんな所まで進んでやがる!!」

「はぁ、はぁ、はぁ・・・もう無理。」

「で、出鱈目なのじゃ!」

 

シュウ、ナディア、エアが揃って呟く。その視線の先に居るのは、目印であるアクア。つまり、その位置にユキが居る事を意味する。

 

現在の位置関係は、最後尾がナディアとエア。35階層の入り口から2キロ程進んだ所だろうか。その1キロ先にシュウ。そして肝心のユキはと言うと、そこからさらに2キロ程進んだ場所に居た。何故ここまでの差がついたのかと言うと、答えは草原の魔物にあった。

 

「ハンバーグ、ステーキ、すき焼き・・・じゅるり。ここはパラダイスです!」

 

そう呟きながら疾走するのはユキ。目にも止まらぬ速度で狩られるのは、ご存知『牛さん』である。冴え渡る剣技、舞い散るヨダレ。とめどなく溢れ出るヨダレのせいで、折角の美人が台無しである。だがしかし、それを視認出来る者はいない。

 

 

待望の牛さんを前にして、ユキのテンションは限界を突破してしまったのだ。その結果ナディアはオーバーペースとなり、最早付いて行く体力も無い。見兼ねたエアが背負って追うも、その差は一向に縮まらない。自分達の担当区域も、テンションマックスのユキに狩り尽くされていると言うのに。

 

対するシュウだが、速度と持久力ではユキに勝っていた。にも関わらず遅れを取るのは、魔物を狩る速度に差があったから。刀を置くという決断が裏目に出た格好である。1頭を仕留める時間に差は無い。問題はその後であった。

 

次の獲物に攻撃を仕掛けるまでに、刀のリーチ分の差が現れる。それを埋めるのに、1歩か2歩多く必要とする。時間にして刹那、ほんのゼロコンマ何秒かの差。その差が数百匹を狩る間に蓄積されて行くのだ。

 

跡形も無く消し飛ばして良いのであれば、圧倒的にシュウの方が早い。だが素材を傷めずに仕留めるとなると、それなりに加減しなければならないのだ。魔法にしろ拳打にしろ、緻密なコントロールを要求される。しっかりと地に足を付けて、攻撃する箇所を選ばなければならない。結果、追加でゼロコンマ数秒をロスする事になる。

 

 

一方のユキは、単に刀で首を撥ねれば良い。細かい事を考える必要など無いのだ。斬った傍からアイテムボックスへと収納する一連の流れは、芸術と呼んでも差し支えない程に洗練されていた。溢れ出るヨダレによって色々と台無しではあるが・・・。

 

 

最終的にはユキが35階層の出口に辿り着いてから数分後、ナディアを背負ったエアが到着する結果となった。走るだけなら一瞬だったのだが、背中のナディアを気遣っての行動である。色々と物申したいナディアであったが、その前にユキが口を開く。

 

「動いたら小腹が空きました!おやつにしましょう!!」

「はぁ、はぁ・・・お、おやつ?」

 

甘い物なら入るかもしれない。そう思ったナディアが息を整えながら顔を上げる。そんなナディアに告げられたのは、追い打ちとも呼べる一撃であった。

 

「牛さんが大量でしたので、焼き肉をお願いします!」

「「「「・・・・・。」」」」

「うっぷ、おぇぇぇ・・・」

 

呆れた視線を向けるシュウと竜王。そしてナディアは我慢出来ずに戻してしまう。全力疾走の後、焼き肉を食えるのはユキだけだろう。

 

 

ナディアの介抱をエア達に任せ、シュウは言われた通りに焼き肉の準備をする。だがこれはユキが望んだから、という理由だけではない。ナディアの体力回復の時間を稼いでやろうという思いやりでもあった。まぁ漂う香りは、ある意味拷問なのだが。

 

焼き肉であれば、調理をユキに任せても問題は無い。新鮮な部位を使っている事もあって、軽く火を通せば食えるのだから。結局は体力に余裕のあった竜王達も加わり、焼き肉パーティが繰り広げられる。

 

 

そんな肉食獣を尻目に、シュウはナディアの下へと歩み寄る。

 

「大丈夫か?」

「えぇ・・・もうちょっと休めば平気よ。」

「気休めにしかならないけど、次の階層からは楽になるはずだ。」

「?」

 

シュウの言葉に、ナディアが首を傾げる。

 

「このダンジョン、5階層毎に切り替わるだろ?」

「あぁ、なるほど。草原は此処までって事ね?」

「そうだ。砂漠、岩石砂漠に渓谷。墓場、森林、湿地帯と来て草原だった。」

「なら残るは・・・山脈地帯かしら?余計にキツくない?」

「ただの山脈なら、な?」

「違うの?」

「渓谷とか森林とかがあったから、普通の山脈って線は薄いと思うんだよ。」

「なら、シュウは何だと思うの?」

「オレの予想は火山地帯かな。」

 

単なる山ではなく、火山と予想するシュウ。これにはナディアの瞳が輝きを取り戻す。何故なら、火山地帯には魔物が少ない。その分大型の魔物が生息するのだが、それは即ちユキの移動や殲滅の速度が下がる事を意味している。高低差はあるが、岩陰を探したりすればペースは落ちる。

 

例え討ち漏らしがあっても、ユキに気付かれる心配は無い。不敵な笑みを浮かべるシュウとナディアは、焼き肉に満足したユキ達に気付かれないよう後片付けに回る。

 

 

一休みした後、36階層へと踏み入れるユキ達。ニヤリと笑みを浮かべながら視線で会話するシュウとナディアだったが、36階層の景色を目にして表情を凍り付かせた。

 

 

「ちょっと!何処が火山よ!!」

「予想って言っただろ!たまには外れる事だってある!!」

「「「「?」」」」

 

突然言い争いを始めたシュウとナディアに、事情がわからないユキ達が首を傾げる。残念な事に、シュウ達の前に広がっていたのは雪原であった。それも雪が薄っすらと積もるだけの。足場が悪くなっただけで、草原と何ら変わりが無いのである。

 

 

この事実に絶望したシュウは、最悪の一言を呟くのだった。

 

「予想は・・・よそう!」

「「「「「・・・最低。」」」」」

「・・・・・。」

 

 

只でさえ気温の低い空間に、より一層の冷気が漂うのであった。

 

 

278話 制約

 278話 制約

 

 

「さて。それじゃあ私達は戻るわ。」

「あぁ。これまでの事を考えると特に問題無いと思うけど、気を付けて戻ってくれ。」

「えぇ。家に帰るまでが冒険ですもの。大丈夫よ!」

 

一夜明けて朝食を摂った一行は、出発の準備を整えていた。そんな中、然程心配していないがフィーナに油断しないよう釘を刺すシュウ。その辺りは充分に心得ているフィーナが笑顔で答える。

 

「それから母さん。」

「な、何かしら?」

「オレが戻ったら向こう側へ連れて行くから、しっかり準備を整えておいて。」

「「「「「っ!?」」」」」

「わ、わかったわ!」

 

色々と多忙なシュウが、すぐに自分達へ対応してくれるとは思っていなかった。だからこそ全員が一瞬驚くも、すぐに表情を引き締める。エレナ達にとって、絶対に逃してはならないチャンスなのだから。

 

 

彼女達の実力では、ライム魔導大国のダンジョンを抜ける事はまず不可能。レベルを上げて挑めば良いのだが、それでは何年掛かるかわからない。

 

そんな者達が進んで良いのかと思うかもしれないが、その辺は問題無い。ダンジョンという狭い空間に魔物が密集しているから抜けられないのであって、広い場所へ出てしまえばそれなりに対処は可能なのだ。

 

エレナ達の火力は足りているが、持久力が足りない。そこを圧倒的な火力と持久力を誇るルークとカレンが切り開く。他の者は黙って付いて行くだけで良いのだから、拒否するという考えは起こらない。

 

 

 

来る時以上に気を引き締めたエレナ達を見送り、シュウはナディア達に向き直る。

 

「さてと。じゃあオレ達も行こうか。」

「うむ!一気に進むのじゃ!!」

「あ、いや、ゆっくり行こうと思うんだ。」

「な、何故じゃ!?」

「出来るだけ食材を確保したい。」

「「「「まだ集めるの()!?」」」」

 

シュウの発言に、ナディアと竜王達が驚きの声を上げる。それもそのはず。ユキのアイテムボックスには、既に数え切れない程の食材が保管されている。だと言うのに、もっと集めるつもりなのだから当然だろう。だが予想外にも、その理由はユキの口から告げられる。

 

「お父さん達の行程は、恐らく数ヶ月に及びます。それも、野営で料理をする余裕の無い場所です。シュウ君は、そんなお父さん達の分を集めようとしているのですよ。」

「「「「なるほど・・・(ユキの分じゃなかった!?)」」」」

 

まさかの理由に、全員が同じ事を考える。だが態々声に出す程愚かではない。しかし、みんなが何を考えたのか感じ取ったのか、ユキが冷たい視線を向ける。

 

「何か言いたそうですね?」

「「「「な、何でもありません!」」」」

「・・・・・。」

 

馬鹿なやり取りを尻目に、シュウは無言を貫く。いや、無心である。考えてはいけないのだ。だが流石に気の毒だと思い、話を進める事にした。

 

「ゆっくりとは言ったけど、実際は急ぐからな?」

「どういう事?」

「手分けして進もうと考えてる。」

 

シュウの作戦はローラー戦術であった。ユキの場合、ソロだった為にダンジョンを横から横へ進むしかなかった。これではカバー出来る範囲が狭く、あまりにも時間が掛かり過ぎる。

 

そこで考えたのが、ある程度の横幅を決めた縦への移動である。反復横飛びしながら進むようなイメージだろうか。まぁ、飛べる程短い距離でもないのだが。

 

「そうか、縦に6つへ分けるのじゃな?」

「だがどうやってだ?まさか地面に線を引く訳でもあるまい?」

「ある程度の位置であれば、魔力で感知出来るのでは?」

 

分割の方法を巡って、竜王達が勝手に議論を始める。だがそれにはシュウが待ったを掛ける。

 

「分けるのは6つじゃなくて3つだ。」

「「「「3つ?」」」」

「あぁ。悪いが誰か2人は、目印として竜の姿で浮かんでて欲しい。残る1人はナディアを手伝ってくれ。」

「なるほど。私とシュウ君が両端を、ナディアが中央を担当するのですね?」

「そうだ。このダンジョンは幅5キロ、奥行き10キロって所だから・・・オレとユキの担当は両側2キロずつ。ナディア達は真ん中の1キロでいいぞ。」

「「「「・・・は?」」」」

 

一体この2人は何を言っているのだろう。そう思った1人と3匹が間抜けな声を上げる。ナディアもそれなりの実力者だし、竜王に至ってはそれ以上である。そんな1人と1匹を相手に、圧倒的なハンデを与えようと言うのだから。

 

「さっき父さん達に確認して貰ったら、31階層は草原だったらしいんだ。見通しがいいから、1キロなら2人で余裕だろ?ナディア達は500メートルずつなんだし。」

「私達も2キロであれば、態々魔物を探す必要もありませんからね。」

「「「「いやいやいや!」」」」

 

見えれば良いというものではない。見るのと狩るのでは大違いとあって、ナディアと竜王達が揃って手を左右に振る。

 

「ん?そうか・・・浮かんでるのが暇なら、好きに交代してもいいからな?」

「そういう事を言いたい訳ではないんじゃが・・・」

「「「・・・・・。」」」

目印として浮かんでいるだけでは退屈なのだろう。そう思っての発言だったが、かなり的外れであった。そんなシュウとユキに対して、呆れた視線を向けるナディアと竜王達であった。

 

 

 

 

 

一方、帰路に着いたフィーナ達。気合を入れ直したエリド村の面々であったが、1人だけ神妙な面持ちの者が居た。先頭集団の1人であった彼女は、倒す魔物も居ないとあって走りながらも口を開く。

 

「ねぇ、アナタ?」

「どうした?」

「封印魔法を覚えてる?」

「封印?・・・ルークが小さい頃に掛けたアレか?」

「えぇ・・・。」

 

何とも歯切れの悪いエレナに、アスコットが小さく首を傾げる。

 

10年も前のアレが今更どうかしたのか?」

「それなんだけど・・・」

「何の事?」

 

ルークの話題とあって、フィーナが口を挟む。そんなフィーナに対し、アスコットは簡単に事情を説明した。

 

 

魔法の中には、契約魔法や制約魔法と呼ばれるモノが存在する。一方的に掛ける事の出来ない魔法によって、対象者の行動を制限する為に用いられる。秘密を口にしないように用いられるのが一般的なのだが、力を制限する事で修行に用いる事も可能であった。この場合は術者とそれを掛けられる側、どちらか一方の意思で解除が可能である。

 

そしてそれは、ごく短期間の間だけ有効とするものである。命を落としては意味がない為、大抵の場合が危機的状況下であっさりと破棄されるのだ。この制約魔法だが、通常他者は判別出来ない。出来るのは掛けた側と掛けられた側のみである。

 

そしてシュウと言うかルークの場合、隠蔽の魔道具を使って巧妙に隠していた。目的は勿論、エレナにも気付かれないようにする為。だがシュウの姿となった事で、その効果が適用されなかったのだ。魔道具はシュウをルークと見なさなかった為に。

 

ごく短時間であれば、エレナも気が付かなかったかもしれない。だが今回は時間を共にし過ぎた。じっくりとシュウを観察した訳でもないが、自然と目に入る時間が多かったのだ。

 

 

「修行の一貫で能力を封じる制約魔法を、ね・・・。それで?それがどうしたって言うの?」

「・・・・・。」

「エレナ?」

「・・・いなかったの。」

「「え?」」

 

珍しく小声のエレナに、聞き取れなかったアスコットとフィーナが聞き返す。

 

「だから、まだ破棄されていなかったのよ!!」

「「・・・はぁ!?」」

 

あまりにも衝撃的な内容に、アスコットとフィーナが急停止する。何か異常でも起きたのかと、少し後ろを走っていたサラ達が合流する。

 

「どうしたの!?」

「魔物か!?」

「何割だ!?一体何割の制約をルークに課したんだ!?」

「・・・・・。」

「・・・何だ?」

「どうしたのよ?」

「おい、エレナ!」

 

心配するサラとリューには目もくれず、アスコットがエレナの両肩に掴みかかる。黙り込んだままのエレナを尻目に、フィーナが集まって来た者達も含めて説明する。僅か十数秒の説明の後、全員の視線を向けられたエレナが、フィーナの問い掛けに観念して口を開いた。

 

「お願いエレナ、答えて頂戴?」

「・・・3割、です。」

「何だ、たった3割かよ・・・」

「ビックリさせないでよね・・・」

 

3割の力を制限する魔法。そう捉えた者達が胸を撫で下ろした。戦闘に於いて、7割の力が出せるのであれば充分である。疲労や負傷によっては、半分の力も出せない事などザラなのだ。だがエレナは大きく首を横に振る。

 

「違うの!あの子は本来の3割しか力を出せないのよ!!」

「「「「「なっ!?」」」」」

「じょ、冗談、だろ・・・?」

3割でアレって・・・」

「本当に化物じゃないか・・・」

 

3割の力を封じられているのと、3割の力しか出せないのではあまりにも違う。エレナの口から告げられた事実は、誰にとっても衝撃的だった。衝撃過ぎたのだ。たった3割の力で、この世界最強と思われるカレンと同等かそれ以上にまで成長している。つまりシュウは、その気になればカレンすら圧倒してしまえるのだ。

 

そんな化物と一時的にでも敵対した事実に、全員が戦慄を覚えるのであった。

 

 

因みに何故ルークが制約魔法を破棄していないのかと言うと、1つは身近に制約魔法の使い手がいなかった事が挙げられる。この魔法は、自分自身に掛ける事が出来ないという特性を持つのだ。破棄してしまえば自分では掛けられない。

 

 

もう1つの理由。それは、そこまで差し迫った状況に陥らなかったから。エリド達を相手にした際も、命の危機を覚えなかった。カレンはかなり危険だったかもしれないが、カレンであれば大丈夫だろうと信じていたのである。

 

 

もしもルークが、シュウが本来の力を振るうとすれば、それは他の嫁に危険が及んだ時だろう。そんな日が永久に訪れない事を願わずにはいられないフィーナ達であった。

 

 

277話 ケロちゃん!

 

277話 ケロちゃん

 

 

30階層のボスが居る部屋。そこに踏み込んだシュウ達は今、映り込む光景に言葉を失っていた。全員が口を開けたままで。

 

「「「「「・・・・・。」」」」」

 

目の前の光景は信じられないのだが、それでも経験豊富なエレナとアスコットが言葉を発する。

 

「・・・ねぇ?」

「・・・何だ?」

「アレもカエルなのかしら?」

「・・・多分?」

「「「「「・・・・・。」」」」」

 

エレナとアスコットが言うように、目の前に鎮座する生物の特徴はカエルである。ならば何故そのような質問をしたのか。それはとてもカエルとは思えない程のサイズだったからだ。目算で体長20メートルに及ぶカエル。そんなカエルは未だかつて見た事が無い。

 

さらに疑問に拍車を掛けたのはその頭部。巨大なカエルには首が3つある。これこそが鑑定魔法にあった名前の由来。大まかに、本当にざっくり大別するとケルベロス。そこにカエルのケロを掛けたのだろう。即ちケロベロスである。

 

 

「・・・上手い事言ったつもりかよ!?」

「ちょ、落ち着きなさい!」

 

どうしてもツッコまずにはいられなかったシュウと、それを宥めるフィーナ。いつもなら真っ先に文句を言うはずのナディアだが、今回ばかりは大人しい。何故なら、例に漏れずシュウの嫁は変わり者揃いだからである。

 

(ケロベロス・・・な、中々いいセンスしてるじゃない。)

 

長年むさ苦しいギルド努めだった事で、ナディアのセンスはオッサン寄りにシフトしていた。それでも声に出さなかったのは、かつて女性職員達に注意されていたから。思った事を何でも口に出すのは婚期が遠のく、と。

 

それなりに結婚願望のあったナディアは、女性職員達の忠告を素直に受け入れた。それでも男勝りな性格だけはどうする事も出来ずに行き遅れていたのだが、今その話は置いておこう。

 

 

 

みんなが思い思いの言葉を口にし、それに伴った行動をする。それは当然ユキも同じで、彼女の場合は目的が果たせなかったショックから、実に大胆且つ過激な行動に出る。

 

ーーチン

 

「「「「「・・・え?」」」」」

 

ーーズドン!

ーーブシュュュー!!

 

突如鳴り響いた微かな金属音だったが、場違いな音に全員が揃って顔を向ける。そこには刀の柄を握り締めるユキの姿があった。そして目の前に鎮座していたはずのケロベロスから頭部が落下し、胴体からは血が吹き出す。

 

一体何が起きたのか。その答えに気付いたのはシュウだけである。

 

「・・・斬っちゃったの?」

「何をです?」

「いや、ケロベ「居ませんでした。」え?」

 

シュウの言葉を遮るユキ。その表情は何処か鬼気迫るものだった為、思わずシュウは聞き返す。だがユキの答えが変わる事は無い。

 

「ですから、此処には大きなカエルしか居りませんでした。」

「いや、でも・・・」

「少し大きなカエルしか居りませんでした。何か問題でも?」

「すこ・・・いえ、何も問題ありません。」

(((((あ、逃げた・・・)))))

 

有無を言わせない迫力のユキに、シュウは逆らう事を諦める。非常に珍しい光景に、その場に居合わせた全員がシュウの敗北を悟る。無かった事にしたいユキと、 ケルベロスでなければ割とどうでも良いシュウ。ここで下手に刺激する意味は無いのだ。

 

 

「お父さん、お母さん。」

「「は、はい!」」

「あのカエル、解体して頂けますか?」

「「かしこまりました!!」」

 

まさか自分達に飛び火するとは思っておらず、ユキにつられて丁寧な口調で答えるエレナとアスコット。この時点で胸を撫で下ろしたシュウが、ユキの異変に気付く。

 

(口調が変わってるのに、誰も気付いてないな。いや、暫くそっとしておこう。・・・ユキが落ち着くまで。)

 

 

自分から火に油を注ぐ必要は無いと思い、ユキの事には触れないでおこうと考えたシュウ。しかし黙って見ているのも不自然とあって、話題を別な物へと向ける。

 

「じゃあ、オレ達はこれからの事を話し合おうか。」

「そ、そうね!」

「え〜と、私は・・・解体を手伝って来るわ!」

 

同意するしかないナディアと、何とかこの場から逃げ出そうとするフィーナ。そんな2人を一瞥して、ユキはシュウの下へと歩み寄る。

 

「シュウ君はナディアと一緒に先へ進むのでしたよね?」

「え?あ、あぁ。」

「でしたら私はみなさんと一緒に戻ろうかと思うのですが・・・」

「っ!?そ、それはイケない!(ユキを野放しにしては堪りません!考えましょう、オレ!!)

 

今度はシュウが慌ててしまい、口調が可笑しなものへと変化する。そんなシュウの様子に、ユキは黙って首を傾げる。

 

「折角この姿なんだ、もう少し一緒に居てくれてもいいだろう!?」

「これから先もずっと一緒ではありませんか?」

「うぐっ!ほ、ほらっ!ユキの食事があるじゃないか!!」

「城の料理人達が居れば問題ありませんよ?」

「うっ・・・」

 

もっともらしい言い分なのだが、ユキはいとも簡単に論破してしまう。これが真剣勝負であれば、どんな相手だろうと僅かながらに勝機も見出せる。しかしユキが相手とあってはそうもいかない。シュウ並の知力を誇るユキが相手では、それも難しかった。

 

何より決定的だったのは、女性に口で勝つ事が難しいという事だろうか。そんなシュウに対し、ナディアが助け舟を出す。

 

「一緒に来れば、毎食後にプリンが食べられるわよ!?」

(プリン?・・・料理もスイーツも、シュウ君の方が明らかに美味しい)・・・わかりました。私も同行させて頂きます。」

 

 

ナディアの一言で瞬時に心変わりしたユキ。どうせ食べるのなら、美味しい方を選ぶのは当然の事。こうして何とか事なきを得たシュウは、ナディアへの礼をどうするのか考えるのであった。