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Shining Rhapsody

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315話 侵攻3

 315話 侵攻3

 

 

激しく動き回りながらも、火球を間髪入れずに叩き込み続ける皇帝。呆けている暇など無い学園長がその後を追う。彼女が選べる選択肢は2つ。体を張って火球を防ぐか、それを放ち続ける相手を止めるか。どちらにも共通して言える事は、相手の動きに食らいつかねばならないという事。

 

しかし、今の彼女が勝っている所と言えば人生経験の量くらいだろうか。戦闘経験に於いても勝ってはいるのだが、正確には戦闘回数と表現せざるを得ない。潜り抜けて来た修羅場の数、つまりは敵の強さで言えばルークの圧勝である。

 

スライムやゴブリンと1万回戦った所で、ドラゴンとのたった1回の戦闘にすら遠く及ばない。そんな彼女がルークの動きを捉えられるはずもなく―――見た目通りの光景が繰り広げられていた。

 

幼女を軽くあしらう青少年の図である。

 

「ほらほらどうした?もう終わりか?」

「くっ!はぁはぁはぁ・・・」

 

ごっこが始まってから僅か10分。だが学園長は既に疲労困憊であった。踊るようにして急激な方向転換を繰り返すルークに、彼女の全身が悲鳴を上げる。

 

連続したストップ&ゴーは、筋肉に与えるダメージが大きい。それを全力で行わなければならないのだから、10分保った彼女は流石と言うべきだろう。そんな頑張りを見せた彼女の影響は大きかった。幼女にしか見えない彼女の頑張り。それを、いい大人達が黙って見ていられようか。

 

そして、皇帝の前に10分立ち塞がっておきながら、未だに五体満足という事実。成り行きを見守っていた者達が気付くのは当然だった。目の前に居る皇帝は、自分達に直接手を下すつもりが無いのだという事に。

 

 

そうなれば、学園長の動きが止まった時点で次なる命を下す者が現れる。

 

「はっ!?お、お前達!あ奴は手を下すつもりが無いぞ!今すぐ全員で討ち取るのだ!!」

「・・・お断りします。」

「・・・は?辺境伯たる儂の命令が聞けぬと申すか!」

「残念ですが、我々が従うのは世界政府の決定のみです。それに1国の主を相手にするとなれば、私如きでは判断し兼ねます。どうしてもとおっしゃるなら、私兵を使われては如何です?」

 

好機と捉えた辺境伯の命令を、あっさり拒んだ隊長。実は彼ら、この国の兵ではない。各国要人の子弟が数多く通う学園とあって、世界各国の要望によって送り込まれた多国籍軍。その所属は世界政府である。幾ら辺境伯と言えど、直接命令を下す権利は無い。有事の際に要請する事は出来るが、応えるかどうかは彼ら次第。彼らもまた、相手が相手なだけに勝手な判断を下す事が出来ない。

 

そして皇帝の行動は確かに敵対行為ではあるのだが、子供が家の壁にソフトボールをぶつけているようなもの。相手が犯罪者ならば兵を差し向ける所だが、隊長程度では責任を負う事が出来ないという意味である。

 

「貴様ぁ・・・もうよい!貴様らには頼まん!!」

 

顔を真っ赤にさせ、足早に立ち去る辺境伯。その姿が見えなくなると、後ろで見守っていた副隊長が隊長へと歩み寄る。

 

「宜しいのですか?捕縛程度なら手を貸しても問題無いと思うのですが。それに隊長でしたら、その判断も下せるはずですけど・・・」

「まぁ、な・・・。」

 

実はこの隊長、本来の身分を明かしているのは身内だけである。何故かと言うと、辺境伯のような無茶を言う貴族を牽制する為。正論を翳して正面から断っても良いのだが、相手によってはいらぬ軋轢を生む。それよりも、自分にはその権限が無いと言って断った方が楽なのだ。

 

「でしたら!」

「いや、ダメだ。本格的な攻撃ならば仕方ないが、あの程度の事で動くのは早計だろう。それに、皇帝陛下は余力を残しておられる。悪戯に兵を差し向けたとして、一体どれ程の犠牲が出ると思う?」

「それは・・・」

「我々に与えられた任務は、学園の生徒達を守る事。下手に刺激して、その矛先が彼らに向いてしまっては不利となる。好き好んでドラゴンに石を投げつける馬鹿は、我々の中にいないだろう?」

 

隊長が危惧しているのは、学園の生徒達が狙われる事。万が一そうなれば、生徒を守りながらの戦闘となる。彼らにとっての敗北とは、生徒が傷つけられる事なのだ。自ら進んでバケモノの注意を引く必要などない。

 

そんな事は百も承知とばかりに、副隊長が頷き返す。ならばどうするのかと彼女が問い掛けようとした時、門が開く音が鳴り響いた。

 

「本当に私兵を差し向けたのか・・・」

「私兵に混じって、ゴロツキも多く見られるようですが・・・」

 

頭を抱える隊長に、唖然とする副隊長。次々と門から現れる中には、兵士と似つかわしくない者達の姿が映し出される。彼らの正体は、外に出られず燻っていた冒険者や傭兵達であった。

 

この数分間で良くも集められたと思うのだが、騒ぎを聞きつけて近くへ集まっていた為だった。そんな彼らを、辺境伯が雇ったのである。皇帝を討ち取った者には褒美を出すと言って。

 

 

勢い良く飛び出した私兵や冒険者達だが、向かう先は1つに統一されている訳でもない。当然中には命が惜しい者達も居る訳で、そんな者達がバケモノに刃を向けるはずがなかった。

 

彼らの採った行動はと言うと―――火球の牽制である。そんな彼らの行動は、皇帝を討ち取ろうとする者達よりも早い。門からの距離が近い事もあるが、武器や魔法を用いて次々に火球を撃ち落とす。これにはルークや学園長も逸早く気が付いた。

 

40分以上もの間、絶え間なく熱し続けたルークの努力が水泡に帰した瞬間でもある。温めるよりも、冷める時間の方が圧倒的に早い。迎撃の為に放たれる水や氷魔法の余波で、加速度的に早められたのだ。とは言っても直接冷ますような行動をする者が居なかったお陰で、急冷とまでは至らなかった。

 

今のルークなら、例え相手が何百人居ようと隙間を縫って命中させる事も出来ただろう。だが1キロ離れていた事が災いする。この距離では流石に相手も防げるのだ。来る場所が決まっているのだから、待ち構えていれば良い。雨あられのように迫り来る火球も、12人では阻めずとも数十人居ればどうとでもなる。

 

 

だが当然、時間を掛ける予定だったルークが想定していないはずもない。仕切り直し―――そう思い直した矢先の事。ルークと学園長の下へ辿り着いた者達が次々に声を上げる。

 

「首級はオレが頂いた!」

「馬鹿言え!そいつはオレの役目だ!!」

「へっへっへっ、こんな安全な仕事は無いぜ!」

「あぁ!なにせ、相手は俺達を殺さないんだからな!!」

 

この言葉に最も動揺したのはルーク・・・ではなく学園長だった。何故そのような結論に至ったのか、皆目見当が付かなかったのだから。そんな彼女に、火球を放つ手を止めたルークが冷酷な事実を叩き付ける。

 

「学園長の軽はずみな行動で、多くの命が失われるぞ?」

「なん、じゃと・・・?」

「アンタ・・・どういうつもりでオレの前に立ち塞がった?」

「馬鹿な真似を止めさせようとしたに決まっておる!」

「命懸けで、か?」

「命を懸けるつもりなど・・・」

 

宣戦布告して来た相手の前に立ち塞がりながら、命を懸けるつもりなどなかったと告げる学園長。そんな彼女は、まだ彼らの導き出した結論に至らない。

 

「ほう?何故オレの邪魔をしておいて、死なずに済むと考えたと。・・・理由は?」

「私はユーナの家族だからじゃ!」

「そうだな。ユーナの姉だから、元々学園長を傷付けるつもりは無かった。なら聞くが・・・後ろに居る奴らもユーナの家族か?」

「馬鹿な事を申すな!この者達が家族であるはず・・・ある、はず・・・ま、まさか!?」

 

ルークが明らかに種族の異なる者達に視線を移して問い掛ける。一方の学園長は、ルークから視線を外す事無く即答する。見なくともわかる。此処には学園長の家族など1人も居ないのだから。両親はおろか、一族の者の誰もが此処に来る事は無い。彼らが頼まれても住処を出ない事は、学園長自身が誰よりも理解していた。だからこその即答である。

 

だが、そこまで言われてルークが言わんとしている事に思い至る。確証を持って立ちはだかった学園長とは違う。彼らは学園長が無事な姿を見て、その姿だけを見て思い込んだのだ。目の前の皇帝は、誰かを傷つけるつもりが無いのだと。・・・そこには何の根拠も無いというのに。

 

そんな学園長を一瞥し、ルークは再び火球を浮かべる。だがそれは、今まで彼らが見続けて来たモノとは明らかに異なっていた。

 

「障害物が邪魔で的が見えないんでな・・・一旦焼き尽くさせて貰うぞ?」

「や、やめるのじゃぁぁぁ!」

 

 

ルークの行動を阻止しようと叫ぶ学園長。しかし、体力の限界である彼女はその場から動けない。

 

 

これまで放たれていた、人間の頭部程の火球の数十倍はあろうかという特大の火球。ルークはそれを今までと同様の数、同様のスピードで放ち始めたのだ。

 

 

その的を、外壁から人へと変えて―――