人気ブログランキングへ

Shining Rhapsody

オリジナル小説の投稿がメインです

324話 侵攻12

 324話 侵攻12

 

 

再びエリド村を訪れたカレンだったが、先程の体験を引き摺っていたせいで動き出すことが出来ない。そんなカレンの様子に気付いた者達が慌てて駆け寄る。

 

「カレンさん!?」

「カレン様、大丈夫ですか!?」

「・・・・・えぇ、すみません。もう大丈夫です。」

 

心配は要らない――そう告げるカレンだったが、説得力は皆無だった。

 

「ちょっと!すごい汗じゃない!!」

「何かあったのですか!?」

 

露出の少ないドレス姿とあって、全身がどのような状態なのかは窺い知る事が出来ない。しかし唯一露出している顔、額は汗でびっしょりだった。

 

「説明しますので、時間を頂けますか?」

「わ、わかりました。それでは――」

「いいえ、スフィア。これは皆さんにも聞いて頂くべきです。その上で、エレナ達に質問があります。」

「「?」」

 

カレンと共に場所を移そうとしたスフィアを制止し、全員を見回す。そしてエレナとティナに視線を向けた。自分達への質問に心当たりの無いエレナとティナが揃って首を傾げる。

 

カレンが本当に落ち着いたのであれば、場所を移して腰を落ち着けただろう。ついでに紅茶でも要求したはずだが、今のカレンにそんな余裕は無かった。その場で学園都市での出来事を説明する。

 

「――という事がありました。恐らく今ルークは政務を再開している事でしょう。」

「「「「「・・・・・。」」」」」

 

聞かされた状況を理解しようとしているせいか、すぐに口を開く者はいなかった。だからこそカレンは数秒待ってから持論を展開する。

 

「おそらく、今までルークは本気を出していませんでした。いいえ、本気ではあったのでしょうね・・・出せる範囲での。」

「「「「「はぁ!?」」」」」

「「「「「・・・・・。」」」」」

 

それはない。そう思った嫁達が揃って声を上げる。だがエリド村の者達は無言を貫く。

 

「その反応・・・やはりエレナ達は何か知っていますね?」

「は、はい。実は――」

 

エレナの口から告げられたのは、幼少の頃にルークへ施した封印の話。だがこれは珍しい事でもない。駆け出しや低ランク冒険者の多くが体験する、ありふれた訓練方法なのだ。何らかの手段で力を封じられた場合や疲労で体力や魔力が十全でない場合を想定し、一時的に施される封印。指導する側とされる側、双方が合意の上で行える契約の一種。非常に強力な分、どちらか一方の意思で解除が可能という代物だった。

 

本来であれば驚く事は無いのだが、使った相手が普通ではなかった。

 

「そのような訓練法が・・・」

「私も知りませんでした。」

 

冒険者ではないスフィアとカレンが目を見開く。だが納得行かなかったのは冒険者側。

 

「ちょっと待って。何で今、あんな『一時的な枷』の話が出て来るのよ?」

「そうね。大抵その日限りだもの。」

「何故です?」

 

ナディアとフィーナの言葉に、スフィアが問い掛ける。そして返って来たのは納得の行く答えだった。

 

「只でさえ弱い駆け出し冒険者の力が減少するのよ?ゴブリン、下手すればスライムにだって殺されるもの。そんな危険を犯す者は居ないわ。」

「大抵訓練が終われば解除するし、長くても次の依頼までね。ランクの低い冒険者は毎日依頼を受けるから、枷があると稼ぎに響くの。移動時間も増えるし、採取や討伐に掛かる時間も増える。オマケに素材を持ち帰る量も減るでしょ?」

「なるほど。ですが、ダンジョンに向かった時のルークにはその『一時的な枷』が施されていたと・・・何時の間に?」

 

スフィアの記憶する限り、そのような報告は一切受けていない。自分達の目を盗んで行うようなものでもないだろうし、単純な好奇心からの質問であった。だがその質問こそが核心を突くものである。

 

「ルークが訓練を初めてすぐ・・・5歳の時よ。」

「「はぁぁぁ!?」」

 

自信満々に解説したナディアとフィーナが大声を上げる。

 

「そんな状態でこの魔境を生き抜いて来たって言うの!?」

「子供が枷を嵌めた状態で暮らせる場所じゃないでしょ!」

「そう言われても・・・」

 

ナディアだけならともかく、フィーナにまで詰め寄られて困惑するエレナ。そんな彼女を救ったのは冷静なスフィアだった。

 

「ルークは健在なのですから、可能だったと理解するしかないでしょう。それよりも気になっていたのですが、枷と言うのはどの程度効力があるのです?お二人の反応から察するに3割程度・・・或いは半減ですか?」

「・・・7割減です。」

「「はぁ!?」

 

これが2度目とあって、エレナは簡潔にわかり易く説明した。だがどれだけわかり易く説明しようとも、説明される側の想定を大幅に上回ると理解は難しいらしい。リアクション芸人のような2人を放置し、難しい顔のカレンが呟いた。

 

「つまり7割増しと言う事ですか・・・」

「何か?」

「えぇ。ルークの強さは私を若干上回る程度だったはずなのですが、今日感じた限りではそれ以上だったもので・・・。」

「単純計算で2倍弱ですよね?」

「いえ、もっとです。少なく見積もっても私の5倍はあるような気がしました。」

「「「「「5倍!?」」」」」

 

1撃で都市を滅ぼすバケモノの5倍。そう言われて全員が驚いた。だがいまいちピンと来ていない者が問い掛ける。

 

「それはどの程度の事が出来るのでしょう?」

「そうですね・・・私の全力の1撃ならば帝都を滅ぼせますが、おそらくルークの全力の1撃は・・・帝国の領土全てを滅ぼすでしょうね。いえ、ひょっとすると隣国も巻き込むかもしれません。」

「・・・・・は?」

 

カレンの説明にポカーンとしたのはスフィアだけではない。他の者達も声は上げなかったが似たような表情だった。だがカレン以外は知らない。今の例えはカレンと同じ方法ならば、という注釈がつくことを。

 

 

(最低でも、ですけどね。ましてやルークの場合は禁呪がありますから、もしかすると大陸ごと滅ぼせるかもしれないのですが・・・意味のない仮定です。無駄に怖がらせる必要もありません、言わなくて良いでしょう)

 

 

323話 侵攻11

 323話 侵攻11

 

 

あっさりと防壁を破壊し、学園都市を守る兵達の下へと移動したルーク。彼は生き残った傭兵や冒険者辺境伯の私兵が集まるのを静かに待っていた。

 

「・・・ん?」

 

両腕を組んでいたルークは、不審な気配を察知する。

 

(随分離れた位置で反応したヤツがいるな。この感覚は・・・カレン?ふ〜ん、気付いたのは流石だけど、その後の行動がダメだな。自分が感じ取れるという事は、当然相手にも気付かれたと考えるべきだ。距離をとるなら全力で後退しないと)

 

 

自身の警戒に引っ掛かるも、瞬時に数歩後退ったカレンを称賛する。しかしその後すぐにダメ出しを行った。偵察等の場合、気付かれた時点で失敗なのだ。相手が余程格下でもない限り、逃走以外の選択肢は無い。まぁ、格下ならば気付かれる事もないのだが。

 

ルークの警戒網を逃れたつもりのカレンだが、実はそうではない。その気になればルークの警戒範囲は、広大な学園都市をすっぽりと覆い尽くせる程。だがそれでは情報過多となり、確実に処理が追い付かなくなる。そこで独特の手法を編み出していた。

 

まず今立っている位置。学園都市の最外周で、外を眺めている。前方を目で直接見る事で、感覚を背後に集中させる事が出来たのだ。これで情報量は半分となる。これだけでも流石と言えるのだが、ここからが本領だ。

 

まず最も警戒しているのは、自身から背後数メートルまでの距離。例えカレンが不意打ちを仕掛けても、この距離ならば確実に対処出来るという絶対の自信を誇る。ここまでは普通なのだが、今回のルークはその先が異なる。500メートル間隔で境界線を設け、その線上のみに強く意識を向けたのだ。

 

ある程度の実力者であれば確実に察知するよう、しかもわかり易く。その上で境界線の前後数メートルに気付かれぬよう網を広げる。こうする事で、相手は無意識の内に境界線へと意識が向く。あとは気取られないように意識を向けるだけである。

 

 

「カレンは潜入や尾行に向かないだろうけど、教えといて損は無いだろうな。こういう場合は逃げろって教えるだけで、特に練習する必要もないし。まぁそれは皆と一緒の時に教えるとして・・・暇だったのかな?」

 

カレンの行動目的は暇つぶしの野次馬、そんな結論に達したルークはカレンから意識を背ける。敵でもなければ、積極的に邪魔をするような相手でもない。コソコソしている理由はわからないが、特に気にする事もないだろうとの判断だった。

 

 

その後もカレン以外に警戒を続けたルークだが、特に異変も感じられなかった事で徐々に警戒範囲を狭めて行った。

 

 

――と、カレンは思っている。その為、然程警戒もせずに接近を続けたのだ。

 

(・・・流石と言えば流石だな。でもカレンなりに警戒はしてるみたいだけど、オレの警戒範囲に合わせて移動するってのはちょっとお粗末だな。急に広げられたらどうするつもりなんだ?あぁ、いや、対処出来ると思われてるのか。・・・やっぱ後でお灸を据えよう)

 

ニヤリ、と悪そうな笑みを浮かべたルーク。初めはカレンの考える通りだったのだが、途中からカレンの行動に気付き遊び始めていた。一定の速度で範囲を狭め続け、途中で止める。カレンがそれに対処すれば、今度は狭める速度に緩急をつけたりと、カレンの対応力を伺っていたのだ。

 

 

 

何でも力技で解決出来てしまった弊害。駆け引きにおける、圧倒的な経験不足。カレンの実力的に知る必要など無いのかもしれないが、気付いたのならば教えるべきだろう。嫁が危険な目にあって心配しない夫などいないのだから。

 

やがてお互いの距離が500メートル程となり、カレンのテストが終了する。そして暇を持て余したルークの思考は、明後日の方向に飛んで行った。

 

 

「にしても、一向に馬鹿が減らないのはどういう理屈だ?」

 

旧帝国を真っ向から叩き潰したというのに、敵対する者が跡を絶たない。他人の思考など到底理解出来ないのだから、理由を知る事は不可能なのかもしれない。だが、何らかの解決法は見出しておくべきだろう。

 

「リノア達の魅力・・・そんなのはオレと出会わなくても変わらない。スフィア達の優秀さだってそうだ。纏まった今の方が厄介だろうに、手を出す者が減るどころか寧ろ増えてる気がするんだよな。となると、やっぱオレか?・・・・あぁ、そうか。舐められてるんだな?」

 

今頃になって気が付いた事実に、沸々と怒りがこみ上げる。一度火が着いたネガティブな思考というのは、意識するかキッカケが無い限り反転しない。

 

「手加減してればいい気になりやがって。自重してるからダメなのか。そうだな、もういいか・・・」

 

不穏な言葉を発したルークに、傭兵や冒険者達を集め終わった事が告げられる。眼下に集められた者達を一瞥し、協力した兵達が防壁の内側に駆け込む姿を見届けると、ルークは再び傭兵達に視線を向ける。だがそこには、先程までとは全く別の感情が込められていた。

 

 

――ドサッ!ドサッ!!

 

次から次へと傭兵や冒険者達が倒れて行く光景に呆然とする兵士達。千人以上の人間が一人残らず倒れた事で、今度はルークへと視線を移す。

 

「・・・へ?」

「い、一体何が・・・?」

 

理解の追い付かない彼らの呟きには答えず、ルークは隊長へと振り返る。

 

「貴族街の防壁を一部破壊したのは伝わってるか?」

「は?・・・は、はい!」

「餌はバラ撒いたし、穴も開いてる。敵対してる以上、応援する訳にもいかないが・・・頑張って避難してくれ。」

「・・・え?」

 

隊長の反応を待たずに歩き出すルーク。だがふと忘れていた事を思い出して足を止め、視線を遠くへと移す。

 

 

皇帝の行動の意味がわからず、誰もが首を傾げるのだが――ルークは答える事もなくその場から消えてしまうのだった。

 

 

 

 

「っ!?・・・・・・ぷはぁっ!はぁ、はぁ、はぁ・・・」

 

ルークの視線の先に居た人物が、ルークの転移と共に息を吐き出す。上手く隠れていたつもりだったのだが、完璧に捕捉されていたのだ。そしてルークが向けていたのは視線だけではない。身を持って体験した人物は、呼吸をする事が出来なかったのだ。息を整えようとするも、今度は全身がカタカタと震え始める。

 

「ふぅ・・・コソコソするな、という忠告でしょうか?その辺は夕食の時にでも聞くとして・・・認識を改める必要があります。まずはスフィアに報告しましょう。今の私の手には負えませんよ。」

 

 

正直な感想を呟き、急いで転移したカレンであった。

 

 

322話 侵攻10

 322話 侵攻10

 

 

カレンが忍び寄ろうとしている頃、ルークは兵士達が普段立ち入れない場所に居た。

 

「傭兵達が集まるまでに、さっさと見つけ出すとするか。」

 

今立っている防壁のすぐ内側は貴族街。恐らくは存在するであろう、秘密の出口を探し出そうというのである。だが当然、何のヒントも無い。目撃者も居ないのだから、まずは目で見るしかない。

 

「・・・まぁ、衛兵や門番の詰め所みたいな、わかり易い物は無いよな。だが、それに近い物は何処かに無いとおかしいはず。とは言っても・・・」

 

複数の貴族が関わっているとしても、それぞれが勝手に開閉しているとも思えない。何処かに管理している者達が待機する場所があるはず。そう思って周囲を見回すが、目の前には幾つもの邸宅が広がっていた。

 

「学園都市って呼ぶくらいだから、学園に通う、或いは以前通っていた貴族達の屋敷が乱立している訳だ。事前情報も無しにこの中からピンポイントで見つけ出すのは流石にな・・・」

 

園都市に居を構える貴族だけでなく、別邸を持つ者達も多い。それ以外にも有力な商人の屋敷もあり、無人という事もない。当主は不在でも、管理する者達が暮らしている。篩にかけようにも、その条件が難しいのだ。

 

 

「防壁に面した屋敷だろうとは思うけど、あまり先入観に囚われるのもなぁ。それにオレは管理してる奴を見つけるのが目的でもない。となると・・・刺激でも与えてみるか?」

 

犯人探しを目的としていないルークの選択は、防壁への攻撃。魔法か魔道具で隠蔽されているのだから、ある程度の衝撃を与えれば何らかの反応があるはず。そう判断したのだ。

 

犯人を探す事が目的ではない。ならばルークの目的が何かと言えば、答えは防壁の部分破壊。隠された門を壊すついでに、その周囲の防壁も破壊しようと言うのである。当初の予定では、学園都市を取り囲む防壁の半分以上を破壊してやるつもりだった。

 

しかし1時間後には多くの冒険者や傭兵、辺境伯の私兵を始末する予定である。そうなれば、この都市の防衛力は激減する。数日で塞げない程度の穴さえ開けば、魔物の驚異に晒されるのは明らかだった。

 

「さて、どう刺激を与えるべきかな?それ以前に、どうやって隠蔽しているのかが問題か。兵士が外から確認しても見つからないって事は、門は防壁と同じ素材・・・いや、それは無理があるか。余程大人数でないと開けられないよな。」

 

巨大な岩で作られた門。それを想像するも、すぐに自身で否定する。そんなに重い門となると、開閉に携わる人員は相当なものだろう。目立って仕方ない。しかもそんな重量物が動けば地面に痕跡が残る。それを消すのも一苦労なはずだ。現実的とは言えないだろう。

 

「なら普通の門で、魔法か魔道具で見た目を誤魔化してるのか?けど、兵士達も触ったり叩いたりしながら確認したはずだから、視覚だけでなく触覚や聴覚も誤魔化す事になる。そんな魔道具なんて聞いた事も無いし、兵士達ならその可能性も考慮してるはずだ。・・・待て、兵士に囚われ過ぎだ。見方を変えてみよう。・・・・・門じゃない、とか?」

 

つい先程自分で呟いた言葉を思い出し、事前の推測を全て思考の片隅に追いやる。そこから新たに導き出された別の考え。それは余りにも単純明快なものだった。

 

「地下通路か!」

 

思い付いてしまえばあとは早い。貴族の屋敷から直接外に繋がる通路があるのだろう。そして見付かる恐れがある事から、出口は防壁からある程度の距離をとっているはず。しかし周囲に何も無い場所では、魔物や冒険者に見付かる可能性がある。

 

「絶対に見つからない、いや、見つかっても問題の無い場所。相当大掛かりだけど、時間と金があれば作れる。貴族子飼いの暗殺者なんかが暮らす村、つまり隠れ里!」

 

 

やっと全てが繋がった。そう考えたルークだが、ここで新たな問題に直面する。

 

「だが、どうやって探すかって話だよな。暗殺者・・・帝国の城内に忍び込めるような者達を育て上げるのを考えると、地下通路が作られたのは最近の話じゃないはず。数十年、もしくは数百年単位。それだけ長く続いてる、有力な貴族。それは・・・・・知るか!」

 

問題は無事に解けた。しかし肝心の答えは得られなかった。生まれながらの貴族にして、余程勤勉でもない限り、他の貴族の歴史までは学んだりしない。ルークに至っては、貴族どころか王族についての知識も怪しいのである。結論――

 

「今晩スフィアに聞こう!」

 

カレンが聞いていればズッコケたであろう結論も、今は誰の耳にも届かない。

 

 

「さて、リノア達も明日には見つけられるだろうし、この辺を壊してあの兵達の所へ行くとするか。」

 

強引に予定を修正し、ルークは貴族街へと降り立つ。何一つ予定通りに進んでいないのだが、この男が気にする様子はなかった。まぁ日本における観光でもない限り、予定通りに進むのは稀である。

 

 

「ただ壊すだけじゃ、残骸を拾って応急修理されちまいそうだよな。なら・・・」

 

防壁の破壊と言っても、衝撃を加えただけでは積み重ねられた全ての岩が粉々になる訳ではない。中には真っ二つに割れる物や、角が欠ける程度で済む物もあるだろう。故にルークは信じられない行動に出た。

 

「ふぅ・・・はっ!」

 

――ドンッ!

 

繰り出されたのは、見た目には何の工夫も無い正拳突き。だが当然、その拳には魔力を纏っている。ついでに言えば、拳と同時に魔力も繰り出していた。極限まで力を抑えた魔拳と魔弾である。しかしその魔力は一箇所に集中しておらず、寧ろ広範囲に広がっている。防壁の岩を破壊する為ではなく、吹き飛ばす事を目的とした一撃だった。

 

 

何重にも重なった防壁の岩。与えられた衝撃は密接した岩を伝わり、瞬時に最外周の岩へと到達。さながらビリヤードのように、勢い良く飛び出すのだった。その音を聞き、ルークは思わず顔を顰める。

 

「・・・失敗か。でもこれ以上の威力だと、流石にぶっ壊れるよな?」

 

数トンの大岩が十数メートル吹き飛んでいるのだが、ルークとしては不満しかない。近くに転がしておけば、住人達の手によって運び込まれてしまうだろう。だがもっと飛ばそうとすれば、その前に砕けてしまうかもしれない。もっとも簡単な解決法は、純粋に放り投げる事である。

 

「大岩を担いでぶん投げるとか、常識の有る大人のする事じゃないよなぁ・・・」

 

一体どの口が言うのだろう。そんな馬鹿げた事を口にしながら、ルークは他の方法を模索する、と思われたのだが――

 

「う〜ん・・・こんなので悩むのも馬鹿らしいし、諦めて壊すか。」

 

随分あっさりとした、思考の放棄。防壁の岩を綺麗に吹き飛ばしたところで、誰が得をする訳でもない。いずれ復元しようとでも思わない限り、吹き飛ばすのも粉々にするのも大差無いのだ。

 

「と言うわけで、ほいっ。」

 

――コツン

 

頭の高さにある岩に向かい、まるでノックするかのように裏拳を繰り出すと――

 

――ズドォォォン!

 

およそ20メートルに渡り、幾重にも積み重ねられた防壁の岩が粉々に砕け散る。目の前に広がる開放的な景色に満足したルークは、その場を後にするのだった。

 

 

321話 侵攻9

 321話 侵攻9

 

 

スフィアと別れたカレンが向かった先は学園都市――ではなく帝国の城内。ここからルークの大まかな位置を特定して移動する事にした。何故そんな回りくどい事をするのかと言うと、いきなり転移してルークと鉢合わせを避ける為である。

 

気付かれないように注意しているのだから、当然気配を消している。だが突然視界に入れば誰だって気が付く。ドレス姿のカレンはとにかく目立つのだ。だがカレンが心配しているのはソコではない。

 

(今後も気付かれない為には、臨戦態勢のルークに察知されない距離を把握しておく必要がありますね。ルークの気配は・・・防壁の辺りですか。森なら絶対に見付かりませんが、近付く事も出来ません。となると、学園都市内ですか・・・はぁ)

 

気が進まないとばかりに息を吐く。普段、転移を行うのは街や村から離れた場所。これは人に目撃されるのを避ける目的だが、見られてはならない決まりがあるからではない。騒ぎになるのが面倒なだけ。当然今回も見られる訳にはいかないのだが、やらなければならない。

 

 

実は視力を強化したカレンならば、数キロ先からでも相手の表情を窺い知る事が出来る。今回もそうすれば済む話なのだが、カレンの考えは違う。

 

(集中した私が、完全に気配を断った斥候を判別出来る距離がおよそ500メートル。ルークの実力が私を僅かに上回るとして、約600メートル程だと思うのですが・・・)

 

具体的な予測を立てるカレンだが、その顔に自信は見られない。何故ならルークの実力がわからないのだ。いや、実力はわかっている。だがその感覚に自信が持てなかった。

 

 

(あまり時間もありません。反対側の森から転移を繰り返し、少しずつ距離を詰めるしかありませんね)

 

のんびりしていてはルークが戻って来るかもしれない。そう考えたカレンは覚悟を決め、城を後にした。

 

 

首都を攻めるであろう翌日に検証を行えば良いと思うかもしれない。だが万が一を考えると、首都侵攻の際は出来る限り近くで警戒にあたらなければならないのだ。呑気に検証していてルークに危険が及びました、では目も当てられない。そう考えると、今この時しかチャンスは無いのである。

 

 

ルークが居る位置とは反対側の森へと転移し、ルークの姿が無い事を確認する。だが防壁の上には兵士の姿が。闇に紛れる事の出来る夜ならまだしも、白昼堂々と忍び込むには難しい状況。だがカレンは驚くべき行動に出る。完全に気配を消しタイミングを測ると、防壁の外を警戒する兵士の背後に転移したのだ。

 

突如切り替わった視界から、転移可能な場所を瞬時に把握。すぐさま学園都市内部へと足を踏み入れた。防壁の上に居た時間は1秒にも満たない。補足すると、防壁の上から問題ない転移先が見つけられなければ、一旦森に戻るつもりだった。

 

 

中に入ってしまえばもう大丈夫と、カレンは堂々と歩き出す――はずもなく、近くにあった建物の屋根へと飛び移る。そこから屋根伝いに移動し、徐々にルークとの距離を詰めて行く。

 

「っ!?」

 

常人には豆粒程度にしかルークの姿が確認出来ない位置にも関わらず、突如カレンが息を呑んで停止した。

 

「まさか、これ程とは・・・っ!?」

 

思わず声に出して呟くのも無理はない。何しろカレンとルークの距離は、まだ数キロ以上離れていたのだから。だがカレンには感じられた。いや、カレンだからこそ感じ取る事が出来た。自分は今確実に、ルークの探知範囲内に居るのだと。

 

動揺を見せたカレンだったが、すぐに数歩後退する。探知範囲に入ったからと言って、すぐに気付かれる訳ではないからだ。長距離となると同時に360度警戒出来る訳ではなく、ある程度の指向性を持つ。

感覚を広げれば広げる程、得られる情報量は爆発的に増える。大雑把に把握しつつ、違和感を感じた位置を詳しく探るというのが正しい表現だろう。

 

故にカレンであろうとも、緊張状態を続ければルークに疑念を抱かせる。いや、既に手遅れだろう。だからこそカレンは移動した。心を落ち着かせるよりも、数歩下がる方が手っ取り早いのである。

 

警戒するルークとしても、一瞬感じた違和感は気のせいだったと思うかもしれない。加えて数キロ先の僅かな違和感が範囲外に出たとあれば、それ以上気を回す必要は無い。近付いて来た時に判断すれば良いのだから。

 

 

「一概には言えませんが、感覚から判断すると私の数倍の実力、と言う事でしょうか。出会った当初は間違いなく私の方が上だったはず。まさか短期間でこれ程の強さを身に付けられるとも思えませんし、実力を隠していた事になりますね。まぁ、それは後で追求するとして・・・ふふっ、充実した日々が送れそうです。」

 

ルークが居れば確実に逃げ出す程、素晴らしい笑みを浮かべるカレン。1人で剣を振るのも良いが、格上の胸を借りる方が上達するのは当然。カレンの言う充実した日々とは、鍛錬を指していたのだ。

 

素敵な妄想に浸るカレンだったが、目の前の問題を放置する訳にも行かない。すぐさま気持ちを切り替える。

 

「そんな事より、問題はこの距離をどうするかですね。」

 

そう呟くカレンの視線は、目に見えない境界に向けられていた。ルークの実力が知れた事は喜ばしいが、その距離が余りにも遠過ぎる。この場合の距離は物理的な方なのだが、それが却って悩ましい。

 

 

転移という切り札はあるが、転移を封じられるダンジョンの存在を考えるなら、常に使える保証は無い。それに転移しながら魔法を使うといった、器用な真似はカレンに向かない。どんな状況にも対応出来る事を考えると、ルークに危機が訪れた場合、一足で詰められる距離に控える事が理想なのだから。

 

 

320話 侵攻8

 320話 侵攻8

 

 

エリド村へと転移したカレンは、再度スフィアを呼んで状況を説明する。

 

「大体わかりました。そうなると、明日からは首都を攻めるかもしれませんね。」

「学園都市ではなく?」

辺境伯、つまり領主を討ったのですから、必要以上の攻撃は虐殺となります。まぁ、剣を向けた冒険者達も生かしておかないでしょうが、そちらは処罰ですからね。本日中に済ますでしょう。」

「なるほど。でしたら明日は、首都を遠くから観察しておきます。」

「お手数をお掛けしますが、よろしくお願いしますね。」

 

カレンとスフィアが話し合って作戦を決めているのには理由がある。1つは、カレンが考えるよりも遥かに効率的だという事。もう1つは、ミーニッツ共和国に関する噂によるものだった。

 

「学園長が素直に話してくれれば、ここまで気を揉む必要も無いんですがね・・・」

「まぁ無理でしょうね。スフィアとルビアを相手にしては、口を噤む以外に方法は有りませんよ。」

 

そう言って2人は、離れた場所で1人項垂れる学園長へと視線を向ける。スフィア達はカレンが学園長を連れて来てすぐ、事情聴取を行った。そんな学園長の対応は黙秘であった。カレンが言うように、スフィアとルビアを相手にし、言葉での駆け引きは得策ではない。

 

下手に嘘をついたところですぐに見破られる。そればかりか、その嘘から切り崩されるのは目に見えていた。故に黙秘を貫いているのだ。

 

 

「ですがあの反応のお陰で、やはりあの国には何かがあると確信が持てました。」

「旧帝国が攻め倦ねるような何か、ですか・・・どのような物だと思います?」

SS冒険者に匹敵する程の実力者と考えていたのですが・・・ひょっとすると強力な魔道具なのかもしれません。」

「魔道具?」

 

スフィアの口から飛び出したのが予想外の言葉だったのか、カレンが首を傾げる。

 

「えぇ。エレナさん達にも聞きましたが、それ程の実力者が居るという話は聞いた事が無いそうです。となると、国宝の中に強力な魔道具があると考えるのが妥当です。」

「旧帝国が警戒するような魔道具ですか?神器級の?」

 

訝しげな表情を浮かべたカレンが聞き返す。もし神器を有する国があれば、その噂は瞬く間に広がっているだろう。だが、長く生きるカレンやエレナ達も耳にした事は無い。だがスフィアの口から告げられたのは、正直意外な言葉だった。

 

「神器とは少々異なるかと思います。私が言うのは使い捨ての魔道具ですから。」

「使い捨て?」

「はい。1度使えば壊れるような代物です。それ故に、常識では考えられないような威力となるのですが。」

「そんな魔道具があるのですか?」

「ありますよ?使い捨てだからこそ、噂にならないのですから。ルークやカレンさんが未だに侮られている理由もそれですし。」

「・・・はい?」

 

自分の耳を疑ったカレンが聞き返す。未だに馬鹿な真似をする者が跡を絶たない理由。それを知る機会が訪れるとは思っていなかったのだ。

 

「不思議に思って調べていたのですが、どうやらお二人は強力な魔道具を保有していると思われているようです。」

「・・・あぁ、そういう事ですか。」

「えぇ。使い捨ての魔道具ですから、派手に動けば後は恐るるに足らない。もう持っていないだろうと考える者が多いという事です。」

「その繰り返し、と・・・本当に愚かですね。」

 

強力だが、使えば失われる。そんな魔道具だからこそ、その数はそれ程多くない。そんな物を作れる者は限られるし、態々使い捨てとなるような道具を作ろうとは考えないのだ。すぐに壊れるのは欠陥品。そんな評判が出回るようでは、製作者としての名に傷がつく。オマケに危険な魔道具を作れば目を付けられる。だからこそ、今ではそんな魔道具を作る者が居ないのであった。

 

 

それに危険な物や強力な物は、見つけ次第国が厳重に保管してしまう。一個人が何個も持っているとは考えられなかった。それがカレンが何度もトラブルに見舞われるカラクリだったのである。カレンやルークの実力を知る者達にとって、それは本当に愚かな事だった。

 

「そういう訳で、今回の一件は起こるべくして起きたと言えます。ですが、今後は恐らく起こらないでしょうね。」

「ルークが世界中に宣戦布告したからですね?」

「そうです。どう考えても個人・・・一国が有するにしては、余りにも魔道具の数が多過ぎると気付くでしょうから。」

「ですが、そんな魔道具を私やルークが作れると思われませんか?」

「どちらにせよ、驚異である事に変わりはありませんよ。作れるのであれば、それも実力ですから。」

 

カレンの疑問に、スフィアは首を横に振る。使い捨てだろうと、仮に量産出来るとすれば驚異となる。

 

「何にせよ、今回の一件が終わってからの話ですね。」

「はい。それより今はあの国の事です。ルークが危険に晒されるのは避けなければなりません。その為にも、カレンさんにはお手数をお掛けしますが・・・」

「大丈夫です。気付かれないように見守りますから。」

「ありがとうございます。」

 

カレンの頼もしい一言に、スフィアが頭を下げる。陰ながら見守る事にした嫁達の気遣い、内助の功である。彼女達が心配する必要は無いのだが、ルークの本当の実力を知らないのだから仕方ないのだ。

 

「さて、私はそろそろ戻りますね。・・・あぁ、そうでした。言われた通りルークを夕飯に誘いましたが、よろしかったのですか?」

「何がです?」

 

思い出したように告げたカレンに対し、今度はスフィアが首を傾げる。

 

「ルークを呼んでしまっては、ルビアさん達が此処に居ると知られてしまいますよね?」

「その事でしたら問題ありませんよ。此方から時間を指定してしまえば、突然訪問される心配が無くなりますから。夕飯に誘われておきながら、昼食も一緒に摂ろうと考えますか?」

「・・・思いませんね。なるほど。」

「ですがルークの場合は、夕食を作らなければならないと考えるでしょう。ですからルビアさん達には昼食後、見つからない場所に身を隠して頂く予定です。」

「・・・・・。」

 

 

心理戦では敵いそうにないな。そう思ったカレンだったが、それを口にする事は無かった。

 

 

319話 侵攻7

 319話 侵攻7

 

 

―――まえがき―――

今回、残酷かつ不謹慎と言うか無神経な描写があります。最後まで悩んだのですが、カレンやルークの価値観が人族とは違う事を表現するために書きました。苦手な方は読まない事をお勧めします。

―――――――――

 

 

 

ミーニッツ共和国の王都、正確には首都へと転移したルークは現在、上空から城を見下ろしていた。正面から押し入ろうと考えたのだが、生首を掲げて歩くには距離があり過ぎる。なので、首都を飛ばしていきなり城へ向かう事にしたのだ。

 

「さて、どういう形で届けようかな・・・」

 

どうするのが最も効果的かを考えつつ、足元の城を見回す。正面切って乗り込むのも良いが、権力者に対しては派手さよりも気付かれない方がより効果的だろうとの結論に達する。即ち、目立つ場所にいつの間にか置かれているのがベスト。

 

「目立つ場所、目立つ場所・・・中庭?いや、中庭はちょっと弱いな。となると・・・あそこかな?」

 

ルークが目を付けたのは、王族が民衆に向けて演説等を行うバルコニー。外部からの侵入や暗殺を警戒し、比較的高い階に設けられている。そして観光客等が城を見上げた時、真っ先に目にする場所でもあった。つまり、常に人の目が向けられている事となる。

 

そんな場所に、誰からも姿を見られぬよう槍を突き立てる。ルークの実力ならば容易に達成可能なのだが、少しズレた理由で難易度が上がっていた。

 

「あそこに立っていられる時間は1秒にも満たない訳だ。それは簡単だけど、突き立てる力加減を間違えればバルコニーが崩落する、と。別にフリじゃないんだけど・・・やっちまいそうで怖いな。」

 

転移してから槍を突き立てれば良さそうなものだが、それを加減しながらやるとなれば、1秒などあっという間。転移と同時に突き立てるというのは経験が無く、力加減がわからなくなる恐れがある。練習すれば良い話ではあるが、人知れず生首付きの槍を振り回すのは気が進まない。

 

残された選択肢は、上空から急降下した勢いで突き立てるというもの。猛スピードで着地しつつ、その衝撃を完璧に殺さなければならない。その上で使い慣れない槍を突き立てるのだ。何方かの制御が疎かになれば、結果はお察しの通りである。

 

「勢いで刺したのも失敗だったな。せめて逆なら簡単だったものを・・・無理か。」

 

穂先を突き刺すならば容易だろうが、そうなると石突きを無理やり突き入れる必要がある。その光景を想像し、ルークは首を振った。現時点でホラーなのだ、どう考えてもスプラッターである。

 

 

土魔法を使えば良いと思うかもしれないが、転移以外の魔法を城内で使えば確実に気付かれる。他にも一旦首を外せば簡単なのだが、好き好んで触ろうとは思えなかった。結局自分で難易度を上げているだけの事。

 

ともかく悩んでいても仕方ない。覚悟を決めたルークは急降下を開始する。音も無く着地し、勢い良く槍を突き降ろす。だがここで予想外のアクシデントに見舞われる。首がすっぽ抜けたのだ。

 

――ガン!

 

「あっ!」

 

気付いた時にはもう遅い。かなりの勢いで突き立てられた槍は、大きな音を立てて床に刺さっている。今更抜いてやり直しなど出来るはずもない。ゆっくりと回転しながら落下を始めた辺境伯の首を眺めながら、必死に打開策を模索する。だが1秒にも満たない時間の中で、都合良く思いつくはずもない。

 

カッコよく決めるつもりが何とも締まらない結果となるも、このまま留まり続ける訳にもいかない。早々に諦めたルークは、すぐさま上空に向けて飛び上がる。首の落下先を見届ける必要があったのだ。

落ちたらすぐに拾いに行こう。そんなルークの決意は無駄となる。

 

――グサッ

 

「は?」

 

ルークが間抜けな声を上げたのには理由がある。落ちると思われた頭部が、頭頂部から槍に突き刺さったのだ。つまり逆さまの状態である。まさかの展開に、ルークも間抜けな表情を浮かべるしかなかった。

 

どうしよう。そんな事を考えるのも束の間、物音に気付いた使用人や文官が悲鳴を上げる。そして衛兵達と共にバルコニーへと駆け寄り騒動となる。

 

「ひぃっ!」

「きゃぁぁぁ!」

「何事か!?」

「あ、あれはシリウス辺境伯様!?」

「の、脳天から槍を突き刺すなど、なんと残酷な!?」

「一体誰が・・・」

「この槍は学園都市の警備兵の物!?まさか警備兵の誰かが・・・」

「いや、帝国の皇帝が攻め込むと言っていたとか。」

「ならば皇帝の仕業か!」

「では学園都市は・・・」

 

完全に事故なのだが、どこから刺そうと残酷な事に変わりはない。そう思ったルークは、一先ず学園都市に戻るのだった。とりあえず、どうにか自分の仕業だと伝わったようなので。

 

 

 

 

この時、遠くの建物の屋根から見守る者の姿があった。

 

「ぷ・・・ぷぷっ・・・ぶふっ!あははははっ!!」

 

堪えきれず、腹を抱えて笑い出すドレス姿の女性。カレンである。今居る場所が人目につかない事もあって、珍しく大笑いである。

 

「逆さまに、逆さま・・・ぶふぅ!あははははっ!!もど、戻らなくては・・・あははははっ」

 

 

彼女にとってのツボだったのだろう。どう頑張っても笑いを堪える事が出来ない。だが流石に大声で騒ぎ立てれば気付かれる。そう考えたカレンは、エリド村へと転移するのだった。・・・爆笑しながら。

 

 

318話 侵攻6

 318話 侵攻6

 

 

蹂躙劇から数分後、防壁の外に立つのはルークだけとなっていた。とは言っても、全員の命を奪った訳ではない。かなりの人数を撃ち漏らしてした。と言うのも、学園都市内に逃げ込まれたのだ。回り込んで逃げ道を塞ぐ事も出来たのだが、敢えてそうしなかった。何故かというと、揺さぶりや恐怖を与える為である。

 

辺りを見回した後、ずっと見えていた者達の所へと転移する。

 

「責任者は誰だ?」

「「「「「っ!?」」」」」

 

突然目の前に現れ、驚きを顕にする兵達。そのせいでルークの問い掛けを理解することが出来なかった。仕方なく同じ質問を繰り返す。

 

「責任者は誰だ?と聞いている。」

「え・・・」

「あ・・・」

 

その場に居た兵士の視線が1人の男性へと向けられる。全員の視線を浴びせられた事で、誰の事かを理解した隊長が姿勢を正して応える。

 

「・・・オレ、いえ、私です!」

「それは皇帝に剣を向けた者達の上官、という認識で合っているか?」

「え?あ、いえ・・・それはシリウス辺境伯になります。」

 

自分だと答える兵士を観察し、コイツではなさそうだと感じたルークが聞き返した。何故なら、明らかに兵士と思えない者達が混じっていたからだ。ルークの予想通り、別人の名が告げられる。

 

「ソイツを此処に連れて来い。」

「相手は大貴族ですので、そう簡単には・・・」

「なら不敬罪でソイツに殺されるか、敵としてこの場でオレに殺されるか。今すぐ選べ。」

「「「「「っ!?」」」」」

 

究極の2択を迫られ、隊長以外の兵達が息を呑む。決断を迫られた隊長は、両方の選択肢を検討する。生き残る可能性があるのは何方か。そう考えた時、間違いなく後者だろう。仮に力ずくで連行したとしても、目の前の皇帝の行動如何では助かるかもしれない。

 

辺境伯をお連れしろ!力ずくでも構わん!!」

「「「「「はっ!」」」」」

 

上官の命令では仕方ない。仮に不敬だと喚かれようと、下っ端に責任は無い。素晴らしい判断を下した隊長に全員が感謝する。だからこそ、彼らは全速力で駆け出した。彼らにとって良い上司は貴重なのだ。あまりにも時間が掛かれば、隊長が殺される可能性もある。隊長の為に、そして自分達の為にも、一刻も早く帰還しなければならないのだ。

 

 

数分、或いは数十分。ただ待つ事となったルークは、アイテムボックスから美桜を取り出して腰に挿す。そのまま振り返り、気になっていた事を確認する事にした。

 

「周囲に魔物の姿は無いが、防壁には真新しい傷が幾つもあるな。つまりスタンピードで出て来た魔物は、魔の森を自由に出入り出来る、と。帝国側に来ないのは・・・ティナ達のお陰か。ココの防壁を壊したら、帝国側から威圧しておいた方が良さそうだな。」

 

周囲の情報を分析し、今後の対応を決めて行く。実はティナ達が里帰りしている現在、魔物は少しずつ帝国側へと移動していた。牽制する意味を込め、森で暴れる事にしたのだ。

 

「それと、姿を見せても刺客は来ないな。アイツらは学園都市じゃなく、王都からの客でほぼ決まりと。王都を滅ぼすのは確定として、問題は学園都市だよな。誘拐の実行犯が今も此処に居るのか、それとも王都か。この辺の情報は手に入らな・・・待てよ?」

 

何かに気付いたルークが振り返り、直立不動で待ち続けている隊長へ声を掛ける。

 

「聞きたいんだが、リノア達が攫われた当日、門を出た馬車はあったか?」

「我々が担当する門は、1度も開けられておりません。」

「そうか・・・我々が担当する門?」

「実は学園都市には東西南北以外にも門があるのでは、と言われてまして・・・」

 

詳しく聞くと、どうやら貴族街の奥に秘密の門がある。そう兵士達の間で囁かれる噂があるらしかった。以前から、街を出た記録のない貴族が外から帰って来る事があり、兵達が訝しんでいたようなのだ。違う門から出たと言われてしまえばその場ではわからず、後になってから記録を照らし合わせて判明する。問い合わせようにも記録を付け忘れた兵士の責任だと言われ、それ以上の追求は叶わない。

 

しかも彼らの主な任務は学園の警備。貴族街は担当外なのだ。本来は学園周辺の警備だけで良いのだが、より確実な防犯という観点から門も担当する事となったらしい。これに反発したのが当時の貴族街に住む貴族達だったのだが、世界政府の決定には逆らえなかった。

 

その後、秘密裏に門を作って隠蔽しているのではないか。と言うのが兵士達の噂であった。

 

「調べたりはしなかったのか?」

「えぇ。何しろ随分昔の事らしく、我々も先輩方に教えられただけでして。それに何度も貴族街側の防壁を外から調べてはみたのですが、それらしい痕跡は見付からず・・・。防壁の外側に門番が居る訳でもありませんから、場所を特定する事も難しいのです。」

「そうなると出口専用、あぁ、だから気付いたという事か。」

「はい。」

 

恐らく魔法か魔道具によって隠蔽されているのだろう。そしてこれまでは人気の無い夜中に門を出ていたのだろうが、今は日中でも外に人気が無い。好き勝手に出入りしているのかもしれないが、危険を犯してまで確認に向かわなかったという事である。

 

「リノア達が地下通路を通った形跡が無い以上、そこが怪しいな。少し調べ・・・」

 

まだ時間はあるだろうと思っていたのだが、ルークの予想よりも大分早く連れて来たのだろう。不敬だなんだと喚き散らす声が聞こえ、全員の視線がそちらへ向けられる。

 

散々騒いでいた男性が突き出され、ルークが単刀直入に切り出す。

 

「お前が辺境伯か?1時間だけ待ってやる。オレに刃を向けた愚か者共を全員集めろ。」

「巫山戯るな!誰が貴様の言う事など聞くか!!」

「・・・なら死ね。」

 

言葉と同時に美桜を一閃。辺境伯の首が宙を舞った。

 

「「「「「なっ!?」」」」」

 

あまりの展開に、兵達は同様を隠せない。だがルークはお構いなしに隊長へと告げる。

 

「ソイツの代わりにお前達が集めろ。門の外に放り出してくれればいい。出来なければ学園都市を滅ぼす。わかったか?」

「わ、わかりました!」

「それと、槍を1本貰えるか?」

「槍ですか?・・・おい!」

 

隊長の呼び掛けに、控えていた兵士が槍を差し出す。それを受け取り、ルークは転がっている辺境伯の首に突き刺した。

 

「一体どうするおつもりで・・・?」

「届けてやるのさ。王宮に、な。」

 

隊長に答えると、そのままルークは転移してしまう。残された者達は暫く呆然とするのだが、すぐに再起動を果たした。

 

「・・・た、隊長!」

「っ!?ぜ、全兵に告ぐ!皇帝陛下に刃を向けた者達を連行しろ!!寝ている者達も叩き起こして構わん!」

「「「「「はっ!」」」」」

 

バタバタと走り去る兵達を見送り、残った副隊長が口を開く。

 

「まさか、あんなにあっさりと辺境伯の首を撥ねるとは思いませんでした。」

「宣戦布告の際、一切の交渉に応じないと言ったそうだ。ハッタリだと思っていたが、本気だったみたいだな。」

「そう、ですね。私なら戦わずに投降しますよ。ははっ・・・」

 

隊長が、諦めたように告げる副隊長へと視線を向ける。

 

「・・・この分だと、貴族達も気付いていないな。」

「何がです?」

「交渉に応じない、と言ったんだぞ?」

「はい。・・・はい?」

 

隊長の言いたい事が理解出来ず、副隊長が首を傾げる。

 

「降伏も交渉に含まれる。そう言えば理解出来るか?」

「降伏も交渉・・・はぁ!?」

「相手の了承あっての事なんだ。当然だろ?」

「で、では!我々が皇帝陛下の要求を呑む必要など・・・」

「それは違う。少なくとも、要求を満たせれば学園都市が滅びる事は無いと言った。つまり、連行した者達は助からないだろうが、それ以外の者達は助かる・・・はずだ。」

「それって、隊長の願望が含まれてますよね?」

「はっはっはっ。何を言っている!願望しか含まれていないぞ!!」

「笑えませんよ!」

 

 

深刻そうな部下の手前、意図して巫山戯た隊長だった。少なくとも皇帝は有言実行タイプだろうと思おったのだが、彼がそれを口にする事は無かった。彼がそう感じただけであり、何の確証も無いのだから。