345話 事後処理3
345話 事後処理3
時折飛び出す槍や矢を危なげなく躱しながら、ティナは地下通路を急いでいた。慎重に進むルークとは異なり、その速度は少々大胆なようにも見える。だが彼女はかなりの安全マージンをとっている。その理由は、度々現れる岐路での光景を見れば一目瞭然だった。
(左と真ん中の道に罠の跡、ここは右ですね。それにしても・・・)
思わず声に出しそうになるのを堪え、正解の道を選び出す。楽なのは間違い無いが、散乱する罠の残骸に抱いた感情は呆れだった。ここまでに通り過ぎた分岐点は10を超えただろうか。二択もあれば三択もあった。だがその全てに於いて、ティナは1つも間違う事なく正しい道を選び出している。
どういう事かは説明するまでもない。ルークの正解率が0だと言うだけの事。あまりの運の無さに、ルークは寧ろ狙っているのではないかと疑う程だった。だが本人にそのような意図は無い。誰かが追い掛けて来るなど微塵も考えていないのだから、敢えて罠を発動させる必要も無い。本当に運が無いだけである。
(流石に一度くらいは正解しないとおかしいと思いますよ?)
本人が聞けば甚大なダメージを負うだろう一言を心の中で発し、ティナは正解の道を突き進む。潜入から僅か十数分、ついにルークの影を捉えた。
(っ!?これはルークの気配・・・ですが、立ち止まっている?)
ルークはその膨大な魔力と神力を抑えているが、完全に消している訳でもない。息を殺し360度警戒しながら進んでいるはずが、ティナが感じ取った気配は普段通りのルーク。絶対的強者の振る舞いとすれば、何らおかしくはないのかもしれない。だがそれならば、ティナが矛盾を感じる事は無かっただろう。
敵地で動きを止めるのは、身を潜めるか拘束されるという事。後者はまず有り得ない。ならば前者かと言うと、それでは気配を殺さない理由が説明出来ない。しかもこの時まではルークも気配を消していたのだ。
(ルーク以外に感じられる気配もありませんし・・・何かあったのでしょうね)
残された理由は不測の事態。そう判断し、ティナは全力で駆け出した。
「ルーク!」
「ティナか・・・ティナ!?」
背後から呼び掛ける声の主。聞き慣れたその声をルークが間違うはずもない。振り返る事なく相手の名を呼んだが、暫しの間を置き振り向いた。その表情は、誰が見ても激しく狼狽している事がわかる。
「どうしました?」
「ななな、何でここに!?(まさかアイツら、もう問題を起こしたのか!?)」
時間的に考えて、ミリエル達が戦闘したとしても1戦目が始まったかどうかだろう。それなのに早くも何か仕出かしたのか。そう思うルークだったが、ティナの答えを聞いて違うと判断する。
「何だか胸騒ぎがしまして」
「(違う、予感というヤツか!)た、確かに胸は騒がしそうだが・・・」
「はい?(私に対して下品な事を言うとは、相当焦っているみたいですね)」
動揺と安堵のあまり、ルークの口から飛び出したのは下ネタ。だが騒がしそうな胸と言われたティナは、不思議そうに首を傾げるだけ。完全な失言だったのだが、相手がティナで助かった。そう胸を撫で下ろしたルークなのだが、これは単なる思い違い。他の者であれば苦言を呈して終わりだったのだが、今回ばかりは相手が悪い。全てお見通しのティナである。
「い、いや、何でもない(あぶねぇ!焦って素が出ちまったじゃねぇか!!)」
「そうですか?(嘘・・・と言うよりは隠し事の類ですかね)」
「あぁ、それより胸騒ぎって言うのは?(この話を続けるのは危険だが、急に話題を逸らすのも不自然!聞こえてない可能性もあるし、このまま突き進む!!)」
「実は、何か問題が起きそうな気がしてならなかったのです(急な話題の転換を避けましたね。必死に不自然さを誤魔化そうとしているのがバレバレですよ?)」
「問題!?ははっ、まるでオレがトラブルメーカーみたいな言い方だなぁ(この反応・・・イケる!バレてないぞ!!)」
気のせいである。女性というのは、細かい部分もしっかりと見ているのだ。同時に、男とは馬鹿な生き物でもあるのだが。
「何もルークの周囲とは言ってませんよ?寧ろリノアさん達の方が、可能性としては高いと思いますし(すみません、嘘です。そしてこの反応・・・隠しているのは1つでは無さそうですね)」
「っ!?そ、それもそうだな!(しまったぁ!焦るなオレ!!焦ったら負けだ!!!)」
否、焦らなくとも負けである。そもそも演技の才能が全く無いのだ。どんなに冷静であろうと、最初から勝ち目など無い。大体、疚しい事など無いのだから隠さなければ良い。下手に誤魔化そうとするからいけないのだ。
「ところで、何故立ち止まっていたのですか?(このまま続けても良いですが・・・この辺で一旦脇に置き、気が緩んだところで追求した方が楽に口を割りそうですね)」
「そうなんだよ!実は今回の相手に気になる点があってさ!!(ティナの方から話題を変えてくれた!助かったぁ!!)」
ティナの目論見通り、超速攻で気が緩むルーク。この時点でルークの口を割らせる事は可能だが、ティナはもう少し後にする事を決める。学園都市防衛組を思うと、今は1分1秒を争う事態。下らない隠し事だった場合、取り返しがつかない。
何より、全て済んでからであれば嫁達総出で追求出来る。こういう時の為にティナはハーレムを推奨したのだが――最早ルークに出来るのは、これ以上嫁の数を増やさないよう必死に抵抗する事だけであった。
344話 事後処理2
344話 事後処理2
スフィア達留守番組を獣王国へと送り届けたティナは、次いでナディア達討伐組を学園都市に送り届ける。そしてそのままルークの居るだろうミーニッツ共和国の王都へ向かおうとしたのだが、奇妙な光景に目を奪われ立ち止まる。
「ティナ、どうしたの?」
「あれは・・・何でしょう?」
「あそこ、防壁が無いわね」
「それよりも、そこかしこにある土の山は何かしら?」
「ルークが作ったんじゃないか?」
「それは間違いないでしょうけど、何のためかしら?」
普通では考えられない現象とあって、アスコットが誰の仕業か言い当てる。だがその意図まではわからなかったのか、フィーナが首を傾げた。
「スフィアが受けた報告によると、ルークは貴族街に面した防壁を破壊したとの事でした。あの場所がそうなのでしょうけど、あの様な土の山については何も伺っておりません。学園都市を守ろうとした者達の仕業というのも考えられますし、慎重に近付いてみましょう」
「まぁ、どうせ目的地だものね」
ティナの提案にナディアが同意する。学園都市の防衛を考えるなら、防壁の無い場所を基点にするのが当然だからだ。全員が同じ意見だったのか、反論する者は1人もなく静かに移動を開始する。やがて辿り着いたその場所にあったのは、地面に空いた無数の大穴。誰もが穴から穴へと視線を移し、やがて1つの穴に固定される。
「整備された横穴?」
「随分と大きいな・・・」
「馬車でも通れそうね・・・」
「「「「「地下通路!」」」」」
それが何なのか。瞬時に理解する事は出来なかったが、フィーナが呟いた馬車という言葉で連想出来た事が1つ。リノア達がどのようにして学園都市から出たのか、である。
「ルークはこれを探していたのね」
「だろうな。と言う事は、この先に居るって事になるか・・・」
「地下通路となると、完全に相手の領分よね。どうする?」
経験豊富なエリド村の者達がすぐに相談を始める。この場合のどうするとは、追うか追わないかではない。どのチームが追い掛けるか、である。だがそれに待ったを掛けたのはティナだった。
「待って下さい。ルークは私が追い掛けます」
「1人で追い掛けるつもりか!?」
「危険よ!」
ティナが単独で追い掛けると聞き、リューとサラが引き留める。サラの言う危険とは、地下通路に仕掛けられているであろう罠の事。普通は先にルークを心配すべきだが、ルークとカレンについては心配するだけ無駄である。ならば何故かと言うと、ルークが罠を無視して進んでいる可能性が高いからだ。
パーティ単位で進む場合、可能な限り斥候役が罠を解除する。だが自分以外に気に掛ける相手が居なければ、自分が通る最低限の範囲をどうにかすれば良い。ましてやバケモノと言うべきルークである。最悪の場合は素通り、または敢えて罠を発動させている恐れがある。無傷で対処出来るのなら、解除するより遥かに速いのだから。
「確かに危険ですが、此方の戦力を低下させる方が遥かに危険です」
「それはそうだが・・・」
「リュー、ティナに任せましょう」
「エレナ?」
恐らく学園都市の防衛は総力戦となる。下手すると、ルークの手を借りなければ全滅の可能性だってあるのだ。数に対抗するには数である。その場合、1人で向かうのが最善なのだ。そして無事に罠を潜り抜けられるだけの実力者でなければならない。
それらの条件を満たす人物だが、実はこの場に居るほとんどが当て嵌まる。それを充分考慮した上で、エレナはティナに任せる事を決めた。
「ティナが最も適任よ」
「どういう事だ?」
「多分この場で1番の実力者はティナよ。それに、例え罠に掛かったとしても、ティナは転移で逃げられるでしょ?」
「あぁ、そうか・・・」
正確にはわからないが、今のティナは自分達より身体能力で勝るだろう。それに、危険を感じたら即座に転移してしまえば良い。これはかなりのアドバンテージであり、言われてリューも納得した。
「あまり時間も無いし、ティナに任せて私達は防衛の準備をしましょう」
「わかった」
「えぇ」
ルークやカレンと違い、いきなり魔物の群れに放り込まれて何とかなる訳ではない。普通は壁や罠を設置したり、消耗品の準備をする必要がある。時間は幾らあっても惜しいのだ。誰もが豊富な経験から理解出来ているため、エレナに異を唱える者は居なかった。
それぞれが準備の為に持ち場へ向かうのを見送り、エレナはティナへ向き直る。
「ティナ、1つだけ忠告しておくわ」
「はい」
「何の打ち合わせも無く敵地に向かった仲間を追い掛ける場合、仲間に攻撃される恐れがある事を覚えておきなさい」
「え?何故ですか?」
「普通、背後から距離を詰められたら敵だと思うでしょ?」
「それは・・・ですが、相手はルークですよ?」
エレナの忠告は理解出来るが、今回追い掛けるのはルークである。気配で気付くはずだとティナは言いたいのだ。だがそれは悪手である。
「あなたは敵地に乗り込むのに、気配を撒き散らして進むつもりなの?1本道とは限らないのよ?」
「あ・・・」
ティナも少し焦っていたのだろう。エレナに言われるまで気付かなかったのだ。これだけ大規模な地下通路である。袋小路になるような造りのはずがない。脱出口の1つや2つ、用意しているのは当然。即ち、そこから攻め込む事だって可能なのだ。
「はぁ、まったく。それと魔物が入り込まないよう、この穴は全部塞ぐから。引く時は迷わず転移しなさい。いいわね?」
「はい。それでは、いってきます」
「えぇ、急がなくていいからね?」
頷いて地下通路へと駆け出すティナを、エレナは苦笑混じりに見送った。やがてティナの姿が見えなくなると、エレナへとアスコットが歩み寄る。
「やはり心配か?」
「えぇ・・・私達が行くより安全なのはわかってるんだけど、やっぱり娘だもの」
「まぁそうだな。で?ティナを向かわせた本当の理由は?」
「・・・あの子の戦い方よ」
「戦い方?」
「そう。極力素材を傷付けないような戦闘、つまり『狩り』しかして来なかったでしょ?自分達が狩られる側に立った時、それだと足を掬われるもの」
「・・・なるほどな」
エレナは手短に説明したが、長年連れ添っているだけあってアスコットには理解出来てしまった。今回のような命懸けの戦場に於いて、ティナは足手まといになる恐れがあるのだ。
今回、多種多様な魔物が怒涛の勢いで押し寄せるはず。常に最善の一手を繰り出し続ける事など不可能。そんな極限状態で素材を優先していては、少しずつ対処が遅れるだろう。ほんの少しの遅れも、積み重ねれば致命的な遅れになりかねない。
無論、ティナだって非常時には素材を諦めるだろう。だが人は咄嗟の時、積み重ねて来た物が現れる。冒険者は命懸けの時、倒してから素材の事を考えるのだが、その経験がティナには皆無だったのだ。
エレナ達の教育が過保護だったと言うよりは、ティナの成長が著しかったのだが――この時ばかりは自身の教育を悔いるエレナであった。
343話 事後処理1
343話 事後処理1
ルークが学園都市で穴を掘る少し前。慌ただしく出撃準備を進めるエリド村に動きがあった。戦力にならないスフィアが戦支度を眺めていると、背後から声が掛けられたのだ。
「ただいま戻りました」
「ティナさん!と・・・ミリエルさん達?」
「やっほ〜」
振り返って現れた者達の名を呼ぶスフィア。だがその声は自信無さ気だった。何故なら、ティナ以外の見た目が全く同じだったからだ。リリエルだけはリノア達と共に居るはず。しかし何処かで入れ替わっていようものなら、瞬時に見分ける自信が無い。今回の場合、リリエルの名を出さなければ不正解は有り得ない。だが別行動の彼女達は予測が出来ないとあって、外れる確率は10分の1。スフィアとしては10%が非常に大きなものだった。
そんなスフィアに対し、呼ばれたミリエルが呑気に手を振って答える。
「ティナさんはルークの所へ向かったはずですよね?これは一体・・・?」
「戦力として、手を貸して頂く事になりました」
「はい?」
事態を飲み込めないスフィアが、ティナに説明を求める。が、返って来た答えも理解に苦しむ物で、思わず聞き返した。そんな2人の様子を訝しんだ者達が、続々と集まって来る。
「どういう事だ?」
「ルークが言うには、カレンさん2人分の戦力との事です」
「・・・何?」
「私が2人、ですか?」
「はい。ルークが言うには――」
アスコットからの問いに短く答える。だが此方も理解に苦しむ。いや、わかり易い説明に理解は出来たのだが、信じられるかどうかの問題だろう。今度は名前の挙がったカレンが声を上げる。だがティナも全てを鵜呑みにしている訳ではなく、ルークの言葉を伝える事にした。
とは言っても、それ程詳しく説明があった訳でもない。ティナが伝えるには、然程時間を要するものでもなかった。
「そう、ですか・・・」
「カレンさんは何かご存知ですか?」
「私も実際に見た訳ではないのですが、彼女達の戦いぶりは我々に匹敵するものだと伺っております」
「なるほど・・・ルークの誇張でもないのですね」
「えぇ。彼女達1人1人が、戦闘に特化していない下級神と同等かそれ以上、と考えて良いでしょう」
「では布陣を再考すべきでしょうか。とは言っても、あまり悠長にしている時間はありませんし・・・カレンさんにお願いがあります」
「何です?」
「ミリエルさん達を連れて、まずはミーニッツ共和国を西へ向かって頂けますか?他の皆さんは学園都市を。殲滅が済んだ者から随時、ヴァイス騎士国に向かいましょう」
ティナの提案は、当初エリド村の者達が請け負うはずだったもの。そしてカレンは本来、学園都市を1人で受け持つ手筈となっていた。これは学園長と取引を交わした、スフィアの意向を汲んでのもの。
そして何故ミーニッツから西へ向かうのかと言えば、その先にはリノアとエミリアの祖国があるからだ。一方で東にはクレアの祖国があるのだが、そちらは少し余裕がある。手短に告げられた作戦だが、今回は誰もが理解出来るものだった。
全員が揃って首肯し、まずはカレンがミリエル達を連れて転移する。それを見送ったティナ達はと言うと、まだ全員の準備が整っていない。支度を急ぐよう告げ、ティナはスフィアの腕を取り移動する。珍しく強引なティナに、スフィアが戸惑うのも無理はないだろう。
「ティ、ティナさん?」
「申し訳ありませんが、少し相談に乗ってください」
「相談ですか?」
「・・・ここなら大丈夫でしょう」
耳の良い獣人が多いとあって、ティナはみんなから距離を取るべく自宅へと場所を移したのだ。
「セラとシェリーを付けますので、戦えない方々を連れて獣王国に避難して頂けませんか?」
「どういう事です?」
こちらも当初の予定では、エリド村で留守番をするはずだった。当然護衛の為に人員を割く必要はあったが、それは村にて待機する者が請け負う事で対処しようと考えての事。ギリギリの人数で回そうとしていた作戦を変更する意味は、回転の早いスフィアなら瞬時に理解出来る。
「予定に無かった行動をとる、という事ですね?」
「はい。少し胸騒ぎがしまして、ルークと共に行動しようかと・・・」
「胸騒ぎ?・・・ですが、ルークに問題は無かったのですよね?」
「そうなのですが、実はルークの身を案じての事ではないのです」
「?」
ルークの心配はしていないと言うのに、胸騒ぎを覚える。いまいち要領を得ないティナの説明に、スフィアは首を傾げた。
「何かあったのだと思います。平静を装ってはいましたが、何か他の事に気を取られているような・・・」
「隠し事ですか?何か疚しい事があると?・・・まさか他の女性に手を出したとか?」
「ふふっ、それはありませんよ。誰よりもハーレムの恐ろしさが身に沁みているでしょうから」
「それもそうですね。女性(仲間)を増やすのは我々の方でした。ですが、それでは一体?」
「それを確かめる為にも、私が同行しようと思ったのです」
「幼少の頃から一緒のティナさんには、全てお見通しですからね。わかりました」
ルークが知れば震え上がるようなやり取りの末、ティナの考えを受け入れたスフィア。ルークに関する事柄は、ティナに任せておけば間違いはない。仮に多少の不満を抱いたとしても、その程度は我慢するだろう。何しろルークがハーレムを築いたのは、ティナにそう仕向けられたからなのだ。
美貌で劣るスフィア達が、こうしてルークと共に居られるのはティナのお陰。それを良く理解しているスフィア達の、最も頭の上がらない相手がティナである。本来なら足を向けて寝られないレベルなのだが、それを望まなかったのもティナだった。
ハーレムが男にとっての夢である事は間違いない。だがそれは物事の側面に過ぎない。もしも妻同士が不仲なら、間に立つ夫の心労は計り知れない。逆に妻同士が一致団結しようものなら、夫が太刀打ち出来るはずもない。ルークの場合は後者だが、これは全てティナの作戦通りだった。
そうと決まれば、留守番組のスフィア達も移動の準備に取り掛からねばならない。みんなの居る場所へと戻ったティナとスフィアは、計画の変更を告げるのだった。それを聞いていた男性陣が、ルークを気の毒に思ったのは言うまでもない。
342話 侵攻30
342話 侵攻30
ルークは一切の躊躇もなく、次々と貴族と思しき者達の首を刎ねて行く。自らが発した言葉通り、誰の声にも耳を貸さず。命乞いにも、罵声にも顔色1つ変える事なく。そんな悪魔の如き所業もやがて、最後の1人を残すところとなる。
「・・・さて、耳を貸さないとは言ったが、仮にも一国の王だ。残される者達への申し送りもあるだろうから、少しだけ待ってやる。今回の一件に加担していない文官達に、簡潔な引き継ぎをするだけの猶予をやろう」
「何故・・・何故だ!?何故ここまでの事をする!?」
「オレに対する問いに答えるつもりはない。時間を無駄にするな」
「貴様!?」
「言い残す事が無いなら、生かしておく理由も無いんだが・・・ちゃんと理解してるか?」
「黙れ、黙れ!こんな真似をして、タダで済む、と――」
ミーニッツ国王の言葉が最後まで発せられる事はなかった。忠告が無視されるとわかり、言葉を遮る形で美桜を一閃したのだ。そのまま血振りをして納刀すると、国王の最後を確認することなく振り返って歩き出す。
最初は貴族達を全員を始末し、すぐにでも学園都市へ転移するつもりだった。しかし謁見の間の入り口付近に集まった、文官や使用人達の様子に違和感を覚え留まる事にしたのだ。
違和感の正体を探るべく、普段よりもゆっくりとした足取りで歩み寄る。その理由は、少しでも長く思考を巡らせようとの考えから。
(使用人達の中には青褪めた表情の者もいるけど・・・この惨状にも大半は冷静で取り乱した様子もない。何故だ?殺されない自信がある?いや、どちらかと言えば諦めに近いような・・・)
標的になったなら仕方ない。そんな雰囲気を醸し出しているように感じられる。だがそれはそれで不自然な部分がある。そうまでして城に留まり続ける理由に心当たりが無い。
(何か離れられない理由があるのか?だが一体・・・文官はともかく、使用人達が城を離れる事で失う物って・・・まさか信用、と言うかその立場か?一旦逃げ出せば、後々そこを指摘される。そうなれば城には居られないのかもしれない。だがそれには・・・)
導き出された1つの仮説。ルークの予想通りなら、彼らの目論見は外れる事となる。何故なら、それにはある事が前提に無ければならないのだから。そしてそれは、ルークの予定に無い物なのだ。
「あ〜、先に言っておくが・・・帝国がこの国を治める事は無いぞ?」
「「「「「え?」」」」」
「帝国には、今の状況で領地を望む貴族なんか居ないんだ。当たり前だろ?」
「で、では!この国の貴族に!!」
ルークの見捨てるような物言いに、1人の文官が食い下がる。
「いやいや、それだとこの国の王が変わるだけじゃないか。それにこの国の有力な貴族なら、ほとんどあそこに転がってるだろ?」
「それは・・・」
全員が揃ってルークの指差す方へと視線を向け、改めて事実を確認する。
「それにどの道、王都の治安を維持するだけの兵も居ないんだ。手を挙げる貴族は居ないし、居たら単なる愚か者だ。そう長くは保たないだろうさ」
「「「「「そんな・・・」」」」」
ルークと彼らのやり取りをもう少しだけ補足するなら、この場に留まった者達は誰よりもわかっていたのだ。城を、国を維持するには自分達が欠かせないという事を。
いずれは帝国の人材に取って代わられるかもしれない。だがそれは数年先の事。新たな人材となれば、育つまで待たなければならない。ましてや今すぐ他国の城に移り、国としての機能を維持出来る人材など限られる。しかもそれだけ優秀な者となると、既に要職に就いている訳で。つまりは今居る者達のほとんどを、そのまま雇うしかないのである。
そんな彼らの目論見も、ルークによって実にあっさりと打ち砕かれる。そうなってしまうと、彼らが次に取る行動など決まっている訳で。
「今すぐ支度しないと!
「私は家族を迎えに行かなければ!」
「どけ!」
「ちょっと!何するのよ!!」
我先にと醜い争いを始めながら、一斉に大移動を敢行したのだ。それから数十秒後。傍観していたルークだけがその場に取り残される。
「・・・・・まぁ、気を取り直してリノア達の所へ向かうとするか」
人の本性を垣間見たルークだったが、今回は彼らが勝手に思い込んだ事。早めに知れて良かったはずだと自分に言い聞かせ、今見た光景をさっさと忘れる事にしたのだった。
気持ちを切り替えたルークが次に向かったのは、大体の目星が付いている学園都市。防壁を吹き飛ばした貴族街である。目的の場所は王都からも繋がっているのだろうが、探すとなると規模が大き過ぎる。学園都市との中間にあるとは思うが、見当違いの場所という可能性もある。その点、学園都市ならば王都よりも方向が絞り易い。何故なら学園都市近郊には魔の森があり、そちらは候補から外す事が出来るのだから。
「目指す方角は拓けてない場所。とは言っても近くには無いだろうし、魔の森以外だとしても結構な範囲なんだよな・・・。地道に、地下にあるだろう隠し通路を探すしかないか」
王都よりは方向を絞り込めるとは言っても、360度が180度になっただけ。距離も不明である以上、空から虱潰しに探すのは現実的ではない。もしも森の中にあろうものなら、確実に見付けられる保証も無いのだ。結局は隠し通路を探し出し、そこを進むしかない。
魔法を使って楽は出来るのだが、学園都市の回りで地道に穴を掘り始めるルークだった。
341話 侵攻29
341話 侵攻29
自分が駆り出される事は防いだが、それが1日続くかはわからない。だからこそルークは予定を繰り上げる事にした。防壁が破壊され、騒然とする王都を駆け抜け王城を目指す。
(まだ結構王都に残ってる者が居るんだな・・・まぁ勧告はした。自分の行為を正当化するつもりは無いが、これ以上は自己責任だろう)
王都に居座る人の多さに驚きつつも、彼らに何が起きても知った事ではない。そんな事を考えながら疾走する。命を奪う事に躊躇いは無いが、それも相手によりけり。自分達に害を為そうとする者に限られる。今回の場合、民には逃げる時間を与えているのだ。生まれ育った街を捨てられない。そう言った感情も理解出来なくはないが、そんなのは命あっての事。考え方は人それぞれなのだから、感情論に付き合ってなどいられない。
あれこれ考えている内に、気付けば硬く閉ざされた城門が見えて来る。予定を早めるとあって、ぶち破って乗り込もうとするが直前で立ち止まる。
「待てよ?下手に穴を開けて、そこから逃げられても面倒だな。寧ろこっちから塞ぐべきか」
観音開きの城門は閂をかけるその構造上、逃げる際には比較的容易に開ける事が出来る。だからこそ内側に壁を作って阻むより、見えない外側に壁を作った方が時間を稼げるだろう。見える位置に壁があれば、事前に多くの人手を集める。しかしそれなりの少人数でも開けられる城門ならば、無理に人を集めたりしない。人数が多ければ気付かれ易くなるし、権力者は我先にと逃げ出す場合がほとんどなのだから。
派手に塞いでは騒ぎが大きくなり、兵が集まって来るかもしれない。ルークは城門の前に立つ衛兵2人を生き埋めにする形で、キッチリ城門を覆う程度に土魔法を行使する。それでもかなりの大きさとあって、騒ぎ出す民もそれなりに居る。だからこそルークは、敢えて目立つようにゆっくりと城壁を飛び越えた。
「よっと。あぁ、邪魔するよ」
「「「「「は?」」」」」
「て、敵襲!」
城門に注意が向かないよう、近くに待機していた兵達に向け声を掛ける。かなり芝居掛かっていたのだが、衛兵達に気付くだけの余裕は無い。何せ侵入者は、10メートルに及ぶ城壁をいきなり飛び越えて来たのだ。彼らにとって初めての経験に、とっさにどう対処すべきか判断がつかなかった。
それでも全員が迷った訳ではない。経験豊富な中年の衛兵達が咄嗟に声を上げたのだ。しかし流石、と褒める事も出来ない。何故なら騒がれたくないルークの標的となり、瞬時に首を刎ね落とされてしまったのだから。
「「「「「なっ!?」」」」」
「そ、総員構え!」
宙を舞う仲間の首に、警戒を促したのは上官だろうか。そんな衛兵達に対し、ルークは残酷な現実を静かに告げる。
「もう斬ったよ」
「・・・何?」
ルークが放った言葉の意味が理解出来ず、一拍置いて上官が聞き返す。だがルークから返って来たのは、言葉でなくジェスチャーだった。
余りにもわかり易いそれに、衛兵達の表情はみるみる凍りつく。ある者は仲間へと視線を向け、ある者は武器を落とす。ルークがしたのは左手で首を斬る仕草。結局は誰一人としてじっとして居られず、全員が首を動かしてしまう。それが引き金となった訳ではないが、全員の首が一斉に宙へと飛び上がる。そんな彼らの回転する視界には、既にルークの姿は無かった。
その後も行く手を阻む者達を瞬時に斬り伏せながら、駆け足で城内を突き進む。やがて豪華な扉に行き当たるが、躊躇う事無く扉を蹴り飛ばした。
――ドォォォン!
「予想通り謁見の間か・・・でも、こっちの予想は外れたな」
室内を見回しながら呟いたのは、誰もが想像出来た内容。あれだけ立派な扉があるというのは、如何なる国でもまず間違いなく謁見の間。これに関しては、ほとんどの者が正解するだろう。しかしルークが呟いた後半部分に関しては、意見が分かれる所である。
「落とし前をつけて貰いに来たぞ?ミーニッツ国王」
「ば、馬鹿な・・・」
ルークに呼び掛けられ、呆然とするミーニッツ国王。てっきり寝室に閉じ籠もるか、隠し通路から逃げ出していると思っていたのだ。なのに只広いだけの部屋に座して居るなど、如何にルークと言えど考えを読み解くのに数秒を要した。
「しかし随分と多いな。・・・まさか、ここなら安全だとでも思ってたのか?」
「「「「「っ!?」」」」」
ズバリ言い当てられ、謁見の間に集まっていた多くの者達が一斉に息を呑む。
「やれやれ、舐められたものだな。まぁいいか。さて・・・誰から死ぬ?」
「「「「「ヒ、ヒィ!!」」」」」
全員を見回しながら告げられた言葉に、全員が震え上がる。だがその中の1人が勇気を振り絞って声を上げる。いや、抱いていたのは勇気などではなく、打算と言った方が良いだろう。
「お、お待ち下さい!」
「ん?」
「私はリノア王女達の居場所を存じております!!」
「ふ〜ん・・・で?」
「え?で、ですから、リノア王女達の居場所と引き換えに――」
「いらん!」
「なっ!?」
「前にも言ったが、取引には一切応じない。悪党の言う事は信用しないし、そもそも悪党に貸す耳を持ち合わせていない。だからこれ以上汚い声で喚くな!黙って死ね!!」
「そ、そんな・・・」
これまで、ルークの宣言を本気で信じる者など居なかった。何かしらの戦略と考えていたのだ。しかし今のやり取りで、誰もが大きな間違いだった事に気付く。先人の言は偉大である。後悔先に立たず。知識とは活用してこそ。知っているだけではダメである。残念ながら彼らは、自らの命という代価を支払い実感するのだった。
340話 侵攻28
340話 侵攻28
自身の全力を確認し、満足そうに頷くルーク。とは言っても、彼の表情に笑みは無い。何故なら正確な比較対象が無く、それがどの程度の物なのかを測りかねていたのだ。故にその感想はと言うと――
「まぁこんなもん・・・なのか?考えてみたら、他の神族の実力なんて知らないんだよな。カレンは別にして」
そう。幸か不幸か、他の神族とまともに争った経験が無い。戦闘が全てではないが、手っ取り早く実力差を測るのなら戦ってみるのが一番である。とは言うものの、ルークは別に戦闘狂でもない。食料調達や自衛の為に力を振るう事はあっても、好き好んで自分から殴り掛かるような真似はしない。だからと言って、敵に情けを掛ける事も無いのだが。
「それに神力の量で優劣が決まるもんでもないだろうし。シルフィやヴァニラ、それとアークに至っては何となく不気味だしな・・・仮に戦う事になっても、真っ向勝負は避けるべきか」
どうして戦う前提なのかは不明だが、ルークの中では一応の方針が決定したらしい。
「さてと。自己分析は一旦ここまでにして、まずは目先の処理だ。本当は正面から乗り込んで直接手を下すつもりだったけど・・・この分だと学園都市と同じでいいな」
予定通りに行ってないのは自分のせいなのだが、ルークは事実から目を背ける。本来ならば首謀者と思しきミーニッツ国王は、自分自身の手で葬るつもりだった。だが彼を守り抜けるであろう兵士の数は多くない。何しろその尽くが今、ルークの眼前に横たわっているのだから。
あとは入り口さえ作れば、魔物勝手に滅ぼしてくれるだろう。そう考えたルークは、王都の防壁に向かって攻撃を開始した。周辺に居る魔物の殆どが逃げ出したとは知らず。
防壁の半分程を破壊し、今度は王城の城壁へと狙いを変更した時だった。移動しようとしていたルークが気配を感じて振り返る。
「ん?・・・ティナか」
「ルーク・・・何をしているのですか?」
「何って、王都の襲撃を魔物に任せようと思って防壁を壊してた所」
「来ませんよ?」
「え?」
「ですから、この近くに魔物は居ませんから、此処へは来ないと言ったのです」
「え?何で!?」
「何故って、ルークの魔力に驚いて逃げ出したからですけど?」
「・・・はぁ!?」
ティナの簡潔な説明に、驚いたルークが目を見開く。
「どうしよう!?」
「はぁ・・・まぁいいです。実は、お願いがあって参りました」
「溜息つかれた・・・オレに頼み?」
「はい。魔物が一斉に逃げ出したせいで、周囲の国へ一挙に押し寄せてしまいそうなのです。帝国とカイル王国は我々の方で対処するつもりですが、その他の国までは手が回らなさそうでして・・・」
エリド村に居る者達で話し合ったが、今回逃げ出した魔物は前回のスタンピードとは質が異なる。多種多様な魔物が一斉に押し寄せるとあって、カレンでも手間取りそうなのだ。尤もそれは、世界の状況を鑑みて、魔物の素材を無駄にしないよう戦う必要があるからで。
「やむを得ない場合は一掃しますが、出来れば食材は確保したいのです。それには余りにも手が足りず・・・」
「余裕で切り抜けられるような戦力が欲しい、と」
「はい。お願い出来ませんか?」
「・・・・・」
上目遣いで尋ねるティナに、ルークは暫し考え込む。本音を言えば、帝国以外がどうなろうと知った事ではない。だが嫁達はそれぞれ、故郷の事を心配しているだろう。ルークも自分が良ければ他の者はどうでもいい、等とは思っていない。だがリノア達の件に、そろそろ決着をつけたいのも事実。
「悪いけど、オレは今回の一件にケリをつけたい」
「そう、ですか・・・」
「だがオレのせいみたいだから、責任は感じてる」
「えぇ」
「だからオレが責任を持って戦力を用意しよう」
「?」
戦力を用意する。言葉の意味は理解したが、そのような戦力を保有していると言った報告は受けていない。首を傾げるティナに対し、少し待つように告げてルークは何処かへ転移してしまう。
待つ事数分。戻って来たルークの背後には、ティナも良く知る者達の姿があった。
「リリエルはリノア達と一緒だから残る9人。正体を隠す必要も無いから、全力を出していいと言ってある」
「シシエルさん達ですか・・・えぇと・・・」
彼女達の実力だが、実は他の嫁達には教えていない。カレンは何となく知っていそうだが、それも正確ではない。だからこそティナは言葉を選ぼうとした。そんなティナの考えを察し、ルークが遮るように説明する。
「みんな全盛期の力を取り戻してるみたいだから、心配しなくていいと思うよ?」
「それ程なのですか?」
「あぁ。魔力を使わずに移動出来るから、持久力と機動力に関してはカレン以上だと思う。1対1じゃ敵わなくても、5人掛かりならカレンといい勝負だろうし」
「え!?」
想像以上の高評価に、思わずティナが驚きの声を上げる。だがこれ以上は、口で説明するより実際に見た方が早いだろう。そう判断したルークは、未だ戸惑いを見せるティナに彼女達を押し付け、強引に向かわせてしまうのだった。
「少し強引だったけど仕方ないよな。あのまま説明を続けてたら、余計な事まで言っちゃいそうだったし。1つだけ懸念があるとするなら、ミリエルとイリエルがやり過ぎやしないかって事なんだけど・・・」
嫁達にもお調子者と良く知られるリリエルは居ないが、何も集団に1人とは限らない。リリエルが代表者として接するお陰で上手く誤魔化せているが、ミリエルとイリエルもお調子者なのだ。いや、言い直そう。所謂問題児である。
もし彼女達がやり過ぎたら、大事の前の小事と言って逃れよう。そう心に誓うルークであった。
339話 侵攻27
339話 侵攻27
ルークは自身の魔力に関する確認を終え、次いで神力の確認へと移行する。普段は魔力のみを使っているとあって、神力については保有量すら正確に把握していない。何となくこれ位、という感覚でしかないのだ。
おまけに、力を封じて来なければ、その感覚もそれなりに正しかっただろう。要は全身に取り付けていたギプスを外したものの、その後の確認を後回しにしていたのだ。感覚との齟齬があって当然である。
神力を蔑ろにしているようにも思えるが、一応ちゃんとした理由もある。きちんと教わったのが魔法、つまり魔力の扱いだったのが1つ。まだまだ魔力操作に向上の余地がある為、納得するまで極めようと考えていた。魔力だけでも困らなかったというのが、これに拍車を掛けているのだが。
もう1つが、神力の特別な用途があまりにも抽象的だった事。本来ならば神族には権能と呼ばれる力が有り、大半がこれに用いられる。だが身近な同族はカレンしかおらず、しかも彼女は未だ権能を持たない。神力で出来る特別な事と言えば転移のみであり、他の使い方は魔力と相違無い。
つまり、ちょっと出力の大きい魔力程度の認識なのだ。ならば日頃は精密な魔力操作を習得しておき、威力に困ったら神力でゴリ押しすれば事足りる。ルークが魔力と神力を併せ持つ唯一無二の存在というのが、このような状況を引き起こしていた。もし他の神族のように、神力しか持っていなければ、とっくに権能を発現させていた事だろう。
この件について、他の神々が口を挟む事は無い。最高神の息子とあって、その資質に疑う余地はなかった。彼を上手く導き、恩を売っておくのも良いかもしれない。だがそれには相当なリスクを伴う。接触する機会が多ければ、当然ルークの親族の目に止まる。面倒事を敬遠する神達にとって、最も忌むべき行為なのだ。
さらに資質そのものもまた厄介だった。優秀な者の子が優秀と限らないのは人も神も同じ。付くべき者を間違えた場合、挽回するのは容易ではない。面倒を避けると言うのは、慎重であると言う事。上に立つ神ほど、付け入る隙を見せないのだ。チャンスの少ない下の者達にとって、愚息に問題を起こされるのは再起不能と同義だった。
こういった背景から、カレンやルークに近付こうと考える神は居ない。結果、彼らの教育を担う者が現れなかったのである。だがそうなると、万が一カレンやルークが問題を起こした場合、父親であるアークが追求されるかもしれない。しかし実際は、ほぼ有り得ないと断言出来る。
まだまだ未熟な下級神の2人。出来る事と言えば、精々住んでいる星を滅ぼす事だろう。当然かなりの大事ではあるのだが、文字通り星の数ほど有る世界。とりわけ珍しい事でも無いのだ。
そして他の神々が騒ぎ立てる程の問題を起こした場合。神々は親の監督責任を追求する事が出来ない。そもそも何と言えば良いのか。
『そんな事も予想出来なかったのか?』
そんな風に問うのは愚の骨頂。何故ならそれは自分にも跳ね返るからだ。お前に予測出来なかった事を、私に予測出来ると思っているのか。逆にそう問われてしまえば、返す言葉も無い。何しろ彼らは神なのだから。逆に予想出来ていた場合はもっとマズイだろう。予想出来ていたにも関わらず、何の対策も講じなかったと責められる。
誰かに噛み付く神というのは、大抵自分が相手よりも下なのは不満なもの。自分の方が上だと優越感に浸りたいが、それでは逆に自らの責を問われかねない。つまり口煩い神々の方が逆に物静かという、何とも不思議な状況に陥っていた。あまりにも永い時を生きるというのは、このような停滞を生み出すものなのかもしれない。――閑話休題。
そんな物言えぬ神々すらも大騒ぎする程の事態。それを引き起こしたのは、紛れもないルークである。思い付きで行動するからそうなるのだが、トラブルメーカーなどそんなもの。ちょっとは加減すれば良いものを、この時のルークは正真正銘の全開だった。
「行くぞ・・・これがオレの・・・全力だぁ!!」
――キーン!
嵐の如く吹き荒れた魔力放出とは異なり、神力の解放は非常に静かな物だった。だがそれは大多数にとっての話。何故ならルークの神力はこの世界に住むほぼ全ての生物にとって、認識出来る上限の遥か彼方にあったのだ。惑星が内包するエネルギーを正確に認識出来ないのと同じ。仮に常日頃から感じ取ってしまえたら、魔物や他者の気配がその陰に隠れてしまう。それ以前に、常時大きすぎる力を感じ取っては気が触れてしまう。
つまり認識出来る者というのは、世界そのものをどうにかしてしまえる者となる。具体的には、中級神と同等以上の力を持つ者。中でも人一倍の狼狽を見せたのは、他ならぬ最高神であった。
◇神域◇
「っ!?な、何だ・・・これは・・・ルークか!?」
アークは異変を察知し、手を止めて顔を上げる。眉間に皺を寄せながら感覚を研ぎ澄ませ、感じ取った力の持ち主を突き止める。その後、目を見開き激しく狼狽したのは、ルークの力に驚いたからではない。
「馬鹿な・・・完全に予定外だ!オレの力を上回ってるじゃねぇか!!これでは計画が・・・いや、その前に勘付かれるぞ!?」
執務机を両手で叩き、叫びながら立ち上がる。今すぐルークの下へと転移しようとしたのだが、既の所で踏み留まる。何故ならアークの居る場所が、全ての世界と繋がりを持つ神域だった為。
「・・・ダメだ。ここでマークされてるオレが対策もせずに動けば、あの2柱は確実に動き出す。それにまだ、察知出来たのは神域に居た者達だけのはず。しかもあの世界はここ以外と隔離してある。今は気付かれない事を祈るしかない・・・」
アークが導き出したのは、何の皮肉か神頼み。祈る相手の居ない彼も、この時ばかりはそうする他なかった。だが何もしない訳にもいかない。出来る限り急いで向かえるよう、全ての執務を放り投げて外出準備に取り掛かる最高神であった。